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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
42/52

ブラック・ジルによろしく

『『「………………」』』


 ――――――ハッ、確かに今、時が消し飛んだぞ!?

 じゃなくて、どうするんだよ、これ……。


『スミマセン、アナタ方はドナタでスカ? よろしけレバ、ワタクシが誰なのか教えて欲しいのでスガ……』

『貴様はイスラムの四大天使の一柱にして告死天使、魂の管理者、アズライール。アズラエルとも呼ばれているな』

『ヘェ、カッコいい響きでスネ! 気に入りまシタ!』

『これは駄目かもしれんな……』


 ええ、駄目かもしれませんねぇ、ブランドー伯爵様。どう贔屓目に見ても記憶喪失だが、そんな調子で大丈夫か?


「えっと、彼女が切り札……なんですよね?」

『その筈なんだが。……おい、そこの犬。何処へ行く気だ?』『バウワウッ!?』


 と、こっそり立ち去ろうとしていたブルータスを、ガッチリとブランドー伯爵が捕まえる。これは心当たりがあるな。


『さて、どういう事か説明してくれるよなぁ?』

『え、えーっと……たぶん、眠くてカプセルに入れる時の設定を間違えたのかと……』

『ほうほうほう、ほーうほうほう、なーるほど・ザ・ワールド』

『も、申し訳ありません! ユ、ユルシテクダサーイ!』

『謝罪など……無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!』

『イヌヌワーン!』


 犬のハンバーグが出来た。お前がその声で鳴いても可愛くねぇんだよ。


『フゥ……スマンな。今までの話は無しだ』

「いやいやいや、今更それは無いでしょう」

「いやぁ~ん、本当にその通りよねぇ……」


 さらに、鬼が帰って来た。他の皆さんもお揃いで。大急ぎで帰って来てくれたのは嬉しいけど……ヤバいどうしよう。


『おやおや、遅い御帰還じゃあないか。バロルシティの観光は済んだのか?』

「ええ、おかげ様でね。それよりも……可愛過ぎて目から食べちゃいたくなるような、アタシの娘を誑かして、何をさせるつもりだったのかしら? それに、アタシがゆっくりじっくりお話しする筈だったお話を、盛大にネタばらしをしてくれたようじゃない。どう落とし前を付けてくれるの~ん?」

