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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
23/52

史上最大の決戦

「やれやれ……」


 テコナから指令を受け取ったアンタレスは、深い溜息を吐きながら頭を抱えた。

 今回テコナが用意した作戦。それはあまりに荒唐無稽で、どこまでも冷酷非道だった。


「七大魔王に契約を迫る為、わざと大天使を降臨させようだなんてな」


 サイカは地獄の法に則って呪われている身。逃れるには掟を管理する七大魔王たちの力を借りなければならないが、そう簡単に手を貸してくれる相手でもない。

 だから、手柄を用意した。既成事実を作り、サイカが確実に契約を交わせるように。

 その手段と言うのが、大天使の不法侵入を見逃す事なのだから、もう驚きである。四大天使は七大魔王に匹敵する力を持った化け物であり、それを討伐したとなれば大手柄なのは間違いない。

 しかし、それを自前で用意するのはいかがなものか。最近失敗続きの哀れな魔女だけでなく、ディーテシティの全市民を生贄に捧げるような真似をして。

 まぁ、別に赤の他人が何人死のうが何兆人死のうが知った事ではないのだが。サイカが最優先なのはテコナと同意見だ。

 さらに、これはサイカを呪い殺そうとしている“例のアイツ”を表沙汰にする為の方策でもある。

 “あの魔女”は自分の正体が知られる事を極端に嫌っている。魔女の立場を悪用しているのだから当然だろうが。その癖、自分の決めたルールやテリトリーが侵されるのを絶対に良しとしない。ようするに、とんでもない自己中である。

 そう、あの魔女は英国(ここ)を自分の王国だと勘違いしているのだ。自分勝手にやりたい放題出来る、彼女にとっての理想郷。そんな夢物語を、嘘偽りなく実現しようとしているのである。


 そして、それは半ば成就し掛けている(・・・・・・・・・・)


「………………」


 アンタレスは目の前に転がる市民だった物を見下ろした。

 死んで間もないというのに、蛆が湧き出した死体。バラバラのピースにしてやった肉片が、更に崩れて四方に散った。中には元に戻ろうと蠢いている者さえいる。

 こいつらは断じて人間ではない。

 否、元は人間だったものが、別のモノに入れ替わったのだ。


 統合意識で群体化した蛆が筋繊維の代わりになったモノ。

 吸血性カメムシの化け物が骨肉となって擬人化したモノ。

 明確な内骨格を持ち外骨格を折り畳んだ人間の紛いモノ。


 ここにはそう言った輩が溢れ返っている。

 寄生型の蟲妖怪。それがこいつらの正体である。

 奴らは人の血肉を貪り、その遺伝情報をそっくりそのままコピーして成り代わる。その精度は余程の事がない限り見破るのは不可能だ。

 そう、命の危機に瀕した、今のような状況でなければ。


「皮肉な話だよな……」


 生贄にされたあの哀れな魔女は、名誉ある英国紳士淑女の肉を食らい生皮を被った化け物を、市民として必死に守ってきたのである。失敗続きで当たり前だ。相手は紛う事なき人外で“侵略者”なのだから。

 妖怪はアジア圏から来た異物。多少の好みはあれど、妖精とは生息域が被る敵対関係であり、言うなれば指定外来生物のようなもの。

 さらに、その殆どが人間を“食料”として見做している。化けるのが上手いのもその性質故で、人間を遊び相手(オモチャ)として見たり、逆に忌み嫌う者が多い妖精たちとの明確な違いである。

 特に蟲型の妖怪たちは群体や社会性を獲得し、より高度な擬人化を行う者が多く、知らぬ間に拡がっていき気付いた時には手遅れ、という事はままある事だ。ここディーテシティのように。さっきは半数と言ったが、おそらくはほぼ全滅していると見てもいいだろう。

 何せ今まで逃げ延びてきた市民の殆どが、側だけ人間の虫けらばかりだったのだから。ウリエルがやらなくても、この街は既に終わっていたと言っていい。壊滅か灰塵かの違いである。

