ガン・ソード・オンライン
時は少し遡り、外の世界。
「くそっ……!」
その魔女は焦っていた。
咎人たちのいざこざに端を発した抗争に巻き込まれ、誤って咎人を無許可で殺してしまった挙句、それを天使に見られてしまったのだ。
正直、正当防衛でも通りそうな気がするが、魔女はあくまで公僕にして警察機関。勝手に人を殺していい立場ではない。ましてや行き過ぎていたとは言え、ただの喧嘩を仲裁する為だけに殺人を犯していい訳がなかった。
だが、腑に落ちない部分もある。あの咎人たちはこれ見よがしに喧嘩をしていたのだろう。
まるで、自分を嵌める為に、あそこにいたような気がしてならない。
(そんな、まさか……いや、今はそれよりも――――――)
あの逃げ出した昼天使シャムシエルを仕留めなければ。
義務感と破滅への恐怖に苛まれながらも、「魔女界を守る」というただ一つの使命を全うしようと、魔女が【緊急発進】で飛翔しようとした、その時。
「ぇ……っ?」
彼女の胸を、緑色の光刃が貫いた。瞬時に心臓が焼かれ、左右の肺も燃え上がる。激痛と死の恐怖に魂が蝕まれ、命の灯を急速に萎ませる中、彼女は自分を刺した人間の顔を見て、驚愕した。
「な……んで……?」
「必要な事だからよ。……お疲れさん」
「ぁ……」
それが最期だった。
こうして、特に罪もない魔女が一人死に、彼女を殺した者が高らかに宣言する。
「さぁ、戦争の始まりよ!」
その視線の先では、空がガラスのように割れ、異次元の向こうから巨大な何かが、この地獄へと降臨しようとしていた……。
◆◆◆◆◆◆
(テコナさんは何をしているの!?)
ユーダス・カスパールは内心焦っていた。
サイカは予選を通過し、決勝も見事一位の栄光に輝き、今は表彰台に立っているが、そんな仮想現実の栄冠などどうでもいい。
サイカはPDレースの参加と同時に電脳世界に閉じ込められ、未だに抜け出せずにいる。ユダはその事を知らず、予選では彼女を殺し掛けた。
さらに、決勝戦ではカインとマンティコア兄妹、リュシルまで加わり、サイカは何度も死に掛けた。特に経験者のカインとリュシルの攻撃が執拗でえげつなかった。サイカが防御特化の機体に乗っていなければ、それを乗りこなす天賦の才がなければ、乗り切れなかっただろう。あと鳥の人ありがとう。
しかし、そんな生き地獄を孤独に戦い抜いたにも拘らず、サイカが解放される事はなかった。
まぁ、別に優勝したから解放されると明言された訳ではないし、サイカ自身も生き残る為にその場凌ぎで必死に走っていたと、予選後に慰められた時に言っていた。
では、彼女は一体何の為にこのレースを勝ち抜いたというのか。こんなふざけた試合の為に、自分の大好きな姉は死ななければならないというのか。
そもそも、どうしてサイカだけが閉じ込められたのだろう。理由は不明だが、彼女を捕らえた誰かは確実に殺そうとしている。サイカだけを。
許さない。絶対に許さない。どんな理由があろうとサイカを殺そうとする奴を生かしておく気はない。
それが例え、“顔見知り”だったとしても。
サイカは言っていた。おそらく、“彼女”が犯人だと。
確かに、言われてみると“彼女”の行動は少々おかしい。何より決勝リーグでのやり取りが顕著である。あれはレースに乗じて殺すつもりだったのが見え見えだった。
だとしたら、何故テコナは動かないのだろう。ここは言わばあの女が用意した狩場。そんな場所に一人放り出された自分の娘が心配じゃないのか。どうして何もしない。
……何で自分だけをこの場に残して、仮想現実の外にいる。
(クソッ……どうしろって言うんだよ!)
