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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.2:Attack of the Kreis
33/52

七大魔王共

 遥か遠い未来、遥か彼方の異世界で……。


 魔女界(せかい)を震撼させる天魔戦争から数ヵ月。地盤ごと蒸発したディーテシティも、少しずつではあるが元の姿を取り戻していた。

 しかし、何事も治り掛けが一番危険。ディーテシティでは今、悪化した治安に乗じて罪を犯す悪人たちが蔓延っていた。

 そんな不届き者を排除する為、エウリノーム家の次代当主にしてご令嬢、サイカ・エウリノームは犯罪者(ネズミ)狩りや天使(モグラ)叩きに勤しんでいた。

 そんなある日、いつも通り密輸業者「ルアク商会」の捕縛した際に、“とんでもない荷物”を見付けてしまう。それは異教にして異邦の「天使」だった。

 さらに、その天使(かのじょ)を狙う、アイルランドの旧き支配者「フォモール族」の出現により、魔女界(ハデス)は更なる戦争の火種を抱える事となる。

 そして、事の顛末を報告する為、サイカ・エウリノームはテコナ・エウリノームたちと共に、地獄の七大魔王へ謁見するのだった……。


 ◆◆◆◆◆◆


「……いや、何この解説?」

「あらすじ?」

「粗過ぎるだろ!」


 とまぁ、そんな感じで、僕――――――サイカ・エウリノームは、素敵な家族と使い魔たちと一緒に、「悪魔界(ゲヘナ)」の最下層に聳え立つコキュートス城にやって来ていた。

 「悪魔界」は東洋に被れまくった「魔女界」と違い、ちゃんと西洋文化(ヨーロッパ)をしているので、コキュートス城も如何にも魔王城(氷)という見た目をしている。良かった、七大魔王が真面で。

 いや、全く良くない。今からその七大魔王に会うんだから。


「クソゥ、私が何をした……!」

「えっと、「錬金生物計画プロジェクト・ホムンクルス」に、イスラム教徒(スパイ)の誘致、パイクレース用のハボクックを多数破損……」

「やめろ、具体的な罪状を述べるな!」


 容赦なく追い詰めてくるカイン・アルベルトに、僕は首を振り、顔を両手で覆った。

 分かってる。分かってるけどさ、仕方ないじゃん。全部フォモール族(あいつら)が悪いんだ、私に罪はないッ!


『でもお姉ちゃん、どっちにしろ今回は逃げられないと思うよ? ブランドー伯爵の紹介状にサンダルフォン直々の指名……断ったらエラい事になるよ? それにテコナさんがノリノリだし……』


 さらに、可愛い義妹であるユーダス・カスパールことユダまでもが僕の逃げ道を塞いでくる。嫌だ、聞きたくない。


『おしろおしろー』『こおりみたーい』『プリリン』『きゃー』


 カルマとアルマのマンティコア兄妹、スプリガンのスップリン、メタルな錬金生物のドラコの四匹は、僕の気持ちを知ってか知らずか、どったんばったん空騒ぎしている。滅びろ。


『まーまー、安心して下さい』『私たちが付いてますから』


 付き添い(というか付き人)であるメイド長の二人――――――カーミラ・レ・ファーニュとミカーラ・シェリダンの吸血鬼姉妹が優しい笑顔で励ましてくれる。そのご立派な態度は好感を持てるが、紅潮した頬と鼻血が全てを台無しにしているが、気にしたら負けだろう。うん、彼女たちは良い子。


「え~っ、信用ならないわ~。だってドジっ子だもん、この二人~」「……貴女が言いますか? ディーテシティ壊滅の元凶である貴女が……」


 白々しい顔で宣う母上様テコナ・エウリノームと、ジト目で彼女を睨むアンタレスさん。とても主人と執事とは思えない、気安い掛け合いである。まるで夫婦みたい。


『『なにぉーっ! 今すぐ下克上してやろうか!』』


 このメイド長たちも大概だが。堂々と下克上を宣言するな。今更だけど。


『スイマセン、ワタクシのせいデ……』


 そして、この子――――――イルちゃん(仮名)。何故かルアク商会の荷物に紛れ込んでいた、異国の天使だ。

 艶やかな褐色の肌に銀に輝く白髪の可愛らしい少女で、外見年齢はカインより少し上くらい。背中には灰色の翼が二対四枚生えている。服装はアラビア風の赤いスカーフで大事な所を隠しているだけという、なかなかに煽情的な物である。

 ちなみに、性別は両性具有の模様。天使だもんね、仕方ないね。というか普通に萌える。ふたなり天使とか、尊くない?

