サイカ、しっかりしなさい!
「「ハボクック」? なぁにそれぇ?」
カインが首を傾げる。
「“氷山空母”の事だよ。“船体を現地調達する戦艦”とも言えるね」
彼の質問に、僕は端的に答えた。
ハボクックとは偉大なる英国面の発明家「ジェフリー・ナニサエル・パイク」が構想した、歴史上類を見ない奇天烈兵器である。
コンセプトは“船体の自己再生”。手頃な氷山をくり抜いて船体とし、損傷しても周囲の水を凍らせる事で直す事が出来る、というもの。
むろん、氷だから放っておいても融けて自壊するし、冷凍室でどうにかなるような物でもないし、乗組員は確実に低体温症で死ぬし、何よりデカ過ぎてお金がとっても掛かる。
はっきり言って欠陥だらけのポンコツで、空想と現実の違いが如実に表れた兵器と言える。それを妄想に留めず実践しようとしてしまう辺り、さすが英国面と言ったところか。
こんな意味不明な構想が成された原因は、当時――――――第二次世界大戦のイギリスが抱えた問題が要因となっている。
その頃、英国はドイツ第三帝国の海上封鎖による通商破壊(文字通り“商売の流通ルートを物理的に破壊する”行為)を受けており、輸送船が生きて還ってくる確率が宝くじよりも低かったという煉獄状態で、絶海の孤島らしく干上がる寸前であった。
英国政府は欲した。“強くてデカくて安上がりな護衛戦艦”を。
それに答えを示したのが、発明家であり諜報経験者でもあったジェフリー・ナニサエル・パイクだった。
「船体が壊れるなら直せるようにすればいい」という発想の下、当時幾らでも手に入った氷山を空母化する計画が推し進められる事となる。
……で、盛大に失敗した。
上手く行けば全長約600メートル・全幅100メートル・排水量200万トンという巨体かつ10ノットで動けるそこそこの機動力と、150もの艦載機(しかも陸上機でもOK)を搭載出来る輸送能力、損傷しても水を流せば完全修復可能な自己再生能力を有する、ぼくのかんがえたさいきょーむてきせんかんが出来上がる筈だったが、先の問題により船体を作る段階で計画は凍結されてしまった。氷山なのに凍らされるとはこれ如何に。氷をパルプ混合水で作るなどの対策も立てられたようだが、無駄無駄無駄ァ!
だが、よく考えてみて欲しい。現世では荒唐無稽もいい所であるが、あの世は剣と魔法のSFな異世界。この世とは明確に異なる法則で物理現象を引き起こしているここであれば、再現可能なんじゃないか、と。
実際、やってみたら出来た。
常に周囲から熱を奪う輝石をコアにして、海水を氷結させつつ魔法で固定化させれば、ハイ完成。寒さも魔法でバッチリ対策済み。継戦能力の高さも相俟って、今では地獄海軍の標準戦艦となるまでに伸し上がった。ジェフリーも自分の絵空事が実現出来て、草葉の陰で喜んでいる事だろう。
そして、今日の英国では戦艦としての運用だけに留まらず、娯楽の一つとしても親しまれている。
つまり、自分で考えたハボクック同士がぶつかり合いゴールを目指す、「パイクレース」の誕生だ。
既にPDレースを開催している地獄からすれば今更であり、特に苦も無く受け入れられ、実現するに至った。まさに暇を持て余した英国紳士たちのお遊び。
「ちなみに、参加費は無料で、コアのプログラムさせ成立させておけば誰でも参加出来るわよ」
地獄のハボクックは既存の物と違い動力炉のみで運用されている。“船体を現地調達する”という部分を突き詰めた訳だ。
ついでに言えば、船体の材料も氷に限定されておらず、船型もそこまで縛りはないので(一応、戦艦なので砲塔は必要)、かなり自由にプログラミングする事が出来る。それこそ塩や岩でも構わない。何とも男心を擽ってくれる規格である。
「へぇ……面白そう!」
当然、年相応かつ健全な男の子であるカインもガッツリ食い付いてくれた。
というか、食い付いてくれないと困る。これは知り合って以来の不機嫌な彼を持ち上げ、誤魔化す為の話題なのだから。
◆◆◆◆◆◆
事の起こりは小一時間程前、屋敷の裏手にある秘密の地下工房(約108平方キロメートル)にて。
「どーよ! これが私が手掛ける初事業「錬金生物計画」よ!」
僕は最近手掛けているプロジェクトについて、カインたちに嬉々として語っていた。
眼下では幾多の製造機をベルトコンベアが数珠の如く連結し、長蛇の製造ラインが蜷局を巻いて蠢いている。工程ごとにパーツが組み合わさり、最終的に一体の錬金生物が完成する仕組みだ。人では一切掛かっておらず、専らゴーレムが手を加えている。魔法による全自動化工場である。
「へぇ、こりゃ凄いな」
その圧倒的な生産振りを見て、カインが唸る。
まぁ、これだけ色んな機械が所狭しと並んで、次々と人型決戦兵器を造って行く様を見れば、誰でも感動するよね。こう「人類の叡智が結集した」みたいな。魔法科学様々だ。
『でもさお姉ちゃん、何でゴーレムじゃなくて人造人間なの?』
と、黙々と作業工程を見ていたユダが、ふと疑問を呈した。
確かに、同じ全自動化なら生体部品を使う人造人間よりもゴーレムの方がコストも手間も掛からずに済む。ましてや錬金生物ともなると、必然的に錬金術も引っ張り出してこなければならない。ともすれば、費用対効果が見合っていないように思える。
だが、その程度の難題をクリア出来ないようでは、エウリノーム家の次期当主は勤まらないのだよッ!
