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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
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サ・ヨ・ナ・ラ世界

『ヴァハハハハッ! 散々手古摺らせてくれたが、ここまでのようだなぁ!』


 眼下の海に広がる地獄絵図を見ながら、ヴァハが嗤う。その顔は傷だらけで、服もボロボロ。それでも致命傷と言える物は無く、まだまだ戦えそうだ。モリガンとバズヴも同様。武器や衣類などが傷物だが、本人たちに支障はない。


「さぁて、それはどうかしらねぇ?」


 そして、それはテコナたちも同じ事。むしろ、こちらの方が傷み具合が少ない。両者の実力差という物が如実に表れた結果だろう。


『どうやら頼みの綱が足りてないようだが、どうするつもり?』

『……それに、ライオネルももうすぐ沈む。……ドゥーン・クリスタルと同じ場所に落ちる』

『コソ泥も捕まったようだしなぁ! まさに絶体絶命って奴かねぇ!?』


 だが、最早そんな事など、モリガンたちには関係なかった。トリスケルは(・・・・・・)沈まない(・・・・)。ライオネルは蒸発する。あとはここでテコナたちを始末するのみ。

 全てが終わり、始まる。開闢の時は近い。新たな時代の幕開けである。


「随分勝ち誇っているようだが、鏡を見て言ったらどうよ?」


 しかし、テコナは何処までも動じない。アンタレスは喋らない。ブランドー伯爵は耳糞を穿っている。何処までも馬鹿にした態度だ。


『『『何時までも調子に乗ってんじゃないぞぉっ!』』』


 そんな三人の有様に憤ったのか、モリグナ三姉妹がとんでもない形相で雄叫びを上げる。

 さらに、ムクムクと肉体が膨張し、あっという間に怪獣退治の専門家レベルまで巨大化。豆粒のようなテコナたちを見下ろした。


『『『死ねぇ!』』』


 さらに、その大きな鳥足を一斉に振り上げ、踏み潰そうとする。


「調子に乗ってんのはお前だ」『行きましょう!』『スカイハイって奴だ!』

『『『ぬぉぁっ!?』』』


 だが、そこへ三機のベクターマシンが突入。モリグナ三姉妹の足元を掬いつつ、テコナたちを救出。バルター号にテコナ、カスパー号にアンタレス、メルキー号にブランドー伯爵が乗り込む。用意してあったのか、それぞれが己のパイロットスーツになった。

 ブランドー伯爵は天国に至りそうな白金カラーの古代戦士、アンタレスは駆逐してやりそうな赤茶色の狩人、テコナは……全てを喰らい尽くさんと欲する、黄色いレインコートの殺人鬼に変身する。


《チェンジ・バルタザール!》


 そして、ベクターマシンが三位一体となり、ベクターノイドのバルタザールモードとなった。


《来なよ、小鳥ちゃんたち♪》《巨大化は負けフラグなんですよ》《雀が三羽踊った所で、鷹には勝てない事を教えてやろう》

『『『貴様らぁあああああっ!』』』


 バルタザールがクイクイっと指で招き、モリグナ三姉妹が怒髪天で襲い掛かる。戦いはむしろ、これからである。


 ◆◆◆◆◆◆


《クソッ、もっと撃ち込め!》《しかし、もうミサイルが……》《このままじゃあ、お嬢様が危ないんだよ!》《いい加減落ちろってんだ、チクショウが!》《メーデー、メーデー! 敵に囲まれた!》《自爆しろ!》《そんなぁ!》《どうせ本体じゃ……キャアアアアッ!》《ぐわばぁあああああ!》


 打つ手の無いメイドたちが、次々と墜とされていく。所詮は分身体だが、消費に供給が追い付いていない。敵にも確実に損害を与えているが、トリスケルを撃沈しない限りはジリ貧だろう。

 しかし、まぁ落ちない。恐ろしく硬く、百発百中の核ミサイルでも表面の装甲しか削れなかった。事前情報が無ければ、100パーセント詰みだったであろう。現状でも充分にチェックメイト手前だが。

 何せ、今トリスケルの真下には、サイカの乗るライオネルが居るのだ。

 さらに、トリスケルは主砲発射間近。ドゥーン・クリスタルの末路を考えると、塵も残るまい。

 だから早く墜としたいのに、墜とせない。その焦りがますますメイド軍団の被害を増やしていく。まさに悪循環である。

 と、その時。


《カーミラ、ミカーラ! 皆も聞いて!》


 絶賛大ピンチの渦中である筈のサイカから、全メイドへ通信が入る。


《……全員、今すぐ撤退して!》


 それは、まさかの撤退命令だった。しかも、自分を除いている。


《お、お嬢様!?》《何を言って……》《お嬢様こそ、早くお逃げ下さい!》

《いいから、今すぐ離れなさい! 『これは命令よ』!》


 当然、メイドたちは騒然となるが、サイカは譲らない。言霊を乗せた絶対厳守の命令を再度告げる。これには誰も逆らえず、心と身体が分離して、次々とトリスケルから退却していく。