 そして、虫けらたちには親玉がいる。蟲毒の呪法を得意とする、蟲使いの魔女が。

 地獄の目を逃れ、日本の蟲妖怪たちを秘密裏に繁殖させるには、風土的にも立場的にも、ジャパンに被れた英国の魔女が一番相応しい。

 だから、やって来たのだ。日本の地獄から。


 蟲毒の魔女シリル・エイカーは。


「まさか、国際指名手配の悪女が、こんな近くに何食わぬ顔で潜んでいるとはね……」


 シリル・エイカーは顔の知られぬ殺人鬼である。殺しは繁殖させた蟲型妖怪にだけ行わせ、自分は手助けをするだけ。出る杭は打たれる事をよく知っているのだ。

 だので、名前や遣り口こそ知られているものの、その正体は誰にも掴めなかった。

 シリアルキラーは死体が見つかってしまうと芋蔓式にバレて捕まってしまうものだが、彼女は手段や証拠を掴まれてなお、身元を露見させずにこれまで生き延びてきた、言わば殺人鬼の中の殺人鬼、新世界の神なのである。

 だが、シリル・エイカーはついにミスを犯した。喧嘩を売ってはいけない相手に手を出したのだ。

 自分と同郷の魔女とその相棒、更には魔王の転生者。彼女にとっての理想郷に、これ程邪魔な存在もないだろう。

 だから、人として安心を得る為に、今夜もぐっすりと眠れるように、大事を取って殺しに来た。

 しかし、それが仇となった。サイカはいろいろと規格外だし、テコナに至っては問題外である。どちらも自分の為なら何でもするし、過激な手段も辞さない。

 特にテコナは街一つをリリースするぐらい平然とやってのける。

 何故なら彼女は破壊の魔女なのだから。邪魔者はどんな相手だろうと、何をしてでも滅ぼす、本当の悪魔。それがテコナ・エウリノームである。


「ま、それは私も同じだがね」


 家族を支えない大黒柱がどこにいる。娘が可愛くない父親がどこにいる。

 アンタレスはロマンチストではない。愛はロマンでは語れない。人は愛の為なら何でもする。人殺しも、戦争さえも。


「さ~て、パパ頑張っちゃうよ~♪」


 アンタレスは気持ち悪い笑みを浮かべながら、魔方陣を発動した。


「【無限起動兵器エメス・ザ・インフニティ】!」

『オォォ……!』『ギャアアアァッ!』『フゥゥ……!』


 すると、彼の周囲に文字通り無限大数のゴーレムが召喚された。鎧武者のアンドロイドに機械龍の下半身が融合した、尽きる事のない竜騎兵。まさに無敵の軍隊、不滅の大軍。

 だが、彼らはあくまでゴーレム。戦場を駆け抜け、敵を滅ぼすには、指令が、命令(オーダー)が必要だ。

 だからこそ、待つ。彼らが前進する為の、たった一つのシンプルな言葉を。


《ヒャァハハァアアアアアッ!》

「おやおや、相変わらず気の早い奴だ……」


 さらに、それを後押しするテコナの叫びと、魔弾の飛び交う音が、すぐそこから聞こえてくる。ここまで発破を掛けられて尻込みする程、アンタレスも真面ではない。


「全軍前進! 機械天使(ケルビム)兵を殲滅せよ!」

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 そして、ついに天界と魔女界の存亡を懸けた、天魔界戦争が開戦した。


 ◆◆◆◆◆◆


『何テ事ダ……』


 機械天使(ケルビム)兵団の指揮官は戦慄した。

 ケルビムとは智天使の集団。天使の階級における第二位に当たる存在で、最高位天使たる熾天使に仕えるエリートたち。本来は生命の樹を守護する事を役目としており、神の炎が宿りし聖剣で武装している。ウリエルたち四大天使は下から数えた方が早い低位の階級だが実力は熾天使と同レベルで、何より「神の炎」であるウリエルに仕える事は、彼らにとって至福の時と言っていい。

 だが、そんなエリート集団である機械天使たちが翻弄され、殲滅されている。

 地獄の宿敵、咎人にとっての死の神たちが、たった一人の魔女によって処刑されている。


《キャハァアアアアッ!》

『コアッ!』『グギィ!』


 テコナ・エウリノームのガトリング式魔法銃が魔力を吹き、魔弾の幕が機械天使たちを撃ち抜いて、粉砕する。全属性の魔法が込められた弾丸は彼らの強化装甲を容易に砕き、歯車と黒い油のような血液を巻き散らせた。


『カァアアッ!』

《イヒャハハハハハハハッ!》

『ギャアアッ!』『グベッ!』


 仲間を犠牲に、何とか死の弾幕を潜り抜けて接近しても、銃底に付けられた魔法剣をトンファーのように操るテコナには傷一つ付ける事は叶わず、逆に膾切りにされた挙句、蜂の巣にされるのが関の山だった。