「良い質問だね。……答えはズバリ、“リサイクル”の為よ!」
そう聞かれるだろうと思っていた僕は、自信満々に解説した。今思うとこれがいけなかったのだろうが、その時の僕は全く気付けていなかった。
『リサイクル?』
「そうだよ。ほら、あそこに大きなポットが三つあるじゃろ?」
何となくオー○ド博士っぽいノリで、工場の一区画を指差す。そこには赤・青・緑の巨大な筒が三つ並んでおり、絶え間なく何かを挽き潰してしている。
『何アレ?』
「あれは“ミキサー”だよ。文字通り、咎人を挽肉にしてるんだ♪」
「………………」
何かカインが静かになったけど、話を続けよう。
「あそこでミンチにした咎人を素材にして生体部品を作り、別ラインで組み上がったゴーレムの内部骨格に錬金術で馴染ませる事で、一つの完成体としている。所謂“サイボーグ”だね。元値が只同然だから儲かって仕方ないよ~♪」
僕はエウリノーム家の女。その仕事は領地の維持であり、その中には治安も含まれている。
哀しいかな、ここは地獄なのでそういう阿呆は後を絶たず、数もべら棒に多い。特にディーテシティは一度崩壊した後という事も相俟って、最悪と言っていいだろう。被災地で詐欺や密輸を企む輩が増えているのだ。
必然的に逮捕者も増える訳だが、基本的に逮捕は処刑に直結する。死んだ咎人だけが良い咎人だからである。
しかし、そうなると今度は処理に困る。死屍累々を消し去るのも中々に骨だ。家には人食いという優秀な処理係がいるが、それでも手が足りない。
というか、カルマもアルマもまだ子供なので、肉は食っても骨は残す為、遺骨に限っては全然処理が進んでいなかった。骨も金属だから、燃やすのも大変なのよ?
