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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
47/52

仄暗い海の底から

 ゾスより来たりし悪魔が召喚される、少し前。アースガルド、ケテル(王冠)の間。


『いやぁ、やっぱりパイクレースは見ていて面白いなぁ!』


 巨大な左目のような縁取りの電子画面から、闇黒の海を直走るハボクックたちを観つつ、サンダルフォンがゲラゲラと笑う。とても天使の笑顔ではない。


「隣、失礼するわね」『吾輩が合席する事を光栄に思うがいい、木偶の棒よ』「………………」


 そんな彼女の両サイドに、二人の男女が持ち前の椅子にドカリと座る。すぐ後ろには別の男が一人立っていた。

 言うまでも無く、テコナとアンタレスにブランドー伯爵だ。座っているのがテコナとブランドー伯爵の二人で、脇に控えているのがアンタレスと、実に立場がよく分る配置である。


『あららら、貴方たちを招待した覚えは無いのだけど?』


 しかし、誰が座っても居心地の悪さしか感じない面子が傍に居るにも関わらず、サンダルフォンは笑みを絶やさない。所詮は端末でしかないので、余裕のよっちゃんなのだろう。


「あんなこれ見よがしに景品を用意しておいて、よく言うわね」

『貴様がフォモール族と何やらコソコソとしているのは分かっているのだ』

『だから何? わたしはここに居ないわ。何か企んでいるようだけど、無駄無駄無駄。それより今はレースに集中しなさいな。面白い事になってるわよ』


 さらに、彼女以外の三人へ向けて、全方位から赤いΔが照射された。見えないだけで、部屋中に潜んでいるに違いない。

 だが、テコナたちもまた動じなかった。水面下で策が進行中なのか、この程度はどうとでもなるという強者の余裕なのか。あるいは両方だろう。

 しかし、今はサンダルフォンの言う通りレースだ。テコナたちもサンダルフォンも、ゴールをトリガーとして行動を起こすつもりのようだから、サイカたちが完走しないと話にならない。

 そして、画面の向こうではルルイエの主が浮上し、物語が動く……。


 ◆◆◆◆◆◆


『えっ……お姉ちゃんの霊圧が消えた……?』


 突然、目の前で姉であるサイカが消えた。

 正確に言うと、頭から黒く染まっていき、最後は全身が闇となって、空気に溶け込んでしまった。最早、影も形も、魂の残滓すらない。


『――――――カーリー、船内へ引き返して。小競り合いは一旦中止よ!』

『グルルルルル……!』


 さらに、ドゥルガーの鶴の一声で、カーリーとゾンビ共がドゥーン・クリスタルへ撤退していく。それも大分焦った様子で。難破組にも動じなかった奴らが、である。これは何かある。


『待てぇっ! お姉ちゃんは何処へ行ったのよ!?』

『もう何処にも居ないわ。呆けた心でクトゥルフを見て無事な生物はいないもの』

『クトゥルフ……?』

『貴女も沖合の怪物をまだ観ていないなら、脇目も振らずに脱出する事をお勧めするわ。目と目が合った時が、貴女の最期よ』


 最後にそう言って、ドゥルガーは玉座に戻った。その後、ドゥーン・クリスタルもライオネルから離れていく。


『クトゥルフって……あの「クトゥルフ」?』


 ユダは唸り声の聞こえる方を見ないように他のメンバーに念話を送り、自分も気を付けながら船内へ引っ込んで、考える。

 クトゥルフと言えば、クトゥルフ神話を代表する邪神の事。

 クトゥルフ神話は外宇宙から来た邪神と旧き神々との対立とその後を描いた物語で、見るも悍ましい姿や冒涜的な伝承を持つ者が多い。

 特に旧支配者と呼ばれるカテゴリの神々は、何処のあの世にも属さない謂わば侵略者であり、主に他の惑星から来た宇宙人が殆どだ。“姿を見た者や自分が見た相手を変質させる”という共通の特性を持っている。変質の幅は種族によって異なり、クトゥルフの場合はゾスの信仰する絶対の神へ対する生贄として闇に還す。

 つまり、サイカは邪神の供物にされてしまったのである。助ける方法は……無い。魂さえ還元されたのだから、救うも何もないだろう。


(えっ……死んじゃったの? こんな簡単に……?)


