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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
46/52

ひょっこり氷山島

『ヒィャアアアアォヴッ!』


 マリン・ダストの時と同じく、先陣を切るカーリー。相変わらず怖い人相である。

 カーリーはドゥルガーが生んだ娘――――――つまりは第二の殺戮兵器であり、容姿こそ良く似ているが、開き切った瞳孔と蛇のように出した長い舌が全てを台無しにしている。その上、討ち取った敵の生首や骸骨を戦利品(ネックレス)として首から下げているというオマケ付き。

 事前知識が無くとも、一目で分かる。こいつはイカレていると。どう見ても気が狂ってます、本当にありがとうございました。

 そんなキチ○イ戦闘狂が、髪を振り乱し涎をぶち撒けながら、血塗れの闘剣と三叉戟をぶん回して襲い掛かって来る。下手なホラーよりずっと怖い。殺戮の女神だから戦闘力もあるので、物理的にも危ない。神の耐性と力を持ち合わせたキリング魔神とか、恐怖以外の何物でもないだろう。怖過ぎる。


『お姉ちゃん!』


 と、僕目掛けて突進してくるカーリーの前にユダが立ちはだかる。体格で勝る自分が、という思いからだろうが、こいつが相手ではあまり意味はない。


『ギャヴォオオオオオオッ!』

『ぐぅッ!?』


 カーリーの闘剣を受けたユダが、物凄い勢いで押し込まれる。カーリーは戦闘の神。母親譲りの怪力で無双してくるのだ。

 さらに、それだけではない(・・・・・・・・)


『グヒャヒャヒャヒャッ!』

『………………!』


 カーリーが(・・・・・)空いた両手(・・・・・)で三叉戟の(・・・・・)一突きを(・・・・)繰り出す(・・・・)

 そう、カーリーはインド神話の女神。腕が複数あるのである。彼女の場合は四本。母親に至っては八本(+脚も四本)。手数の多さでインド系の神々に敵う者はいない。


『舐めるなぁっ!』『ゴァッ!?』


 だが、ユダとて攻め手の数では負けていない。彼女は四肢しか無いが、バラバラになれる。カーリーの一突きを分裂で躱し、背後で再集結して奇襲を掛けるなど、お手の物だ。


『【神炎宇龍亜砲ゴッド・ブレイズ・キャノン】!』

『フゥゥヴァァッ!』

『嘘ぉっ!?』


 しかし、カーリーはあくまでも神。地力がまるで違う。

 だから、至近距離から放たれたユダの【神炎宇龍亜砲】も、素手で払い除ける事が出来る。神というより化け物とか言ってはいけない。案外、大体の神話において、悪魔より天使や神の方が頭おかしい姿してるもんだから。


『ヴォォアアアア……グルヴォォアッ!?』

『【召喚魔術(サモン・ゲート)】! 【化石融合フォッシル・フュージョン】! ……出でよ、【大いなる獣(ト・メガ・セリオン)】!』』《キリキリィァッ!》


 再び襲い掛かるカーリーを、人造巨人兵器ネフィリムが殴り飛ばす。【奇跡融合ミラクル・フュージョン】してマルバスと化したマンティコア兄妹がinした、特別仕様である。


『ブルヴォオオオオァアア!』

《ズワォ!?》


 だが、それでもカーリーを討ち取るには至らない。

 むしろ、横面を殴られた仕返しに投げ飛ばし、口から放射能の熱線を吐いて大暴れした。

 ネフィリムはあくまで巨神のような兵。神の子どころか堕天使の子供でしかなく、やはり基本スペックではカーリーに劣っているのだ。神なんぞ大概は理不尽な存在である。

 でもさ、あえて言わせて欲しいんだけど……何で精々少女サイズの人型生命体が、身体は大人な暗黒騎士や巨大ロボットを相手にタイマン張れるんだよ、おかしいだろ。物理法則仕事しろ。これだから神様ルールは嫌なんだ。


