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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
37/52

濁った瞳のエウリノーム

『「うん?」』


 しかし、戦利品を持って屋敷に帰ってみると、やたらと慌ただしかった。まるで火事でもあったかのように、皆みんな火の車である。


「えっと、どうしたの?」

「いえ、その……」


 カーミラを呼び止めてみるも、要領を得ない。一体どうしたと言うのか?


「おかえりなさい、サイカ」

「お母さん……」


 と、母上様がやって来た。とても悔しそうな、不甲斐なくて仕方が無い、という顔をしている。

 何だろう、嫌な予感がする。マンティコア兄妹やドラコは見掛けたのに、カインの姿だけが無い。これは、もしかして……、


「お母さん、まさか――――――」

「ええ、そのまさかよ。……カインくんが攫われたわ」

「………………!」


 そんな馬鹿な。これだけの吸血鬼が目を光らせる、下手な魔王城よりも厳重な警備を掻い潜って、カインを掻っ攫うなんて……あり得ない。


「……犯人は?」

「分からないわ。痕跡一つ無いのよ。敵ながら天晴れね」

「………………」


 いや、世の中に絶対は無いか。どんな壁にも穴はある。無ければ開ければいい。

 さらに、僕らはそういう事に(・・・・・・)長けている連中(・・・・・・・)を知っているし、会っている。偶然とは思えない。どっちかは分からないが、ね。


「お母さん。ちょっと聞きたいんだけど……」


 僕はさっきまでの出来事を全て話した。


「なるほど、「刀身忍軍」に「謎の鳥人間」、ね」


 僕の体験談を聞いた母上様が意味深に呟く。


「知ってるの、お母さん?」

「もちろん知っているわ」


 もちろん知っているんだ……。


「まずは刀身忍軍ね。彼らは元々日本の地獄出身の殺し屋――――――つまりは元勇者ね。ただし、表立って活躍するタイプじゃなくて、しぶとく生き延びてる悪徳貴族とか、あまりにも殺し過ぎる妖怪とか、所謂“目の上のたん瘤”を抹殺するのが仕事なの。ようするに、地獄の裏方ね」

「う、うーん……」


 そんな奴ら居たんだ。元は日本の魔王だけど、全然知らなかった。

 だけどそうか、それならあの戦闘能力にも納得だ。咎人どころか、妖怪まで殺せるんだからな。栄えあるエウリノーム家の跡取りとは言え、仕留め切れないのも納得である。


「そんな奴らが、どうして日本に?」

「たぶん、アタシが地獄の十王へ喧嘩売った時に逃げ出したんでしょ。あくまで地獄のルールに縛られるのが嫌なだけで、忠誠心なんてまるで無かったし。隙を突いて高飛びしたとしても、おかしくはないわ。むしろ、生きていてくれて嬉しいわ。彼らには世話になったし」

「ほうほう。つまり、間接的にお母さんのせいだと?」

「そういう事になるかもねー」


 なるかもねー、じゃねぇよ。ふざけんな。


「でも、あいつら私を殺すって言ってたけど?」

「あら、そうなの。じゃあ殺すね♪」


 急にサイコパスらないで、怖いから。


「えっと、じゃあ鳥人間の方は?」

「確か、身体の一部が甲殻類みたいになってたのよね? なら、「フォモール族」で間違いないわ」

「「フォモール族」?」


 何それ、聞いた事無いんですけど。


「……サイカちゃんはケルト神話は知ってるわよね?」

「うん。アンタレスさんに教えて貰ったわ」

「なら、勉強のやり直しねー」


 あれ、何で怒られてるの、僕?


