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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
35/52

元魔王、ちょっとそれ取って!!

 あれから三日後。


「サイカ、それちょっと取って」

「はい……」


 僕はカインにしっかりバッチリ扱き使われていた。

 ハボクックの要はコアである。それ以外は飾りと言っていい。材料を現地調達する空母なんだから当たり前だ。

 そして、“コアを中心として在り合わせの材料で形を作る”というコンセプトは、ゴーレムやホムンクルスと似通っている。というかほぼ同じである。目的や適合性がちょっと違うだけで。

 つまり、英国のあの世が保有する魔導核(コア)は、少しプログラムを弄るだけで全ての兵器に転用出来るのだ。変化を嫌う軍隊からすれば、これ程便利な物はないだろう。戦場に芸術品は必要ないのである。

 地獄に兵士はいらない。要るのは規格化された兵器だけ。

 そもそも、地獄の敵は天国の天使軍であり、そこで戦死者を出すと魂が向こうに奪われてしまう。事実、前回の戦争でも多くの咎人が罪を許され(初期化され)天に召された(接収された)。今頃、仲良く神に祈りを捧げながら、毎日のように精神力(こころ)を奪われているに違いない。

 詰まる所、天魔戦争はチェスというより将棋なのだ。

 歩兵(コマ)を取られて成り上がられても困るが、(天使)を討ち取らなければいつまでも襲ってくる。中々に理不尽な仕様である。

 もっとも、それは相手側にも言える事だが。向こうがやる事はこちらもやっている。悪魔だからね。

 とは言え、天国はある意味で真なる狂信者の集まり。神や天使を信じて疑わず、それを害するような真似は絶対にしない。それが幸せなのかどうかは別として、纏まりがあるのは結構な事だ。

 だからこそ、悪魔は現世の人間を堕落させるのである。地獄へ落ちやすくする為に。欲の皮が突っ張った神気取りの生き物が、どっちの誘いに乗るかなど、考えるまでもないだろう。

 何が言いたいかと言うと、人間――――――引いては生身の生き物が、兵士として天魔の諍いに介入する余地はないという事だ。いるだけ邪魔だし、完全に足手纏いである。せめてオプシ○ンハンターくらいの仕事が出来るようになってから出直してこい。

 咎人同士の小競り合いについては知らん、僕の管轄外だ。むしろもっとやれ。でも犯罪は駄目、絶対。僕の仕事が増えるから。

 まぁ、そんなこんなで地獄軍は全自動だというのが分かった所で、ハボクックに話を戻そう。

 いくら規格化されているとは言え、あくまでそれは転用しやすいというだけ。空母を動かすには動力もそれなりの物が必要になってくる。

 さらに、まっさらなコアはどこぞの機動戦士に積まれたAIと同じく、“自己進化するプログラム”なので、初めは機甲兵や自走砲、哨戒艇くらいの役割しか持てない。“陸兵・海兵・空兵を一人で熟す”というのが、必要最底辺の機能としてプログラムされているのだ。

 充分凄いし、マルチロールにも程があるが、それでは“滅茶苦茶便利な一兵卒”でしかない。兵士を兵器にまで昇華させるには、実戦での経験と手の入れ方次第なのである。熟練者が強いのは兵士もAIも変わらない。

 そして、カインが今コアに施しているのは、手入れの方。つまりは魔改造の最中だ。

 直径は約七メートル程。赤くて真ん丸な、天使の名を冠する僕らの敵が胸に付けていそうな見た目をしている。内部には分かり易い形の機械はつまっておらず、この球体そのものがナノマシンの集合体と言っていい。Sが二つ付きそう。

 で、カインの目の前には電子コンソールが浮かび上がっていて、物凄い早さでプログラムを書き込んでいる。兵士が戦艦になる為のプログラムだ。完成したらどんな珍兵器なる事やら。


『こっちはどうするー?』『しゅつりょくはこんなものでいいかなー?』


 お手伝いはもちろんカルマとアルマ。傍目には一欠けらも分からない構造図をヒョイヒョイと弄っている。

 三人(?)共、電子戦強いもんねー。これなら放っておいても期日には間に合いそう。期限明日だけど。

 え、じゃあ僕は何を手伝ってるのかって?


「ポテチとコーラ」「はい」

『こっちはじゃーきーね』「わたしよーぐると」「あー、ハイハイ!」

「『『はいは一回で言い』』」「やかましいわ!」


 御覧の通り、雑用です。くそ~、我ご令嬢ぞ~!

