運命の決闘
『クワァアアアアアッ!』
来た道を逆戻りしながら、夜雀が襲い掛かる。翅と手足を駆使した身軽な動きで、蝶や蛾にあるまじき鋭い牙を剥き、鈎爪を振るってきた。鋼鉄以上の強度を誇る船壁をいとも容易く切り裂き、その度に火花と煙を上げさせる。
『ギャォォッ!』
ドラコはそれを体操選手さながらの軽快な身の熟しで躱していく。切り口を見る限り、あれは単なる鋭利さで付けられた傷ではない。
おそらく、強力な酸で溶かされているのだろう。夜雀は特殊な冬虫夏草と共生しているので、その分泌物を使っているのかもしれない。
いずれにしろ、身体が金属で構成されているドラコにとってはやりにくい相手である。
しかし、だからと言って為すがままに殺られる気は毛頭ない。ここらで反撃に出るとしよう。
『ギュヴェァアアアッ!』
『カァアアッ!?』
猛攻を仕掛ける夜雀に対し、ドラコは固体としての回避を諦め、流動体となってヌルりグニャりと躱しつつ、隙を見て【火炎弾】を放った。
蟲妖怪は火に弱い。フワフワとした体毛や薄い翅など、燃えやすい器官が多いからだ。
むろん、例外は存在するし、甲虫系統の蟲妖怪は逆に魔獣よりも火に強かったりもするのだが、目の前のこいつは当てはまらないだろう。どう見てもゆるふわっとしてるし。
案の定、夜雀は火を嫌がり攻め手を緩め、代わりに口や爪から酸を飛ばしてきた。
だが、そんな単調な攻撃が当たる程ドラコも甘くなく、スライムさながらの流れるような動きで翻弄し、【火炎弾】を飛ばしたり、身体の一部を槍の如く尖らせて発射したりと、じわじわと追い詰めていく。
『キュゥゥン♪』
しかし、それは罠だった。
夜雀が急に酸飛ばしを止めたかと思うと、突如一気に後退してから猛烈な勢いで翅を羽ばたかせ、多量の鱗粉をばら撒いてきた。これにも酸の効果があるらしく、ドラコの表面をやんわりと溶かすが、本当の目的はそこではない。
『カァアアアアアアアッ!』
何とあれだけ嫌がっていた火を、自分の口から吐いてきたのである。
さらに、舞い上がっていた鱗粉と、既に放たれていた酸から揮発した“可燃性のガス”に引火し、連鎖的に爆発。魔力を伴った凄まじい粉塵爆発がドラコを襲った。
『きゅぅ……!』
身体をバラバラに吹き飛ばされ、破片となってもなおドラコは生きていたが、燃えた鱗粉が纏わりついて身動きが取れなくなっていた。これでは再生出来ないし、いい的だ。
『キチチチチチ……』
しかも、火を放った夜雀は完全に健在。火を放つ直前に全身をメタリックな甲殻で覆い尽くし、引火を防いでいたのである。出し入れ自由な鎧とか、モ〇ラかお前は。
『カァァァァアアッ!』
止めを刺さんと、夜雀が口いっぱいに酸を溜め込む。特大の爆炎を吐いて、塵も残さず焼き尽くすつもりだろう。
「ドルァッ!」
『コァアッ!?』
だが、発射寸前で待ったが掛かった。どこからか突っ走ってきたカインが夜雀の硬い顔を殴り飛ばし、酸の放出を中断させる。
『きゅるーん……』
「悪い、遅くなった。ほれ、ポーションだ」
そして、懐から高価なポーションを取り出すと、それをドラコに振り掛け、傷を癒した。
「さぁ、今度はこっちのターンだなぁ! 行くぞ、ドラコ!」
『ギュヴィァアアアッ!』
さらに、復活したドラコが円筒状に変形・圧縮。カインの手に収まるや否や、先端から鮮血のように真っ赤な光刃を形成した。
魔女や魔法使いが用いる魔法剣は、メタル系の生命体を加工した杖を使っている。魔力を吸収しやすい性質を利用し、宿った魔力を具現化しているのだ。
つまり、メタル系の生命体が心から協力すれば、このように加工しなくても魔法剣になれるのである。
