お菓子を買いに行っただけなのに
それからそれから。
「がっかりだよ、お前らには!」
僕は別の路地裏で、大仰に頭を抱えて叫んでいた。何故かって?
「このっ! クソッ! 咎人がぁっ!」
「ホァアアアアォゥ!」
せっかく帰れるかと思ったのに、この咎人共が余計な事しやがったんだよ!
「ルアク商会」とかいう密輸業者で、闇夜に紛れてディーテシティに色々とヤバいもん持ち込もうとしてたらしいが、あの忍者のような何かが騒ぎを起こしたのが運の尽き。他にも鼠はいないかと索敵した僕のレーダーに見事捉えられ、只今絶賛キャッチ&リリースしている最中である。リリースとは言っても、魔女の生贄だが。
「ち、畜生! 調子に乗りやがって! 良い子は家に帰ってやがれぇっ!」
「私は悪い子だからいいの」
「アァアアゥチッ!」
また一人死んだ。ウィルヘルムみたいに叫びながら、封印されし何ちゃらのように達磨になって。
「う、動くな! この女が――――――」
『臭い、死ね』
「ジュゥ死ィイイイイイッ!」
さらに、ユダを人質に取ろうとしたアホが目潰しで殺された。どこぞの勇者のように、内部から沸騰させられている。痛そう(KONMAI感)。
「ひぃぃぃっ! お、お助けぇっ!」「ユルシテェ! ユルシテェッ!」「死にたくないぃいいいっ!」
そんなこんなで、残るは三人。二十人はいたのにね。ニンジャラスならともかく、ちょっと屈強なだけの咎人に負ける程、僕らは弱くない。
というか、気が立っていたせいで虐殺してしまった(見せられないよ!)。カインのご機嫌取りをしてから三日も持たないとか、駄目だろ僕……。
でもね、馬鹿な咎人を見ているとさ、つい殺りたくなっちゃうんだ~♪
「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ!」
『お姉ちゃん、落ち着いて。どうどう』
思わず丸太を探してしまったが、さすがに全滅させるのはマズい。処理は尋問が済んでからだ。
「とりあえず、御用改めである……っと」
ひとまず、ルアク商会の持ち物であろう盗難トラックの荷台を漁る。一見すると、支援物資が山積みの奇麗な荷物だが、箱を開けて薄っぺらく上積みされた物をどかすと、あーら不思議。
「吸うと楽しくなる薬に、打つと気持ち良くなる薬。こっちは……ロールプレイングじゃない7、Mにピッタリの134、敵をアスキーアートにしちゃう12番。ロクなもんがないわね」
違法麻薬に現世の武器など、ロクでも無い密輸品が満載だった。
「それに何だよ、この犬とカプセル」
しかも、土管並みの黒いカプセルとサモエドなコボルトが、布を被せるだけという雑な扱いで置かれている。コボルトはまぁいいとして、何だよこのあからさまに怪しいカプセルは。完全に遮光されているのか、中が全く見えないし。ホムンクルスでも詰まってんのかぁ?
まぁいい。これだけ物的証拠があれば、顧客をお縄に付けるのは簡単だ。ご丁寧に発送先まで書いてあるしな。
「……で、顧客は「アルカディオ・ブランドー」でいいんだな、世紀末三兄弟?」
「いや、別に兄弟では……」
『いいから答えなさい、三下兄弟』
「「「ハ、ハイ! その通りであります! 間違いありません、サーッ!」」」
ユダのニッコリ笑顔(目が笑っているとは言っていない)に、敬礼で答える生き残り三人組。恰好があまりにも世紀末だったので、そう呼ぶ事にした。既に用済みなのでする必要性は皆無だが、暇潰しのお遊びという事で一つ。
「アルカディオ・ブランドーか……」
正式名:アルカード・D・ブランドー。遥か昔に渡英した、真祖の吸血鬼である。
その出自は、かのドラキュラ(ヴラド三世)その人――――――ではなく、その兄ミルチャ二世だ。
ヴァルナの戦いに敗北しジュルジュの要塞に逃れていた彼は、これを好機と見た政敵フニャディ・ヤーノュの攻撃を受けて捕らえられてしまい、焼けた火かき棒で失明させられるなどの凄惨な拷問の末に生き埋めにされ、殺された……筈だった。