 これで、残るはサイカ一人。


「……何してるの、アナタたちも逃げなさい!」

『嫌よ! ワタシは何時だってお姉ちゃんの傍に居るわ!』『そーだ!』『そーよ!』『プリンプリン!』『きゃーん!』


 と、何時ものサイカファミリア。元魔王としての覇気お纏った言葉にも耐え抜き、この場に踏み止まった。サイカ一人では行かせない、と言わんばかりに。


『どうせ、お姉ちゃんの事だから、責任感じて自分だけで何とかしようとしてるんでしょ?』

「うー、何故それを……」

『妹だからね!』


 ユダはドヤ顔でそう言った。ムカつく。義理の癖に。

 だが、義理でも何でも、サイカは身内を大切にする。家族だけは愛して止まない。だからこそ逃げて欲しかったのだが――――――それはユダたちも同じ事だ。

 お互いに譲れない物がある。双方に見捨てられない人がいる。

 ならば、もう一緒にやるしかないだろう。何時ものように、皆で仲良く、何処までも。時間も無いしね。


「――――――分かった。お願い、手を貸して」

『もちろん!』『『らじゃらじゃー』』『プリリーン!』『きゃきゃーん!』


 皆で輪になってサイカを囲み、全ての魔力を注いでいく。それだけに留まらず、身も心も魂さえも一体となって、サイカを超戦士へと昇華させた。銀色の身体に金色と闇色のラインが走った宇宙人のような姿で、かつて悪夢の中で出会った謎の巨人たちによく似ている。


【行くぞぉおおおおおっ!】


 そして、スペシャルなサイカは雄叫びを上げて、トリスケルの主砲発射口へ突撃した。同時に主砲がチャージを終えて、発射態勢に入る。


【クソッ、鳥頭が! 絶・体・絶・命……スリャォオオオオオッ!】


 サイカは悪態を吐きつつ、【混沌と終焉の覇者(カオス・グリエンド)】を発射する。【混沌の終焉(カオス・エンド)】に皆の殺意(おもい)が乗った、この形態時だけの超必殺技である。


【うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!】


 さらに、トリスケルの主砲も発射され、真っ向からぶつかり合いとなる。光の奔流が周囲を壊滅させ、海水を底の底まで蒸発させた。

 それでも両者は止まらない。相手が死ぬまで、殺すのを止めない。文字通り全てを懸けた一撃なのだから、当たり前だ。

 しかし、少しずつサイカが押し始める。思いの丈を力尽くで押し込んで、主砲の発射口へ。


【……いよぅ、カイン! 迎えに来たぜぇえええええええええっ!】


 そして、サイカたちは遂に光の袂へ到達し、主砲諸共大爆発した。


 ◆◆◆◆◆◆


「うわっ!?」「何だぁ!?」「船が……!」『揺れル~!』「……んが!? 何これ、どういう状況!?」

『ギィグヴォァ!?』『ギャォオオス!』


 突然の爆音と揺れで、コタローたちと陰摩羅鬼らがバランスを崩す(ついでにカインが目を覚ました)。勢いから察するに、外的要因で中枢部に異常が発生したらしい。それが意味するのは一つである。

 つまり、墜ちるって事だ。

 だが、これは逆にチャンスでもある。衝撃で陰摩羅鬼たちの包囲網が崩れた。退却するなら、今しかない!


「逃げるわよ!」

「三十六景って奴だな!」

「字が違う!」

『レッツだゴーデース!』「ひょわっ!?」


 こんな場所からは、逃げるんだよぉ~!


『ギィグヴォアアアアォッ!』


 もちろん、鼠を逃す番鳥はいない。猛烈な勢いで追い始める。その背後では崩壊と爆発が巻き起こっており、この要塞がもう駄目である事を告げていた。


『ギャォオッ!』『カァアアアッ!』


 さらに、以津真伝たちが口から光線状に収束した超音波を乱れ撃ちしてくる。爆炎の波がすぐ後ろに迫っているし、もう色々とカタストロフだった。


「……うわぁあああっ! 来るんじゃねぇ! 【爆裂魔法マジカル・エクスプロージョン】!」

『グギャアッ!』『ギャォオゥ!』『グゲェーッ!』


 目を覚ましたばかりで絶賛混乱中のカインが、迫り来る以津真伝の群れに【爆裂魔法】を食らわせた。核爆発を鼻で嗤う程の灼熱の爆炎が全てを溶かし蒸発させ、船の崩壊を加速させる。アズライールがバリアを張ってくれなければ、全員お陀仏になっていたかもしれない。こんな狭い場所で撃つなよ……。


『グヴォァアアアアッ!』

「「「「嘘ぉっ!?」」」」『生きてまシター!』


 しかし、親玉の陰摩羅鬼は殺し切れなかった。装甲が溶け崩れ、所々中身が出ているが、まだ死んではいない。何でやねーん。

 どうやら、大量の肉壁(以津真伝)でダメージを軽減したようである。それでも硬過ぎるが。壁と同一化している間にトリスケルの甲殻を吸収していたのだろう。


『ギガァォオオオッ!』

「はぁあああああっ!」

「くっそぉおおおっ!」

「負けるかぁああっ!」

『ファイト一発ゥー!』

「それは違うよぉぉ!」


 それぞれが各々の叫びを上げ、必死に出口を目指す。陰摩羅鬼の悍ましい大口が迫る。


(駄目だ、間に合わない……!)