「フォモール族って言うのは、魔法使いや妖精たちが生まれるよりもずっと昔――――――第三世代の来寇者の事よ」


 あ、それは聞いた覚えがある。

 ケルト神話(英国のあの世を語った神話)は、聖地「エリン(今のアイルランド)」の支配権を巡り、先住民と侵略者が殺し合い、新たな支配者を次の侵略者が討ち滅ぼすという、実に不毛な戦いを五世代に亘って紡ぐ、破壊と殺戮の栄枯盛衰物語(サクセスストーリー)だ。

 最初に流れ着いた五十三人(男女比が50:3というハーレム状態)から始まり、西方より来たりし巨人族の侵入と統合、最後は六番目の侵略者である「ミレー族」が第五来寇者「トゥアハ・デ・ダナーン族」を海の彼方へ追放し支配者となる所で終わる。このミレー族が今のイギリス人で、トゥアハ・デ・ダナーン族の生き残りが妖精となった……と言われている。

 母上様が言う第三来寇者とは、西方から来たりし巨人族の事である。


「フォモール族は北欧人やアフリカ人の比喩とも言われているけど、実際は海鳥を祖先とする“霊長類以外から進化した人間”だったの。平行世界の海を渡って来た蛮族とも言えるわね。彼らは恐鳥の如く巨大で、身体の一部を改造していたと伝えられているわ。たぶん、戦利品を自らの武器として誇示していたんでしょうね。それは山羊や牛、馬の仮面だったり、海洋生物の骨格だったりしたそうよ」

「うわぁ……」


 つまり、あの義手や武器は、元は獲物の死骸なのかよ。

 いや、さすがにそれだけだと無理があるので、おそらくは狩った異生獣を解析・培養・加工して、自分たちの兵器として転用しているのだろう。悪趣味にも程がある。


「だけど、フォモール族はとうの昔に滅んでいる筈なんだけどなぁ。……末裔の姑獲鳥(うぶめ)族とは既に和解してるし」


 アンタ、本当に色々やってるな。どっちかって言うと、やらかしてるって感じだけど。


『……結局、どっちの仕業なの?』


 と、今まで黙って聞いていたユダが挙手をした。


「良い質問ね。……分からないわ」


 それに対する母上様の返答がこれだった。

 まぁ、仕方ない。正直、どっちがやってもおかしくなさそうもん。片や汚い勇者、片や過去の侵略者。今のあの世に良い感情を持っていないだろうしなぁ……。


「――――――ところで、ユダちゃん。ダンゾウと交戦したんですってね?」


 ふと、母上様がユダちゃんに笑みを向けた。鬼も泣き出しそうな、邪悪な表情だ。魔王かな?


『はい。お姉ちゃんのおかげで助かりました』

「そうなの。それじゃあ、その時に何か付かなかった? 髪の毛とか、皮とか……」

『返り血が少々……』


 ユダは自らの袖を見せた。そこには僅かばかりの血液が付着していた。フォモール族と真面に交戦したのは僕だけなので、たぶんあれはダンゾウの物だろう。


「なるほどなるほど、それは重畳。カーミラ、ミカーラたちを呼んで。“血巡り”をお願いするわ」

『ラジャラジャ~♪』


 母上様は笑うと、すぐさまメイドたちを呼び寄せ、「血巡りの儀式」を始めた。ユダを中心として輪になって踊り、ルーマニア語で呪文を唱える。

 血巡りとは読んで字の如く、“血液を媒介にした記録巡り”の事。ようは血液に限定したサイコメトリーである。限定的かつ大掛かりという弱点を抱えているが、血液さえ入手出来れば次元すら超えて追跡が出来る。捉えられたが最後、絶対に逃れられない術式なのだ。


『……見付けました。魔都「バロル」です』

「そんな所に……」


 「バロルシティ」とは、古代の戦神「バロール」の名を冠する大都市である。

 英国の地獄は悪魔界を底辺にしてヨーロッパ中と繋がっている。感覚的に言うと、欧州そのものを一つの大陸(パンゲア)にした状態に近い。元々ヨーロッパの語源であるエウロペは「広い」を意味するので、この広大な土地の全てがあの世というのも納得だろう。

 その“ヨーロッパ大陸”とでも言うべき地盤の下にシェオル大迷宮が編み目のように広がり、その終着点が悪魔界となるのだ。

 その為、英国付近の魔女界にある都市は、ケルト神話をモチーフにした名前が多い。ゲヘナという名称自体は聖書の名称だけどね。

 だので、前回焦土になり現在復興中のディーテシティは、正確に言うと地中海の管轄である。実は滅茶苦茶遠くにあるのだ。徒歩で移動したら何日も掛かるくらいには離れている。対岸の火事でもなければ、あんなに暴れられないよ。

