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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
38/52

刀身語

「「エクスカリバー」!」


 コタローが己の剣を抜く。肉厚の剣身に光の片刃が迸る、運命の種子が発芽しそうな見た目をしており、所謂“光熱で焼き切る”タイプの魔法剣なのだが、効果はそれだけに留まらない。「持ち主が戦い続ける限り不死身になる」という割とチートな能力を持っている。

 だが、それはあくまで「継戦の意志」がある場合に限る。逃げ出したり、闇討ちを仕掛けたりなど、“正々堂々戦わない”時は効果が失われてしまう。

 つまり、卑怯卑劣が売りの忍者が使うには全く向いていないのである。

 エクスカリバーが抜かれる時……それは即ち、正面切っての決闘か、どう足掻いても逃げられない絶体絶命のピンチのどちらかなのだ。今回の場合は完全に殿である。


「あらまぁ、随分と鈍らねぇ?」

「くっ……!」


 まぁ、戦いが成立するかは別問題なのだが。

 現在、コタローが繰り出す決死の連撃を、テコナが素手で弾き返しているという謎のシチュエーションが成り立っている。光刃と手刀がぶつかり合って、火花が散っているのだ。どう見ても勝ち目がない。


「ぬぉおおおおっ! 「アロンダイト」!」

『カァアアッ!』『キシャアアアア!』『グルゥウウウッ!』


 さらに、肝心のダンゾウ側も包囲網を突破出来ていない。

 アロンダイトは折れず曲がらず刃毀れもしない上に、斬撃に猛毒を付与する能力があるのだが、


 身を裏返した結果、捩じくれた臓物の束に無数の手足と口があるという東洋版這い寄る混沌な姿になった、ボルネオの吸血鬼「ペナンガナン」(個体名:マレイユ 趣味:夜の散歩と恋バナ)

 動くだけで衝撃波が発生する俊足と怪力を誇り、年月を重ねれば道術まで使いこなす、中国のスーパーマンとも言うべき動く死体「僵尸」(個体名:麻雀(マーチュエ) 趣味:星占い)

 疫病をばら撒き水を自在に操る、ある意味悪魔よりも恐ろしい髪の毛地獄の体現者、仏教界の暴力装置「八部衆」が一柱の闇黒鬼「夜叉」(個体名:百合香(ユリカ) 趣味:ガーデニング)


 などなど、ヴァンパイア以外の世界各地における吸血鬼が混在する、エウリノーム家のメイド軍団(全員真祖級)を相手取るには、あまりに力不足だった。ほぼ不死身でマジカルパワー全開の化け物共を前にどうしろと。無理ゲーにも程がある。


「はぁぁぁっ……ぐっ!?」

「お痛が過ぎたわね、コタロー」

「ぎゃぁああああああ!」


 そうこうしている内に、テコナがコタローの右腕を捉え、そのまま雑巾を絞るように捩じり切った。痛い、何て物ではない。断ち切られるのとは訳が違う。あまりの激痛に、コタローがケダモノのような悲鳴を上げる。無理もないが。


「うぐっ……ぐぅぅ……!」


 それでもコタローは戦意を喪失していない。何故なら、エクスカリバーは戦う者を決して見捨てないからである。どんなに勝ち目がなくとも、立ち上がり続ける限り不死身にさせるのだ。

 しかし、それはあくまで戦いを諦めない持ち主に対してのみ発揮される。


「あらあら、頑張るじゃない。……そんなアナタには“これ”をプレゼントよ。【蟲湧魔法(ワーム・コール)】」


 テコナが今日初の魔法を使った。コタローの頭上に不気味な魔方陣が描かれる。

 そして――――――、


「……ひぃやぁああああああああああああああああっ!?」


 その瞬間、コタローが先程とは毛色の違う悲鳴を上げた。痛みはあるが、それ以上に恐怖の籠った金切り声である。忍者にあるまじき行為だが、この魔法に対しては仕方ないだろう。

 何せ魔方陣から召喚されたのが、マイマイガという蛾の幼虫に酷似した、大人の掌ほどもある毛虫の群れだったのだから。

 さらに、この毛虫は人体に寄生する魔物であるらしく、コタローの右腕の傷口に殺到し、次々と潜り込んでいく。その上、皮膚にブツブツと穴を開けながら、ドンドン上へ食い進んで来る。

