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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
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海がきこえた

『何も来ないね……』

「いいや、そろそろ仕掛けて来る筈だ。この手の魔物は焦らすのが好きだからな」


 風が吹くどころか波さえ立たない、不気味な程静かな霧の中を進む事しばらく。

 案の定、何か聞こえて来た。木製の細い物が、同じく木材由来の船べりを擦りながら波間を漕ぐ、ギィギィという音。


「あっ……」「うぁっ……」


 さらに、同じく霧の中を進むハボクックでバタバタと人が死んでいく。外傷も(・・・)苦しんだ様子も無く(・・・・・・・・・)まるで(・・・)瞬間的に(・・・・)息の根が止まった(・・・・・・・・)かのように(・・・・・)

 これは、まさか――――――、


『盥に揺られて櫂を漕ぐ~♪

 恨みを節々口遊み~♪

 神凪乗り越えやって来る~♪

 無念と怨念と積み込んで~♪

 我らは海難、八百万~♪

 災いすぐさまやって来る~♪

 モウレンやっさ、もうれんヤッサ、もうれんやっさ、モウレンヤッサ……』


 そして、小波を掻き分け漕ぎ進む何者か。まだ姿は見えないが、間違いない。

 いや、見ない方が良い、間違いなく。何せあいつは……!


「マズい、皆目を瞑れ! “海難法師”だ!」

『海難法師? 何それ?』『おぼうさん?』『ならいいひとじゃないの?』

「全然違うわ。あいつは妖怪。日本で「法師」だの「入道」だのと付く魔物は、大抵最悪な奴だよ。あいつはその中でもとびっきりだ。何せ……視界に入れたが最後、その場で死んでしまうからな!」


 そう、奴は海難法師。本来は伊豆諸島近海に生息する限定的な固有種だが、時と人の流れにより、諸外国の孤島にも棲み付くようになったのだろう。


◆『分類及び種族名称:怨霊集合体=海難法師』

◆『弱点:なし』


 ……で、その特性だが、一言で表せば「動くザ○キーマ」。視覚を媒体にして呪いを振り撒き、死んだ者の魂と肉身を吸収して肥大化する――――――つまりは、姿を見せるだけで相手を殺せるという、割ととんでもない奴である。その手の耐性が無い輩には驚異的な相手だ。


『あらあら、バタバタ人が死んでるわねぇ』


 まぁ、妖怪や妖精の上位種である「神」の類には通じないのだが。ドゥルガーなんて余興として楽しんでるし。

 だが、逆に言えば妖魔の餌でしかない咎人を含む人類にとっては最悪の殺戮兵器であり、実際に予備知識の無い連中はうっかり出くわして死んでいる。

 さらに、それは耐性の無い(・・・・・・・・)同類も含まれている(・・・・・・・・・)。アンデッド系のユダは別だが、他の皆はまず無理だろう。

 もちろん、僕もだ。種族の壁は早々は超えられない。根本的に“永遠の命”なんて、神々とその従者に許された特権だからな。

 ここは目を瞑ってやり過ごすしかない。海難法師とは、そういう妖怪なのである。

 しかし、この濃霧に包まれた海域の脅威は、それだけ(・・・・)に留まらなかった。


 ――――――ベベン!


 突如、海難法師が居るであろう方角とは別の所から、琵琶の音が響いてきた。ついついそちらを見てしまうと、果たしてそこには海難法師とは別の妖怪が。蝋のように真っ白な肌をした、とても生きているとは思えない琵琶法師。


「……クソッ、海座頭までいるのかよ!」


 海座頭とは、海で遭難した……あるいは“させられた”座頭の亡霊であり、海坊主の近縁種。月の終り頃に現れ、海上を文字通り歩いて彷徨いながら、出会った船を片端から沈めていく。


◆『分類及び種族名称:彷徨(ほうこう)怪人=海座頭』

◆『弱点:琵琶』


 言うまでも無いが夜叉のように音を操る能力があり、琵琶の音で精神を掻き乱し、感覚を狂わせる事が出来る。見たら死ぬ海難法師が付近にいる現状、泣きっ面に蜂だ。

 どうする、このままだと確実に沈められる。視覚も聴覚も封じられたとなると、もはや嗅覚に頼るしかないが……ここはマンティコア兄妹が頼りである。お願いします、カルマ&アルマ先生!


