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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
3/52

家出幼女と迷子妖女

 突然ですが、迷子になりました。


『オギャアアアアアヴヴッ!』


 しかも、目の前には恐ろし気な怪物が。本当にどうしてこうなったのだろう。

 その理由を知るには、少々時を遡る必要がある……。


 ◆◆◆◆◆◆


 意味不明な因果によりファフニールと対峙する事となった、あの忌まわしき寿司曜日から約半月。特に何事もなく、平和な日々を過ごした。

 強いて言うなら、家の人たちの僕を見る目が変わった。

 あの事件までは猫っ可愛がりされたのだが、すっかりバッチリ潜在能力の高さが露呈した為、教育方針が変わったのだ。

 具体的に言うと、本格的に魔法学がスタートしたのである。


「……では、まずはおさらいからです。あの世には魔法が存在しますが、それらには大まかな属性があります。何種類あるか分かりますか?」

 

 物凄く寺子屋な勉強部屋で、エウリノーム家の執事――――――アンタレスさんが、チョークを片手に黒板の前に立った。銀髪灼眼のイケメンかつ越後屋みたいな恰好をしているので、教師姿が様になっている。

 ……魔法の授業の筈なのに、算盤教室に通っている気分になるが、気にしたら負け。将来の為にも今は集中集中。

 

「自然元素の地水火風と、宇宙元素の闇と光です」

 

 アンタレス先生の質問に、ビシッと答える(あの戦いでレベルアップしたのか、やたら流暢に喋れるようになった)。

 魔法は基本的に魔力で周囲に干渉して発動しており、物質を伴う地水火風は自然の力を利用し、質量のない光や闇は宇宙――――――というか物理法則そのものを捻じ曲げている。

 その為、闇魔法や光魔法は習得が難しく、運用に際するリスクも高い。理想的には地水火風の四元素魔法で牽制し、闇と光は切り札に使うのが良いだろう。そんな感じの事も付け加えておく。

 

「そうですね。ただ、人間向き不向きがあるので、実際にはどれかに特化した方が強くなれるし、応用力も上がります。下手に色々手を出すと器用貧乏になりますからね。サイカお嬢様は世にも珍しい全属性の使い手なので、特に注意しましょう」

 

 ファフニールの時にも言ったが、僕は全属性の魔法を使う事が出来る。生前は光だけがアウトだったので、素直に地力が前よりも上がっていると見てもいいだろう。加えて今は混沌魔法とか使えるし。

 ま、レベルの関係でステータスそのものは、まだまだ全盛期には及ばないけど。

 

「逆に言えば、きちんと修練を積めば誰よりも応用の利く、最強の魔術師に成れる才能を秘めています。全てを器用に熟すだけではなく、合体魔法などで意表を突く事も出来ます。だからこそ、常に自己管理を徹底し、自分の限界を知り、慎重に運用しなければなりません」

 

 合体魔法は明らかに魔力を浪費するし、考えなしに全属性を使っていたらすぐにガス欠になる。全てを使えるからこそ、きちんと操らねばならない。全属性とは諸刃の剣なのだ。

 

「属性についてはここまでですが、ただ放出するだけが魔法ではありません。出る筈の魔力を己の体内で循環させて身体能力を向上させたり、自分ではなく相手に巡らせる事で精神に干渉するのも魔法です」

 

 魔法は基本的に隙だらけの攻撃である。詠唱を妨害されれば不発となるし、放出系の魔法はどうしても遠距離から中距離が射程範囲になるので、接近戦には非常に弱い。

 その時に活躍するのが身体強化魔法で、文字通り身体能力を強化して隙を減らすのだ。

 さらに、自分ではなく相手に流す事で精神を乱したり、神経伝達を狂わせて身体能力を低下させる事も出来る。これが所謂「精神攻撃」や「能力低下」の根幹であり、「洗脳」「幻覚」「状態異常」と言ったデバフ系の魔法はその発展に当たる。

 これらのバフやデバフは、アジア圏で言えば気孔術や仙道に近い。あちらも気を巡らせる事で身心を向上させるので、ほぼ同じ物と考えていいだろう。人間、考える事は皆同じである。

 

「……本日はここまで。明日からは、実際に魔法を交えながら勉強しましょう」

 