 つまり、ケルト神話の戦神バロールをモチーフにしている時点で、バロルシティは物凄く近場という事である。現世で言えばヘブリディーズ諸島の辺りだろうか。

 ちなみに、我らがエウリノーム家の支配領域は、スコットランドに相当する地域の全てだ。お屋敷は経緯度的にエディンバラ城に位置するのだが、まるで見る影もない……。

 つーか、あいつら、あんな場所から来たのかよ。ご苦労なこって。

 だが、労うつもりはない。しっかりと落とし前を付けて貰おうか。

 というか、ヘブリディーズ諸島はスコットランドの一部なので、バリバリの領地内である。完全に内政問題だった。

 ……ったく、どいつもこいつもよぉ!


「お母さん」

『ええ、分かってるわ。……全軍、出撃準備。全てのメイドは四十秒で支度なさい』

『サーッ、イェッサーッ!』


 さぁ、忍者狩りの始まりだ……と、言いたい所なんだけど、何か引っ掛かるんだよなぁ~。


「――――――お母さん、皆、水を差すようで、ちょっと悪いんだけど」


 僕は出発直前に、その違和感を話す。母上様たちも納得して、動いてくれる事を約束してくれた。

 よし、これで心置きなくぶっ殺せるな♪


 ◆◆◆◆◆◆


 刀身忍軍。日本地獄の暗部を務める、勇者崩れの忍者たち。あの世に蔓延る妖怪や生き意地汚い咎人たちを陰ながら粛清し、地獄の秩序を保つ為の浄化装置のような物であり、殺す事に特化した恐るべき殺人集団である。同時に地獄の十王たちの意を執行する、地獄の公務員とも言える。やってる事はフリーのランサー同然だが。

 しかし、二十年前にあの世の根幹を揺るがす神話級の大戦争が勃発し、崩壊寸前となった日本地獄を見限って、この地へやって来た。

 だが、他国のスパイなんて爆弾を素直に受け入れる程ヨーロッパの地獄は寛容ではなく、テコナの口添えが無ければ入国拒否以前に粛清されていただろう。その為、仕事らしい仕事を受ける事が出来ず、闇に潜むのを余儀なくされたので、新たな隠れ里はかなり困窮していた。

 しかも、前回の天魔大戦に至っては、貧乏が過ぎて参戦すら出来なかった。おかげで名を売るを完全に逸してしまい、貧困に拍車が掛かってしまう始末。このままでは里ごと滅びかねない。

 だので、今度こそはと動いたのだが、


「この馬っ鹿モーン! 誰がテコナに喧嘩を売れと言った! アタシが命じたのは、“エウリノーム家の令嬢を秘密裏に誘致しろ”だよ! なのに、当主でも何でもない娘に危害を加えたばかりか、いらん誘拐まで企てやがって! それでも十二頭領の一人かぁっ!」

「アヒャーン!」


 盛大に失敗していた。ダンゾウ(このアホ)のせいで。

 そう、ダンゾウを叱り付けるこの女性――――――コタロー(♀)が出した命令は、逃亡に手を貸してくれたテコナに助力を求めろ、という物。間違ってもサイカに喧嘩を売り、その従僕を誘拐しろなどとは言っていない。これでは完全に脅迫だ。敵対者に容赦がまるで無い、忍者ですら悲鳴を上げる悪魔みたいなテコナ(あの女)が、このまま黙っている筈がなかろう。最悪、里ごと滅ぼされる。