だが、生への執着と自由への渇望、それに反応した“土に染みついていたナニカ”が、ミルチャ二世を生きながらに怪物へと化身させた。彼は弟同様、吸血鬼への道を歩んだのである。
しかし、串刺しや首切りよりも余程恐ろしい目に遭ったミルチャ二世は、ただの吸血鬼では満足出来なかった。
吸血鬼には弱点が多い。十字架は眉唾物だが、銀やニンニク、日光など、その気になれば用意出来るものばかりだ。真祖の吸血鬼はそれらも通じないが、実際には“効きにくい”だけで無力化している訳ではない。特に日光は浴び続ければいずれ細胞が壊死してしまう。石に化ければ防げるが、そんな事をすれば滅多刺し間違いなしである。
だからこそ、ミルチャ二世は更なる進化を求めた。下等でも真祖でもない、その先――――――究極の生命体を目指す旅に出た。
まずはエジプトへ。そこで冥府の神々と交渉し、生者の書と死者の書の複製を手に入れた。それと、不思議な石の欠片を。これにより、ミルチャ二世は完全な不老不死となった(ただの吸血鬼は長命だが不老でも不死でもなく、真祖級は不老だが完全な不死身という訳でもない)。
その後、悠々自適に大陸を横断しつつ、コンキスタドールの一人エルナン・コルテスが乗った侵略船に紛れ込み、北米大陸へ進出。疫病を流行らせてスペインの侵略を陰から助力しながら、邪神セトへの対価を支払い(生者の書と死者の書をコピーする為の条件が千万の魂だった)、南アメリカに移動。そこでもフランシスコ・ピサロのインカ帝国侵略に加担して多くの魂を回収、今度は己の糧とする事で遂に真祖の壁を破り、究極の生命体――――――魔神に覚醒した。
魔神は魔王のようにルールに縛られたりはしない。あの世の理から外れた、完全に自由な存在だ。今や七大魔王ですら彼に干渉するのは不可能である。
そう、ミルチャ二世が求めていたのは復讐ではなく、束縛からの解放だった。自分がやりたいようにやり、好き放題に生きる。それは生前の彼には成し得なかった事だから……。
それからは自由気儘な世界旅行と洒落込み、最終的には英国のあの世入りを果たすのだが、故郷ルーマニアに戻る事は終ぞなかった。風の噂に聞いた、弟の末路が彼の思いを留めてしまった。全てを失い、異形へとなり果て、その力に溺れ藻掻き苦しみ、死を求める心に支配されてしまった哀れな弟に、合わせる顔がなかったのだ。
そして、ミルチャ二世はあの世入りを機に元々捨てていた生前の名前を完全に忘れ、最初に血を吸った人間の苗字と弟の綽名(の偽名)を借り、こう名乗った――――――第二のドラキュラ「ブランドー」と。
そんな意外と重い過去を持つブランドー伯爵だが、普段の彼は骨董品や武器・兵器に興味津々な、ちょっと変わったお貴族である。我が「錬金生物計画」の最大手様だ。今回の密輸品も彼の趣味に合致している。
「確かに、あの人が好みそうな荷物ではあるが……」
しかし、わざわざエウリノーム家に目を付けられるような真似をしてまで、手に入れたい物でもないだろう。それこそ僕たちに頼めば、白昼堂々と大手を振るって入手出来る。これは何か裏があると見るべきだな。
「……そうなると、一番怪しいのはこのカプセルだけど」
どうやって開けりゃいいんだ、これ?
外にコンソールは見当たらないし、ジョイントも無い。これでは、一度入ったら二度と出られないだろう。どこのぜ○たいあんぜんカプセルだよ。これは母上様に任せるしかなさそうだなぁ。
「んで、あとはこの犬だ」
『ZZZzzz……』
僕は未だに眠りこけている駄犬を見下ろした。
帯刀した狩衣姿のサモエド犬(二足歩行)という、何とも言えない見た目の彼だが、一体何の目的でこんな所にいるのだろうか。拘束されていない事から、少なくとも荷物ではないようだが……?