 アンタレスさんがチョークを置き、本日の講義は終了となった。こんな感じの事をここの所、毎日続けている。

 どう考えても三歳児に教えるような内容ではないが、見た目はともかく頭脳は大人なので、子供特有の頭の軟らかさも相俟って、すんなりと覚える事が出来た。まさに英才教育。ありがたい事である。

 しかし、座学ばかりでは飽きが来るのも事実。明日からはそうでもないらしいが、正直もっと身体を動かしたい。

 だが、前回のアレのせいで、なかなか外で遊ばせてもらえずにいた。まだ分別の付かない小さな子供を一人で遊ばせるのは、危険極まりないって事くらい分かってはいるんだけどねぇ……。

 だけど、僕が大人しくしているかどうかは話が別。だって、僕まだ子供だもん。前世は魔王という立場のせいで幼少期から自由がなかったし、今世でも束縛されるなど、真っ平御免だった。

 僕はもっと、好き勝手に生きたいんだよ!


「よし……【光学迷彩(ライト・バニッシュ)】&【気配消失(シャドウ・スペクター)】!」


 という事で、僕はこっそり習得していた変化魔法で姿と気配を消し、勉強部屋の近くでじっと待つ。


「お買い物、お買い物~♪」

「(【潜影奇襲(シャドウ・ダイバー)】)」


 そして、通り掛かったメイドの影に潜伏、買い出しに便乗する形で僕も屋敷を脱出した。

 フハハハ、どうだ母上様にアンタレスさんよ、これが僕の実力だ。今まで良い子ちゃんを演じ続けた甲斐があったぜ。後でバレても、被ってきた猫を見せてやれば、そこまで怒られないだろう。

 今この時より、僕は晴れて自由となる!

 さぁ、小さな冒険の始まりだぁ!


 ◆◆◆◆◆◆


 生まれ変わってから、初めての一人歩き。

 視点の違いもさる事ながら、以前とはまるで違う街並みに、僕は圧倒されていた。


 左右に広がる、何処までも続く長屋。その大半が店屋で、飯屋や蕎麦屋に呉服屋など、時代劇で一度は目にする物が一通り取り揃えられており、商人や職人らがせっせと働いている。

 通りの往来も激しく、丁髷ではないものの着物や法被姿の人々が忙しなく行き交う。飛脚があっちにこっちに手紙を配り、行商人が愛想笑いを振り撒き、金髪の侍様が偉そうに闊歩していた。花魁道中は色んな意味で目に良くない。あの十手持ちは岡っ引きであろう。

 人種の違いに目を瞑れば、まさにお江戸でござるな世界が、そこには広がっていた。おい負けてんぞ、ジャパニーズ。


「ベッコウ飴一つください♪」

「あいよ! 嬢ちゃん可愛いから、もう一個おまけしとくね!」

「わーい、ありがと~♪」


 とりあえず、ベッコウ飴美味しい。

 ……とまぁ、それなりにプチ家出を楽しんでいたのだが、


「迷った……」


 普段外に出させてもらっていない子供が宛もなくほっつき歩けば、当然迷子になる。ここは何処、私は誰――――――とまでは行かないが、ちょっと心細くはある。

 つーか、マジで何処だここ?

 表通りとは打って変わって、人っ子一人いない、寂しい裏通り。建物はどれも荒れ果て、誰かが住んでいる気配はない。まだ昼間だというのに道全体が霞み掛かっている上に、異様なまでに静かだった。

 どうしよう、何か起きる気配がビンビンしている。雰囲気がフラグを立てろと言っている。

 ああ、くそぅ。やっぱり好奇心に身を任せて一人で出歩くんじゃなかった。

 それもこれも、散歩の途中で出会ったあのクソガキのせいだな。あの野郎、出合頭に石ぶつけやがって。まさに家なき子って感じだったから、上流階級に嫉妬でもしたのだろうが、やって良い事と悪い事があるだろう。物申そうと追い掛けたらこの様だ。今度会ったら絶対お仕置きしてやる。