だが、僕はそこでハタと気付いた。
――――――燃やさずに再利用すればいいんじゃね、と。
骨は金属。肉も余り気味。元が咎人とは言え、ただ捨ててしまうのはあまりにも勿体無いだろう。
さらに、僕には大事な家族たちから教わった【錬金術】と【合成魔術】がある。これを利用しない手はない。
錬金術とは化学の基礎であり、もっと突き詰めて言えば“組み合わせの魔法”である。分子結合を解き、別の原子と結び付ける事で、全く別の物質に変化させる……ようするに化学組成を改造する魔術なのだ。それはスキルとしての【錬金術】も変わりない。
一方の【合成魔術】は、物質ではなく魔術の組み合わせを改造する魔法である(ユダからの受け売り)。字面の通り“魔術を合成”しているのだ。前にユダがドラコを改造する際に【合成魔術】を使用していたのは、魔力の流れを弄る為だろう。
つまり、【錬金術】は物理的で【合成魔術】は魔術的、と言える。物質を弄るか、エネルギーを弄るかの違いである。
しかし、これらは正反対の事項ではなく、密接に絡み合っている。剣と魔法の世界で科学と魔術を別々に考えるなんてナンセンスだ。
むしろ、魔導化学なんて分野が存在するくらい、積極的に組み合わされている。
そもそも、魔法とは「魔力」というこの世の常識では測れないエネルギーを利用して発動している、“今までになかった”現象に過ぎない。この世の物理法則とはアプローチが違うだけで、結果は同じ。マッチを擦れば火が点くし、魔力で空気を擦っても火が付く。“着火すれば燃える”という答え合わせの方法が違っているだけなのである。
まぁ、小難しい事は置いておいて。
【錬金術】と【合成魔術】を組み合わせれば、廃棄物をご立派な生体兵器に改造出来ると気付いた僕は、さっそく実行に移った。
腹に一物抱えてるっぽいカーミラとミカーラの協力で、屋敷から少し離れた所に秘密ラボと増産工場を建造。湧いて出る蛆虫どものリサイクルに勤しんだ。術式さえきちんと組めば後はゴーレムたちが勝手にやってくれるので、まさに片手間だった。
その後、勘のいい母上様にはバレたが、叱責するどころかいい笑顔でサムズアップしてくれたので、商売は軌道に乗った。
戦争・紛争・抗争――――――ありとあらゆる争いをしたくて堪らない連中に武器を売りつけ、魔女の名の下に裁きを下し、その死体を余す所なく活用する簡単なお仕事だ。
特にバトルマニアで兵器コレクターなブランドー伯爵からの受けが良く、最初期からのお得意様となっている。研究家の一面もあるから、新しい玩具に興味津々なんだろうね。
ちなみに、人間としての見た目に拘ったのは、兵器としての汎用性を上げる為。直接的な戦闘だけでなく、潜入工作や暗殺業務も熟せるようにとの、母上様からのアドバイスである。あの人も大概狂ってるよね。
ともかく、こうして成立したのが「錬金生物計画」だ。今ではエウリノーム家の利益の二十パーセントを占めるくらいには成功を収めている。とてもお休み前の暇潰しに考えた妄想がきっかけとは思えない。
「……いい笑顔で、何を長々と語ってんだよ」
だが、僕の偉大なるプロジェクトを語って聞かせたのに、カインの反応はかなり微妙だった。解せぬ。僕はただ環境に優しい商品を開発しているだけだというのに。
「――――――出て行こうかな、この家」
それどころか、家出を宣言されてしまった。ますます以て解せぬ。
え……っていうか、ちょっと待って!?
「な、何で!?」
「いや、分からいでか!?」
「全っ然分からない!」
全然分からないけど、このままじゃ駄目なのはよく分る。どうしよう、どうすれば……!
そうだ、「錬金生物計画」の良さをもっとアピールしよう。そうすればきっと分かってくれる筈ッ!
「お、落ち着いて、カイン。この企画、良い事ずくめだよ? 犯罪者は減るし、ウォーモンガーは喜ぶし、私たちは儲かる、最高じゃない」
「いや、最低だよ」
「何でだよ! 生ゴミが粗大ゴミになる前にリサイクルして何が悪い!」
「最悪だなお前は!」
駄目だ、逆効果みたい。
「……あのな、オレが元々は咎人だって事は分かってるんだよな?」
「もちろん。だから、家と絶縁したらまた呪いに――――――」
「だったら、同じ人間をミキシングして魔改造するようなサイコパスと一緒に暮らしたいと思うか?」
「思う!」
「そういう所だぞ!」
うーん、彼の言い分としては、“人殺しと家族だなんて御免だ”って感じだけど……咎人を処理する事の何が悪いのか、マジでさっぱり理解出来ない。訳が分からないよ。
「大体、お前らもお前らだよ。特にユダ。お前も義妹なら少しは諫めろ」
『だが断る! ワタシはお姉ちゃん全肯定派閥だから!』
「揃いも揃って駄目な奴ばっかりだな!」
ユダが可愛い事を言ってくれるが、それがまたカインの不満を加速させた。どうしてだよぉ……。