 ま、意趣返しも含まれているだろうから、黙って従うけど。


「あ、お菓子切れた……」


 そうこうしている内におやつが無くなってしまった。食い過ぎだろこいつら。


「じゃあちょっとこれ買って来て」『なるべくはやくねー』『あとおふろもわかしといてー』


 と、お買い物メモを渡してくるカイン。人の事扱き使い過ぎだろ、こいつら。

 つーか、沸かすも何も、ウチ温泉だろうが。調子に乗るなよ、こんチクショウ。

 まーまー、いいさ。いい加減苛々してたし、ちょっと外の空気でも吸って、気分転換とでも洒落込むさ。


「……行こう、ユダ」『分かった』


 という事で、僕はユダを連れ添って、屋敷の外へ出た訳だが、


『お姉ちゃん、何でカインにあそこまでするの?』


 今まで頑なに手伝おうとせず、不貞腐れていたユダがそんな事を言い始めた。出来たてホヤホヤの義弟ばっかりチヤホヤされて嫉妬してるんですね、分かります。愛い奴め。


「家族だからよ。それじゃ不満?」

『不満だよ! だって、あんな頭ごなしにお姉ちゃんの事否定したんだよ!?』

「だからだよ」


 そんな可愛い義妹に教えてあげよう。


「……きちんと叱ってくれる人ってのは、貴重だからね」


 生まれる時は皆赤子である。赤子が子供に、引いては大人へと成長する為には、周りの大人がきちんと導いてやらねばならない。それが群れに生きる物の定めだ。集団という異質な空間で生きる以上、自分勝手は許されないし、時には個という己を殺して全を生かす必要もある。助け合いって奴だね。

 その為には、自分を律する理性を持たねばならない。身体だけが大人になっても爪弾きになるだけである。

 なら、理性を知らない生意気なクソガキに大人の階段を上らせるにはどうすればいいか?

 答えは簡単、何が駄目かを教えてやればいい。“常識的に考えてアウトな物”とはつまり、“社会で生きるのに不都合な物”という事だ。集団心理というのは、異質な物を認めないのである。

 だから、叱るべき時に放っておくと、大抵の場合はロクな大人にならない。大人になれないというか、デッカい子供になってしまう。

 そうなったら大変だ。ガキみたいな大人になるだけならまだいいが、虐待だの洗脳なんぞして育てた暁には、それが常識になってしまう為、確実にロクな事にならない。気に入らないなら、殺してでも意見を通す奴……人はそれをテロリストと呼ぶ。

 まぁ、一般家庭でそこまで行くとは思えないが、最悪の場合、サイコキラーが誕生してしまうかもしれない。そうなった時に困るのは周りの大人、もっと言えばその元凶たる育ての親である。

 情けは人の為にあらず。自業は自得。日頃の行いは、様々な形で自身に返ってくるのだ。

 そういう意味では、カインが僕を叩き怒るのは当然だろう。まさに彼が言った通り、サイコパスと家族になったら身が持たない。それが良心どころか同族意識すらない怪物なら尚更である。


『……なら、ワタシはいない方が良いの?』


 そこまで話した所で、ユダがちょっと洒落にならないくらい落ち込み始めた。違う、そうじゃない。


「そんな訳ないでしょう。叱ってくれる人は確かに必要だけど、慰めてくれる人もいないと精神がやられるわ」


 何が悲しくて呉越同舟し続けにゃならんのか。親しき仲にも溝くらい掘って欲しいもんだね。どこまで行っても自分以外は他人なのだから。


「だから、ユダは大事な家族で、私の可愛い義妹よ」

『カインと同じくらい?』

「それ以上よ」


 敵より味方の方が良いし、叩くより褒められた方が嬉しい。子供なんてそんな物だ。


『お姉ちゃん!』「ユダ~♪」


 ひっしと抱き合う僕たち。傍から見ると母親に娘が甘えてるようにしか見えないけど、気にしたら負けである。

 さて、お互いの気持ちに整理がついた所で、お買い物を――――――、


「うん?」


 と、僕の横目が捉えてしまったのは、奥の細道でコソコソと蠢く人影。それはどう見ても、堅気の類ではなかった。だってアレ、完全に忍者だもん。それもスレイヤーする感じの。ハラキリやがれこの野郎。


『お姉ちゃん……』

「……しゃあない、仕事は仕事よ」


 僕とユダは溜息を吐きつつ、戦闘態勢に入った。


 ◆◆◆◆◆◆


『アイェエエエッ!? ナンデ、バレタナンデ!?』


 あっという間に補足された忍者もどきが、珍妙な声を上げている。いや、忍べよ忍者。


『クッ……!』

「どこへ行こうと言うのかね?」『地獄はここだから、昇天かなぁ?』


 補足されたと同時に踵を返して逃げ出すのは隠密として正解だが、逃がさんよ。すぐに退路を塞ぎ、長屋の上で対峙する。江戸の街並みで、月夜をバックに屋根の上で睨み合うとか、風流ですね。これで僕らの恰好が真面だったらなぁ……。

 つーか、改めて見ると凄い格好してんな、こいつ。

 忍者風の青黒いアーマーで全身を包み込み、背中には一本の剣を背負っている。目元はバイザーだし、駆動部が青白く光ってるしで、全く以て忍べていない。


『……こうなっては仕方ない。名乗らせてもらおう! オレは刀身忍軍十二頭領の内が一人! シュガール・ダンゾウだぁ!』


 さらに、合掌しながら名乗りやがった。ドーモ、ダンゾウ=サン。サイカ・エウリノームです。

 うん、ふざけてんのかな?