 まぁ、無事に帰れればの話だが。

 エウリノーム家の領地内の筈なのに、人っ子一人いないゴーストタウンが存在している。これはつまり、そういう事なのだろう。地獄ではよくある事である。

 そう、何処からか“良くないモノ”が紛れ込んだのだ。

 それが魔獣なのか妖精なのか、はたまた妖怪なのかは知らないが、好ましい事ではない。何故なら、このまま放置すれば確実に被害が広がり、税収が減るからである。地獄の沙汰も金次第なのだよ、諸君。

 是非とも屋敷へ取って返して母上様に一報入れたいが、帰り道が分からないのが哀しいトコロ。勝手に出歩いた以上、自分でどうにかするしかないだろう。僕は中身だけは責任を取るべき大人なのだから。


「ぐしゅぐしゅ……」


 と、何処からか子供のぐずる声が。少し先の軒下に置かれた、甕桶の陰からだ。


「………………!」

「ぐしゅぐしゅ……」


 警戒しつつ発声源を見やると、僕と同い年くらいの幼女が、しくしくと泣いていた。真っ赤な着物に草履を履いた、朱髪の可愛らしい女の子である。

 こんな所に一人きりとはあからさまに怪しいが、僕も同じような立場なので、疑り過ぎるのも早計だろう。この子も迷い込んだのかもしれないし。

 うん、それにアレだ……泣いている幼女を前に、無視を決め込むなど紳士の恥だ。紳士たるもの、レディはエスコートせねば。今の僕は淑女だけど。

 とにもかくにも、まずは会話だ。話してみなければ、何も始まらない。


「えっと、どうしたの?」

「まいごになったの……」


 少し前の僕みたいな、舌っ足らずな喋り方だった。で、やはりこの子も同じ穴の狢らしい。迷子同士でどうしろと……。


「とりあえず、何処かで休もう」

「でも、かってにひとのいえにはいっちゃだめだって、ままが……」

「ここら辺はもう誰の家でもないからいいの」


 パッと見、何処も廃屋である。一休みにお邪魔するくらい別にどうって事ないだろう。

 それにしても、なかなか素直で良い子じゃないか。こんな状況下でも言い付けを守っているあたり、親の躾がよく行き届いているのが窺える。現状ではマイナスにしかなっていないが。

 ……って事で、お邪魔しまーす。


「うーん、あばら家!」


 知ってはいたが、上がり込んだその家は、中まで荒れ放題だった。そこら中埃だらけの煤だらけで、柱には蜘蛛の巣が張っている。家具はどれも例外なく壊れて朽ち果てており、原形を留めているものは何一つなかった。

 それに、壁にこびり付いているのは、


「(血痕、だな……)」


 しかも、新旧入り混じっている。ここで何度か繰り返されたのだろう……殺人が。血ばかりで骨が見当たらない理由は一つしかない。

 食われたのだ、何者かに。魔獣だろうか?

 いや、このやり口はどちらかと言うと……、


 ――――――ジャリ。


 外で、音がした。誰かが立ち止まった音だ。音の大きさから言って、おそらくは大人だろう。


「………………」


 音の主は中を覗いているようで、立ち止まったっきり動いていない。


「「………………!」」


 僕たちの間に、緊張が走る。こんな所であばら家の中を舐めるように見る大人など、まともな訳がない。人間か、あるいは人外か。

 いずれにしても、僕の取るべき行動はただ一つ。


「あっ、おとなのおねえさんだ!」


 無知で無力なガキのふりをして、探りを入れる事である。

 待つのは性に合わないし、隠れていてもいずれは見つかる。遅いか早いだけだ。だったら開き直って、こちらから仕掛けるべきだろう。

 大丈夫、僕にはファフニールすら葬るチートな魔法がある。波の人外に負けたりはしない。


「………………!」


 覗き込んでいたのは奇麗なお姉さんで、ここらでは珍しく黒髪だった。日本人、もしくは日系人だろうか?

 ま、人種なんぞどうでもよろしい。問題はこいつの目的と正体である。

 さぁ、ガンガン行こうぜ!