「おい、三兄弟。こいつは何だ?」
「さ、さぁ? 自分たちもよく分らないんですよ」「いつの間にか紛れ込んでまして」「しかも、いくら揺すっても起きないし、とりあえず布でも被せとけとリーダーが……」
「いや、捨てておけよ」
「「「ワンちゃんにそんな可哀想な事出来ませんよ!」」」
「可愛いなお前ら」
そんなヒャッハーしてそうな顔してんのに。
ともかく、こいつはこいつで正体不明らしい。これ以上のイレギュラーは勘弁して欲しいのだが、たぶんそうは行かないんだろうなー。
ま、いいか。殺る事をやろう。僕は早くお家に帰りたいのだ。
「……ともかく、情報提供ご苦労様。それじゃあ――――――」
生きたままハンバーグにしてやろう、と続けようとした、その時。
『お姉ちゃん!』
突然、ユダが熱烈にハグハグダイブをかまして来た。当然、僕はその場に押し倒される。
おいおい、急にどうしたよ。お姉ちゃん、そういうの嫌いじゃないけど、さすがに公衆(?)の面前では――――――、
「びっ!」
三兄弟の真ん中の胴が破裂した。どこからともなく飛来した、青白いプラズマの塊がヒットして。そこはちょうど、さっきまで僕の頭があった位置と同じ“射軸線”である。
『お姉ちゃん、ワタシたち狙撃されてる! それも割と近くから! さっき、赤いΔマークのレーザーサイトが見えた!』
「………………!」
ユダの言葉を受け、僕は声にならない声を出した。
当たり前だが、狙撃手を目視するのは難しい。隠れて撃つ奴が見付かったらお終いだ。
だから、僕は反響定位で敵を探った。スコープではなくレーザーサイトを使っている事から、そう遠くにはいない。
……だけどさぁ、
「そこかよ!」
僕は【混沌の覇者】を、五軒隣の母屋で爆砕した。距離にしておよそ百メートル。狙撃するには近過ぎである。
では、どうしてそんなすぐ傍で、レーザーサイトまで使って来るクソエイム野郎を見付けられなかったか。
答えは簡単、視えなかったのだ。
「光学迷彩……!」
敵は光を捻じ曲げる迷彩装置で、視認し難くしていたのである。
むろん、可視光線を曲げているだけなので、よーく見ればシルエットが分かる。とは言え、こんな夜闇に紛れられては、狙撃されるまで気付くのは不可能だろう。
『グルルルル……』
爆炎の中から光学迷彩を解きながら現れたそいつは、
「……鳥人間?」
羽毛のような髪を生やした、奇怪な人型生物だった。
全身が青紫色の蛇のような鱗で覆われた、身長約三メートルもある筋骨隆々な直立二足歩行の生き物。先の通り、羽毛の髪が生えているほか、二の腕と膝下が鳥脚になっている。背中には小さいながらも、一対の立派な翼があった。
ただ、身体のそこかしこに鮫みたいな鰓があったり、左腕だけが甲殻類のようになっていたりと、どこか歪でキメラな奴だった。実は深き者ですと言われても違和感の無い見た目である。
おまけにSFチックな装備で身を固めており、ケルト人が使いそうな鉄仮面、ショルダーアーマーに手甲と足甲、胸当てと、宇宙でハンティングしそうな恰好をしている。さっきの光球の発射装置が見当たらないが、僕のBBSによく似た武器を両手首に装着していた。おい、パクんな。
何しに来たのか……は言うまでもない。視線がさっきから荷台のカプセルに向いている。奪いに来たのだ。
それにしても、こいつ硬いな。【混沌の覇者】が直撃した筈なのに、火傷どころか焦げ目すら付いていない。魔法攻撃に強い奴なのか?
『ヴォオオオオヴッ!』
「ドワォッ!?」
だが、考えている暇はないらしい。鳥人間がいきなり襲い掛かって来た。こいつ、こんなゴリマッチョの癖にダチョウみたいに速いんですけど!?
とりあえず、【緊急発進】で空中へ退避。いくら羽があっても、その体格と体重では飛べまい。
『グルヴォァッ!』
「嘘ぉ!?」
しかし、まさかのジェット噴射で飛び上がって来た。翼や鰓穴から空気を噴出して、推進力にしている。ワ○ウかお前は。
『ゴアアアアッ!』
「ウヘェッ!?」
さらに、サイバーパンクな手裏剣を投擲して来たのだが、それが僕の肩口を掠ったかと思うと、全身から力が抜けた上、何故か飛べなくなり、真っ逆さまに落下してしまった。
だが、おかげで分かった事がある。こいつ、さっきの【混沌の覇者】に耐えたんじゃない、吸い取ったんだ。武器か本体のスキルか、あるいは両方なのかは不明だが、魔力を吸収する能力を持っている。
魔法攻撃全般が通じないとか、あの世でそのスキルは卑怯でしょう。隠れ身に手裏剣とか、忍者みたいな事しやがって。忍者もどきの次は宇宙忍者とか、ふざけてんのか。
つーか、マズい。結構な高さまで上がったから、このままじゃ墜落死する。
「【緊急発進】! ……ふぅ」
危ない危ない。さっきの一合で大分魔力を持って行かれたけど、まだ何とか飛べる。そうか、魔力を吸収するだけで、魔法そのものを封殺する訳じゃないのか。一つ賢くなったね。
……って、そんな事を言ってる場合じゃない!