『知らんな。貴様はもうエウリノーム家の当主ではない。お伺いを立てる必要は感じられんなぁ~?』

「あらあらあら、これは一本取られたわねぇ~♪ ウフフフ♪」

『クククク、フハハハハハハッ!』

「『アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!』」


 ブランドー伯爵と母上様は暫し笑い合い、


WRYYYYYY(ウリィィィィーッ)!』「ズリャオッ!」


 拳を交えた。チタン合金の塊を空き缶のように圧縮するパンチがぶつかり合い、衝撃波を生む。何故かブルータスだけがダメージを受けた。ざまぁ。

 それにしても流石だな、ブランドー伯爵。同じ領主というだけの事はある。母上様の拳を正面から受けられる奴なんて初めて見たぞ。

 ……いや、というか、感心している場合でもないな。こんな所で殺し合いを始められちゃ堪らないし、何より話が進まない。


「母さん、それくらいにして。今はカインの救出する案を考えるのが優先よ」

「……仕方ないわねぇ」


 僕の頼みは素直に聞いてくれるようで、母上様は拳を引っ込めた。何か接触部からシュゥゥゥっと蒸気が上がってるけど、気にしないでおこう。


「さて、久しぶりの再会な訳だけど……どういう状況なのか、説明して頂けるのかしら?」

『吾輩がしてやる義理はない』

「……じゃあ、死「あーっと、私がするわ、母さん!」あらそう、お願いするわ」


 またしても殺し合いに発展しそうだったので、無理矢理間に入って訳を話した。僕も状況整理がしたかったので、丁度良い。

 今までの話を纏めると、こうだ。


・前回の天地大戦で第五天マホンが巻き添えを食い、サンダルフォンが報復を画策。

 ↓

・トリスケル島のモリグナたちが、滅んだ筈のフォモール族を秘密裏に匿っており、サンダルフォンが接触。

 ↓

・七つの大罪を奪い地獄を支配する為、(メタトロンに頼るのが嫌だから)共同作戦を開始。

 ①フォモール族がカインを連れ去り、刀身忍軍に罪を擦り付ける形でエウリノーム家の者を誘導。

 ②屋敷が空になったタイミングで半壊したマホンで狙撃し、地獄の鍵を露出させる→これは失敗。

 ③そのままカインを人質として本拠地(トリスケル)へ。おそらく、パイクレースに乗じて何かやらかすつもり。

 ↓

・それらを事前に察知していたブランドー伯爵が、混乱に乗じて(自分が優位な)共同作戦を結ぼうとしに来た。

 ↓

・しかし、共同戦線における切り札である筈のアズライールが、部下の手違いで記憶喪失に→今ココ!


「何だか随分と混迷しているわねぇ」

「殆どこっちのせいなんだけどねぇ」


 大体は僕が原因だ。シリル・エイカーを仕留めるのに手間取ったせいで、新たな戦争の火種を生み出してしまった。


「いいえ、そんな所に浮かんでいる方が悪いのよ」

「それもそうだね!」

『いや、納得するなよ……』


 いや、でもさぁ、僕も好きで巻き込まれた訳じゃないし、冷静に考えると事故みたいなものだもん。僕は悪くない。だって僕は悪くないんだから。


「そもそも、何でイスラムの天使なんて招き入れたんですか? バリバリに犯罪なんですけど。それも国家叛逆級の」

『サンダルフォンは“殺せない天使”だ。システムの根幹に関わっているからな。例え器を破壊しても、本体はシステムの海に逃げ込むだけだ。奴はそうやって、これまで“代替わり”を経験せずに今日まで存在して来た』

「つまり、マホンや端末を消しても、サンダルフォン自体を完全に殺す事が出来ないんですね……」


 ようするに、サンダルフォンを殺すには、(システム)そのものを破壊するしかない、という事である。力押しが通じないって、ある意味フォモール族より面倒臭いな……。


『むろん、同じシステムの円環では対処されて終わりだ。だからこそ、敵対している(・・・・・・)似たようなシステム(・・・・・・・・・)のエンジニア(・・・・・・)を、苦労して連れて来たのだが――――――この阿保がやらかしてくれたおかげでパーだ』


 アブラハムを祖とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、同じ神を信仰している癖に、水と油のように仲が悪く、火に油を注ぐ勢いで敵対している。それぞれが所属するあの世も微妙に違っており、お互いに相手を殺そうと躍起になっているのだ。当然ながら各々で対抗兵器の開発も進んでいる。

 そこに目を付け、告死天使(アズライール)を引き込んだのは慧眼であるが……部下がなぁ。


「それで、どうなさるつもりなのですか?」

『やる事は変わらんさ。どの道、サンダルフォンが動かずともフォモール族が宣戦布告してくる。どちらも潰さねば、地獄に未来はない。ハードはこちらで対抗して、ソフトはアズライールの記憶が回復するのを祈るしかあるまいよ』

「そんなぁ……」


 最早、詰みじゃないか。記憶を取り戻すなんて、どうすりゃ良いんだよ。ブラウン管のテレビみたいに叩いて直す訳にもいかんしなぁ……。


「そこは追々考えるしかないわ。それよりも今は、トリスケルで起こるであろう、フォモール族の決起への対処よ。サンダルフォンは最悪今の器をぶち壊せばしばらく行動不能に出来るけど、フォモール族はそうもいかないし」