「よかった、わたしたちみちにまよったの!」「ぐしゅぐしゅ……」


 さっそく、僕の方から仕掛ける。“大人に出会えて安堵した迷子”を装い、お姉さんの足元に抱き着く。

 ……うん、少なくとも肉体はあるし、体温もあるな。イコール人間って訳でもないけど。


「……あら、そうなの。怖かったわね。でも、お姉さんが来たからには、もう安心よ~♪」


 お姉さんは柔らかな笑みを浮かべると、僕の頭を優しく撫でようとした。


「うん、あんしんしたよ。……妖精ってのはどいつもこいつも山門芝居でな!」


 だが、その手に込められた殺気を見逃す程、僕は子供じゃない。バレバレなんだよ。明確に人間を殺す事に特化している妖怪とは違い、悪戯メインの妖精の演技は子供騙しである。元日本妖怪舐めんな。


「【光波粒子刃(フォトン・スレイヤー)】!」


 僕は手が届く前に距離を取り、手刀に光の魔力を宿して輝く刃を形成、お姉さんの首を撥ね飛ばした。我ながら容赦ないが、殺意を持った相手に情けは必要あるまい。


『あーらら、バレてたの』


 しかし、お姉さんは即死どころか宙を舞う頭部を首なしのままキャッチして、自らの脇に抱えた。その瞬間、白目が黒く染まり、お肌も土気色に変わる。どこからどう見てもアンデッドの類だ。


「デュラハンか……!」


 デュラハンとは、アイルランド(つまり英国(ここ))出身の邪悪な妖精である。

 首から上がない、もしくは自分の生首を小脇に抱えた、所謂「首なし騎士」の一種で、コシュタ・バワーという首なし馬に乗るか単独で現れ、出会う者に死の宣告をすると言われている。逃れるには返り討ちにするしかないらしい。地域ごとに姿形や性別までもがまちまちだが、そこは個体差という奴だろう。

 ちなみに、アメリカに伝わるスリーピー・ホロウの首なし騎士は元人間だが、こちらは最初から首なしの魔物だったりする。だから何だという話だが。

 そんな本場も本場、英国出身の邪精が、目の前でケタケタと笑っている。


『そう、ラブリーでチャーミングだけど、ワタシは死を呼ぶモノ! 貴女、エウリノーム家のご令嬢よねぇ? なら、こんな所を一人歩きなんてしてちゃ駄目じゃない♪ 悪ーい大人に、襲われちゃうわよぉ? ギャハハハハハハハハハハハァ!』


 さらに、自らの血を媒介に赤黒い西洋甲冑と禍々しいフランベルジュを生み出し、襲い掛かってきた!


◆『分類及び種族名称:悪質異次元人=デュラハン』

◆『弱点:頭部』


「【水圧砲ハイドロプレッシャーカノン】!」


 僕はデュラハンの首目掛けて高圧の水を放った。

 デュラハンの急所は言うまでもなく頭部であり、弱点属性は水。直撃すれば一溜りもないだろう。


『フフッ♪』


 だが、デュラハンは素早い身のこなしで躱したかと思うと、首を自ら放り投げた。

 しかし、首は落ちることなく宙に浮かび、飛び交い始める。その上、鎧の胸部装甲に複眼のようなものが一対浮かび上がり、こちらを睨み付けてきた。

 どうやら、鷹の目と通常の視点を同時に行使出来るようだ。従来のデュラハンにはない能力だが、自己進化でもしたのだろう。あるいは、異種族との混血かもしれない。何にしても、厄介な能力である。

 ……でもな、目を増やし過ぎるのも考え物だぞ?


「【極閃光射(シャインスパーク)】!」

『目がーっ!?』


 僕の目晦まし(バ○ス)で、デュラハンはム○カになった。ざまぁ見ろ。子供だからって侮るからそうなるんだ。


「さて、どう料理してくれようかな……」


 すっかり元の姿(厳密には首なし状態)に戻ったデュラハンに止めを刺すべく、【混沌の覇者(カオス・グリード)】の構えを取る。汚物はしっかり消毒しなきゃな。


『ヒィィッ! お許し下さWii! ほんの出来心だったんですぅ!』


 すると、デュラハンは恥も外聞もかなぐり捨てて、全力で命乞いしてきた。それはそれは奇麗な土下座だった。情けねぇな、おい。


「……まったく、何でこんな事したんだ?」


 僕は溜息を吐きながら、周囲の有様について問い詰める。


『じ、実はですね……』


 そして、語られるデュラハンの秘密。

 見立て通り彼女はデュラハンと刑天(けいてん)の混血児であるらしい。

 刑天とは中国出身の首なし妖怪で、乳首に目が、臍に口があるのが特徴。元々は古代中国の大妖怪の一人で、当代の神座を掛けた戦いに敗れ敵に首を撥ねられるも、胴体に顔面を形成し死に果てるまで戦い続けたという、凄まじい戦闘狂である。

