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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
43/52

遠い島から来たWOO

 べつのひ!

 トリスケル島行きの列車の中。


「そろそろだね……」


 僕は窓の外を見ながら呟いた。隣にはユダ、頭上にドラコ。正面にはアルマ&カルマwithスップリンが座っている。いつもの愉快な仲間たちだ。カインを除いて、だが。

 そう、これは彼を取り戻す為の戦い。パイクレースに勝って、欠けたメンバーを救い出す。それが今回の目的。他はオマケでしかない。


『うまくいくかなー?』『だけど、がんばってじゅんびしたし』

『プリンプリンダンス☆!』

『『そうだよね!』』


 毛玉とお菓子がわちゃわちゃしてる。相変わらずよく分らない会話である。「大丈夫だよ」→「うん!」って流れなのは、何となく分かるけど。


『お母さんたちは先に行ってるんだっけ?』

「ブランドー伯爵も一緒にね。色々やる事があるから……」


 楽しい切開手術の後、お互いに腹を割って話し合ったのだが、どうにもあの二人は水と油なんだよなぁ。政敵同士だというのは分かるが、何であんなに仲が悪いのだろう。喧嘩の内容もただの煽り合いだし、正直大人気ない。

 まぁ、あの深淵から覗いてくるような母上様が、感情丸出しに誰かと噛み付き合う姿を見るのは新鮮だ。アンタレスさんはいつも通り板挟みだけどね。


『それにしても、トリスケルかぁ……』


 と、ユダが何処か遠い目で呟く。


「どうかしたの?」

『あ、うん……トリスケルって、死んだお母さんの故郷なんだよね』

「へぇ……」


 死んだ母親って事は、デュラハンの方か。死の妖精が亡くなっているとは不思議な話だが、あの世ではよくある事である。不死者(ノスフェラトゥ)ですら殺される世界だからね、仕方ないね。

 それよりも、気になるのはデュラハンの故郷がトリスケルだという点だ。


「あれ? でも、デュラハンってアイルランドの妖精じゃなかったっけ?」

『お母さんは女だから、スコットランド系だよ。どっちにしろ、水を渡れないのは乗る馬(コシュタ・バワー)の方なんだから、船や旅客機に乗れば何処でも行けるよ』

「えー……」


 何だその情緒もへったくれも無い現実。中国妖怪の刑天と出会うにはデュラハン側も動けないと話にならないから、そこまで驚く事でもないけどさ。


『ちなみに、死んだお母さんは旅行好きで、死んだお父さんとは旅先で会ったらしいよ。で、そのまま恋に落ちて日本に移り住んだんだって』


 いや、アグレッシブ過ぎませんかね、そのデュラハン。


『それからしばらくは平和に暮らして、ワタシも生まれたんだけど、その後すぐに戦争に巻き込まれて亡命を余儀なくされて、その道中で退魔師の軍勢(イスカリオテ)に見付かっちゃったんだよ』

「ああ、そりゃ死ぬわね……」


 退魔師(エクソシスト)の中でも戦闘に特化した、暴力的な殺戮の使徒。それが「イスカリオテのユダ」。所属しているメンバーは人間の癖に化け物すら辞めているような連中ばかりで、“愛故に殺さねばならない”とか平然と言っちゃうヤバい奴らである。目を付けられたらお終いと言っていい。

 デュラハンも刑天も強大な妖魔だが、“化け物と異教徒を絶対殺すマン”が相手では、さすがに分が悪かったか……。

 その後は親に逃がされ、彷徨っている所で僕と出会うという、既に見知った流れだ。

 こうして聞くと、滅茶苦茶可哀想な子だなぁ、ユダって。しかも、両親の仇が同じ名前というのが只管に悲しい。彼女が一体何をしたと言うのか。やっぱり使徒なんぞ全員死ぬべきだな。