「それもそうね……」


 そう、まずは出来る事からだ。二兎を追う者は一兎をも得ず、である。

 正直、僕にとって地獄の存続など二の次、三の次だ。必要なのは僕たち家族が平穏に暮らす事、ただそれだけ。地獄が今より堕ちようが何だろうが知った事じゃない。

 だから、今はフォモール族に集中しよう。


「――――――それじゃあ、ひとまずフォモール族に対して理解を深めましょうか」


 僕は母上様を見た。彼女の事だ、フォモール族の死体を一つか二つ、確保しているに違いない。


「ええ、手術(オペ)の開始ね♪」


 そう言って、母上様は亜空間から必要な物(・・・・)を取り出した。おっと、こいつはケーキ入刀した奴と、僕の分身が止めを刺した奴じゃないか。サンプルが多いのは実に嬉しい。


「それでは皆さん、“我がプラント”へ移動しましょう」


 という事で、僕たちは錬金生物計画の為に建てたプラントへ移動した。あそこなら、割と何でもある。


 ◆◆◆◆◆◆


 サイカ・エウリノームが主任を務める、秘密の地下工房――――――その一区画にある“設計室”にて、世紀の実験手術が行われようとしていた。

 対象はフォモール族の死体が二つ。比較的損傷が少ない一体と、ボロボロの瀕死に追い込まれた末に死んだ一体だ。その二つが、手術台の上へ小綺麗に並べられ、解剖される(ひらかれる)時を黙して待っている。


「ユダ、カルマ、アルマ、スップリン、よろしくね」

『了解よ、お姉ちゃん!』『『いぇーい!』』『プリンプリン!』

「ドラコ、メス」『きゃるるーん!』


 オペに立つのは、サイカと愉快仲間たち。テコナたちは見学、というか見守りである。


「……やっぱり硬いわね」

『そうだね。現代の恐竜人間(・・・・・・・)というだけあって、哺乳類とは根本的に構造が違うわ』


 メスに変形したドラコ(♀)を走らせながら、サイカとユダが呟く。

 鳥類は恐竜の子孫だ。力強くも素早く動く事に長けたその身体は、既存の爬虫類とは明らかに構造が違う。端的に言うと、走るのが得意な種族なのである。

 今でこそ飛行する為に華奢で歩き難くなっているが、飛ぶのを止めて再度陸上生活に適応すれば、殆ど恐竜同然だ。その良い例が走鳥類や恐鳥類である。

 そして、フォモール族は更に進化を重ね、立ち歩く存在(・・・・・・)となった。直立二足歩行となる事で、知能と器用さを一気に上げたのだ。

 だが、本来の姿とは掛け離れた進化は様々なデメリットを生んだ。

 まず、走る速度が落ちた事。直立二足歩行は持久力こそあるが瞬発力に欠けるのである。

 第二に、地面に対して垂直に立ち上がったせいで、弱点が真正面に晒されてしまった事。ついでに被傷面積も上がっている。バランスも悪い。

 しかし、フォモール族は自らを遺伝的に改造する事で、それらを補って余りある能力を手に入れた。

 それが強固な皮膚と魔法への耐性だ。元より硬い鱗が変質し、魔力を跳ね返す事まで可能となった。

 ただし、“魔力反射”に対しては死後に失われるらしく、皮膚の強度と言うより体液が関連していると思われるが、詳細は不明。


「それに、人間とは骨格がかなり違う」


 さらに、皮骨板を形成している事に加え、肋骨の隙間が埋まり甲殻化しているなど、骨格そのものが別物となっている。脊椎が二本並び、肋骨の真下に支柱とクッションを兼ねた椎骨が三本と、骨の総数は人間のそれを遥かに凌駕しているだろう。

 簡単に言ってしまえば、筋肉よりも(・・・・・)骨が主体になって(・・・・・・・・)いるのである(・・・・・・)

