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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
49/52

悪魔のような女たち

 ライオネルの氷山甲板。


『グヴォオオオヴッ!』『ゴヴァアアアッ!』『ヴァァヴヴァアアッ!』


 次々と襲い掛かって来るフォモール族。最早“狩り”ではないという意志表示なのか、全員が光学迷彩を解き、仮面を外している。おかげで、その美しくも醜い化け物面が良く見えた。


「行くよ、ユダ!」『ええ、お姉ちゃん!』


 しかし、後退はしない。乗り込まれたのは仕方ないとして、来るなら迎え撃つまで。

 そもそも、タイミングの前後こそあれど、こうなる事は(・・・・・・)予測していた(・・・・・・)。詳しく調べたからね、色々と。

 だから、大まかな行動は予想出来る。生態的に何処まで可能なのか、とかな。流石に海中からの奇襲までは考えてなかったけど。

 だって、解剖した時に鰓とか無かったもん。普通、進化は不可逆的な物だし、何より鳥が海中で呼吸出来るとか、予測出来るかーい。

 まぁ、そんな些事はどうでもよろしい。害虫の始末も出来ない、いるだけで迷惑な害鳥は駆除だ、駆除。


『グルヴォオオオオオッ!』

「たぁあああああああっ!」


 お互いの距離が詰まっていく。体格差、相性差、人数差、全てにおいて、こちらが不利に過ぎる。というか、取り囲まれているのだから、多少の個人差など無意味である。


 だが(・・)それがどうした(・・・・・・・)


「――――――今だ、“解凍”!」


 僕の一声で、ライオネルに冷凍保存されていた死体の一部が溶かされる。

 さらに、解凍され死体が突然動き出したかと思うと、胸部や腹部を引き裂き突き破って、血の塊がズルリと這い出す。


『『『おはようございます、お嬢様ぁ!』』』


 そして(・・・)血塊は人の形を成し(・・・・・・・・・)やがていつもの(・・・・・・・)メイド軍団と化した(・・・・・・・・・)

 同時に(・・・)漂流していた者や(・・・・・・・・)他の船体に(・・・・・)打ち込まれていた(・・・・・・・・)者の一部も(・・・・・)同様に元の姿を取る(・・・・・・・・・)甲殻生物と(・・・・・)自分の骨を(・・・・・)組み合わせた(・・・・・・)武器を持って(・・・・・・)

 そう、これが僕たちの事前策。

 参加者の血中に(・・・・・・・)メイドたちを(・・・・・・)感染させ(・・・・)ここぞという(・・・・・・)タイミングで(・・・・・・)覚醒させたのだ(・・・・・・・)

 吸血鬼は多少の地域差こそあれど、その本体や本質は血液である。肉体はその器に過ぎない。血を吸う事は、まさに自らを造り上げる行為そのものなのだ。

 さらに、吸血する際に相手に自分の血液を混ぜ込み、自分自身を上書きしたりもする。悪魔が五感を介して相手を乗っ取るように、吸血鬼は血を媒介に感染し、繁殖するのである。今回はその性質を利用させてもらった。

 ……えっ、いつの間に感染させてたのかって?

 もちろん、最初からだよ。食べ物とか、飲み物とか、霧とか、そういうのに紛れて、目ぼしい参加者に移しておいたのさ。

 ほら、母上様たちは(・・・・・・)先に準備があるって(・・・・・・・・・)言ってたでしょ(・・・・・・・)

 まぁ、それだけじゃあないんだけどね。

 とりあえず、嵌めたつもりの鳥頭共を狩るとしよう。お前らは決闘する気で来たんだろうが、生憎と僕たちは害鳥駆除をする為に来ただけだからな。

 戦いはなぁ、始まる前に大体は終わってるんだよぉ!

 後は野となれ山となれ。フォモール族が海中から現れたように、イレギュラーはどうしても起きるものだから、ここからはその場のノリで凌いでいくしかないだろう。

 さぁさぁさぁ、終わりの初めを始めようかぁ!