 つまり、このデュラハンは素質だけなら、同族の中で最も神に近い存在と言える。

 ただ、まだ生まれて間もない為、実力も経験もないに等しく、武者修行と意気込んで出歩いていたら、たまたまこの町に行き着いたのだとか。

 ちなみに、実年齢は二歳。まさかの年下だった。発育が良過ぎるだろうに。


「……だからって、いくら何でもこれはやり過ぎだろう」


 税収が減ったら、僕のお小遣いが寂しくなっちゃうじゃないか。


『ご、誤解ですぅ! ワタシはたまたま通り掛かっただけで、まだ何もしてません!』


 だが、この惨状に関しては、全くの無実だという。なら、犯人は……?


 ――――――と、その時。


「………………!」


 不意に感じた、ほんの僅かな殺気に、僕は全力で反応し、その場を跳び退いた。

 その瞬間、僕がさっきまで立っていた位置を、鋭い牙が抉る。口元だけを異形に変えた、迷子の女の子が。


「……どういうつもり?」


 冷や汗を拭う僕に、少女が答える。


『おねえちゃん、やさしい。おねえちゃん、だいすき。おねえちゃん、わたしの、トモダチ。


 トモダチは、ゴチソウ♪

 トモダチは、モウリョウの、タベモノぉっ♪』


 見るも悍ましい、正体を現しながら。


『オギャアアアアアヴヴ!』


 それは、巨大なカマキリだった。

 体長は五メートルを超え、全身各所が毒々しい原色で彩られている。頭部だけは角竜のフリルが付いた肉食恐竜のような形をしており、裂けた口にはナイフの如く鋭利な牙がズラリと並び、腹が減っているのか七色の涎を巻き散らしていた。

 間違いない。この一帯の住人を食い散らかし、霧の罠を張っていたのは、こいつだ。


◆『分類及び種族名称:食死鬼=魍魎(もうりょう)

◆『弱点:口腔内のコア』


『な、何ですかあれはぁあああんっ!?』


 世間知らずのデュラハンが、泣きべそ掻きながら絶叫した。年相応の反応ではあるが、見た目のせいでやはり違和感がある。

 ま、それは置いておいて。


「魍魎だよ。所謂“食死鬼”」


 魍魎とは、人の死肉を貪る妖怪である。特に肝臓が好物で、時には葬式の最中にすら襲い掛かるという。人の子供に化ける事もあり、その姿で油断した相手を殺したり、葬式に違和感なく紛れ込んだりするらしい。その上かなりの食いしん坊で、共食いすら厭わず、むしろ好意を寄せた相手を食べるのが彼らの礼儀なんだとか。気が狂っとる!

 また、元々は水辺の妖怪を総称する言葉だっただけあって、水を操る力を持っており、白日の下で霧を立ち込めさせたり、暗雲を呼び寄せたりするぐらいは、朝飯前にやれてしまう。逆に火は苦手らしい。

 もっとも、デュラハンがそうであったように、この魍魎が純血種(まとも)かどうかは分からないのだが。何れにしろとも、やる事は一つだ。

 というかね、


「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな!」

『何の話ですか!?』


 デュラハンが何か言ってるが、知らん。幼女が紳士(ぼく)を騙していいと思っているのかぁ(泣)!


『オギャアアアヴヴッ!』

「くっ……【緊急発進スクランブル・ユニオン】!」


 と、魍魎が【水圧砲】を口から放って来たので、僕は咄嗟に打ち捨てられていた竹箒を手に取った。

 さらに、跨りながら風魔法を掛け、空中へと退避した。万国共通、誰もがイメージする「箒に跨り空を飛ぶ魔女」の図である。使っているのは竹箒で、乗っているのは幼女だけど、気にしたら負け。

 こうして、僕と魍魎による、命懸けの空中散歩(ドックファイト)が始まった。追うは魍魎、迫られるは僕。背後から放たれる【水圧砲】や【酸性雨(アシッドレイン)】を必死で躱しながら、雲を突き抜けスカイアウェイする。たまに【火炎弾(ファイヤー・ボール)】で反撃を試みるが、大して効いていない。やはり変異種なのだろうか?