《ヒャアォゥ!》


 さらに、二つの魔法銃を鏡合わせに連結し変形させたかと思うと、狩人の如く弓を弾く動作で魔力を溜めに溜め、虹色のビームを散弾銃のように発射。増援の一個師団をたったの一撃で皆殺しにしてみせた。天使たちの流した歯車と油のような血液で、辺りは漆黒の海になっている。


《アーッハハハハハハハハハッ!》


 そんな屍山血河の中で、テコナはひたすらに笑っていた。まるで自分こそが地獄なのだと言わんばかりに。まさしく、全てに地獄を齎す邪悪の権化である。


『“破壊ノ魔女”メ……!』


 指揮官がキチキチと牙を鳴らす。冷酷にして冷徹な機械である筈の彼が、思わず歯軋りしてしまう。こんな馬鹿なあり得ないと言いたい所だが、事実はどうしようもなく覆らない。

 しかし、まだだ、まだ終わりではない。召喚主であるウリエルが死なない限り、機械天使は幾らでも湧いて出てくる。いくら奴が化け物でも、多勢に無勢では勝ち目がないだろう。


 ……そう思っていた時期が、一瞬だけありました。


「竜騎兵団、前へ! テコナ様に加勢しろ!」

『ヴォオオオオッ!』『ギキャアアアアッ!』


 何とまだ侵略の完了していない南地区から、機械天使兵団を超えるような勢いでフルメタルなドラグーンが一気呵成に飛び出してきたのだ。

 当然、どうにか数で拮抗していた戦況は一機にひっくり返る。特に召喚主であろう男の無双ぶりがテコナに次いでヤバい。


『クッ……陣形ヲ組メ! ファランクス形態ダ!』


 指揮官も負けじと次の手を打つ。新たな増援部隊を突撃形態ではなく、全身を盾で覆った防御形態で隊列を組ませ、魔砲付きの槍衾で前方を固めた。

 今時ファランクスとか馬鹿にしてんのかと言いたい所だが、ここは剣も魔法も銃もある異世界。常世の常識など通用しない。

 この最新式のファランクス形態は「防御こそ最大の攻撃」というコンセプトで編み出されたもので、一つ一つでは魔弾の一発も防げない結界をお互いに補い重ね張りする事で、超位級の防御結界を張る事が出来る。その強度は凄まじく、【爆裂魔法マジカル・エクスプロージョン】を浴びても傷一つ付かない程。

 だが、メリットばかりでもなく、弱点もきっちりと存在する。

 それは一ヶ所にガチガチで固まる事による自由度の低さと、各個撃破されると著しく結界強度が著しく下がる事である。

 こんな風に(・・・・・)


「PD戦車隊(チャリオッツ)、突撃!」


 竜騎兵団の後方から、PDレースに参加していたパンジャン・ドラムたちが、メグ・ミルキーによってゴーレムとして召喚され、先行していた竜騎兵団を物凄い速度で追い抜き、次々と機械天使のファランクス部隊へ特攻していく。


「やるじゃないか、メグ・ミルキー」

「その為のPDレースですから♪」


 そう、PDレースはただの大衆娯楽ではなかったのだ。いつ何時起こり得る天界との戦争に備え、開発費用の資金集めも兼ねた実証実験だったのである。

 機械天使のファランクス形態が展開する結界は強大だが、全体ではなく単体で、それも物理攻撃と魔法攻撃を同時に繰り出されれば、絶対防壁にも風穴を開けられる。

 そして、そこに自爆という形で動揺と出血を強いて、続く後続組による攻撃で完全に突き崩す。それが“テコナたちは邪魔だけど天使はもっと邪魔”なシリル・エイカーが編み出した、対天界戦術への切り札だ。それを本人ではなく、他人に使われるのは皮肉でしかない。


『航空兵! アノ奇天烈兵器ドモヲ駆逐シロ! ファランクス隊ヲ前進サセルノダ!』


 むろん、指揮官側も指を咥えて見ている訳ではない。自走爆雷は到達する前に空から粉砕してしまうに限る。

 しかし、そんな事はメグ・ミルキーとて百も承知。


「PD航空隊、スクランブル! 地表の攻撃型は援護に回れ! カトンボたちを叩き落すのよ!」


 ホウパンジャンなどの飛行能力を持った航空戦力を上げ、スパイダージャンやジャーパンシリーズといった“投網”を持った連中を的確な場所とタイミングで自爆させる事で絡め取り、防御型のパンジャンたちの障害物を取り除いていく。