『きゃるーん』「おっ、着いたぞ」


 そんなこんなで、ユダの悲しい過去を聞いている内に、目的地――――――トリスケルの首都「アルスター」に到着した。

 ディーテシティの煉獄ハイランドに似た、テーマパーク染みた巨大都市。

 しかし、こちらはケルト神話をモチーフにしているだけあって摩訶不思議な世界観となっており、菌類蔓延る茸の森やヒカリゴゼン(※ウミホタルの仲間。あの世に暮らす物だけを差す)が繁茂する鬱蒼とした黒き森が広がっているかと思えば、荘厳とた機械仕掛けの神殿が立ち並ぶなど、様々な風景が見られる。如何にも妖精の類が棲んでいそうである。

 ケルト神話は後のギリシャ神話やアブラハムの三宗教に多大な影響を与える、謂わば太古の伝説なので、何処か見覚えがあるのは、むしろ当然だろう。

 そんな異文化がごった煮状態となったトリスケルの真ん中で、特に異彩を放っている場所――――――コロッセオのような形をした永久凍土の地獄に、セフィロトによく似た巨大なトネリコの樹が生えた、世界樹(ユグドラシル)を思わせる世界――――――「アルスター」に、僕たちはいる。パイクレースの開会式に参加する為だ。


『凄い人集りだね』


 会場の有様を見て、ユダが呟く。

 人間界(ミズガルズ)をモチーフにしつつ、タラニス信仰を基にした歯車を組み込んだ、蒸気と深緑が入り混じる、滅び去った古代都市のような場所。そこに参加者である咎人たちがごった返している。

 パイクレースはPDレースと違って、無人式のハボクックが認められていない。あくまで操舵するのは命ある人間たるべきと、モリグナ三姉妹が取り決めているからである。

 だので、参加者は基本的に出資者の息が掛かった咎人であり、使い捨てだ。僕らのような有権者が立っているのは珍しい事だろう。おかげで滅茶苦茶注目されている。……それもまた、目的の一つだがね。

 余談だが、観客は世界樹の頂点「アースガルド」でありセフィロトにおけるメタトロンの象徴「王冠(ケテル)」でもある巨大なドームに集まり、そこから大画面の立体映像でレースを楽しめる。権力者が高みの見物をするのは何処の文化でも同じらしい。あと、そこにサンダルフォンの端末がいるかと思うと笑える。ねぇ、自分のコンプレックスが具体化した場所で出来レースを見るって、どんな気分?

 さてと、すぐに死ぬモブはどうでもいいとして、モリグナ三姉妹とカインである。裏切り者の馬鹿面と愛しい彼の無事な姿を確認しなければ。


『やーやー皆、よく集まったねぇ♪ おねいさんは嬉しいわぁ~♪』


 すると、会場の中心から馬鹿デカい三羽の鴉が現れた。

 美しい泉を一区画として切り取った、金の掛かっていそうな舞台装置――――――そのど真ん中にポツンと生えた白い枯れ木に鴉が三羽停まっている、そんな感じだ。

 奴らがモリグナ三姉妹……殺戮の女神「モリガン」、憤怒の女神「ヴァハ」、告死の女神「バズヴ」である。今は鴉の姿を取っているが、擬人化する事も出来る。戦う為だ。彼女たちは戦いの女神でもある。だから人の姿を取れるのである。

 そぅら、変身したぞ。光る粘土のように。


『改めて自己紹介するね♪ あたしはモリガン♪ 殺戮の女神にして、夢魔の女王よん♪』


 そう宣うのは、長女のモリガン。

 羽毛が混じった灰色の長髪に真紅の瞳を持った、小悪魔な少女。胸は絶壁だがアスリート的な美しさがあり、鋭利な目付きが見る者を威圧する。赤いタイツにグレーの軽装甲を纏う姿は、何処か忍者を思わせる。背中には彼女を象徴する死色の翼が羽を広げていた。


『オレ様は憤怒のヴァハ! 弱い奴に興味はねぇ! 死ぬ気で走りなぁ!』


 威勢良く叫ぶのは、次女のヴァハ。

 燃え上がるような灼熱の髪と狂気を孕んだ金の瞳が特徴の長身な女性で、長女と違い胸もあるが、その反面ガタイが良過ぎる。ヘビー級のボクサーと言われても違和感が無い程だ。それに対して服装は世紀末な改造が施された赤っぽいピンク色のメイド服に紫色の軍靴(ブーツ)と、割ととんでもないデザインをしている。背負うモーニングスターがそこ傍となくチンピラ臭を醸し出している。生える翼も鮮血を浴びたようで、どうにも恐ろしい。長女よりよっぽど殺戮してそう。


