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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
32/52

閑話:オーダーメイド

 メイドの朝は早い。

 メイド長のカーミラ・レ・ファーニュとミカーラ・シェリダンは特に。

 エウリノーム家のメイドは皆ヴィクトリア形式であり、筆頭メイドを指揮官とし、各々が割り当てられた仕事を熟すという、一芸特化型である。一人が十全である現在(いま)家政婦(メイド)とは、根本的に違うのだ。

 まぁ、彼女たちは全員が真祖級の吸血鬼で、十全どころか十万馬力で働けるのだが。ぶっちゃけ、一人でも屋敷の管理くらい余裕で熟せる。

 それをやらないのは、単純に分担した方がより仕事が早く終わるからである。それ以上でもそれ以下でもない。

 ついでに言えば、屋敷の護衛や裏方業務も兼ねている為、ある程度余裕を持たせている、という事情もある。

 つまり、彼女たちはオールラウンダーにしてスペシャリストであり、同時に殺し屋でもあるのだ。おっかない奴らである。

 そんなメイド軍団だが、今は食堂の大広間に集まって、朝のミーティングを行っている。各々の為すべき事が言い渡される、重要な会議だ。


「傾注!」


 ミカーラが、総勢四十八名の吸血鬼たちに向けて注意を促した。

 続いて、カーミラが胸を張って、声も張る。


「諸君、本日も忌むべき太陽が昇り始めている!

 だが、我らは由緒正しき真祖の吸血鬼、陽の光など恐れるに足らん!

 そう、我らの敵は太陽でも、十字架でも、ニンニクでも、銀と杭ですらない!

 エウリノーム家の当主サイカ・エウリノームと、その執事たるアンタレスのみ!

 しかし、今の我らでは奴らには到底敵わない。雌伏せの時なのだよ、諸君。

 だがしかし、我らには新たな希望がある。愛しき次期当主テコナ・エウリノーム様だ!

 我らの役目は、敬愛する彼女を支え導き、エウリノーム家の実権を握ってもらう事にある!

 さすれば、邪知暴虐なるサイカ・エウリノームたちの支配も終わりを迎えよう!

 諸君、幼女は好きかぁ!」

『イエッサー!』

「テコナ様を愛しているかぁ!」

『イエッサー!』

「ならば、我らはあくまで彼女の為、この屋敷に磨きを掛けようではないか!」

『イエッサー!』

「それでは諸君、行動を開始せよ!」

『イエッサー!』


 そして、ビシッと敬礼を決めた後、意気揚々と散っていくメイド軍団。ミーティングの意味が違う。軍団だからって、内容まで軍隊式にしてどうする。

 つーか、堂々と叛逆を企てるな。お前らのようなメイドがいるか。

 なお、たまたま立ち聞きしてしまったテコナが「なぁにこれぇ」状態になっているのはご愛敬である。


 ◆◆◆◆◆◆


 さて、散らばったメイドたちの仕事ぶりを見てみよう。


 まずは庭園。

 東山文化のような落ち着いた雰囲気の日本庭園には落ち葉一つなく、奇麗に掃除されている。本館を囲む外堀、白い砂利や色褪せた芝生、小島の如く点在する敷石、松林や竹林の生垣、秋には色とりどりに紅葉するであろう木々に添えられた苔生す鹿威し――――――そのどれもが丁寧に管理されていて、和の調べを生み出していた。まさにあの世の枯山水。

 時々、三本脚の白い烏や人を食う蛍っぽい何かが羽休めをしたりするが、気にしてはいけない。だってあの世だもん。


「はぁ……ここをサイカ様は毎朝散歩されているね♪」

「ほーら見て、サイカ様とユダ様のツーショットよ♪」

「イヤン、目に毒だわ~♪」


 そんな完成された人工的な自然を造り上げ、完璧に管理している者たちは、限りなく腐っていたが。


 お次は屋敷内、各所。

 最初は玄関。大和絵の描かれた屏風が土間と内部を仕切っており、下駄箱の上に妖怪や魔物と思われる木彫り人形や不思議な盆栽が置いてあったりなど、どこか旅館の入り口を思わせるデザインをしている。

 廊下は複雑に枝分かれしており、七つの中庭を葡萄のようにグルリと囲っている。道中は床の間や茶室、書斎などの生活空間が続き、最終的には中心部でもある大広間に辿り着く。

 七ヶ所の中庭は全て小島の浮かぶ池になっていて、島にはそれぞれに特徴的な灯篭が置かれている。夜には火が灯り、幻想的な空間に様変わりするのだ。

 ちなみに、強化ガラス越しに見えるこれら中庭の池は全て床下で繋がっており、髪や角の生えた鯉が優雅に泳ぎ回っている。この鯉たちに窓や堀から餌をやるのが、サイカの日課の一つである。

 お風呂場は別館にあり、様々な湯浴みを楽しめる大浴場、中庭や裏庭を眺めて落ち着ける広々とした露天風呂など、日々解放感を味わう事が出来る。まさに至れり尽くせりだ。

 こんな素晴らしき屋敷を管理するメイドたちは、


「アハン、この塵一つない廊下を、手も洗わないサイカ様たちがドタバタと♪」

「お嬢様が育て上げたあの髪魚、今度の品評会では優勝間違いなしね。さすがはサイカお嬢様♪」

「嗚呼、この大浴場でサイカ様とユダ様が毎日組んず解れず……キャーッ♪」


 やっぱり腐敗していた。身も心も。所詮はアンデッドか……。

 ならば、平がこれなら上司はどうなのだろう?


