魔法幼女サイカ★マジか
落ち着け、落ち着くんだ。
落ち着いて素数を数えるんだ。
素数は1と自分でしか割り切れないボッチな数字……僕に、勇気を与えてくれる!
……いや、何を言ってるんだ、僕は。身体が幼児退行したせいで、頭までカタツムリになったか?
ともかく、状況を整理しよう。人間の幼女になっちまったもんは仕方ない。素数よろしく割り切っていこう。
まずはこの家の立ち位置と、僕の立場から。
こんな上等な寝床を宛がわれている事から、少なくとも使用人とかの娘ではあるまい。おそらく、僕はいい所のご令嬢なのだろう。
それに冷静になってみて気づいたが、この身体、ちっこい割に結構魔力がある。
むろん、全盛期の僕には遠く及ばないが、人間で言えばかなり上位に食い込む数値である。例えるなら、昔が宇宙の帝王で、今が星の王子様って感じ。えらくスケールダウンしてるとか言わない。
貴族の娘で、生まれながらに強い魔力を持つ、地獄の英国人。
考えられるのは、魔女の家系だ。絵面的には違和感しかないけど、サバトの本場であるヨーロッパ地方のあの世という事を鑑みれば、これが一番可能性が高い。
問題は、一体どれ程の力を持っているか、である。
魔女とて人間だ。いくら魔力が高くても、悪魔と契約を交わさなければ、不老不死ではいられない。
だが、悪魔が契りを交わしてくれるかは完全に相手の気分次第であり、当然ながら有象無象の雑魚では、お話にならないのである。
あんな魔境で日々ストレスを溜め続け、理不尽にも程がある最期を遂げた身としては、今世こそは安心安全なスローライフを送りたい。
だからこそ、自分の正確な身分はきちんと知っておく必要がる。短い人の一生は、計画性が大事だ。
という事で、ここは必殺のアレをやろう。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃああああっ!」
必殺、ぐずり泣きである。
こんだけ泣いてれば、最低でも使用人の一人や二人くらい来るだろう。
「あらあらサイカちゃん、どうしたの~? ママのおっぱい欲しいのかしら~?」
すると、いきなり母親がヒットした。
金髪碧眼な所以外は限りなく大和撫子をしてるエキゾチックな美女で、女優顔負けの素ン晴らしいスタイルをしている。桜吹雪が描かれた薄水色の着物に梅の釵が良く似合っていた。
というか、僕の名前、サイカなんですね。フルネームは何て言うんだろう。
「はーい、ごはんでちゅよ~♪」
おおっと、元童貞としては非常に刺激が強い爆弾が投下されましたよ!?
しかし、ここは我慢だ。今の僕はおにゃのこ。それも赤ちゃん。赤ん坊は赤ん坊らしく振舞わねば。だ、だから、これは仕方ないんだからね!
この後、滅茶苦茶おっぱいした。
◆◆◆◆◆◆
それからそれから。
「それじゃ、おやすみなさい、サイカちゃん♪」
授乳が終了し、落ち着いたと見た母上様は、笑顔を振りまきながら部屋を後にした。
「ふぅ……」
やっと終わったか。未だに頭がぽやんとするぞ、チキショウ。
まぁいい。収穫はあった。授乳する間、【精神汚染】をずっと発動していたからな。
【精神汚染】は、精神の隙を突いて相手のステータスを読み取る能力……所謂「鑑定」のスキルだ。耐性を持っている相手には効かないが、自分の娘だからか母上様も完全に心を開いていたので、何とかバレずに読み取る事が出来た。
それによると、ここは一世一代にして英国史上最大最強となった魔女家系「エウリノーム」で、母上様はその当主たるテコナ・エウリノームという女傑らしい。
どうしよう、全盛期の俺が霞む勢いで強いんですけど、この人。スキルも色々とヤバそうなの持ってるし。何だよ、神機召喚って……。
で、僕はその娘、サイカ・エウリノーム。生まれてまだ数日しか経っていないらしい。よちよち歩きすら出来ないじゃん。
祖父母は無し。夫(つまり僕の父親)の部分はぼやけて見えなかったが、空欄ではないので、一応存命してはいるようである。
他には戦闘メイドとがたくさんと、拷問執事が一人いるらしい。戦闘メイドはともかく拷問執事って、とんでもないパワーワードが出て来たな。
とにかく、それが我がエウリノーム家の家族構成である。見事に色物ばっかり。大丈夫かこの家。
……いや、今重要なのは、人間性よりも家の権力だ。見る限りでは文句なしの良物件だが、ちゃんと悪魔と契約しているんだろうか。エウリノームって、ギリシャ神話の女神の事だろ?