 ようするにコタローは今、自分の身体を蓮コラ状態にされながら食い荒らされているのだ。これで叫ばない方がおかしい。彼女は最早、戦うどころではなかった。


「安心なさい。その子は「鬼蛾」。脳味噌までは食べないから。……皮下組織を好んで食らい、内臓を繭代わりにして羽化するけどね」


 全然安心出来なかった。


「うぁ……ぁ……」


 むしろ、心がパッキリ折れる音がした。既にコタローは穴だらけの風船状態。パンパンに膨れ上がったお腹が破れ、無数の鬼蛾たちが羽化した時、彼女は楽になれるのだろう。


「テメェえええええっ!」


 コタローの変わり果てた姿に怒り心頭のダンゾウが突っ込んで来た。濁流の如く群がる異形の吸血鬼たちを文字通り突き進み、全体重を乗せた一撃を繰り出す。


「……ぶるぁあああっ!」「何ィ!?」


 だが、無意味だ。テコナを前に、頑丈なだけが取り柄の毒剣など鈍ら同然である。

 だからと言って、剣の切っ先を拳で受け、剰え殴り砕くのはどうなのか。お前の身体は何で出来ているんだ。当たった時にガォオンって音がしたぞ。

 一応、刀身忍軍の持つ刀剣は全てに自己修復機能が付いているが、この状況下では然程意味は無いだろう。負けないだけで勝ち目は無いし、剣の前に心が折れる。足元に転がるテコナのように。


「くっ……降参だ。だから、せめてコタローだけは助けてくれ」


 こうして、刀身忍軍はロクな抵抗も出来ないまま、降参する運びとなった。


「ダーメ♪」


 しかし、許されなかった。テコナの辞書に慈悲は無い。彼女の手に魔力が宿る。【天界蹂躙拳ゴッド・ハンド・クラッシャー】を食らわせる気なのだろうが、サイカのそれとはレベルが違う。当たれば電子すら残るまい。


「待った」


 だが、そこで待ったが掛かる。止めたのはサイカ。戦いには積極的に参加せず、周囲へ探りを入れていた彼女が止めたのだから、何かがあるのだろう。


「……分かったわ。運が良かったわねぇ、貴方たち」


 テコナは素直に引き下がり、コタローを治療した。アルト印のポーションは凄まじい回復力であり、瞬く間に元の彼女へ戻っていく。


「さて、立てるようになったのなら、カインたち(・・)の場所まで案内して貰おうかな?」


 そして、身体は治っても精神的ショックから抜け切らないコタローに手を貸して立たせると、サイカは母親似のエグイ笑顔でそう言った。


 ◆◆◆◆◆◆


 いやぁ、危ない危ない。ユダと一緒に周囲の様子を探っていたら、もう決着が付きそうだったんだもの。

 と言うかね、母上様。伝説の剣を素手で破壊しないで下さい。アロンダイトって聖剣であると同時に、決して折れない魔剣でもあるんだよ?

 雰囲気から言ってスキルや魔法の類は使ってなかったし、おそらくは自身から漏れ出る魔力だけで砕いたのだろうが、そんな魔王顔負けな事をされても困る。元魔王の僕の立場はどうするんですか。

 まぁ、それはそれとして、今はカインの確保と刀身忍軍の現状確認だろう。道案内の合間にコタローからも言われたが、里の状態は随分と酷い物だった。

 困窮していた……だけではない。比喩でも何でもなく、全滅していた。建物は殆どが廃屋で、住人の姿は皆無。夥しい血痕と散らばる残骸が、ここで激しく惨たらしい戦いがあった事を物語っている。


「……ほんの数日前よ。里の下忍が殆ど死んだの。でなければ、アンタに頼ろうなんて思わなったわ、テコナ」


 コタローが吐き捨てるように呟く。先に聞いていた通り、テコナとは腐れ縁で、今回に限らず割と理不尽な目に遭って来たのだろう。ご愁傷様です。


「何があったの? 最後に見た時は、少なくとも頭領を含めて五百人はいたと思うんだけど?」

「今は六人よ。下忍を含めてね」

「………………」


 さすがに、これには母上様も絶句した。そりゃそうだ。たったの十数年で五百人が六人って、只事じゃないぞ。疫病か内乱か、あるいは侵略戦争に負けたか。何れにしろ、ただの貧困でここまで減るのはおかしい。彼らはそこらの一般人ではないのだから。