 船の崩壊からも、追撃の牙からも逃れられない。この場にいる全員がそう思った、その時。


【サイカお届けぇ!】『ギャォオオッ!?』

「「「「ええぇっ!?」」」」『ワァオ!』


 勢い余って主砲を突き抜け、色々とぶち壊しながら、サイカが登場。陰摩羅鬼を貫通・撃破して、驚くコタローたちを纏めて抱きかかえた。


「お、お前……サイカか!?」

【そうだよ寝坊助お姫様!】

「誰がお姫様だ!」

【アハハハ! ……おかえり、カイン】

「――――――ただいま」


 そして、押し寄せる紅蓮の津波を振り切って、サイカ一行は崩落寸前のトリスケルからの脱出に成功したのであった。


 ◆◆◆◆◆◆


『……嘘!?』『トリスケルが!』『そんな馬鹿な!?』


 大きく傾き、露出した海底目掛けて墜ちていくトリスケルの上で、モリグナ三姉妹が驚愕の表情を浮かべる。当然だ。沈むはずの無い空中要塞が、海の底へ再び没しようとしているのだから。

 まぁ、原因は主砲のエネルギーを中枢と直結させた事だろうが。ようするに、自業自得である。“テコナの大切な者を塵も残さず消し飛ばしてやりたい”という欲に駆られた末の報いだ。


『……くそぉっ!』


 だが、そんな事は認められない。そのようなお間抜けな理由で、フォモール族の威信を懸けた大戦争に敗北するなんて、あって良い筈がなかった。

 しかし、知っての通り、現実は何処までも非情である。幾ら嘆き悲しみ、憤っても、全ては後の祭りだ。


《フン!》『ぐぴゃっ!?』


 というか、そんな精神状態で挑んで勝てる程、チームテコナは優しくない。隙だらけの剛腕を振るうバズヴを、バルタザールが大剣で五月雨斬りにした。


『バズヴ! このぉっ!』《「ラムダ・スプリット」!》


 動揺したヴァハが火災旋風を巻き起こすが、ラムダ・スプリットで躱される。


《チェンジ・カスパール! 「クロス・ステリウム・ハリケーン」!》


 さらに、変形したカスパールが手持ちのランスをドリルの如く高速回転させ、未知の物質「ステリウム」を含んだ竜巻を射出した。


『ヴォアアアアアッ!』


 ヴァハも同じような炎の竜巻を手から発射して対抗したものの、所詮は不意打ちに対する反射。


《うるぁっ!》『ドワォッ!? ……うごがぁああああっ!』


 そのまま押し込まれ、自分と相手の竜巻に拘束されている間に、カスパールの一突きで粉々にされた。


『このおぁっ!』《フッ……!》


 怒り狂ったモリガンが妹たちの仇を取らんと大鎌で切り掛かるが、どう見てもスピード負けしており、良いように居なされている。


《「ストレイト・アタック」!》

『ぐあぁああぉおおおおおっ!』


 と、カスパールがランスをミサイルの如く発射して来た。完全に虚を突かれた形だったが、それでもモリガンはどうにか迎撃、破壊した。

 そして、そのままカスパールを袈裟斬りにしようとするが、


《「ラムダ・スプリット」!》


 当然、ラムダ・スプリットで回避され、


《チェンジ・メルキオール! 「Σ(シグマ)ボルテックス」!》

『ぐげぇ……うぎぃやああああああああああああっ!』


 チェンジしたメルキオールの召喚した時空嵐に呑み込まれてしまい、見るも無残な生ごみとなった末に、妹たちと同じ運命を辿った。

 さらに、この戦いの余波により、僅かに生き残っていたフォモール族も全滅。死の三羽鴉率いる鳥人連合軍団の進撃は潰えた。

 そして、四方八方から押し寄せる海水が、そこにある何もかもを洗い流し、光一つ無い死の淵へと沈めていく……。


 ――――――この瞬間、お菓子を買いに行っただけなのに始まってしまった、一連の大事件も終わりを迎えるのであった。

◆トリスケル


 現世で言うマン島に位置する孤島。支配者はモリグナ三姉妹。彼女たちに匿われる形で、フォモール族は長年隠れ潜んで来た。名物は島中央に聳える生命の世界樹で、目玉イベントは世界中から集まったハボクックによる命懸けの競争「パイクレース」。

 実は島の全てがフォモール族と共生している甲殻生物の集合体。中枢部が女王個体であり、それを取り囲むように無量大数の配下が合体して守っている。一匹一匹が異常に硬い上にコンマ以下の秒数で増産出来る為、事実上中枢部を破壊する以外墜とす方法がない。

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