まぁ、そこは追々調べればいいだろう。幸い僕はまだ赤ん坊。無垢な振りして【精神汚染】をしてればいい。
問題は、これらの情報を踏まえて、僕がどうするかだ。
現状、僕の将来は約束されているも同然だが、油断は禁物である。儚い人の命は何が原因で散ってしまうか分からない。それに才能にかまけて慢心していると、後々で絶対に足元を掬われる。
ならば、積極的に才能を磨くべきだろう。目指せ神童だ。そうすれば周囲の協力を得られやすいし、そうなれば早い段階で悪魔と契約も出来る。より長く、より安全に生きるには、早期の完全な魔女化が必須である。
……よし、方針は決まった。これから僕は、二重の意味で成長を促進するぞ!
◆◆◆◆◆◆
そんな感じで、あっと言う間に三年経った。岩の上にも三年って言うけど、そんなの気にならないくらい子供の成長って早いね。マッハ3のスピードで過ぎて行きましたよ。
まぁ、おかげさまで歩けるようになりましたけどね。言葉遣いはまだ舌っ足らずだけど。
もちろん、立って歩けるようになり、覚束ないながらも会話が出来るようになったとあれば、情報収集は加速度的に進んでいく。もうこの屋敷の配置図と、住人の名前と顔は全部覚えた。
ついでに、イギリスのあの世がどうしてこんな和風になったのかも。
どんなあの世も、少なからずこの世の影響を受けている。ようするに、現世側に問題があるのだ。
母上様曰く、「英国は寿司に負けた」らしい。
まるで意味が分からんが、元々イギリスは寒冷で土地が痩せている上に、産業革命発祥の地というだけあって水も大気も汚れまくっていた為、“綺麗な料理”を作る事がそもそも難しかったという背景がある。
さらに、クリスチャン特有の禁欲主義と、“紳士淑女はこうあるべきだ”という自負心、先の産業革命による“そもそも時間がない”といった「お国柄」が組合わさり、最終的に“食えりゃいいじゃん”という極致に達してしまい、「取り敢えず火を通して調味料で誤魔化す」のが一般化してしまった。オウムの餌の誕生である。
だが、英国人とて人の子。食べるのなら美味しい方がいいに決まっている。誰だって生ゴミよりはご飯を食べたい。
その為、発展途上から脱した後は、古き良き伝統を取り戻そうと躍起になり始めた。英国の場合は元より大した土台がないのが問題なのだが。
そんな歴史的バックボーンを持つイギリスが、“芸術的な料理”を口にしたら、どうなるのだろうか?
答えは簡単。ドップリとした和食ブームの到来だ。
元より美を追求する心根はあるのだから、“食の美術品”である和食を前に、何も感じない筈もない。
そして、何とか意地で踏み止まった現世と違い、精神面が諸に表れるあの世では、それこそパンデミックのように広がってしまった。
特に寿司の威力は凄まじかった模様で、あれよあれよと浸透し、ついでに様々な日本のサブカルチャーの影響を受け続けた結果、いつの間にかこの有り様になったそうな。「胃袋を掴まれる」とは、こういう事を言うのだろう。
ようするに、無敵のイギリス海軍も、寿司の軍艦には敵わなかったという事だ。
真実はいつも五里霧中だった。実に下らない。日本のあの世も、あまり人の事は言えないが……。
「さぁ、着いたわよ!」
――――――で、僕たちは今、そのお寿司を食べに来ている。歯もすっかり生え揃い、色々な物を食べられるようになった記念、らしい。親馬鹿だな母上様よ。
余談だが、今の僕は着物ではなく、オーダーメイドのフリフリした給仕服を着ている。それもピンク色。母上様は和服を着せたがっていたが、悪いな、これは完全に僕の趣味だ。生前は意地でも和服だったから、その反動で今は洋服を着たいんだよ。
やっぱりね、女の子は可愛い服を着るべきだと思うのよ。だって、今の僕、幼女だもん!
「「十六夜」……」
……で、話を戻して、母上様(+執事とメイド数人)に連れられて訪れたのが、この「十六夜」という寿司屋なのだが――――――どう見ても、回らない寿司屋だった。戸口に下がった暖簾や店先の飾り物など、老舗の匂いがプンプンする。
いやいや、家族連れで来ていい場所じゃないだろ。魔王だった時も来た事ないのに。さすがはブルジョワジーってところか。
「お邪魔しまーす。また来たわよー」
「いらっしゃいませ。職員一同、心待ちにしていましたよ」
僕たちはガラガラと戸を開け、実家のような気軽さで入店した(主に母上様が)。店側の反応を見る限り、エウリノーム家はここの常連なのだろう。金有んなチクショウめ。
「美味しいねー」
「ホントだねー」
「そうですねぇ」
「素晴らしい!」
さて、肝心の「十六夜」のネタの味だが――――――最高に美味しいです。
元々周囲が海だらけの島国なので、環境が整えば海産物は豊富かつ芳醇となるのは必然であり、あの世ならではの超技術で復活した海の幸は、控えめに言っても最強です。
いや、ホントに美味しい。ご当地物から輸入・養殖と粒揃いの魚介類が、英国とは思えない見事な握りとコラボレーションしていて、とても言葉で表現出来る美味しさではなかった。僕の語彙の低さを恨んでくれて構わない、という程に美味だ。これ本当に英国紳士の握り寿司なの?