 何だ、その伊東マンショみたいな名前は。洗礼でもされたのか。

 そもそも、刀身忍軍って何だ。どこの回しモンだよ。何故頭領が十二人もいる。ノースリーブで鎖巻きじゃないだけまだマシだが、ちゃんと一人にしておけと言いたい。


「その投身自殺だか何だかが一体何の用だ?」

『刀身だ刀身! それはもちろん、貴様を抹殺する為……あっ!』


 あっ、じゃねぇよ。暗殺対象に任務内容を伝えるなや。馬鹿過ぎるだろお前。

 ま、殺しに来たと言うなら話は早い。


「ユダちゃん、殺っておしまい!」

『了解!』

『なぁめぇるなぁああああああ!』


 僕はユダを嗾け、ダンゾウもそれに応えた。互いに剣を抜き、構える。描写だけなら武士の決闘だが、実際は暗黒騎士と忍者のパチモンが長屋の上で面付き合わせてるというのだから、思わず苦笑いしてしまう。

 先に動いたのはダンゾウだった。


『我が「アロンダイト」の錆にしてくれるわ! 食らえぇい!』


 と言いつつ、フリスビーみたいな手裏剣を投擲して来た。狙いは僕。汚いさすが忍者汚い。


「フン!」


 だが、その程度で狩れる程僕は甘くないぞ。すぐさま魔法剣を起動して切り払った。切断できなかったのはビックリだが、それだけだ。

 そんな不意打ちでユダの気を逸らせると思ったら大間違いだ!


『シッ!』『ぬぅ!』


 ユダは後ろを振り向きもせず、ダンゾウに切り掛かった。ダンゾウも剣で受け応える。上段、下段、袈裟斬りと、お互いに目にも止まらぬ速さで切り結ぶ。


『キェエエエイ!』『うわっ!?』


 しかし、さっき切り払った手裏剣もどきがダンゾウの下に戻ってきたかと思うと、彼の足首に装着、車輪のように動き出し、ローラースケートの如く襲い掛かって来た事により、戦闘のバランスが崩れた。剣だけでなく車輪をブレード代わりに使った足技も交え始めたので、単純に手数が足りなくなったのである。ポッと出の忍者の偽物の分際でなかなかやる。


『フン!』『くっ……!』


 さらに、強力なワイヤーで屋根に縫い付け、拘束。ユダの動きを完全に押さえた。まさに絶体絶命。

 だが、僕は焦らない。英国淑女は慌てない。何故ならば!


『トドメだぁ、イヤーッァアレェエエエエ!?』『オープンゲ○ト!』


 だって、ユダはデュラハンだもの。最初から死んでるし、ハナからバラバラだ。だから、こうして急にばらけて不意打ち出来る。分身は出来ないけど、分裂は出来るんだよ、忍者(笑)!

 この戦い、ユダの勝ちデース。


『死ねぇっ! 【火炎放射プロミネンス・ナパーム】!』


 そして、全方位から放たれた【火炎放射】が、ダンゾウの息の根を完全に止める――――――筈だったのだが。


『フフフ……それはオレの分身だッ!』


 焼かれるべき奴の身体は暗黒となり塵と消え、代わりにずっと離れた所でダンゾウがお尻ぺんぺんアカンベーをしやがった。

 クソッ、空蝉の術か。何というアサシンマジック。本当にモドキの癖に実力だけはあるなぁ!


『……どうしよう、お姉ちゃん?』

「もういいや、面倒臭い。帰ろう」


 後で母上様にお叱りを受けるかもしれないが、正直相手をするのも面倒臭いから、もうどうでもいいや。喋ってるだけで疲れた。早く菓子買って家に帰ろう。

 こうして、僕らは無事に買い物を済ませて、帰路に着いた。

 あーあ、早く帰りたい。これ以上のトラブルは御免だよー?


 ……しかし、神は言っている。これで済む運命(さだめ)ではないと。

◆忍者


 室町時代に成立した、日本の諜報員。破壊活動や浸透戦術、暗殺までやってのける凄い人たち。元々は「乱破」や「素破」と呼ばれていたが、後々に忍者と呼ばれるようになった。

 読んで字の如く「忍ぶ者」なので、間違っても手から波動弾を放ったり堂々と名乗りを上げたりはしない。スレイヤーじゃなくてアサシン、というかスパイだからね、仕方ないね。

 むろん、忍術も実際には地味かつ実現可能な物ばかりであり、種も仕掛けもあるし夢も希望もない。殺しの技術だからね、仕方ないね。

 つまり、派手で目立つ奴は忍者失格である。もしくはニンジャという種族である。いいね?

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