 今回の謁見は全てこの子のせいと言えなくもないが、記憶喪失かつ世間知らずな年頃のふたなりっ子を苛める程、僕も外道ではない。


『そうそう、大いに反省したまえ!』

「黙れ駄犬!」

『キャイン!』


 ウザいおまけ――――――コボルトのブルータスは殴るが。

 腰に帯刀した陰陽師風の恰好をした、この二足歩行するサモエド犬は、本来なら辺境領主ブランドー伯爵の所有物なのだが、何故か事件の後に押し付けられてしまった。厄介払いされた感が半端ない。

 まぁ、任務中に平然と居眠りような奴を忠犬扱いする方が難しいけど。そのせいでイルちゃんの密入国が半ば成功してしまったのだから、救いようがなかった。崑崙山にでも出荷してやろうか。


「大丈夫、イルちゃんのせいじゃないよ。ハァ……」


 申し訳なさそうなイルちゃんをフォローしつつ、この後の事を考えて思わず憂いてしまう僕。

 そうだ、今更後悔しても仕方ない。“アイツ”の言った事も気になる。どっちにしろ、エウリノーム家に生を受けてしまった以上、七大魔王とはいつか面付き合わせるのだ。それがちょっと早まったと思えばいい……って言うか、思わないとやってられない。


「それじゃあ……失礼します!」


 そんなこんなで、新しい仲間(?)を携え、僕は目前の地獄門をノックした。

 さぁ、謁見の時間だァ!


 ◆◆◆◆◆◆


 ここはコキュートス城・謁見の間。

 豪奢だが禍々しく飾り立てられた、まさに魔王軍の謁見室って感じの部屋。嘆きの氷河(コキュートス)というだけあって氷をイメージした造りで、見ているだけで思わず震えがってしまう。氷柱のシャンデリアとかあるし。魔導式空調機(マジコン)が利いてるから気のせいの筈なんだけどね。

 いや、この寒気は部屋の内装が原因ではない。目の前に座する七大魔王が元凶だ。


『まぁあああた貴様らくぁあああああぉぅ!』


 ……で、その七大魔王だが、滅茶苦茶怒っていた。そりゃそうだよね。


 ちなみに、唾を飛ばして怒鳴っているこのお方は、“神と人間の人間の敵対者”にして“「憤怒」を司る堕天使”「サタン」。名前にMr.の付かない、正真正銘の大魔王である。

 蝙蝠型の翼に曲がった角という凡そ悪魔らしい特徴を携えた人間の青年(イケメン)で、堕天してなお以前の美しさの名残がある。肌は漆黒の鱗で覆われ、舌が二又になっているなど、何処となく“蛇”の要素が見え隠れずるが、天使や下級悪魔に比べれば異形らしさは少ない。髪はウリエルの如く赤く燃え上がり、とても熱そう。


『ええ、全くその通り。我らが盟友「アンラ・マンユ」に見込まれた魔女なら、もう少し上手く立ち回れないのですか?』


 それに追従するのは、“黎明の子にして明けの明星”“「傲慢」を司る大悪魔”「ルシファー」。恒点観測員とは関係ない。

 こちらも七大魔王の一人で、サタン様とは双子の兄弟に当たる。その為か容姿も近いが、こちらは灰色の体に青い瞳と凍り付くような冷気の髪、天使を思わせる鳥の翼を持つなど、正反対の特徴を持つ。お前のような悪魔がいるか。


『確かニ。ディーテシティの再建がまだだというノニ、またしても厄種を持ち込むトハ……』


 このアンシンメトリーで毒々しいピエロの格好をした奴は、元“気高き王”にして今は“蝿の王”、“「暴食」を司る魔神”「ベルゼブブ」だ。

 名前通り蝿のような翅を持っており、正体を表すと巨大な蠅になる。それでなくとも真○木みたいな白塗り金歯の顔が気色悪いし、苦手なんだよねこの人。ネトゲでは友達なんだけどなぁ……。