 もちろん、レギュレーションなどないので全機がレーザー兵器やミサイルなどで武装しており、空を飛び交う機械天使や列を崩してしまった間抜けな奴らをバンバンぶっ飛ばしてから、出来るだけ多くを巻き込んで自爆して果てる。


『ネフィリムきょしんへいだん、きどう!』『やっちゃえベルセルク~!』

『キャァアアアアアアアアッ!』

『ギリギリィ!』『ギュリィ!』『ギギギガッ!』


 さらに、スップリンのプリン・ア・ラ・モードが栄養付加した事により、莫大な魔力タンクと化したマンティコア兄妹が続々とネフィリムを召喚・起動して、超物理的な質量攻撃を機械天使軍に与えていく。

 これぞ、あの世の闘争。科学と魔法が融合した、最新式の古代戦争である。

 召喚術による無人兵器を大量に投入して、互いが力尽きるまで戦わせ、最後に最大戦力で何もかも滅ぼしてしまう。全てが灰塵に帰しても、また立て直せばいい。死人など幾らでも湧いてくるのだから。


「第一~第七航空師団、攻撃開始。敵の防衛網を粉砕せよっ!」

「クロウ1、了解。行くわよ、お前たち!」「ラジャラジャ!」

「頑張れ鳥の人!」

「その名前で呼ばないでください!」


 そして、遅れて駆け付けたカーミラ率いるエウリノーム家のメイド軍団が投入された所で、機械天使の指揮官は見切りを付けた。咎人たちには絶望と苦痛の最中で死んでもらった方が質の良い燃料になるのだが、こうなっては仕方が無い。


『ウリエル様、コレ以上ハ……』

『………………』


 すると、機械天使の召喚後は高みの見物をしていたウリエルが、ついに動き出した。お遊びはここまでだと。

 ……だが、それはテコナたちにとっても同じ事。


『グァヴヴヴヴヴゥゥゥゥッ!』

『……何ィ!?』


 満を持して放たれたウリエルの破壊光線は、空の彼方から現れた三機の戦闘機が展開したバリアフィールドによって乱反射され、周囲一帯に壊滅的な被害を齎すだけで終わった。


「申し訳ありません。さすがにアフラ・マズダーの使用許可までは下りませんでした」

「そりゃそうか」《仕方ないわね》

「代わりと言っては何ですが、“こちら”を用意してきました。お乗りください!」

「《上等》!」


 さらに、テコナ・アンタレス・カーミラの三名がそれに飛び乗ると、三機が重なるように組み合わさり、一機の巨大ロボットに変形・合体した。

 これぞエウリノーム家が用意した、ウリエルに対する最大戦力。

 かつて日本で勃発した神魔界戦争「世界最後の日」において、卑劣なる創造邪神と戦った二体の勇者ロボが内が一つ、「ベクターロイド」を更に強化発展させた、神なる機体。

 それが、この「ベクターノイド」だ。三機のベクターマシンの組み合わせ方により、三種類のタイプチェンジを行う、神秘科学の結晶である。


『ピポポポポポポポポポ……』


 それを目の当たりにしたウリエルが、常に頭上で滞空させていた天使の輪を、まるでフラフープの如く腰の辺りに位置付け、不気味な電子音を轟かせながら自身も天空へ昇る。全身に火を纏い、燃え上がる天使の輪を回転させるその姿は彼の本気、つまりは戦闘形態だ。


《貴様の相手はアタシたちだ、ウリエル!》

『ヴォアアアアアアアアアアアアアアア!』


 そして、真の頂上決戦が始まった。

◆ウリエル(鳴き声:どう見ても虫タイプな歴代の宇宙恐竜たち)


 ヘブライ語で「神の炎」を意味する、灼熱の巨人。四大天使が内が一柱で、四大元素の「火」を司っている。焦熱地獄タルタロスの支配者でもあり、最後の審判の執行官でもある。

 本来は最上位階級である熾天使に匹敵する実力があるのだが、徹底した現場主義者かつ武断派であり、神の下に座して待つのを良しとせず、盟友たちと共に大天使の地位に留まった過去を持つ。

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[一言] 勇者ロボなのにメカの構成からしてア○エ○オンなのだが、いったいどちらなんだ。(by勇者シリーズファン)
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