『ヴァヴヴヴァアアアアッ!』
「どひゃーっ!」
あいつ、レーザーサイトも使わずに乱射して来やがった。幸い弾速はそこまででもないので避けられるが、もしも当たってしまった時の事を考えるとさすがに焦る。あれも魔力吸収能力を持っているのなら、【魔力障壁】を素通りして炸裂させられるかもしれない。死因:きたねぇ花火とか嫌過ぎる。
だ、誰か助けてぇ~!
『グルァアッ!?』
すると、思わぬ所から援護射撃が。
「ヒャッハー、汚物は消毒だぁ!」「撃って撃って撃ちまくれぇえええっ!」
低空でドッグファイトしている鳥人間目掛けて、地上からヒャッハー共がロケット砲をバカスカ撃って来たのである。下手なロケット弾も数撃ちゃ当たる。飛行中に爆発物を当てられた鳥人間は堪らず失墜した。
というか、
「あんな骨董品が効いてるだと!?」
魔法攻撃は通じない癖に、あんなお古な現世の武器は効くのかよ。判定の基準が分からない。
とにかく、効果があると言うのなら、有難く使わせてもらおう。
『ブルァヴォッ!』
「あびゃっ!」「ホアアアァォゥ!」
横槍を入れられた怒りからか、鳥人間は電気の流れるワイヤーネットで磔にした上でプラズマ弾で粉砕するという、割とえげつない方法でヒャッハーの残りを始末したが――――――そんな雑魚に集中していていいのかい?
『ほら、知恵の実よ』
『ドヴァォオオッ!』
その隙を見逃す程ユダは甘くない。こちらの動きに敵がつられている間に、パイナップル爆弾を掻き集めていたらしい。
さすがはユダちゃん。頼りになる、自慢の義妹だ。
とは言え、ユダだけに良い格好をさせては、僕の立つ瀬がない。ここは一つ、カッコ良く決めてやろう。
「薬は飲むより打つに限るぜ、鳥人間ちゃんよぉっ!」
『ゴアァアアアッ!』
僕はサッと回収したパンツァーファウストを、パイルの要領で鳥人間のケルト仮面に叩き込んだ。砕けはしなかったが、さすがに打ち込んだりはしていなかったようで、放り出された仮面がカラカラと音を立てて地面をスライドし、その素顔が露わになる。
「……意外と可愛い顔してんじゃん」
仮面の下は、意外な程美人だった。
というか、奇麗な顔立ちの女の子だった。マッチョな肉体に相応しい、凛とした顔のパーツをしている。スポーツウーマンって感じだった。
……って言うか、女だったのかよ、お前!?
ともかく、無骨ながらも美しい、顔面偏差値の高い美女がそこにいた。
『グルルル……グルヴォァアアアアアッ!』
「顎がぁああああっ!?」
前言撤回、やっぱり怖い。だって、顎が蟹みたいに真ん中から左右に展開したんだもの。何か黒人俳優が活躍する吸血鬼映画の二作目に出て来た敵クリーチャーみたいである。
『ガヴォッ!』
「あっ……!」
そして、こちらが驚いている間に敵の戦略的撤退を許してしまった。
残るは僕とユダ、死体たくさん、それから訳ありの荷物がいっぱい。敵の正体も不明なままだし、完全に手に余ったちゃうよ。
「……今度こそ、帰ろうか」
『そうだね』
さすがに、これ以上寄り道していては、カインだけでなく母上様にも怒られる。
僕らは色々と諦めて、真っ直ぐ家に帰る事にした。
『これどうしよう?』
「せっかくだから、持って帰ろうか。母上様なら、何か分かるかもしれないし」
特大の爆弾を抱えて。
◆吸血鬼
文字通り血を吸う鬼。古代バビロンの「アフカル」、ギリシャ神話の「ラミア」、中国の「橿尸」、アラブ神話の「グール」、マレーシアの「ペランガナン」、日本の「山地乳」、そしてヨーロッパの「ヴァンパイア」など、世界各地に伝承が残っている。“血(もしくは氣や魂)を吸い取る”という共通点こそあるものの、姿や特性は千差万別である。
ちなみに、「ドラキュラ」とは串刺し公ヴラド三世の綽名であり、吸血鬼そのものを差す言葉ではない。正確に表現するなら、「ヴァンパイアの名門ドラキュラさん」と言った感じになる。もちろん、かの有名な女吸血鬼「カーミラ」も個人名。「ブランドー」はどうなんだろう?