 里を救う為に送り出したのに、まさか宣戦布告をしてくるとは。全てはダンゾウが救いようのない阿呆だったせいである。

 正直、コタローの采配ミスだが、彼女にも……と言うか刀身忍軍にも、已むに已まれぬ事情がある。今の刀身忍軍は困窮し過ぎて抜け忍だらけになってしまっているのだ。

 現状、十二頭領で里に残っているのは、コタローとダンゾウ、それから別の任務でこの地を離れているハンゾウの三人しかいない。これでは上手く行く物も成功しないだろう。

 ちなみに、コタロー・ダンゾウ・ハンゾウの三人は地獄生まれの幼馴染である。そうでなければ、とっくの昔に刀身忍軍は解散している。幼い頃からの想いがあるからこそ、思い出の場所を守ろうと必死だった。

 まぁ、今回はその幼馴染が馬鹿をやらかしたせいで大ピンチなのだが。


「だ、だってよぅ、屋敷の連中は皆「サイカお嬢様が当主」って言ってたし、今までが貧乏暇なし過ぎたから、少しくらい身代金を貰おうかと――――――」

「この阿保の塊がぁ! それで里が報復で壊滅してたら意味ないだろうがぁ!」

「ドペェーッ!」


 実に姑息な言い訳をするダンゾウをぶん殴って黙らせるコタロー。いくら幼馴染とは言え、今度ばかりはやらかし過ぎだ。里に残った下忍連中を纏める為に四苦八苦していたが、こんな事なら内部分裂や抜け忍の続出を覚悟で自分が行くべきだった。忍術ばかりでそれ以外がからきしな事に燻っていた幼馴染にチャンスを与えようとするんじゃなかった。後から悔いても仕方ないが、後悔ばかりがコタローの脳裏を過ぎる。

 だが、今はそれよりも事態の解決が最優先である。文字通り命が掛かっているのだから。


(どうする……どうする……どうすればいい……どうしたらいいのよ!?)


 しかし、そう簡単に答えが出るのなら誰も苦労はしない。世の中、気付いた時には手遅れだという事態は、割とよくある事だ。


「あらあら、随分とお悩みのようね。良かったら相談に乗ってあげましょうか?」


 そして、不運とは、不幸な運命とは、死神という物は、思ったよりも唐突に現れる。


「テ、テコナ……エウリノーム……!」


 絶句するコタロー。間違いない。見紛う筈も無い。こんな魔王みたいな圧力を背後に立つまで引っ込めておけるようなサイコパスは他にいない。


「久しぶりねぇ、元気だった?」

「え、ええ……おかげ様で……」


 普通に世間話をしているように見えるが、実際は違う。気配が解放されているからこそ分かる。既に周りを取り囲まれている。真祖の吸血鬼ばかりという世にも恐ろしいメイド軍団や、サイカと愉悦な仲間たちに。

 ま、目の前の悪魔よりは幾分かマシだろうが。


「でも、ちょっとやんちゃが過ぎるんじゃなーい? アタシの可愛い可愛いサイカちゃんを傷付けて、その上あの子のお気に入りのカインくんにまで手を出して――――――」

「………………っ!」

「さて……お花は摘み終わった? 神仏へのお祈りは? こんなド田舎の片隅で無様に震えて命乞いする土下座の準備は、OK?」

「ノ、ノー……」

「答えは聞いてない。死ね」


 こうして、刀身忍軍の命運を懸けた戦いは、静かに幕をぶった切った。

◆勇者


 日本の地獄が生み出した、特別製の咎人。本来降り掛かる筈の「咎人の呪い」が適用されず、高い身体能力とチートスキルを獲得出来るよう運命付けられている存在。

 その実態は地獄の十王の小間使いであり、封神されし神道の神々が差し向けた分身体=妖怪を適度に駆逐する為の雑用係。特に進化の壁を乗り越え“常に原点回帰した状態”である「魔王」を殺す事が最大の目標で、倒した後は秩序を守る為に呪いを掛け直されて始末されるか、かつての刀身忍軍のように暗部として扱き使われる運命が待っている。酷い。

 何れにしろ、持ち上げられるだけ持ち上げられてから叩き落される、可哀想な人たちなのだ。

 ちなみに、システムのモデルは仏教の六道輪廻における天道に転生した「天人」たち。“上げて落す”に掛けてこれ以上の存在はない。

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