『オオオオォォオン!』


 ……と、戦いの両脇から死に損ない(アスラゾンビ)共が攻めて来た。ドゥルガーやカーリーに虐殺された、名も無きアスラ神族たちの成れの果て――――――ようするに負け犬の集まりである。実態も実害も実力もある、悪霊軍団(レギオン)よりよっぽど迷惑な奴らだ。

 そっちが数で来るなら、こっちもそうさせてもらおう。


「【土地開発(テラ・フォーミング)】+【無限起動兵器エメス・ザ・インフニティ】+【錬金術(アルケミック)】+【合成魔術(シンセシス・スペル)】の合わせ技を喰らいやがれ!」


 僕は半分を切った残りの魔力を全て使い、スキルの組み合わせによって“ゴーレムとホムンクルスを融合させた無限起動のサイボーグ”の軍勢を召喚した。材料は船体の氷と途中で拾った死体の数々。リサイクルって大事よね。

 さすがにカーリーやドゥルガーは絶対に無理だが、今はただのゾンビでしかない連中くらいなら相手取れる。これでアスラゾンビに対する牽制はバッチリである。


『キャァアアアアアア!』


 そして、久方ぶりにスプリガン・ア・ラ・モードとなったスップリンが、【特異点(オレイカルコス)】で乱戦状態の両軍を次々と闇の世界へ呑み込んでいく。MAP兵器はこういう時こそ活きる。消えても困らない囮がいる状況では特に。

 うーん、威圧感が凄い。スップリン(キョダイマッ○スのすがた)は迫力あるなぁ……。

 ひとまず、これで膠着状態には持っていけた。ほぼ無限湧きみたいなものだから、マジで終わりが見えないのだが、拮抗すればそれでいい。

 ――――――そろそろ、親玉が痺れを切らせる筈だからな。


『……良い……良いわ、そういうの! ここまで見せられちゃったら……私も出向くしかないじゃなぁ~い♪』


 痺れの切れ方が別ベクトルだった。興奮すんなや。


『キャホハハハハァアアアアアッ!』「ドラァアアアアアッ!」


 玉座から跳躍したドゥルガーが、叩き付けるような勢いで切り掛かってくる。僕は真面に受けるような真似はせず、転がって避けてから魔法剣とカットラスを構えた。

 さらに、大乱戦のど真ん中で対峙し、メンチを切るように互いを睨み合う。


『……ここまでは見事と言いたい所だけど、魔力がスッカラカンな今の貴女に何が出来るのかしら?』

「馬鹿にしないで。……無いなら(・・・・)奪えばいいのよ(・・・・・・・)!」


 僕は挑発するドゥルガーに嗤い返し、背後へ手を翳す。

 すると、周囲に転がる無数の死骸・残骸から漏れ出た魔力が掌に流れ込み、僕の中へ充填された。


『あら貴女、「暴食」の権能でも持っているの?』

「違うね。私は「強欲」なのよ!」


 そう、これが「強欲」の力。七つの大罪の内、一番はっきり(・・・・・・)しない罪の形(・・・・・・)全てに通ずる(・・・・・・)欲望の始まり(・・・・・・)何もかもを(・・・・・)欲する衝動(・・・・・)

 つまり(・・・)他の六つの権能(・・・・・・・)を七割くらいに(・・・・・・・)劣化して使う事(・・・・・・・)が出来るのだ(・・・・・・)

 そして、今のは暴食……食らう力。周りの魔力を食い荒らして、自分の魔力を回復したのである。

 もちろん、他の「傲慢」「嫉妬」「憤怒」「色欲」「怠惰」の力も使える。70%くらいで。


『――――――それ、器用貧乏って言わない?』

「応用力があると言え!」


 それを言っちゃお終いだろうがぁ!

 正直、他の魔王……具体的に言うと、「傲慢」のルシファー様辺りと契約したかったよ! あの人の力、群を抜いてるし!

 だけどさ、仕方ないじゃん、緊急事態だったんだもの!

 い、いや、これ以上はよそう。後で絶対マモン様にどやされる。あの人、小言多いから相手するの嫌なんだよ。

 そう、僕には「強欲」の権能が一番似合っている。異論は認めない。実際、劣化してるだけで応用力は抜群だから、便利ではある。精々有効活用させてもらうとしよう。

 何せ、神が相手だからな。魔王の力、お借りします!