『ヴォォオヴ!』『死ねやぁ!』


 あっという間に大混戦となる甲板。他の船も右に同じ。突然現れたフォモール族に、いきなり蘇った死者や生き残っていた船員が吸血鬼に変わって襲い掛かり、有無を言わさず戦いに巻き込まれている。

 特にドゥーン・クリスタルの甲板が酷い有様だった。ドゥルガーとカーリー以外の全員が敵の敵になったと言っていい。

 ねぇ、どんな気分? 散々上から目線で語っていたけど、実は最初から敗北してたと分かって、今どんな気分~?


『死ねぇ!』『ゴァッ!』


 よしよし、元気そうで何より。ユダたちは――――――、


『ゴヴァァォッ!』『甘い甘い甘い!』

『ギャォオオッ!』『フゥゥウヴッ!』

『ガルヴァアア!』『キャアアアッ!』

『グルルルルル!』『きゃきゃる~♪』


 ――――――大丈夫そうだな。

 ユダは普通にお兄さん戦法で翻弄してるし、カルマとアルマは機体から降りてガチバトル、スップリンは無尽蔵に等しい体力で実質的に無力化している。ドラコはアレだ……流石メ○ルスライムと言っておく。正確には錬金生物化したサラマンダーだけど。

 さて、おふざけはこれくらいにして、今は目前の戦いに集中しよう。幾ら嵌め返したとは言え、難敵である事に変わりはない。


『ブルヴォオオオオオッ!』「ドワォ!?」


 ぬぐぅ、剣で受けても簡単に吹っ飛ばされてしまう。やはり、正攻法じゃ勝ち目は無いな。

 というか、兎にも角にも体格差をどうにかしないと。身長差が三倍強もあったら、どう足掻いても絶望である。

 ならば、その差を補おうかぁ!


「ガブゥッ!」


 ――――――って事で、僕はその辺に転がっている、中の人がいない死体を貪った。食えば食う程、身長が伸びていき、体格も良くなってくる。「暴食」の力を応用したのだ。

 「暴食」の力は食った相手の魂を自らの魔力に変換する能力。当然、生餌や魔法攻撃でなければ意味はない。

 しかし、魂の無い死体を喰えば、魔力が増えない代わりに、単純に体積が増える。それはもう、早送りのように。死体を喰うのは若干気が引けるものの、体格差を補えるなら易いものである。

 ……もう二度とやらないけどな!

 人肉大好きとか、死体愛好とか、僕にそういう趣味はねぇんだよ、いい加減にしろ!


「はぁああああっ!」『グヴォオオッ!』


 ユダよりちょっと大きいぐらいに急成長した所で反撃へ転じる。まだ少し心許ないが、これ以上呑気に食っていると殺られてしまうので仕方ない。さっさとやっちゃいましょ☆♪


『ゴヴァァアッ!』


 フォモール族が右腕に融合した甲殻生物のリストブレイドを振り下ろしてくる。刀身忍軍で自爆した奴に容姿が似ているので、おそらく姉妹(見た目の年齢的にたぶん姉)だろう。如何にも「ブッ殺してやる!」って表情(かお)をしている。

 だが、このサイカ容赦しない。同じ姉妹持ちとして多少は同情するが、敵対するならば殲滅するのみだ。

 そもそも、人の家族人質に取るような真似した奴らにとやかく言われる筋合いはないし、そんな輩の悔しがる姿には腹の底から「ザマミロ&スカッとサワヤカ」の笑いが出てしょうがねーぜッ!

 さぁ、覚悟はいいか? 僕は出来てる。テメェを血祭りに上げてやんよぉっ!


「フンッ!」


 僕はフォモール族のリストブレイドによる一撃を「BBS」で挟むように受け止め、左フックによる反撃も右肘で防ぎ、


「オラァッ! ドラァッ! ボラァッ!」『グヴォォルッ!?』


 がら空きとなった脳天に連続で頭突きをかました。ちょうど王冠型のカチューシャがメリケンサックのような役割を果たして、三発目辺りで相手の頭蓋をかち割った。血をビチャビチャと吹き出しながら、膝を着くフォモール族。完全に身体が麻痺しているらしい。

 しかし、こいつらは神経節のような物を持ち、スタンからの回復も早いも早いので、さっさと止めを刺すとしよう。

 判決は、「斬首」だ。何処かのアモーレも「首を落とさない限りは死を確認するすべはない」って言ってたしね。


「フッ!」『………………』


 左手でしっかりと持ち、右手のカットラス(材料:甲殻生物)で一閃。フォモール族の首を撥ね飛ばした。妹が存命なら「姉さんです」と手渡してやる所なのだが。


『ガァアアアヴォオオオッ!』


 ……とか考えていたら、またしても血縁者っぽいフォモール族が。モリグナがそうであるように、フォモール族のスリー(ウー)マンセルは、家族や親戚などで構成されているのかもしれない。

 なら丁度良いや。同じ轍を踏ませてやるから、掛かって来いよォァっ!