 ◆◆◆◆◆◆


 とある書斎。


「姉様、ブランドー伯爵からゴーレムの発注が来てるわ」

「まーたあの男か……」


 ミカーラからの報告を受け、カーミラが呆れ顔で溜息を吐く。

 メイドたちを統括する彼女たちは自ずとデスクワークが多くなりがちで、エウリノーム家に届く郵送物の管理もその一つ。大抵は縁談や証憑書類であり、今回は注文書だ。

 差出人はルーマニア系の吸血鬼、アルカード・D・ブランドー伯爵。とても見目麗しい偉丈夫だが、その反面かなりの傲岸不遜かつ破天荒な性格をした似非紳士で、度々無茶な注文(オーダー)をしてくる。

 また、生粋のコレクターでもあり、最近はゴーレムやホムンクルスなどの人造物(アーティファクト)集めに余念がない。此度の手紙もその類である。

 つまりは、金持ちの道楽だ。本人は良いが、付き合わされる方は堪ったものではないだろう。

 さらに、ブランドー伯爵は、かのドラキュラを遠い祖に持つ由緒正しき真祖系のヴァンパイアである為、咎人の呪いにも魔女の強権にも縛られない、厄介な相手である。

 ようするに、関わりたくない系の超☆面倒臭い奴だ。出来れば縁を切りたいし、そもそも封書を開けるなんてしたくないのだが、そうもいかないのが現実。あの世もこの世もどの世も、世知辛いのは全く以て変わりない。イヤンなっちゃう。

 まぁ、暗部の総元締めでもあるのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 そして、エウリノーム家はゴーレムを自由自在に量産出来る【無限起動兵器エメス・ザ・インフニティ】の使い手が何人もおり、世間的にもゴーレム造りの最大手と認識されている。

 また、最近は【召喚魔術(サモン・ゲート)】や【合成魔術(シンセシス・スペル)】に【錬金術(アルケミック)】など、より取り見取りのスキルが追加され、ますます拍車が掛かっている。人造物マニアのブランドー伯爵が食い付かぬ筈がないのである。

 つまりあれだ、諦メロン。


「それで、今回はどんな物をお望みで?」

「はい、姉様。……猟犬型が二百体、暗殺用が百体、騎馬武者を千体要求してる」

「……朝飯前ではあるけど、何か鼻に付くな」

「まったくね……」


 並みの魔術師では千日千夜の時を掛けても百パーセント無理だが、ここは英国最強のエウリノーム家だから問題ない。気に入るか、気に入らないかだけだ。彼女らではブランドー伯爵に勝てないが、当主様方なら余裕で勝てる、という事情もある。

 と、その時。


「ねーねー、カーミラぁ、ミカーラぁ」

「「サイカ様♪」」


 襖をそっと開けて、愛しのサイカが登場した。その甘えた声色は、確実に媚びを売ろうとしているのが丸分かりである。絶対にロクでもない頼みだろう。

 それでも聞いてしまうのが、エウリノーム家のメイド長とその補佐なのだが。馬ぁ鹿がぁ。


「最近、私がゴーレムを作ってるのは知ってるんだよね?」

「「はい」」


 カーミラとミカーラは頷いた。

 そう、サイカはここ最近ゴーレムを作っている。それも大量に。

 原因は彼女の使い魔であるマンティコア兄妹。彼らは名前通り人食いの魔物であり、その小さな身体のどこに入るんだという勢いで食事を摂る。メイド軍団お手製の満漢全席ですら腹一分目にもならないというのだから驚きだ。名のある大魔獣に育つまでには、それくらい必要なのだろう。

 では、その食費――――――というか、犠牲者をどうやって用意しているのか。

 答えは簡単、魔女としてのお仕事を利用しているのである。即ち裁いた咎人を捌いているのだ。咎人は放っておいても犯罪に手を染めるので、品切れになる心配はない。実に合理的だ。

 ただ、まだ幼体なので骨までは食えず、必然的に場所を取る事になる。その解決方法がゴーレムへの転換である。素体に使って、再利用しようというのだ。

 しかし、いくらゴーレムに作り変えようが、在庫を抱えざるを得ない現実は変わらない。

 だからこそ、それを捌くアイデアを求めに……否、企画(プレゼン)をしに来たのである。目を見れば分かる。聡明な彼女が、考えなしにおねだりをする訳がなかろう。


「……それでね、頼みたい事があるんだけど――――――これ、売ってもらえない? カーミラとミカーラならそういうルート、持ってるよね?」


 やっぱり。吸血鬼姉妹は確信した。サイカは次期当主に相応しいと。

 まだ幼く可愛らしいながらも、ここまで冷酷な行為を、まるで息を吐くようにやってのける。それも確実に利益になる企画を立てられる聡明さを持ち合わせているのだ。あのアバズレには過ぎた子である。

 ……段々親に似てきているだけじゃね、という客観的な意見は、サイカが可愛過ぎる彼女たちには聞こえないし、理解出来ない。それどころか、ペットの世話を続けようと必死に頑張る姿に萌えてすらいる。色眼鏡にフィルターとは恐れ入る変態だ。

 まぁ、それはともかく、タイムリーな話題である。サイカは在庫を捌けるし、カーミラとミカーラは楽に納品出来て、ブランドーは欲求を満たせる。ついでに確固たるパイプも築けるときた。これは乗るしかないだろう。


「……その話、乗りましょう」「生産体制はこちらで用意します」

「さっすが~♪ 頼りになるぅ~♪」


 こうして、魔女とその従者との間で、密約が成された。これが後に重要な意味を持つ事になるのだが、今は誰もそれを知る由はなかった……。


 ※結論:蛙の子は蛙で、類は友を呼ぶ。同じ穴の狢は喧嘩をしない。

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