『まぁ、七割程度の力を発揮したテコナ・エウリノームを相手をしているつもりで挑ませてもらうわ!』

「人が一番気にしている事を的確に指摘するんじゃねぇ!」


 ※母上様は本当の悪魔なので七大魔王全てと契約しています。


「ドラァッ!」『うぬっ!?』


 まずは「色欲」の力を発動し、ドゥルガーにゾンビ共を殺到させる。対象を絶世の美女と思うよう周囲の者を魅惑させ襲わせる技だ。

 本来は視姦するだけで孕ませたりなど、エロゲー待ったなしの能力なのだが、そこまで強力である必要も、ましてや入用もない。そう言うのはユキ○ゼ辺りにでも使っといて下さい。

 むろん、拘束はすぐにでも解かれるだろうが、これは時間稼ぎ。次なる権能、「憤怒」の力を発揮する。怒りで己を高め、身体能力を上げるのである。本当なら憤怒の炎で周りのモノ全てを魂ごと焼き尽くす事も可能だが、そんな事したらユダたちがバーベキューになるので要らん。


「グォオオオオオオオオッ!」『うわっ……とぉ!?』


 さらに、「怠惰」の権能でドゥルガーの体感時間を遅らせ、対処し難くした上で切り掛かる。突然の出来事が連続して起こったせいか、ドゥルガーは押され気味だ。

 だが、あくまでそれは混乱しているだけ。マジになられたら普通に力負けしてしまうので、さっさと畳み掛ける。「嫉妬」の力(厳密にはその内の「羨望」の力)で「傲慢」の出力を70%→90%に向上させ、ドゥルガーに膝を着かせる。


『……やるじゃない! 私に膝を着けさせる奴なんて、そうそういないわよ!』

「そうそうはいるのかよ!」

『癇癪起こしたカーリーちゃんとかね!』

「お前の娘危な過ぎるだろ!?」


 せめて噛み付く相手くらい教育してやれよ。


『なるほど、確かに便利な権能ね。……でも、まだまだぁあああっ!』「うきゃぉっ!?」


 と、混乱から立ち直ったドゥルガーが本来の力を発揮。剛力無双化している筈の僕を力任せに跳ね飛ばした。

 だからさ、お前らズルいって!


『ドルァッ、オルァッ! キェヴァォゥ!』「ぬぐぐぐぅっ!」


 そして、召喚した神器の数々を振り回し、あっという間に僕のカットラスと魔法剣を破壊する。

 さらに、カーリーのように口から虹色の破壊光線を吐いて、僕を遥か後方へ吹っ飛ばした。

 インド神話は仏教の源流みたいな物だから、大人しい奴ばかりだと勘違いされ易いけど、ディーヴァ神族もアスラ神族も、日本の荒神もかくやって勢いで、頭の螺子が殆どぶっ飛んでるんだよなぁ。特にこの親子に至っては殺戮兵器と暴力装置だからね。マジで殺す事と壊す事にしか興味が無い。

 ……つーか、それらは予備だからいいけど、モノホンぶっ壊したらぶっ殺すぞ!


『残念だけど、もうお終いね!』

「それはどうかな?」


 しかし、壁画とかでよく見る姿で猛進してくるドゥルガーを前に、僕は「それはどうかな?」を発動した。


「てぇい!」『何ィッ!?』


 正しくは、「強欲」が持つ“本来の固有スキル”――――――「強奪」の力で、ドゥルガーの武器を自分の手元に強制召喚したのである。所謂【スティール】って奴だな。パンツは奪わないけど。


『……人間の分際で、汚らわしい手で、私の神器に触るなぁっ!』

「うるせぇ、クソ年増! テメェのケツを手で拭くような連中に言われたくねぇんだよ!」


 ※別にインドだけじゃないのでご愛敬。あと、紙があれば普通に拭きます。日本人も葉っぱで拭いたりするしね。


『ヴォォォラァアアアアッ!』「ドルァアアアアアアッ!」


 神の武器が激突し、轟音を奏でる。三叉戟が闘剣を弾き、三鈷杵を短剣が絡め取り、手斧と盾がぶつかり、チャクラムを矢が居抜く。まるで使い捨ての道具が如く武器を使い、奪い合って火花を散らす。