『オギャアアアヴッ!』

「ぐはっ!」


 しまった、一発肩にもらっちまった!


「くぅうううっ!」


 痛みによる集中力の低下とヒット時の衝撃で大きくバランスを崩し、危うく墜落しそうになったが、気合で持ち直した。


『スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ!』


 すると、十二時の方向に魍魎が。大口を開け、涎をブチ撒けながら、僕への好意を吐露している。友達は御馳走か。食べる事が親愛の証とか、勘弁してください。


「【極閃光射】!」『オギャアッ!?』


 私はデュラハンにも使った【極閃光射】で魍魎の目を晦まし、その隙に上を取って、


「【天界蹂躙拳ゴッド・ハンド・クラッシャー】!」

『オギャヴヴヴヴッ!』


 光魔法最強の打撃魔法、【天界蹂躙拳】で魍魎の頭部を強打、廃墟の町へ叩き落した。僕のこの手が光って唸るぜ!


『オギィ……ァアッ……!』

「【混沌の覇者】!」

『オギャアアアアアアッ!』


 そして、【混沌の覇者】を食らわせ、止めを刺した。上半身が吹き飛んだ魍魎が、グラリと崩れ落ち、動かなくなる。


「ふぅ、ようやく終わっ――――――」

『まだです! 【火炎放射プロミネンス・ナパーム】!』

『ピギャアアアアッ!』


 しかし、まだ死んでいなかった――――――というか、“本体”が生きていたようで、デュラハンが口から火を吹いて、油断して背中を晒した僕を奴の魔の手から救ってくれた。

 ああ、魍魎の本体って、腹に潜んだハリガネムシみたいな奴だったのか。で、他の魔物に寄生して乗っ取り、シェルター代わりにしていたと。どうりで火が効かない筈だよ。伝承によって姿がまちまちな理由が、何となく分かった気がする。


「……何にしても助かったわ。ありがとね」

『い、いえ、それほどでも……』


 顔を真っ赤にしながら、ゴニョゴニョとどもるデュラハン。何この子、可愛いんですけど。自分を殺しかけた相手を躊躇なく助けるあたり、根は良い子なんだろうね。

 うん、気に入った。


「……よし、決めた!」

『え、何をですか?』


 困惑するデュラハンに、僕は答える。


「貴女、行く当てがないなら、家に来なさいな♪」

◆デュラハン(CVイメージ:ポッ○ャマの中の人)


 アイルランドに伝わる首なし騎士の妖精。コシュタ・バワーという主人とお揃いの首なし馬に跨り現れ、死の宣告(もしくはその場で執行)をする傍迷惑な奴。その癖自分の姿を見せるのが嫌いという面倒臭い奴でもあり、出合頭に鞭で目潰ししたりバケツ一杯の血液をぶっかけたりする。水が苦手。地域によって伝承の内容は千差万別であり、性別の違いや、馬無しの単騎で現れるなど、そのバリエーションは多岐に亘る。

 正体は人の死体にアストラル生命体あ寄生し変質した存在。その為、人と後輩も出来るし、首なし仲間とイチャラブすることも出来る。弱点は言うまでも頭。


◆魍魎(鳴き声:空の上のトモダチ(はゴチソウ)なアイツ)


 魑魅魍魎の中でも水辺に潜む妖怪たちの総称。赤毛の子供の姿をしており、人の死体(特に肝臓)を好んで食べる、所謂「食死鬼」の一種でもある。人の姿をしているのは化けているというより死体に乗り移っているだけなので、火で燃やせば退治は出来る(本体は死なない)。

 正体はハリガネムシに似た寄生虫。他の妖怪や人間に取り憑き、身体を乗っ取ってしまう。本体が死なない限り退治した事にはならないので、完全に殺処分するなら焼却するのがオススメ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 刑天×デュラハンちゃん可愛い。 僕のうちに(注、本人も迷子中です。) 刑天、姿だけだとエロチックだな。
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