「ヴォァアアアアアアッ!」『ゴルヴァアアアアアッ!』


 そして、僕は憤怒の顔で襲い来るフォモール族に真っ向から勝負を挑んだ。


 ◆◆◆◆◆◆


 一方、アースガルドの「王冠(ケテル)」。


『シャアアア、オラァアアアアッ!』「無駄に速い鳥ですね」


 甲殻生物を改造した「BBS」でプラズマの矢を乱れ撃つアンタレスに対して、マッハでスペシャルな動きで躱すヴァハ。

 相性的に有利なのはヴァハだろう。幾らプラズマの矢を亜速度で飛ばせるとは言え、一時的にCMBの領域に足を踏み入れている彼女が相手では遅過ぎる。音速どころか光速を超えるとかヤバい。マッハの名に偽りありである。ついでに、羽根手裏剣という飛び道具を持っていたりもする。

 だが、アンタレスには先読みに優れている。ほんの数コマ先の映像を現実に重ねて視る固有の能力があるのだ(世界の「運命」を僅かに読み取れるらしい)。おかげで普通は掠りもしない筈の光矢がちょくちょく当たっている。

 むろん、致命傷には程遠いが、神を相手に人間が良い勝負をしている時点で充分に偉業であろう。


『ヴァハハハハハッ! 良いぞ良いぞ、嬉しいぞぉ! やっぱり戦いは同じ世界でしか成り立たないよなぁ!』


 と言うか、ヴァハからすれば嬉しい誤算でしかなかった。彼女は飢えていたのだ。己と同等のスピード勝負が出来る相手に。


『イヒャホォゥッ! テメェが敵じゃなかったら子作りしたかったぜぇ!』

「ご遠慮します!」

『つれない事言うなよぉ~♪』

「アンタは何しに来たんだ、ここに」

『殺し愛だぁ!』

「言ってる事がドゥルガーたちと同レベルなんですが」


 剣と刀、鈎爪と「BBS」が、音も光も置き去りにしてぶつかり合う。傍目にはお互いに止まっているようにさえ見える、常識外れの超速バトル。

 速度と先読みが織りなす戦いは、何処かズレた心の会話の中で続いた。


『……死んで』『だが断る』


 すぐ傍では、バズヴとブランドー伯爵が殴り合っている。機械の剛腕と純粋にして無敵の鉄拳が豪快な音を立てながら火花を散らす様は、常時GONGが鳴っているようである。金色の翼は無いけど。

 しかし、彼らの戦いは単なる力任せではない。


『フンッ!』


 機械の剛腕を弾き、本体が見えた所で、ブランドー伯爵が鈎爪を弾丸のように撃ち出す。意表を突く為だ。


『……無駄!』


 だが、バズヴは己が翼をシールドのように展開し、不意打ちを残らず弾き返す。

 さらに、機械の嘴から酸性の竜巻を吐き出し、ブランドー伯爵を押し返して距離を取った。加えて剛腕の掌からマイクロウェーブを放ち、焼き殺そうとする。


『それはこちらのセリフだぁ!』


 しかし、ブランドー伯爵が自らの筋肉を膨張させ、その時の衝撃と熱波で相殺したので、仕留めるには至らなかった。それどころか、拳の衝撃波を弾丸としてガンガン打ち出してくるという、意味不明な反撃に転じる始末。

 そう、この二人、案外と小癪な技を挟み込む、クレバーな戦いをしているのである。

 ブランドー伯爵は吸血鬼なので、フォモール族と同じ技術を持つバズヴに完全な接近戦は極力挑まず、隙を見ては飛び道具で不意打ちしようとする。

 バズヴもそれは分かっており、不意の狙撃に注意しながら、やはり距離を取って戦いたがっている。機械の腕によるリーチの差は有難いが、逆に言うと懐が甘くなる上に、本体は三姉妹で一番脆い為だ。