「殺し合いが起きたのよ。里中の親と子供でね」


 さらに、ポツポツとコタローが語りだす。里の終焉と、この世で最も頼りたくない相手へ助けを求めるに至った経緯を。


 ――――――刀身忍軍は困窮していた。

 祖国を裏切った売国奴を受け入れる場所など無かった。

 食い扶持も無く、日に日に痩せ衰えていく里を見限り、上忍や中忍ばかりか大半の頭領すら足抜けしていき、大して力の無い十把一絡げの下忍たちと、里を捨てきれない三人の頭領だけが残った。

 むろん、里には夢も希望も無い。強大な魔物が蠢くバロルシティ周辺では食糧の調達も儘ならず、毎日のように人が餓死していく。自棄を起こして殺し合いに発展した事例も少なくない。

 こうして、刀身忍軍の隠れ里は加速度的に人口が減っていき、残り百人程となった時、事件は起こった。

 当時、下忍の大人たちは絶望し切っていた。子供たちを喰わせてやる事も出来ず、自分よりも遥に年下の頭領三人に守られなければ生きるのも難しいという、屈辱的で情けない現状が、彼らの心と思考を曇らせていた。

 結果、下忍の大人たちは里全体を巻き込む無理心中を画策した。決められた日に猛毒入りの食事をして、死での旅立ちをしようとしたのである。皆で死ねば怖くないという、末法思想まっしぐらな行為だが、いっそ死んだ方が楽で良い、と考えてしまう程に追い詰められていたのだ。

 しかし、巻き込まれる側の下忍見習いである子供たちは大人程に絶望していなかった。生きる事に必死で、そんな下らない事を考えている余裕など無かった。

 だので、大人たちが自分たちを道連れにしようとしているのを、随分前から薄々分かっていた。察知していたとあらば、対処するのは容易い。毒を盛られるなら、耐えられるようにしておけばいい。親が忍者なら子供もスパイであり、ましてや半分狂った親たちが情報を隠し通せる筈も無く、どんな毒を使うかは完全に筒抜けだった。

 そうして時は過ぎ、運命の日がやって来た。

 頭領三人がそれぞれの役割を果たす為、里への注意が薄れていた時を見計らって、下忍の親たちは最後の晩餐を頬張った。

 だが、既にバレていた以上、死ぬのは親たちだけ。子供たちが冷たい目で見下ろしてくる中、親たちは苦しみに苦しみ抜き、まな板の上の鯉が如くのたうち回った挙句、無様な死に顔を晒して地獄に還元されていった。

 しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 空きっ腹にほんの少しだが豪華な食事をしてしまったせいで、飢餓感が爆発。物言わぬ死体となった親たちを真なる最後の晩餐としてしまった。

 いくら毒に耐性があろうとも、濃度が高まれば死に至る。それでも止められない、止まらない。

 まずは親を平らげた者の大半が死に絶え、それでもしぶとく生き残った者たちが互いに食い合い中毒死するという地獄のような負の連鎖。

 遅まきながら事態を察知したコタローたちが戻って来た時には、僅か三人の子供しか動いていなかった。

 さらに、親を喰い、仲間を喰らった業なのか、三人は人間を辞めていた。人の死体を喰らう鬼……食屍鬼(ラミー)と化していたのである。郷に従った結果が、この(カルマ)だ。

 コタローは絶望した。同時に何とかしなければ、とも思った。例え妖魔となっても、里の一員である事には変わりないのだから。

 そして、コタローは決心した。テコナに助力を求めようと。吸血鬼を部下にしているエウリノーム家なら、どうにしかしてくれまいかと期待して。


「……まぁ、その期待はこの馬鹿が裏切ってくれた訳だけどね」


 里に起こった悲劇の全貌を語り終えたコタローが、怨めがましくダンゾウを睨む。


「知るかよ。そもそも、オレは里の連中なんてどうでも良かったんだ。「腹が減った」「何とかして」と喚いて、人に頼るばかりの穀潰しの事なんざな。オマエが拘らなけりゃ、とっくの昔にハンゾウと一緒に足抜けしてたよ」