 最終的にお互いの得物は全て消失して、素手の殴り合いになった。手数が明らかに足りないので、ドラコの変身能力で補って貰い、八腕四脚の怪物と渡り合う。時折、蹴りや光線技も交えて、一歩も引かない激烈バトルを展開する。

 もしかして僕、今凄く輝いてる?

 いや、そんな事はどうでもいい。気になるのは、


「――――――そもそも、何でパイクレースに参加したんだよ! 暇潰しだけが目的じゃないんだろう!?」


 こいつ、何でこんな極地にまで来て、レースに参加したのだろうか。物好きと言えばそれまでだが、わざわざエントリーする程の魅力があるとは思えないんだけど。


『ええ、もちろんだわ!』


 すると、ドゥルガーは怒りと狂喜の入り混じった、凄惨な笑みを浮かべながら答えた。


『そろそろカーリーちゃんにもお婿さんが欲しいと思っていた所なのよ! そうしたら、すんごく可愛らしい男の子が賞品に陳列されているじゃない。だから、余興も兼ねて参加したのよ!』

「西の果てまでやって来て、娘の婚活するんじゃねぇ! そもそも、あんなキチ○イにカインをやれるかぁ!」

『失礼ね。あれでも可愛い所も沢山あるのよ。それに、ちょっと記憶を弄れば何の問題も無いわ』

「問題発言でしかないだろ! ますます以て渡せるかよ! カインは、私が守る!」


 そう、こんなアジアのサ○ヤ人みたいな連中に、カインをやる気は無い。というか、何処の誰にもカインは渡さない。

 僕の家族は、僕だけの物だ!


『そんなの知らんなぁ! あの子はカーリーのお婿さんに……もしくは私の夫となるのよ!』

「おだずなよ、このアバズレがぁ! あわよくば狙ってんじゃねぇ! 奈落の底に落ちろ!」

『いやでも、結構あの子と私たちの相性って良いと思うのよ。顔は可愛いけど、ワイルドな生き方してきてそうだからね』

「無駄に見る目はあるのがムカつくぅうううううっ!」


 僕たちの戦いは、まだまだ続く……かに思われた、その時。


《プヴァグゥウウウウウウウヴヴヴウウンァ!》

「『ゑ?』」


 深い深い海の底から、“邪神”が姿を現した。


《フォォオオオオン……クォオオオオオオン……!》


 それは、海産物の塊だった。

 海坊主を頭に、海座頭や海難法師、お化けハマグリの他、様々な海の怪物たちが融合し、四肢を持つ人のような形を成している。ハボクックを優に見下ろす巨体が、光さえ通さない深淵から覗かれているかのような不安を誘う。

 僕、こいつ知ってるぜ。ゾス星系から来た宇宙人だよ、絶対に。

 たぶん、あの難破組を生贄に召喚されたんだろうねぇ。だから一応は本物だけど、本体とは言い難い、そんな感じ。

 ……あれ? 奴が“ソレ”という事は、もしかして――――――、


「あっ……」


 そして、それが僕の見た最期の光景となった。

◆カーリー


 インド神話における闘争の女神。殺戮の女神ドゥルガーの娘であり、母親以上にヤバい奴。青黒い肌を持つ四本腕の美女なのだが、鋭い牙に垂れ下がった舌、瞳孔まで開き切った三つ眼、という滅茶苦茶危ない表情のせいで全てを台無しにしている上、血塗られた闘剣と刈り取った生首を自慢げに見せびらかすなど、限りなく常軌を逸脱している。本気を出すと十面十腕の、マジもんの化け物になる。

 ちなみに、こんな成りでもシヴァ神の妻候補の一柱だったりする(※シヴァはハーレム主義者なのだ)。絵画では大抵、その夫を足蹴にしているのだが……。

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