 あのシリル・エイカーの罠さえ乗り切った、あのサイカが? まだカインの下に辿り着いてすらいないのに?

 ユダには信じられなかったが、事実は事実。サイカは生命活動を停止、死んだのだ。


 ――――――だが、ユダは絶対に信じない。信じたい事だけを信じる。


『……皆、ドゥーン・クリスタルを追うよ!』

『『らじゃらじゃー』』『プリリン!』『きゃるーん!』


 もちろん、それは他の皆も一緒。

 だから(・・・)ユダたちは(・・・・・)ドゥルガーたち(・・・・・・・)を追う(・・・)他を囮に(・・・・)ゴールを急ぎ(・・・・・・)始めた奴らを(・・・・・・)こちらが囮に(・・・・・・)使う為に(・・・・)


(残っているのは……「えんがわ」「ブラック・ナイト」「マシン・タイザー」「フォールン・オーダーズ」か……)


 見た限り、まだ航行出来ているのは、ライオネルとドゥーン・クリスタルを除けば、四隻だけ。

 たった四隻と言うべきか、それとも四隻も生き残っていると褒めるべきかは分からないが、真面な戦闘を行えそうなのは、マシン・タイザーとえんがわぐらいだろう。他の船は、乗組員の殆どが闇に還ってしまい、これ以上進めるのかどうかさえ怪しい。

 ドゥルガーさえ面と向かって対立する気が無い事を鑑みるに、誰も闇黒化を防ぎ切れないようである。

 そうなると、選択肢は二つある。視界に入らないようコソコソと進むか、倒しに行くか、だ。

 一応、クトゥルフの闇黒化の波動は無機物には作用していないので、集中砲火すれば倒せない事もないだろう。

 しかし、ある程度接近しなければダメージは見込めそうもなく、その間に奴の目前に曝け出されたら、それだけでアウトである。逃げるにしろ戦うにしろ、不退転の覚悟で挑むしかなさそうだ。船体の内部以外、何処にも隠れる場所がないのだから。

 ならば、話は早い。ドゥーン・クリスタルを攻撃しよう。そうなればドゥルガーも足を止めざるを得ないし、クトゥルフの注目も集められる。


『カルマ、アルマ、“スターゲイジー砲”用意!』

『りょーかい!』『ほうがくよーし! ぎょうかくよーし!』

『撃てぇ!』『『はっしゃーっ!』』


 ライオネルの表面が一部溶解し(溶かしてるのはドラコとスップリン。流動体なのを利用している)、中から顔を覗かせた物体が、ユダの一言で射出される。

 その物体とは、魚介類だ。船体を形成する過程において、絶対零度の冷気でカチコチに冷凍した、海の幸を超高速で発射しているのである。

 凍った物というのは、本当に硬い。エネルギーを奪われ、分子がそれ以上動けなくなっているのだから、当たり前だ。

 むろん、凍る前の物質に強度を依存しているし、小さかったり薄かったりすれば、当然ながら壊れる。運動しないという事は、変形で衝撃を外に逃がす事が出来ない事を意味しているからである。

 だが、泳ぎに特化した流線形の身体とバイク並みの重さを持つ鮪や、そもそもデカ過ぎて生半可な攻撃では傷一つ負わせられない鯨など、元から頑丈で大きな物であれば、その威力は折り紙付きだ。

 何せ、巨大な杭が弾より速く飛んで来るような物だ。普通に死ねるし、当たれば砕ける、お互いに。


《ヴォォオオオオォォォォォ……!》

『………………』


 幸い、何故かクトゥルフはその場から動かない。攻撃する素振りもない。召喚が不完全なのか、それとも別の理由があるのか、それは分からないが、ここは有難くスルーさせてもらおう。


『撃て、撃てぇ! クトゥルフには目もくれてやるな! あのアバズレを沈める事だけを考えろ!』


 ライオネルのスターゲイジー砲による追撃が、ドゥーン・クリスタルを襲う。結晶が砕け散り、宙をキラキラと舞う様は幻想的だが、その光景を生み出しているのが冷凍食材だと思うと、何だか微妙である。