もちろん、使用者にも相応の魔力が必要となるが、そこは【爆裂魔法】の使い手たるカイン。問題なく起動出来るどころか、膨大過ぎる魔力のせいで本家本元が使うよりも威力が上がっている。槐の邪神の外殻を焼き切ってしまう程に。
「せやぁっ!」
『ギャアアアアアッ!』
むろん、そんな高熱にちょっと硬いだけの夜雀の装甲が耐えられる筈もなく、簡単に右腕を切り落とされ、悲痛な叫びを上げた。
『キュゥゥゥン……!』
そして、反撃など微塵も考えずに踵を返し、涙を流しながら逃げ始める。
「逃がすか!」『きゃるん!』
カインとドラコは後を追った。
◆◆◆◆◆◆
ほぼ同時刻、大広間の賭博場。
「ヒャゥッ!」
シリルがゲラゲラと嗤いながら、魔法剣を振るう。紫色の光刃がユダの頬を掠め、近くのダイブチェアを横薙ぎに両断した。あれをまともに食らったら一溜りもないだろう。
『シッ!』
ユダは距離を取りつつ、リストカットをするような仕草で鎧と暗黒剣を擦り合わせて火花を散らせ、刀身と装甲に蒼い魔力の炎を纏わせる。魔法剣並みの切れ味と爆炎のような身体能力を発揮する、彼女の本気モードだ。
「ヒョーッヒョッヒョッヒョッ!」
『てぁあああああああああああ!』
上段、下段、薙ぎ、払い、袈裟に斬り、回転、受け、殴り蹴り、切り結び、鍔迫り合う。紫電を纏う魔法剣と蒼く燃え上がる暗黒剣が刃を交え、朱色の火花を散らせる。空気まで焼き切られてしまいそうな破竹の鬩ぎ合いが続いた。
「ずりゃぁぉう!」
『がっ!?』
しかし、一瞬の隙を突いてシリルが蜘蛛糸を発射するかのように構えた左手から紫色の電撃を放ち、ユダを吹き飛ばす。
超伝導波【波紋降雷砲】。魔力を雷撃として放つ、シリルが最も得意とする攻撃魔法である。その威力は凄まじく、最大出力なら二億ボルトにも達する。
『かふっ……!』
常人が食らえば一瞬で消し炭となり、魔獣や魔人ですら瞬時に絶命する一撃だが、ここが船内である事が幸いし、シリルが威力をかなり絞っていたおかげで、ユダは全身麻痺と火傷を負う程度で済んだ。
……これならまだ戦える!
「ギャギャハハハハハハハッ!」
『……勝ち誇るのはまだ早い!』
「ノバァッ!?」
父から受け継いだ凄まじい神通力と母から託された精霊魔法で瞬く間に傷を癒したユダは、反撃とばかりに【波紋衝撃砲】を放った。神通力による波動を砲弾のように飛ばす、神の見えざる一撃である。
だが、その程度で倒れる程、シリルは軟な魔女ではない。
「ぎぃひゃひゃひゃひゃひゃはははははははははっ!」
すぐさま復活したシリルが、今度は電磁波で周囲のダイブチェアを浮かべ、次々と発射してきた。普通乗用車程の重さを持つ金属の塊が、質量の雨あられとなってユダに襲い掛かる。
『くっ……!』
ユダは底上げされた身体能力を活かし、バッタのように跳び交いながら、迫り来る処刑椅子の弾丸を避け続けた。さすがに数が多過ぎるし、押し返すには重過ぎる。どれか一つに的を絞らねば。
『フッ……ハッ……とぅっ!』
暴走車のように突っ込んでくるダイブチェア。当たった床や他のダイブチェアが悲鳴を上げて砕け散る。飛び散る破片だけでも充分な殺傷力を持っていた。
そんな数と質量の暴風雨の中でも、ユダは冷静に隙を伺い、避け続け、
(ここだ!)
ついにそのタイミングを掴む。わざとサイカが拘束されているダイブチェアの近くに寄り、攻撃をそちらに逸らしたのだ。
シリルの目的はあくまでサイカの抹殺。お膳立てしてやれば、必ず漁夫の利を得ようとする。
だから、こうして隙だらけの流れ弾を誘発する事も出来る!