『『はにゃん……』』「あれー!?」


 だが、肝心の二人はゴロにゃん状態だった。まるでマタタビを嗅いだ猫。とんだ役立たずだ。


『お父さん……お母さん……?』


 それどころか、アンデット故に状態異常にはかなり強い筈のユダまでも、様子がおかしくなっている。誰かに呼ばれているようだが……?


「………………!」


 嫌な予感がした僕は、念の為に備え付けのガスマスクを掛けてから、ユダが向かう方――――――海難法師も海座頭もいない、全くの別方向に駆け出した。

 そして、船縁から身を乗り出してみると、


『お父さんなの? お母さん、そこにいるの?』

『ああ、そうだよ』『母さんはここにいるわ。さぁ、おいで……』


 波間からユダを招く、無数の手。どれもこれも水膨れて、腐っている。香り立つ異臭を放ちながら。


『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』

『ああ、そうか……そうだったのね……ただいま、お父さん、お母さん……』


 声に誘われるまま、虚無の海へ飛び込もうとするユダ。


「――――――【召雷弾(サンダー・ブレイク)】!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 僕はもう時間が無いと判断し、雷撃の雨を降らせた。

 【召雷弾】は指先から魔力的な雨雲を発生させ、雷を落とす魔法。起点こそ魔法だが、発生した段階で雷は自然現象なので対象がランダムになり、最悪自分以外の味方も巻き込むMAP兵器染みた危険かつ汎用性に欠ける呪文である。

 さらに、今は海上なので電気が拡散してしまい、精々海面から顔を覗かせる相手にしか効果が無い。全く以て使い難い技だ。

 しかし、諸手を焼き尽くして“臭い”を元から絶ち、ユダをショック療法で正気に戻すという意味では、一番有効な方法である。


『うぅぅ……あれ? ワタシは何を……?』


 現にユダは悪夢(ゆめ)から覚めたし、


『――――――カァァアアア、グヴァワワワワワァッ!』


 ほぅら、本体のお出ましだ(・・・・・・・・)


『カァォオオオオオオッ!』


 炭化した手が引っ込み、代わりに顔を出したのは、殻の縁に鋭い牙がズラリと並んだ巨大な蛤に、ムカデメリベ(腕のような足を何本も生やした、ウミウシの一種)をくっ付けたような、異形の怪物。しかも、メリベの部分は無数の水死体が粘糸で接着されて出来ているという、SAN値チェックが入りそうな有様だ。


『な、何よ、こいつ!?』

「幻覚物質で悪夢の蜃気楼を見せる、「お化けハマグリ」だよ」


 そう、こいつの名はお化けハマグリ。「(しん)」とも呼ばれており、名が体を表すように蜃気楼を見せる海の怪物である。お化けハマグリの吐く幻覚物質は、アンデットだろうと惑わされる強力な効果を持っているので、ユダが嵌められたのも無理はない。


◆『分類及び種族名称:蜃気楼貝獣=お化けハマグリ』

◆『弱点:殻内部の神経球』


 その実態は、遊泳性の蛤が水死体を粘糸で繋ぎ合わせ身体を為した、謂わば動く死体だ。この死体たち(ミサキという別種の妖怪扱いもされている)には、本体の子機とも言える神経節が通っていて、自在に動かす事が出来る。誘い込まれなかった(・・・・・・・・・)獲物を直接襲う為(・・・・・・・・)である(・・・)

 こんな風に(・・・・・)


『オォォォ……』『アァァァ……』

『……死体が上って来る!?』

「安心しろ。その内、本体も上って来るから」

『安心出来ないよ!?』

「なら、きちんと殺してやるしかないさねぇっ!」


 僕は懐かしの火炎魔法・【火炎弾(ファイヤー・ボール)】で動く水死体(ミサキ)を攻撃した。ゾンビにはやっぱり火だ。やはり汚物は燃やして消毒するに限る。幻覚物質を焼却するという意味でも、火炎系の攻撃はお化けハマグリに有効である。


『【火炎放射プロミネンス・ナパーム】!』『『がぉーっ!』』


 優秀なユダと優秀(笑)のカルマ&アルマもそれに気付いたようで、凪いだ海を火に変える。


 ――――――ベベベン!