ちなみに、入店時に頭を下げてくれた板前さんは、下級悪魔のインプさん(365歳)。小悪魔とは思えない長身で、筋肉モリモリマッチョマンの変態みたいなガタイをしているが、彼はインプです。何でも日本の現世へ板前の修行に行ってこうなったのだとか。何でや。
「ゲップ~♪」
「こら、はしたないわよ」
「はぁーい」
僕は満足行くまで食べに食べ、妊婦さながらのボテ腹になりながら(ついでに母上様の注意を受けながら)、「十六夜」を後にした。
……これで終われば、良かったんだけどね。
◆◆◆◆◆◆
『ブァヴゥゥウウン!』
「えぇ……」
僕は、目の前に立ちはだかる強敵を前に、言葉を失っていた。
……奴と戦う前に言っておく!
僕はさっき、ほんのちょっぴりだが不思議な体験をした。
い、いや、体験したというよりは全く理解を超えていたのだが………あ、ありのまま……今、起こった事を話すぜ!
「僕は、擦れ違う親子連れの、赤ちゃんに手を振ったら、最終的にファフニールに襲われた」
な、何を言っているのか、わからねーと思うが、僕もそう思う。
頭がどうにかなりそうだった……ドナ○ドマジックだとかシ○ークさんのマジックコンボだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ!
もっと恐ろしいものの片鱗を、味わったぜ……!
そう、咎人の背負う、呪われた宿命って奴をな!
――――――うん、落ち着こう。とりあえず、落っ素数だ。
まず知らない人の為に言っておくと、咎人とは地獄の亡者……つまりは裁かれるべき罪人である。生前大きな罪を犯した者は、地獄に落ちて咎人となり、破滅の呪いが掛けられる。
この破滅の呪いというのが厄介で、常に生前の罪を再現したかのような破滅フラグが付き纏い、百パーセントバッドエンドを迎えるというクソ仕様なのだ。運命が牙を剥いてくる、と言ってもいい。それ何てファイナル・デ○ステネーション?
さらに、咎人に限らず、あの世に逝った人間は例外なく記憶を奪われる(正確には別の媒体に保管される)ので、自分の与り知らぬ所で勝手に死亡フラグが立ち、理不尽な運命にリンチされるという、これまたクソ仕様になっている。おまけに死んでも輪廻転生の輪には乗れず、魂粉砕した末にこねくり回されて、新たな命(ようするに新生児の魂)の材料にされてしまう。
つまり、咎人は死ぬまで苦しみ、生きた証すら遺せず、最後は料理の調味料になって、存在を完全に抹消されるのである。悪逆非道、ここに極まれり。慈悲はないんですか?
そして、地獄で生まれた人間もまた咎人となる運命にある。
この場合、罪が重過ぎた咎人の魂が再利用されている事が多い。ようは、もう一回「お前の罪を数えろ!」という事だ。慈悲なんてなかった。
……で、僕もまた地獄生まれの赤ちゃん=咎人である。記憶こそそのままだけど、魔女の家系だろうが何だろうが、それは変わりない。
むしろ、その運命から逃れる為に魔女を目指すと言っても過言ではないだろう。悪魔と契約する事であの世側の陣営に加われば、破滅の輪廻から解放されるのだから。
つまり、未だ咎人の域を出ていない僕は、ふとした拍子にこうなるのだ。それでも魔女の家系だから、当主の加護でフラグは立ち難くなってる筈なんだけど、何せ作家志望に殺されるような童貞だからね。仕方ないと言えば仕方ない。
だからって、挨拶を交わした瞬間に足を滑らせ、たまたま近くにあった超見え難いファフニールの巣穴にボッシュートするのは、どうかと思うんだ。どんな確率だよ!