『波ッ!』
ユダはサイカ狙いの一発を、ここぞとばかりに溜め込んだ神通力を集中させ、亜光速の大砲として撃ち返した。それ自体は惜しくも外れたが、シリルが驚いて硬直している間に距離を詰める事は出来た。
「カァッ!」
『ぐっ……!』
しかし、切り掛かる前にシリルが【波紋降雷砲】で反撃、止められてしまう。咄嗟に暗黒剣で受け止め、神通力の壁を張ったおかげで何とか感電せずに済んだが、このままではマズい。出力は明らかに向こうの方が上なので、いずれは押し負ける。
「ぎひへはははっ、イヒョハハハハハハハハハ!」
『あぐぅぅぅぅっ……!』
予想通り、どんどん押され始めた。徐々に神通力の壁が中和……否、侵食され、崩壊していく。
周囲はもっと大惨事で、壊れたダイブチェアや様々な賭博用品が電磁力で浮かび、嵐のように荒れ狂う。
だが、負けられない。すぐ後ろにはサイカがいるのだ。こんな鉄の嵐に巻き込まれたら粉微塵にされる。
『あっ……』
しかし、切なる願いも空しく、ユダの結界はついに決壊した。砕け散った障壁の向こうから、死の雷撃が奔流となって雪崩れ込む。
(お姉ちゃん……)
短いながらも濃密な姉との思い出が走馬灯となってユダの脳裏を駆け巡った。
嗚呼、これで終わりなんだと、彼女は悟った。
「ズワォッ!」
『はっ……!?』「何ィッ!? ……うごぁっ!」
だが、流星のようにダイナミック入室を果たしたカインがドラコ製の魔法剣を差し入れ、打ち返してくれたおかげで、ユダは九死に一生を得た。自らの雷撃を浴びたシリルが面白いようにぶっ飛び、磁力から解放された瓦礫がガチャガチャとクツワムシのように鳴きながら落ちていく。
『……遅かったじゃない!』
「ヒーローは遅刻するもんだ」『きゃるるん♪』
自分よりも大きな子供の手を取り、軽口を叩きながら助け起こすカイン。魔法剣なドラコも嬉しそうである。
「みどり……」『キュゥゥン……』
そんな心温まる場面の向こうで、シリルは同じく吹き飛ばされてきた夜雀を介抱していた。自分のダメージなど意に返さず、殆ど達磨となった彼女を悲痛な表情で抱き留める。
「大丈夫だよ……おいで」『キュゥゥ……』
シリルは夜雀を死なせぬよう融合魔法を発動させ、自らと一体化させた。
さらに、自身を異形の怪物へと変えながら、ユダとカインを睨み付ける。
『殺してやるぞ、ゴミ虫どもが……!』
それは、蟲のような怪人だった。
全身が甲虫のような青白い甲殻で覆われ、両肩と肩甲骨から節足動物を思わせる腕が四本生えている上に、脚が恐竜然とした趾行性に変化している。腰部からは蠍によく似た尻尾が伸び、歪な身体のバランスを保っていた。
一応女性のような身体付きはしているが、シルエットは完全な異形であり、魔女どころか人間としての面影はまるでなかった。
その悍ましい姿は、まさに蟲毒の女王だ。
『ギゴォヴァヴヴヴウウウウウウウッ!』
そして、追加で五色五本の魔法剣を召喚し、その内四本を連結して二振りの双光刃剣(柄の両端から光刃が出ている魔法剣)に変え、四本の腕でバチバチと旋回させながら、残りの二本を広げるように構える。
目に毒々しいその様は、機械よりも冷たくマグマよりも熱い、怒りと殺意が漲っていた。
――――――運命の戦いは、まだまだこれからである。
◆魔法剣
あの世における魔女の標準装備。メタル系の生命体を杖状に加工したもので、自身の魔力を伝達する事で光の刃を形成する(厳密には魔力の熱で膨張した金属生命体の一部)。その威力は凄まじく、大抵の物質を焼き切ってしまう。
また、元は自由度の高い生命体を原材料としている為、魔力の流し方を調整すれば様々な形状に変化させる事ができ、その用途は“剣”の枠には収まらない。槍や輪刀、鞭などの武器としてだけではなく、硬さを活かした盾にもなる。
ちなみに、生命体側が協力すれば武器として加工しなくとも魔法剣として扱う事は可能であるが、使う側の魔力に大きく依存しているので、結局は魔女か魔法使いにしか扱えない。