 すると、海座頭が音の衝撃波で鎮火してきた。こいつら、どうやらチームを組んでいるらしい。ドラムがお化けハマグリで、海座頭がベース、ボーカルは海難法師かな。うん、たん。


『海揺れ波巻き荒れ狂い、白みユウレンやって来る~♪』


 と、海難法師も狙いをこっちに定めたようである。死の殲律が櫂の音と共に迫る。

 つーか、視覚・聴覚・嗅覚を三方向から同時に封じるって、卑怯にも程があんだろ。危険過ぎるぞ、この海域。レースに使っていい海路じゃない。

 コースの下見はしっかりしてほしいものだが、見分しているのがモリグナ三姉妹なのだから、完全にわざとだ。死ね、三羽鴉ども!

 他の船はどうかは知らないが、僕らをそう簡単に沈められると思うなよ。やぁってやるぜぇ!


『マガツキ上り、闇が来る~♪ 二月過ぎれば――――――』

「無駄にイケボ過ぎんだよ! 【極閃光射(シャインスパーク)】!」

『ヴォァアアアアアアッ!』


 僕は背後から近付いて来る海難法師に向けて、【極閃光射】を放った。

 海難法師は視覚――――――つまりは光を介して呪いを掛けて来る。ならば、目も開けてられない眩い光を浴びせてやればいい。光属性の弱点は、より強い光である。


「オラァッ!」『ォォォォ……!』


 そして、僕は音源目掛けて【混沌の覇者(カオス・グリード)】を発射した。海座頭が音で邪魔しているのだろうが、そんなの知った事じゃない。周りにいる奴は皆敵だ。

 僕の攻撃で(・・・・・)殺られてしまう(・・・・・・・)弱い奴は(・・・・)僕の家族(・・・・)には居ない(・・・・・)


『スップリン♪ プリンプリン♪』『ヌゥゥゥ!』


 そもそも、海座頭の音色はスップリンの美声でかき消されてるしね。可愛いよ。


「……ユダ、ドラコ、お化けハマグリを片付けろ!」『了解! 【獄炎乱舞ブースデッド・ヘル・フレイム】!』『きゃぉおおおおっ!』


 さらに、ユダとドラコの獄炎が、動きの鈍ったお化けハマグリごと全てを焼き滅ぼす。火炎魔法を得意とする二人を先に始末しようとしたのはファインプレイだが、一歩及ばなかったようだな。


『アハハハハ! ワタシたちは無敵よ!』「あっ、お馬鹿! そういう事を言っちゃ――――――」


 だが、煩わしい敵を一掃出来た快感からか、ユダが死亡フラグを立ててしまう。

 そして、その嫌な予感は的中した。


「おわっ!?」『ドワォ!?』『『わきゃー!』』『プッチーン!』『きゃーっ!』


 瞬間、船が大きく揺れる。再生し続ける巨大氷母艦であったおかげで沈みこそしなかったが、巻き添えを喰らったダーク・ペインが引っくり返り、そのまま轟沈した。石灰質は軽いし脆いから仕方ないね。


『ブゥルヴォオオオオオオオン!』


 さらに、腐った卵のような臭いを放ちながら海中から現れる、吸盤だらけの巨大な触腕の数々。一本一本が高層ビルの如き太さで、吸盤だけでもテニスコートぐらいある。

 その中心に浮かび上がる、二つの目を持った馬鹿デカい島。

 否、あれは島ではない。アンモナイトのような(・・・・・・・・・・)甲殻で胴体を覆った(・・・・・・・・・)蛸の頭だ(・・・・)