 だが、ダンゾウは何処吹く風である。彼にも色々と思う所はあったらしい。なるほど、だからあんなに適当だったのか。今までの言動から、素でアレな可能性もあるけど。

 何にしても、全ては後の祭りだ。話を聞く限り、遅かれ早かれ刀身忍軍は壊滅していただろう。コタローの判断は正しくも間違っていたとも言える。頼る相手も、踏ん切り時も。


「それで、オレたちをまだ殺さない理由は何だ?」

「それはサイカちゃんに聞いてちょうだい。言っとくけど、アタシは容赦する気は無いわよ?」


 つまり、全ては僕次第って事か。

 ま、別に僕も皆殺しに反対する訳じゃないんだけどね。売られた喧嘩は買う主義だし。

 でも、まだ早い。カインの安否と例の子供たちを確保するまでは生かしておく必要がある。頭領たち(こいつら)食屍鬼の子供たち(そいつら)も、ホムンクルスの良い素材になるからな。

 それに、さっきから嫌な予感がヒシヒシするんだよねー。やけに静かだし。


「……カインを見たら話すよ」


 動く時ではない。今はまだ、な。


「分かったわ。……後どのくらいかしら?」「焦らなくても、もうすぐ着くわよ」


 そうして歩く事、十分。崩壊した村の奥の奥、この世の果てのような場所に、その檻はあった。たぶん、隔離施設を兼ねているのだと思われる。

 しかし、そこには肝心のカインや子供たちの姿はなく、


「ハ、ハンゾウ……?」


 代わりに、生皮を剥がれたハンゾウらしき物体が、檻の前で逆さ吊りになっていた。血が滴り、異臭を放ち始めている。山の中は腐敗が進み易いが、血が全く乾いていない事を鑑みるに、剥かれてからそんなに時間は経ってないだろう。


「趣味の悪い飾りね、まったく……」


 おっ、母上様も察したか。

 うん、まぁ、そうだよね。前に遭った時から思っていた事だけど、臭うんだよ(・・・・・)、まったく……。


「こ、これは一体、どういう――――――」

「こういう事よ!」


 忍者の癖に死体を見て狼狽えるコタローに、僕は行動で示す。ここに来るまでずっと背負い続けていた、三味線みたいな形のグルグル巻きな物体を、掬い上げるように背後へ振るって。


『ヴォァアアアアッ!』


 爆発音と雄叫びが同時に上がる。光学迷彩で姿を隠し、気配を殺して接近していた怪物の、化けの皮が剥がれたのだ。魔法攻撃が(・・・・・)通じなくとも(・・・・・・)行火いっぱいに(・・・・・・・)詰まった手榴弾(・・・・・・・)の爆発なら(・・・・・)通じるよな(・・・・・)

 ……いやはや、やっぱりか。あの時の(・・・・)タイミングからして(・・・・・・・・・)、いると思ったよ、


「フォモール族!」

『グルルル……ヴォオオオオオオヴッ!』


 闇が晴れ、姿を現したそれは、予感通りのフォモール族。爆発の衝撃で仮面が吹っ飛び、素顔が晒されている。よく見りゃ、あの時に吠え面掻いて逃げた奴じゃん。


『コカカカカ……』『コァアアォッ!』『ヴルォアアアッ!』


 さらに、四方八方から照射される、赤いΔの数々。

 そう、刀身忍軍を包囲した筈の僕たちは、いつの間にかフォモール族に取り囲まれていたのである。


 ――――――サァ、戦争ノ時間ダ。

◆刀身忍軍


 名前通り刀を武器にしていた忍者軍団。総勢千人を超える大規模な戦闘集団であり、十二人もいる頭領はそれぞれ不思議な力を持った妖刀を使いこなす。隠密行動が基本だが主な任務が“暗殺”なので、割と大暴れして目立つ事も少なくない。

 その正体は日本の地獄における勇者たちの成れの果て。「魔王を倒す」という役目を終えて消されるだけの彼らを十王が拾い上げ、体のいい後始末係に仕立て上げた。

 そうした出自故に日本の地獄には良い感情を持っておらず、二十年前に常世全体が崩壊の危機を迎えた際、捨て駒にされ掛けたのが止めとなり、祖国を捨ててヨーロッパの魔女界へと亡命した。

 それが破滅への決定打になるとも知らずに……。

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