ユダは内心で悪態を吐く。電脳世界では彼女本来の力を発揮出来ない。今のユダはどこまでも無力だ。表彰台で苦い顔をしているサイカを助ける事も、すぐ近くで内心ほくそ笑んでいるであろうアイツを血祭りに上げてやる事も出来ないのである。
《優勝者のサイカ・エウリノームさんには賞金の一億ポンドと、賞品のマーマイト百年分とスターゲイジー調理セット千人前が送られます!》
「後半いらねぇ……」
そして、結局何も出来ず、ただ指を咥えているしかないまま、形式的で仮想的な優勝賞品と表彰状の授与が進行される。
《それでは、さっそく表彰状を授与致しま――――――》
と、その時。
《え、何コレ? ちょっと待って、どうなってんのよコレ!?》
突然、メグが慌て始めた。その顔にはありありと困惑の色が浮かんでいる。
《ご観覧の皆様、緊急事態です! すぐにログアウトして、船内のシェルターに移動してください!》
さらに、電脳世界中に響き渡る程のけたたましい警報が鳴り、打って変わって緊張感に満ち満ちたメグの避難指示が続く。一体何があったのか。訳が分からないよ。たぶん会場のモブも同じ気持ちだろう。
だが、その後に放たれたメグの言葉に全員が理解し、納得した。これは緊急事態なのだと。
《たった今ディーテシティ中心部に、大天使ウリエルが召喚されました!》
さぁ、戦争の始まりだ。
◆◆◆◆◆◆
そして、外の現実世界――――――経済都市ディーテシティの中心。
《大天使警報、大天使警報! 至急シェルターに避難して下さい! 繰り返します……》
先程から警報が鳴り続け、避難誘導の指示が周波されている。声の主はもちろんメグだが、やはり焦っており、事態が逼迫しているのがよく分る声色である。
「ひぃぃ! 大天使だぁ!」
「どこの馬鹿だ、天使に密告された奴はぁ!」
咎人たちは誰も彼もが大混乱。押し合いへし合い踏み越えて、みっともなく逃げ惑う。無理もない。咎人に限らず、地獄にとって大天使は文字通り天からの災いなのだから。
『Geon……』
大地を讃頌する呪文を唱え、不気味な電子音を奏でながら、シャムシエルに召喚された大天使が地鳴りを轟かせながら、経済都市を闊歩する。
その姿は一言で表すなら「炎の巨人」だ。
身体は悪魔にしか見えない漆黒の外骨格と燃え上がる神の炎のような髪で構成され、背中には甲虫を思わせる二枚の翅を携えている。目はバイザーのモノアイで口や鼻に相当する器官は存在せず、胸の中心に太陽のようなコアが爛々と輝いていた。天使の輪は自身の数倍以上もあり、その力の凄まじさが窺える。
彼の名は「ウリエル」。四大天使が一人にして熾天使級の力を持つ、「神の炎」である。
苛烈な武人にして徹底的な現場主義者で、天使の階級制度が見直された折りも、“後方のお偉いさん”である熾天使に座する事を良しとせず、盟友たるミカエル・ラファエル・ガブリエルと共に、下から数えた方が早い「大天使」を名乗り続ける、生粋のバトル・ジャンキーだ。その力は破壊的かつ無慈悲であり、ある意味地獄の魔王に近い側面を持つ。
まさに天の災いであり、全てを焼き尽くす“破滅の光”なのである。
◆『分類及び個体名称:破壊天使=ウリエル』
◆『弱点:不明』
「うわぁああ!」
「来るな、来るなぁ!」
「おい、押すなよぉ!」
「は、早く逃げ――――――」
『グヴァァアアヴヴヴヴッ!』
地を這う蟻の如く逃げ交う人々に向けて、ウリエルが目からビームを放つ。全てを焼き尽くす高熱が空を裂き、ディーテシティの北側に命中する。
爆心地は地盤ごと完全に融解し蒸発。余波だけで人々が炭化し、建物が蕩け、次いで起こった大爆発によって何もかもが砕け散った。
眩い光と炎のドームが晴れた後には残骸すらなく、行き場を失った魂が空の裂け目へ昇天していく。
しかし、それは咎人にとって救いではない。何故なら吸い上げられた魂は、一つ残らずガフの部屋に収められ、天界を維持する為の燃料として消費される運命にあるのだから。
まぁ、再利用されるかどうかの違いがあるだけで、地獄だろうと天国だろうと咎人に救いなどないのだが。
だが、そんな事はウリエルにとっても、地獄側にとってもどうでも良かろうなのだ。彼らにしてみれば、“ガソリンの値段が上がる”程度の認識なのだから。