『……ヴァハ、煩い。もっと静かに喋って。……ぼくはバズヴ、死を告げる者。……戦いは策略だよ、姉貴』


 最後は三女のバズヴ。

 白と黒のストライプ柄のボブカットに闇色の瞳を持つ、何となく引き籠っていそうな雰囲気の少女で、一番小柄な体格をしている。もはや幼女と言ってもいい。ただし、サイバネティックなワタリガラス型のアーマーで身を包んでおり、僅かに見えるジキルとハイド的な色合いのフードを被った本体を除けば、威圧感は三姉妹一である。というか、これを変身と言っていいのだろうか。

 これが、モリグナ三姉妹。此度の騒動を巻き起こした、元凶の一つ。

 そんな事など知りもしないモブは、アイドルグループを前にしたファンの如く盛り上がっているが。実際、人気あるみたいだしね。


『さて、本日はお集まり頂いて、感謝してるわん♪ 今回もとっておきの賞品を用意したわよ~♪』


 と、モリガンの指パッチンで賞品が陳列される。金塊の山に宝石、水陸両用の巨大クルーザー、魔道具の類など、豪華な代物に並んで、鳥籠に入れられた少年が一人。間違いない、カインだ。

 だが、ここで仕掛ける訳にはいかない。あの泉は全体が強固な結界になっている。正面切って突破するのは不可能だろう。

 どちらにしろ、“仕掛ける”のはもっとずっと後……ここぞというタイミングである。今はまだその時ではない。

 ひとまず、カインが生きている事を確かめられただけでも良しとするか。

 ……この煮え滾り、燃え上がる怒りは、レースにぶつけるとしよう。お楽しみはこれからだ。


『長話は趣味じゃないし……皆、配置に付いて~♪ レース前の紹介をしてあげるわ~ん♪』


 モリガンがパンと手を叩き、参加者を“河”へ移動させる。氷山が三つは素通り出来るこの河は、トリスケルの沿岸部へ通じており、持ち前のハボクックを展開しながら下って行きつつ、スタート地点に発着する形である。実に豪快で分かり易いエントリーの仕方だ。ここでは基本的に氷山空母状態であり、河下りの後に改めて各々が変形するので、見栄えも充分にある。

 悔しいが、エンタメ性はモリグナ(こいつら)の方が上だな。僕も何時かこんなレースを自分で開催してみたい。


『行こう、お姉ちゃん……皆も』

「ええ、行きましょうか、ユダ」『『ごーとぅーへるぅ!』』『プッチンバトレ~♪』『きゃっきゃる~ん♪』


 僕たちはハボクックのコアシステムを中心に円陣を組んだ。

 これは栄光へ至る虹色の架橋(ブフレスト)。全てを手に入れ、全部壊すんだ。僕たちを阻む何もかもを。

 準備は終わった。話し合いの余地もな。後は配置に付き、戦うだけ。


 さぁ、行こうか……黄昏の向こうへ!

◆モリグナ


 ケルト神話に伝わる、三羽の鴉たち。殺戮の女神「モリガン」、憤怒の女神「ヴァハ」、告死の女神「バズヴ」の三姉妹からなり、それぞれが違う属性を司るが、同時に「戦い」という共通の要素を扱う女神たちでもある。北欧神話で言うヴァルキリーに近い、死と恐怖を振り撒く戦乙女なのだ。不死身であるとも、転生を繰り返す存在とも言われており、「イーハ平原の戦い」や「マグ・トゥレドの戦い」に「クーリーの牛争い」など、太古の英国における戦争の記憶を今に引き継ぐ数少ない存在。

 ちなみに、全員男運が悪かったりする。神話の女神だからね、仕方ないね。

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