「……海坊主までいんのかよ!」


 海の魔物クラーケンによく似た、巨大頭足類の成れの果て。デカくなり過ぎたアオイガイやタコブネの妖怪――――――海坊主である。


◆『分類及び種族名称:海底原神(げんじん)=海坊主』

◆『弱点:頭部』


 なるほど、海難法師・海座頭・お化けハマグリで船員を惑わし、最後は海坊主が船ごと掻っ攫う訳か。何処までも厭らしい奴らだ。こんなもん、ただのバミューダトライアングルじゃん。構成要員は日本の難破組だけど。

 しかしな、大航海時代ならいざ知らず、科学も魔法も発展した現代において、お前の出番なんぞ無いんだよ!


「はぁあああああああっ!」『お姉ちゃん!?』


 僕は【緊急発進スクランブル・ユニオン】で船を飛び立ち、海坊主に挑んだ。こんな質量兵器に小手先の技など通じない。一撃必殺で仕留めてやる!


「うぉおおおっ!」『ゴヴォァアアアアヴォォォッ!』


 迫り来る触腕を紙一重で回避し、頭部(じゃくてん)を目指す。本当なら胴体が一番の弱点なんだろうが、あの島がそのまま動き出し方のような装甲版を貫くのは不可能なので、面の皮が厚いだけの頭部を攻撃するのである。


『ヴァォオオオオッ!』


 すると、接近は断固拒否するつもりなのか、口から白い霧を吹き出した。霧の正体はこいつの吐息だったのだ。おそらく、周りの物と違い有害だろう。


「ユダ!」『【神炎宇龍亜砲ゴッド・ブレイズ・キャノン】!』


 しかし、ユダの霧払いにより、視界がクリアになる。白い闇は浄化の炎で消滅したのである。


「通行料払いに来ましたぁ! 天・地・開・闢……ティリャアアアアアッ!」『ゴァアアアッ!』


 そして、眉間に着地した僕の、零距離【混沌の終焉(カオス・エンド)】を喰らった海坊主は頭部を爆砕され、深い深い海の底へ沈んで行った。散々船を沈めて来たこいつに相応しい最期だ。


『お姉ちゃん!』「……ナイス、ユダ」


 さらに、力が抜けて墜落し掛けた僕を、ユダの生首がナイスキャッチ。船まで引っ張ってもらい、事無きを得た。こんな所で海還りする気はないからね。

 こうして、僕たちは誰も欠ける事なく魔の霧を抜け出したのだが、


『素晴らしいチームワークね、褒美に死をあげるわ』「いらねぇ!」


 その瞬間、高みの見物をしていたドゥルガーたちが襲い掛かって来た。


『出番よ、カーリー!』『ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァアアッ!』


 そして始まる、神々による甲板戦。ドゥルガーの居城ドゥーン・クリスタルから、暴走機関車カーリーを筆頭としたアスラ神族だったナニカの群れが押し寄せる。


「お高く留まりやがって! 私は見下されるのが大っ嫌いなんだよ! 天下りして黄泉に落ちやがれ! 行くぞ、お前らぁ!」

『お姉ちゃん、カッコいい~♪』『『まっはごーごー!』』『ア・ラ・モード!』『ギュァアアアッ!』


 僕たちも武器を抜き、戦闘態勢に入った。元山賊(※山本五郎左衛門は山を狩場にする魔王です)舐めんなよ!

◆バミューダス


 「海難法師」「海座頭」「お化けハマグリ」「海坊主」のカルテットで襲ってくる難破チーム。海難法師が視覚を封じ、海座頭が聴覚を掻き乱して、お化けハマグリが嗅覚から獲物を誘い出し、海坊主が船ごと沈めて止めを刺す。名前の由来は言うまでも無く魔のトライアングルから。

 元は日本から流れ着いたはみ出し者で、それぞれが好き勝手に生きていたが、やがてお互いに獲物を譲り合っている内に情が芽生え、チームを組む事にした。

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