『いよぉ、小娘。「また私、何かやっちゃいました?」みたいな顔してるが、マジで何してくれてんの、オマエ? オレの立場分かってる?』


 ……で、この柄の悪い烏頭は、“富の化身”にして“「強欲」を司る幻魔”「マモン」。

 これでも地獄の財政管理を一手に担うインテリであり、決して鳥頭ではない。むしろ地獄随一の天才である。

 あ、契約の件はお世話様です。今後ともご贔屓の事、よろしくお願いしたします。

 あと、イルちゃん関連の件はスイマセン。マジごめんなさいっス。許してつかーさい。


『……ボクも暴れたかった。城に籠ってると、身体が鈍る』


 可愛らしくいじけるこの少年は、“とぐろを巻く者”にして“巨大な海の魔物”、そして“「嫉妬」を司る大魔獣”「レヴィアタン」だ。

 ヘブライ語で「鯨」の意味を持つだけあって、デフォルメされた鯨のような着ぐるみを纏っている。可愛いなぁ。それでも戦闘時には巨大な海蛇の怪物に変身するのだから、悪魔は見掛けによらない。

 つーか、アンタが暴れるとディーテシティは再興不可能になるので大人しく引っ込んでろ。


『それより、そっちのちびっ子は誰なのかしら? 咎人なら、アタシにくれない? ハァ~イ坊や、お姉さんと良いことしましょう?』


 僕のカインに色目を使っているこの変態は、“元はゾロアスター教の凶暴なる破滅の悪魔”にして“「色欲」を司る邪神”「アスモデウス」その人である。

 サキュバスなど淫魔系の原点回帰種であり、その頂点に座する完全変態なのだ。その為か、見た目は艶美な褐色肌のおねいさんである。服が際どくヤバい。

 おい、カインを堂々と寝取ろうとするな、このクソらビッチが。

 あと、伝承上の姿で言えばマモンよりもこっちの方が鳥頭なのだが、人の歴史なんて当てにならないので、あんまり深く考えない方が良いのかもしれない。


『ふぁ~あ……』


 この惰眠を貪る豊満でポヤンとした女悪魔は、“当方より来たりし侵略者”にして元は“霊峰の裂け谷に住まう慈雨と豊穣の女神”だった、“「怠惰」を司る大妖精”「ベルフェゴール」。

 元・地方の神とは思えない程のだらけっぷりだが、そもそも生贄を捧げないと働かない辺り、最初から駄女神なような気がする。

 一応、恵みの雨を齎す豊穣神だっただけあって女神然としており、金髪碧眼に尖った耳というファンタジーのエルフを思わせる容姿をしている。服装は月桂冠に虫の翅、緑のドレスと、これまたファンタジーのドライアドに近い。まさに森の妖精さんだ。

 余談だが、煉獄ハイランドのスロウズ地区の遊具ロボは彼女を模して造られている。本物を見る事になろうとは夢にも思わなかったけど、本物はもっとだらしなくてサイカちゃんビックリだよ。

 ちなみに、こいつら皆がみんな糞デカい。ウリエルは数十メートルあったけど、この人たちは余裕で百メートルを超えている。僕たちとは、もはや鯨とミジンコくらいの差だ。実際に一人は鯨だし。

 うーん、これは勝てないね。スケールだけでなく、内包魔力も桁違いである。正面切って戦ったら、塵も残さず消し去られるだろう。さすが唯一神の敵対者たち。パネェっす。


「………………」


 嗚呼、もうお腹いっぱいだ。この後、サンダルフォンも来るんだろう?

 やってらんねぇよ、マジで。何なんだこの圧迫面接は。

 そもそもこの話は母上様が用意した僕が出世する為の出来レースみたいな物だし、僕自身が望んだ事ではない。僕としては、マモン様と契約して咎人の枷から解放されただけで充分なんだけど。

 クソッ、ペコペコさせやがって……出世しても気苦労が多いだけなのに……本当に、どうしてこうなった!


 それを説明するには、少し時を遡る必要がある――――――。

◆七大魔王


 ヨーロッパの地獄を統べる七柱の大悪魔たちで、それぞれが七つの大罪を司る。

 その正体は異教の神々で、過去に唯一神との聖戦に敗れ一度は軍門に下ったものの、後に共謀して叛旗を翻し、地獄という名の異界を創り出して永久戦争の体制を取った。

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