 だから、お互いにヒット&アウェイで隙を伺い、一気に勝負を決めようとしているのである。過程はどっちも力尽くだが。何だよ、拳の衝撃波って。


『ヅェァッ!』「ヒィァヴォ!」


 そして、双方のリーダー格であるモリガンとテコナは、技と速度と力が上手く組み合わさった、荒々しくも流麗な戦いを繰り広げていた。

 モリガンの戦槍による突きを蛇腹剣で絡め取って引っ張り、拳を叩き込もうとするテコナ。それを首振りで躱して、勢いに身を任せてハイキックを繰り出すモリガン。直前で頭を下げ、蛇腹剣を解き、肩当で突き飛ばして、鞭の如く蛇腹剣を振るって襲い掛かるテコナ。手を着き、足で跳び、バク転側転を交えながら回避して、隙を突いて闇の波動を放つモリガン。それを「暴食」で吸収するテコナ。

 まさに、神業の応酬。心技体、全てが揃っている。ヌルヌル動くとはこの事か。


『客に血液(どく)を混ぜておくとか、趣味が悪過ぎるぞ!』

「お褒めに預かり光栄の至りだわ」

『褒めてねぇよ!』

「そもそも、人質取るような奴らに言われてもねぇ?」


 まぁ、当人たちはロクでも無いのだけれど。


「……そっちがお望みなら、見せてあげましょうか? もっと面白い(・・・・・・)物をねぇ(・・・・)!」


 だが、その程度で引き気味になられても困ると言うもの。タップリと見せるとしよう、人間の恐ろしさを!


「カーミラ、“砲撃”開始!」《ラジャラジャー!》

『……うぉっ!?』


 その時、トリスケルが揺れた。外からの(・・・・)衝撃によって(・・・・・・)。一体何が起きたのだろうか?

 慌てて外の様子を見てみれば、


『な、なん……だと……!?』


 そこには信じられないような光景が広がっていた。


《レイヴン1、FOX2!》《レイヴン7、FOX2!》《全て壊すんだぁ!》


 領地から上がって来たであろう、量産型ベクターマシンを駆り、ミサイルを釣る瓶打ちするメイド軍団。問題は彼女らが撃っているミサイルだ。


 ――――――どう見ても小型の核ミサイルです、本当にありがとうございました。


 それでもトリスケルは沈まないが、当然ながら生き残っていた客人やそれを狩っていたフォモール族も巻き込まれる。咎人たちは一瞬で蒸発し、フォモール族は火傷で苦しみのた打ち回る。呆れ返る耐久力だが、どちらにしろ放射線で汚染されているので、長くは無かろう。

 もちろん、周囲の海も多大な影響を受けている。熱と放射能にやられた海洋生物が次々と浮かび上がり、ハボクックの甲板でもバタバタ船員が死んでいく。

 ……さらに、倒れている者の中には、家臣である筈のメイドたちも混じっていた。ベシャリと崩れ、ピクリとも動かない。完全に死でいる。


『こ、これは……』

「アルカードからのお裾分けよ。あいつ、武器マニアだから」

『そういう問題か!? 貴様……自分の家臣、領民、同僚までも……!?』

「大丈夫、皆生きてるわ。心の中にね♪」


 どうしよう、分かってはいたけど、本当に容赦ない。


『この悪魔がぁ!』

「その通り! ワタシは悪の権化よぉ!」


 テコナは高らかに宣った。

◆ニャルラトホテプ


 クトゥルフ神話に登場する外なる神の一柱。混沌の魔神王「アザトホース」の参謀役にして、千の無貌を持つ者。暗黒世界より来たりし大地の力を持つ、「這い寄る混沌」と呼ばれし存在。

 神話中でも屈指の外道で、狂気と混乱を齎すのが趣味だったり、「自分はアザトホースの忠実な僕」と嘯きつつ内心では嘲笑っていたりなど、かなり性格が悪い。ちゃっかり唯一封神された事のない外神だったりする。出し抜くのが上手いのだろう。

 変幻自在で様々な姿を持つが、何故かハスターと同じ「黄衣の王」の姿を取る事がある。真似をしたのかされたのか、真実は闇の中である。

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