 もちろん、筋肉の量も凄まじく、質の方も申し分ない。純粋な力比べで彼女らに対抗するのは不可能だろう。

 また、体液の粘性が高く、仮に出血しても貧血になり難いので、軽い手当だけで戦闘を続ける事も出来るようだ。

 まさに戦闘種族と呼ぶに相応しい身体構造である。


『こうかくせいぶつのほうは、やどぬしとうんめいきょうどうたいみたいだねー』『みとこんどりあとおんなじで、ちょうきかんはなれてはいきられないんだよー』


 そして、最大の特徴と言える甲殻生物は、血液循環をフォモール族と共有しており、切り離されると短時間で死に至るようだ。彼女ら無しでは生きられないと言い切っていい。

 おそらく、孵化する段階でフォモール族に寄生させ、そのまま同一化するのだろう。その生態はチョウチンアンコウの雌雄関係に近い。まさに運命共同体である。


「やはり、甲殻の隙間から心臓を刺すか、首を切り落とすしかないわね」

『でも、首は骨が硬過ぎて、あんまり現実的じゃないね。やっぱり、複数人で連携して心臓を潰すか、何らかの手段で感覚器官を麻痺させて動きを封じるのが良さそう』

「……なら、眼の構造を知っておくべきね」


 と、今度は頭部を中心として切り開いてみる。


『――――――受容体の構造が極端ね。これじゃあ、魔力の流れを除けば、紫外線と赤外線(・・・・・・・)しか見えないわ(・・・・・・・)

「たぶん、それで良いのよ。天使も悪魔も、基本的には咎人……つまりは人間と同じ可視領域で生きている。その方が都合が良いからね。だから(・・・)相手に視認されず(・・・・・・・・)同族同士で視合うには(・・・・・・・・・・)視える世界を(・・・・・・)ズラせばいい(・・・・・・)

『なるほど……光学迷彩ありきって訳ね』


 この分だと、視覚情報の差を活かすのが一番のようだ。


『そう言えば、こいつら何で飛べるの? 重量的に羽で浮かぶのは無理があると思うんだけど』

「……骨の構造に飛翔していた頃の名残があるわ。ある程度自由に出し入れ出来るようだし、骨をパイプ代わりにして、ジェット噴射しているのよ。実際に見たから分かるわ」


 さらに、解剖を進めて行く事で、飛行方法の詳細も改めて判明。骨格の一部がジェットタービンと同じようになっているのである。

 つまり、本来の羽ばたきによる飛翔能力は完全に失われており、端的に言えば戦闘機に近い。とても速いが、小回りが殆ど利かないのだ。

 これなら、空気に科学的な干渉を及ぼせば、魔法を使わずとも色々と阻害する事が出来る。


「やっぱり、実際に観るのが一番ね。実戦データも含めて、対策を立て易くなったわ」『やったねお姉ちゃん!』


 一通り死体を弄り終えて、サイカたちがやり切った表情を浮かべる。


『……とんでもない娘だな』

「さすがアタシの娘よね!」

『いや、褒めとらんからね』


 そんなお子供たちを見て、テコナ勢は賞賛し、ブランドー伯爵たちはドン引きした。何処の世界に解剖を嬉々としてやらかすガキがいる、ここにいる。


「さて、作戦会議をしましょうか」


 そして、サイカは決め顔でそう言った。

◆アズライール


 またの名をアズラエル。イスラム四大天使の一柱(他はミカール、ジブリール、イスラフィールでそれぞれミカエル、ガブリエル、イスラフェルのこと)。死を司る天使で、二対四枚の翼を持つ人型だが全身に無数の目と口(と舌)があるという、滅茶苦茶薄気味悪い姿をしている。他に死の名簿と命を刈り取る鎌を持っており、肉身がある以外は死神のそれに近い。

 またシステム的な「死」も司っており、イスラム世界における優秀なクラッカーなのだが、何処かのお馬鹿のせいで自分の記憶が死を迎えた。

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