『グァヴヴウウウウウウウゥ!』
そうこうしている内に、第二射が炸裂。今度は東側が消滅した。このままではディーテシティ全土が滅ぶのは時間の問題だろう。
『フゥゥゥ……』
さらに、天使の輪が回転し頭上に巨大な魔方陣を描いたかと思うと、何百億もの天使が召喚される。マシンのボディに刃の羽を持ち、手足に歯車を付けた機械の天使たちだ。
彼らは行く手の物を有象無象の区別なく血祭りに上げ、その魂を天への供物として捧げていく。そこに情け容赦は一片たりともない。まさに無情の殺戮である。
これがディーテシティ全土に広がり、そして誰もいなくなるのだろう。
『……本当に、どうにか出来るんだろうな?』
その有様をテセウスから眺めていたマモンの分身体が、戦火の及んでいない南地区にいるであろう、“ある人物”にメッセージを送る。
《大丈夫です、問題ありません。全ては計算通り、ですよ》
ある人物――――――テコナ・エウリノームが答えた。
『娘の為とは言え、ここまでやるか』
《ええ、もちろん。あの子はアタシにとっての全てなのですから》
何の迷いもなく返すテコナに、マモンは思わず顔を歪める。
無理もないだろう。この状況を招いたのは、他ならぬ彼女なのだから。それも自分の娘を救う為だけに、ディーテシティを丸ごと生贄に捧げたのだ。もはや言葉も出ない。
『分身体とは言え、オレも奴の正体を見抜けなかったんだから、強くは言えないが……』
《なら、うだうだ言ってないで、きっちり“契約”を果たしてくださいよ》
『あー、ハイハイ、分かった分かった。……お前、悪魔だな、本当に』
マモンは溜息を吐き、頭を抱えつつ、燃え盛るディーテシティに背を向けた。
あの女はやると言ったら必ずやり遂げる。どんな手段を使おうとも。今回の戦争も上手く切り抜けるだろう。
ならば、自分もするべき事をしなければならない。悪魔にとって契約は絶対なのである。
『さて、どうなる事やら……』
◆◆◆◆◆◆
「本当の悪魔、ねぇ……」
サイカが決勝戦に進む前にディーテシティの南地区へ潜入していたテコナが、マモンの捨て台詞を鼻で笑っていた。
今更何を言っているのやら。悪魔ならよく分っているだろうに。
「人は悪魔なんだよ、マモン様」
だから、どんな残酷な事も簡単に出来る。卑怯も卑劣もない。魔王ですら七つに分割して司るしかない欲望の数々を、人は生まれながらに持ち合わせているのだから。
まぁ、そんな分かり切った事実などどうでもいい。マモンが契約を守る為に動いてくれているように、自分もしっかりと動かねば。
全ては、大切な愛娘の為に……。
「アンタレス、行動開始」
《了解。……死ぬなよ》
「誰に言ってんのよ」
《それもそうか》
「そういう事。じゃあ、また後で……」
テコナは別の場所に潜んでいるアンタレスに開戦のメッセージを送り、自身も戦闘態勢に入った。
ソリット式のバイザーが付いたバケツのようなフルフェイス、青白い全身の装甲服、背中のランドセルを思わせるブースターパック。
そして、グリップに魔法の杖が一体化したガトリング型の魔法銃を両手に掲げた、宇宙を股に掛ける賞金稼ぎ(ジャンゴってそうな方)の恰好をした、テコナが銃のスイッチを起動させた。銃身に魔力の光が灯り、魔法の杖から緑色の光刃が伸びる。
刃の光に照らされ、バイザー越しに僅かながら見えた彼女の瞳は、禍々しい黄金色の光を放っていた。
美しき破壊の魔女、テコナ・エウリノームの“再臨”だ。
『さぁ、“魔女狩り”と行きましょうか……!』
◆テコナ・エウリノーム(イメージCV:全力全開!)
「破壊の魔女」の異名を持つ、英国最強の魔女。数々の伝説を残しており、新参者にも拘らず、英国面の紳士淑女諸君からは英雄(♀)扱いされている。
元々は日本のあの世に住んでいたようだが、とある事情によりこちらに引っ越してきた。過去にソロアスター教の神々から加護を受けていたらしいが、今は地獄の七大魔王と契約を結んでおり、英国圏のあの世の防波堤を担っている。
テコナにとってサイカは全てであり、今の自分を形作るきっかけとなった存在である為、それを害する者は誰であろうと許さず、手段を選ばず排除する、冷酷非情な一面を持つ。