『バァヴゥウウウウン!』
◆『分類及び種族名称:黄金超獣=ファフニール』
◆『弱点:口内部のコア』
……おっと、呑気に独白している場合じゃない。目の前には、巣穴の主たるファフニールがいるんだった。
ファフニール。黄金を求める邪悪なドラゴン、もしくはワーム。欲に溺れたドヴェルグ(悪いドワーフ)が変じる魔物。陽光が苦手で、普段は洞窟に隠れ潜みながら採掘したり、通り魔紛いな事をしているという。
元が蛆虫(ドヴェルグたちは元々は巨神ユミルの死体から湧いた蛆だった)かつ黄金好きなだけあって、竜のような頭を持つ黄金の芋虫といった姿をしており、ヤツメウナギが如く並んだ複眼は色とりどりの宝石で出来ている。その血液はレアメタルなのだとか。まさに蠢く宝物庫である。
これが生前であれば喜び勇んで一狩りしている所だが、生憎今の僕はちょっと魔力が高いだけの幼女だ。それも破滅フラグが立ちまくりの。是非とも敵前逃亡したいが、相手が許してはくれまい。
こんな、如何にもお金持ちな、か弱い人間の子供を前にして、舌なめずりせずにいられようか。いや、いられまい。鴨が葱を背負って来るとはこの事である。
まぁ、何だ、誰か助けて。
『ブァヴゥウウウン!』
「わきゃー!」
しかし、僕の願いが届く訳もなく、ファフニールが口から煌めくブレスを吐いてきた。あれをまともに浴びると身体が貴金属に変えられてしまう。どんだけ欲深いんだこの野郎!
つーか、マジで誰か助けてーっ!
「……あれ?」
だが、待てど暮らせど、ブレスが僕を包む事はなかった。思わず瞑った目を恐る恐る開けてみると、
「なぁにこれえ?」
僕の突き出した手から聖なるバリアが発生して、ブレスを跳ね返していた。これってもしかして……。
「【聖光障壁】!?」
そう、それは“光属性”の魔力を用いた聖なるバリア【聖光障壁】だった。死への恐れ、生への執着によって、無我夢中で使っていたらしい。生前の僕は主に闇属性がメインで他の属性はそこそこといった感じであり、光の魔法だけは使えなかったが、この身体は光属性に適性があるようだ。
「【暗黒の破壊者】!」
『バァグゥゥウウヴン!』
さらに、生前得意だった闇属性も問題なく使用可能な模様。溢れ出す闇の瘴気が無数のビームとなって放たれ、ファフニールの黄金ボディを穿つ。
よし、闇も光も同じくらい使えるのなら……!
この時、僕は既に敵への恐れを払拭し、ファフニールを実験台か何かとしか見ていなかった。元魔王にして間遠サイエンティストでもあった生前の悪い癖が出たとも言える。
もう、何も怖くない!
「ふぅぅぅ……!」
僕は右腕に闇の魔力を、左腕に光の魔力を宿しながら、左側で十字に組む。相反する力が融け合い、混沌の魔法を作り出す。
これぞ僕が生前から妄想し、光魔法がどうしても使えないから断念していた、究極の破壊魔法。【爆裂魔法】のように魔力を浪費する事なく、ピンポイントで爆砕する事に特化した呪文。
『バァヴゥウウウン!』
危険を察知したファフニールが口から無数の宝石を高速射出してきたが、最早関係ない。混沌魔法の前では、まるで意味がないんだよぉっ!
「【混沌の覇者】!」
『バヴォォアアアッ!』
僕は混沌の魔力を左手首の側面から赤黒い破滅の光として撃ち出し、襲い来る宝石の雨あられを真っ向から迎撃、そのままファフニールを直撃し、粉砕・玉砕・大喝采した。粉々になった貴金属や宝石が暗い地下洞窟に降り注ぐ。
「ファフニール、じょうずにやけたでしゅ~♪」
「「「「………………」」」」
その後、遅れて駆け付けた母上様たちが、ジュエルダストの中で無邪気にはしゃぐ僕を見て、唖然とするのだった。
◆ファフニール(鳴き声:アルコールガスを吐くしか能のない地底超獣)
北欧神話に登場する、ドゥヴェルグ(悪しきドワーフ)の成れの果て。大魔法使いフレイズマルの三人の息子のひ一人であり、オッテルとレギンの兄。
かつては人の姿だったが、悪ふざけでロキが弟のオッテルをぶっ殺してしまった事件についての賠償金を神々から受け取ると、その莫大な黄金の魅力に取り憑かれた挙句に父親を殺してしまい、独り占めにする為にドラゴンの姿に変身したという。鋼の鱗と毒の吐息が最大の武器で、多くの勇者を討ち滅ぼしてきたが、後に魔剣グラムの使い手シグルズによって倒された。
つまり、純粋なドラゴン族ではなく、竜に化けた妖精というのが正しい。
正体はキノコバエの突然変異体。最初は有機生物の血中に含まれる鉄分を主食としているが、成長と共に鉱物(特に金)を常食するようになる。その吐息は物質を強制的に鉱物へと置換させ、自らの餌としてしまう。成虫はまさにドラゴンという姿をしており、擬態元である竜ですら襲って食べる事がある。