 しかも、使われているのは、冷凍保存しておいたストックだけではない。周囲に浮かんでいる戦死者の遺体を次々と冷凍し、それらも弾丸として発射しているのだ。

 クリスタルのシャワーの中をマッハの勢いで飛んで行く凍った死体。これがホラー映画だとしたら、代わりにポップコーンが画面に飛んで来そうである。


『それは流石に趣味が悪過ぎない!? ……って言うか、ちょ……痛い痛い、当たってるから!』

『当ててんのよ!』


 これ程物理的な“当ててんのよ”があるだろうか。弾が直撃しても痛いだけで済むのは流石だが。


『オラァッ!』『はにゃーん!?』


 そして、機動力が落ちたドゥーン・クリスタルに、今度はライオネルが接触する。砕けた氷をその場で再氷結させ、船体に絡み付く念の入り様だ。絶対に逃がさないという、ユダの強い意志が感じられる。接着、ヨシ!→現場猫

 まぁ、喧嘩を売るだけ売って、姉を消した挙句トンズラするような奴に、怒るなという方が無理な話だが。


『ほらぁ、仲良くしよう?』

『いや、する気ないだろ!?』


 良く分ってるじゃあないか。

 だが、他の船も似たような事をしている。

 具体的に言うと、マシン・タイザーがえんがわに対し、スーパーロボットを発進させて。何かあるとは思っていたが、まさかの汎用人型決戦兵器を格納しているとは。そんなの有りか。

 頑張れ、えんがわ。今沈んだら、十六夜はどうなるんだ!


『チクショウ、放せ! 放せ!』

『だが断る! 旅は道連れ世は情けって言うでしょ?』

『この……っ!』


 悪態を吐きつつも、カーリーを放ってゴリ押ししようとはしない。やはり、完全な耐性は持っていないのだろう。

 神話のタイトルを飾るクトゥルフであるが、実は「外なる神」と呼ばれる特級の邪神たちと比べると神格は低く、彼らを崇める司祭程度のランクでしかない。謂わば、侵略勢の中間管理職や前線指揮官に当たる立場だ。ドラ○エのハー○ンみたいなものである。一応は最高神の孫なのに……。

 しかし、そんな若干哀愁漂う出自のクトゥルフだが、腐っても神は神。それに立場は低いとは言え、あくまでクトゥルフ神話内での話で、スキルその物は強力無比だ。そこらの土地神や荒ぶる神が敵う相手ではないのである。

 もちろん、ドゥルガーやカーリーとて例外ではない。常軌を逸した頑強さを誇る彼女たちも、最高神では無いのだ。レベル近い相手からの攻撃ならば、ある程度は通じてしまうのである。

 そもそも、クトゥルフの邪神たちはかなりの特殊攻撃寄りだから、物理特化気味なドゥルガーたちは単純に相性が悪いのかもしれない。

 ともかく、このままくっ付いていれば、ドゥーン・クリスタルも歩調を合わせざるを得ないだろう。

 だから(・・・)


(早く帰って来て、お姉ちゃん……!)


 ユダは信じて待つのだ。サイカの帰りを。


 ◆◆◆◆◆◆


「………………?」


 ここは何処だろう?

 私は誰なんだろう?

 何が何だかさっぱり分からないが、私は今、独りぼっちになっているらしい。

 足元しか見えないが、途轍もなく広大な空間であるようで、声を出しても反響する気配が無い。凹凸の少ない平面が何処までも続いているようである。


「うわっ……!?」


 今気付いたが、足元の“コレ”は地面ではなかった。ブヨブヨとした、脳味噌とも臓腑ともつかない、肉の塊だった。所々に臭い息を吐く大口やギョロギョロとした目玉が見える。はっきり言って気持ち悪い。

