2-2 有馬和樹 「闘技場」
扉が開く。
おれは、クラスのみんなに待っているように伝え、扉をくぐった。
やはり! 外は闘技場だった。
歴史の授業で習ったローマと同じ。何万人という観衆が騒いでいる。その大歓声が聞こえたんだろう。みんなが扉から出てきた。
言葉を失い、立ち尽くしている。冷静なのは誰か? 清士郎は大丈夫だ。やつは今、周囲を見まわし、状況と環境をつかもうとしている。
日出男が女子の誰かと話をしている。姫野美姫か。歩きながらコソコソと話をしている。おれは目立たないように二人に近づいていった。
「何か策はあるか?」
姫野は空中に目を走らせている。姫野のスキルって何だろう?
「考えてるけど、ちょっと待って」
やっぱり、何かあるんだな。
クラスでは、姫野が一番頭がいいと言われている。胸の栄養が頭に行ってるからだ、と男子は陰で言うが、それは本人には言えない。そして一番頭がいいのは別なんだが、まあそれは今はいいだろう。
「日出男は大丈夫か?」
「ふふふ」
日出男は眼鏡を上げた。
「拙者、何十、何百のラノベを読破したと? 想定内でござるよ」
もう一度、眼鏡を上げた。その手が震えているのに気づいた。強がりか。それでもいい。今は必要だ。
ほかの扉から、バケモノみたいなのが出てきた。この状況、このさき何があるかは、もうバカでもわかる。
「今日は皆さんに殺し合いをして貰います」
そんなセリフの映画は何だったっけ?
通常なら、そうなるかもしれないが、このクラスはちょっと変わっている。おそらく、大人が思うようにはならないはずだ。
ドンドン! ドンドン! 太鼓が打ち鳴らされた。
「戦闘を開始してください。最後の一名が勝者です」
場内放送が聞こえた。
向こうの方で、大きな人型が殴り合いを始めた。動きが鈍そうなのは、トロールか。もう一方は……ギリシャ神話に出てくる巨人ギガンテスか!
はっ! と気づいて振り返る。おれたちの集団の少し離れたところ。
見た目はトカゲだが、人間と同じように二足で立っている。剣を腰に指し、背中には盾と弓。おれらの世界の寓話で言うと「リザードマン」だ。腕を組み、立っているだけ。いや、気配を断って戦況を眺めている。
おれと目が合い、苦笑いした。この人とは戦いになりそうにない。少し危険だが、近づいてみた。
「有馬和樹と言います」
自分の方から名乗ってみる。
「俺はジャムザウール。その身のこなし、武闘家か?」
おお、言葉が通じる。そして、すごいな。一発で見抜いた。この世界でも武闘家はいるのか。
「はい。有馬流古武術、というのを父から習っています。見ただけでわかるのですか?」
「歩き方がな。踵から入らない。そして気配を断っている」
すごい。そしておそらく、おれより強いだろう。
「どこから? と聞いていいですか?」
「別の世界だ。この世界のことを教えてくれるか?」
なるほど。おれは、ここの人間と見た目が同じだ。
「いえ、おれも、あの集団も別の世界からで、何もわかりません」
おれはクラスメートを指差す。ジャムザウールと名乗ったリザードマンは、それを見て顔を曇らせた。
「そうか。皆、若いのに気の毒に」
「どうにか、助かる手はないでしょうか?」
「ないだろう。助かったとしても奴隷と変わらん」
そう言ってジャムザウールは首の鉄輪を叩いた。そして、おれのほうを見て笑う。
「今、どいつと戦って散るべきか考えている。だが、お前のような若者とは戦いたくないな。勝っても負けても、後味は悪かろう」
なんだろう、この人。戦う相手かもしれないが、ものすごく尊敬できそうな気がする。
「なんとかなるかも、しれません」
おれの言葉に首を傾げたが、一緒にクラスメートのもとに帰った。
戦闘は続いている。
バケモノたちに比べれば、おれもリザードマンもずいぶんと小さい。バケモノどもは、おれらのことは丸無視だ。最弱と見なしているのか。
「姫野、どうにかなりそう?」
「和樹くん、ちょっとそれ」
おれの後ろを指差している。
「ああ、知り合ったジャムザウールさんだ。できれば一緒に行動したい」
「そ、そう。まあ、和樹くんがそう思ったんなら、正解かも」
姫野の指示で、ひとつに固まった。
うまくいって欲しい。おれのせいなのに、今はおれの力じゃ守れない。
姫野、頼むぞ。