《ねぇ、どうしてカインが怒ってるか分かる?》
このままでは埒が明かないので、テレパシーでスップリンに相談してみる。見た目はプリンでも今いる面子では一番の年長者なので、何かしらの知恵を貸して貰えるだろう。テレパシーなしじゃロクに会話が出来ないのが玉に瑕だけど。
《そうですねぇ……やっぱり同族意識が残っているからじゃないでしょうか? サイカ様だって、自分の友達が殺されたら嫌でしょう?》
《友達いない……》
サイカは友達が少ない。引き籠りの魔女だから。
《いえ、そういう話ではなくて……では、今カイン様がいなくなるのは嫌だと思ったでしょう?》
《うん。私の家族だし》
《そういう事です。自分と近い者――――――同族が死ぬと言うのは、思ったよりも心に来るものなのですよ。それが赤の他人だとしてもね》
《なるほど……》
つまり、嫌でも“自分がそうなったら”と想像してしまう、という事か。外見の些細な違いは別として、中身は一緒だからね。
倫理がどうだのとスプラッタな映像が規制されるのも、想像し易いからに違いない。もしくは改めて“自覚”させられてしまうからか。どちらにせよ嫌悪感を抱くのは同じだろう。
そう言われると、確かに此度の工場見学は、カインにとっては最悪の物だったに違いない。
《私たちは元より、サイカ様も咎人に同族意識を持つのは無理でしょう。だからこそ“咎人上がり”のカイン様と擦れ違いが生まれたのかもしれません》
まさに納得である。僕以外は皆モンスターだし、僕自身も魔女の娘だから、最初から咎人として生きて来たカインとは、世界の常識が違う。
《それは分かったとして、ここからどうすれば……?》
《うーん、今謝ったとしても説得力の欠片も無いし、まずは何かでご機嫌取りをした方が……》
そんな事を言われても……どうしよう、どうすれば……本当にどうしたらいいんだよぉ~ッ!
「うぅぅ……ぅうぁああああああああああああああああああああああああん!」
あまりにも泣きたくなって来たので、マジで泣いてしまった。大泣きのギャン泣きだ。こういう精神が肉体に引っ張られる現象は嫌になるし、そう思うと余計に泣きたくなって来た。おかげで涙が全く止まらない。
「お、おい……?」
『あーっ、お姉ちゃんを泣かせたな! 男として恥ずかしくないの!?』
『ひとでなしー』『たまなしー』『プップリーン』『うきゃぁーん!』
「いや、そんな事言われても……」
「ぁああああああああああああああああああああぁぁぁあああああ!」
「クソッ、何だってんだよ! まるでオレが悪人みたいじゃねぇか!」
僕は泣くし、非難轟々だしで、カインはすっかりテンパっていた。無理もない。女の涙は武器なんだよ。
……よし、ここだ。想定外だけど、カインが押され気味な今の内に話を纏めてやるぅ(泣)!
「……もう怒ってない?」
「いや、大分怒ってる――――――」
「ううぅぅ……」
「ああもう、分かった分かった! 怒ってないから泣くなよッ!」
「うん……」
フッ、チョロいな……お互いに!
「でも、このまま引き下がるのも癪だ。何か面白い事でもしてもらおうか」
何故そこで一発芸を求めるのだカインよ。元魔王にそんなの期待しないで。
くぅ~、考えろ。カインとしてもここが妥協点だろうから、何もしないままでは終わってしまう、色々と。さっきスップリンもご機嫌取りしろって言ってたし、何か……あ、そうだ!
「一発芸は出来ないけど……カイン、「ハボクック」って知ってる?」
◆◆◆◆◆◆
大体そんな感じで、僕たちのパイクレース参加が決まった。
今思うと適当にも程があるな、この流れ。とは言え、カインの機嫌が少しでも良くなってくれたから、多くは語るまい。とりあえず、メッチャ嬉しいとだけ言っておこう。
さて、そうと決まれば準備だ、準備ィ!
「開催は五日後だから、それまでに準備しよう。大丈夫、伝手はあるし、カインでも操縦出来るようにプログラムするから」
「……お前は乗らないのか?」
「カルマとアルマ、それにドラコを手伝いに回すよ。……レースはもう、懲り懲りだからね」
どっかの蟲毒な魔女のせいでね。あんなデスレースは二度と御免だよ。
しかし、僕たちはこの時まだ知らなった。自分たちの不運さが、咎人の呪いは関係なしの筋金入りである事を……。
◆ハボクック
一時はスパイもやってた発明家ジェフリー・ナニサエル・パイクが考案した、“自己再生する戦艦”。その実態は「手頃な氷山をくり抜いて空母にする」という、ある意味革新的な、パンジャン・ドラムを超える英国面を体現した珍兵器。こちらはあまりにも無謀過ぎて建造すらされなかった。
一方、あの世ではコアさえしっかりしていれば船体いらずで造れるエコロジーなテクノロジーとして重用されている。単純に生まれる世界を間違えていたのかもしれない。