 こんな所からはさっさとオサラバしたいが、何処に向かえばいいのだろう。出口があるのだろうか、こんな闇の世界で。


《ここを出たいか?》


 すると、何処からともなく声が掛かった。女のようでもあり、男のようにも思える、不思議な声質。


「………………!」


 見上げると、そこにはいつの間にか、天を覆う程の巨人がこちらを見下ろしていた。蛾と鬼を融合させ、擬人化したかのような、銀色の巨大人型生命体。全身がテレビの砂嵐のように光っていて、大変目に悪い。見ているだけで眩暈がしそうだ。

 だが、不思議と視線を逸らせない魔力のような物を纏っており、見れば見る程意識がぼやけていく。何だかよく分からないが、このままではマズい。


「……あなたはだぁれ?」

《セレン・ガイラス。セレンの名()継ぐ者……》


 セレン……何か、どっかで聞いた事があるような……?


《ここから出たいんだろう? 愛する家族の下へ帰りたいんだろう? なら、我々(・・)の手に掴まるといい。なぁに、怖くはないさ。我々は大勢であるが故に》


 ――――――家族?

 嗚呼、そうだ……私には家族がいるんだ。愛して止まない、大切な人たちが。取り戻すべき(・・・・・・)存在が(・・・)

 他に頼る手もないし、だったら――――――、


『………………』

「えっ……?」


 と、誰かが私の手を握った。黄色い雨合羽を着た、何処か病的な女の子だ。


『………………』

「えっ、あ……ちょっと!?」


 さらに、有無を言わさず、私を闇の中へとグイグイ引っ張っていく。


《いいのか、そんな奴に付いて行って? 何処へ行くのかも分からないんだぞ? 我々の手を取らないと、ここからは出られないぞ? お前は本当にそれでいいのか?》

「………………」


 確かにそうだ。この子は何も言わない。このまま彼女の為すがままに任せていたら、何処へ連れていかれるか分かった物じゃない。

 しかし、何故だろう。どう考えても巨人の方が真面な事を言っているのに、何だか胡散臭く感じる。

 というか、冷静になって考えると、こんな馬鹿デカい図体で見下ろして「ヘッヘッヘッ、心配する事はない」みたいな事を言われても、信じられる訳ないんだよなぁ……。

 それにさぁ、


「……私は、見下されるのが、大っ嫌いなんだよ!」


 あと、多数派に迎合するのが何か嫌。袖に振る理由はそれだけである。

 だって、我々は大勢(・・・・・)なんだろう(・・・・・)誰かさん(悪霊)

 私はもっと生きたい。誰よりも幸福に、何不自由なく。

 だから、私は私の道を行く。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。邪魔者を全て片付けて。


「そうでしょう、“母さん”?」『………………』


 この子は何も言わないし、確信もないけど、何となく安心するんだよねぇ、この手。だから便宜的にそう呼ばせてもらうわ。別に支障は無いし。

 そして、雨合羽の少女に手を引かれ、()は闇から帰還した。


《そうか。それもまた良いだろう。……だが、努々忘れぬ事だ。我々はいつも(・・・・・・)傍にいる(・・・・)これまでも(・・・・・)これからも(・・・・・)……あの世の(・・・・)誰よりもな(・・・・・)。ヴフハハハハハハ、ギャハハハハハハハハハァ!》


 不穏な言葉を耳朶に残して。

◆クトゥルフ


 旧き神々と外宇宙からの侵略者たちの戦いとその後を描いたコズミックホラー的現代神話、「クトゥルフ神話」に登場する邪神の一柱。水を司る神でもあり、今は海底都市「ルルイエ」に封印される形で眠っている。また、最高最悪の神「アザトホース」の孫でもある。

 本来の出身地はゾス星系の闇黒惑星であり、遥か太古の昔に眷属と共に地球に飛来した。所謂、地球外生命体。そのせいか、星の巡りによってパワーがインフレ・デフレを繰り返す、何処かの魔族みたいな宿命を背負っている。

 しかし、神話内における神格(というか立場)はそれ程高いとは言えず、精々が前線指揮官や四天王の一人目くらいのポジションでしかなかったりする。役職的には、アザトホースを含む外なる神を祀る最高司祭と言ったところ。ハー○ンと仲良く出来そう。

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