パンジャン・ドラムだ!~笑い話から伝説へ~
そして、やって参りました、PDレース!
僕らはどうやら予選Bブロックらしい。全部でA~Gのブロック分けが順次スタートしていくので、まずはAブロックの様子を見よう。確かカインが参加するらしいし。
「うわぁ……」『これは酷い』
その様子を一言で表すなら、“凄惨”だ。
開幕早々から混戦が始まり、三機が爆発。生き残った二機の内、一機が最初のカーブを曲がり切れずに爆散。トップを走る最後の一機も、リスポーンした攻撃型に自爆狙撃されて粉砕、あっという間にレースは仕切り直しに。
そこからももう滅茶苦茶で、タイヤが取れたり、誤爆したり、狙撃したりと、まともなレースをする気がこれっぽっちもなかった。
特にカインの攻撃型パンジャン・ドラム「スパイダージャン」が酷い。
形状としてはGハンターことアシダカ軍曹のそれで、一対の中型車輪がメインなので八本脚は直接駆動はしていないが、足先に補助輪が付いており、ある程度自由に動かせる操作性も相俟って高いバランス性能と速度を誇る。その分防御力は心許ないが、そこは元より耐久力のない蜘蛛がモチーフなので致し方のない所だろう。
だが、こいつはあくまで攻撃型。本当の恐ろしさは別にある。
何とこの機体、脚の内部に強力なワイヤーが仕込まれており、普段はこれの伸縮で脚を操作しているのだが、自爆すると胸部を中心として投網の如く広がり、空から覆い被さる事で敵を絡め取るのだ。
しかも、関節部に炎の魔石が使用されている為、自爆と同時に炎上、捉えた相手を焼き焦がしてしまう。燃える投網って発想が既に怖い。
さらに、腹のパーツがわざと脆くて軽い木製素材で作られているので、炎の雨あられで追撃出来たりする。何とも悪魔的設計思想である。
あの世の技術力の粋を押し込めた結果、辺獄のエースがとんでもない爆裂兵器を生み出してしまったようです。作成者が爆裂卿だから仕方ないね。
そして、その殺意に満ちた高い妨害性能と、いざという時のスピードスターっぷりで見事予選を一位で通過した。もちろん撃破数も最多。とんだ害悪野郎だ。
しかし、おかげでPDレースがどういうものなのかがよーく分かった。まともにレースをする気がハナからねぇ。制限時間が半分を切るとコースギミックが変化するので、そこも狙い目だろう。あとクジ運。スパイダージャンみたいなのがいない事を祈るしかない。
『次はワタシたちだね、お姉ちゃん』「ああ。戦場で会おう」
Aブロックが終了し、いよいよ僕たちが参加するBブロックの手番が来た。ユダと軽く口を叩きつつ、自分の機体へ向かう。
PDレースのパンジャン・ドラムは、ログインしているアバター自身が乗り込んで内部から操作する。アバターは【影分身】によって形作られており、常に機体と運命を共にし続ける事になる。
つまり、リスポーンの時点でアバターも一度死んでいるのだが、そこは気にしても仕方ないだろう。どうせ何度でも蘇るし。
でも、やっぱり緊張するな。仮想空間の分身とは言え、死ぬのは怖い。紅茶を決めた英国面のキチ○イ共と違い、僕はあくまで普通の魔女っ子。不安にもなる。
リアルの肉体がビビってちびるのもアレだし、開始まで少し時間があるから、一度ログアウトしてトイレを済ませるとしよう。
では、お花を摘みに行って来ま~す♪
「……あれ?」
ログアウト出来ない。どうやっても抜け出せないぞ。開始数分前だとログアウト出来ない仕様なのか?
「ユダ、トイレは済ませたの?」
『あ、そう言えば行ってないや。ちゃっちゃと済ませてくるね~』
しかし、気になって話し掛けてみれば、ユダは普通にログアウトしている。
……あれ、もしかしてこれ、僕だけ本体と繋がりが切れてるんじゃね?
そうだとしたらマズい。意識が切り離されているという事は、軽く幽体離脱しているのと同義、言わば魂が抜けている状態である。そんな状況で死ねば、少なからず本体に影響が出る。意識不明の本体が何時までも無事である保証も、このバグだらけのアバターがきちんとリスポーンされる保証もない。
もしかしなくても、ここで死んだらそれで終わりなんじゃないか!?
まさかの緊急事態。SA○案件が発生。誰か助けてー!
『お待たせー』
「あっ、ユダ! 実は……」
《さぁさぁ、Bブロックのレースが間もなく開始されます! パイロットは急いでゲートインしてください! さもないとアバターが爆発します!》
「『えええええっ!?』」
ちょうどよくユダがログインして来たが、実況のせいでそれどころではなくなったので、急いで機体に乗り込む。
チクショウ、こうなったら意地でも生き残るしかない!
こうして、僕だけがデスゲームのPDレースBブロックが幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆
《実況は前回に引き続き、わたしことリュシル・イェーガーと、紅茶の決まったメグ・ミルキー、ゲストの強欲王マモン様がお送り致します! よろしくパンジャン!》
《よろしくお願いします》《よろしく頼むぜ》
《それではレース開始の前に、軽く参加者の機体について触れていきましょう!》
会場中に散らばったドローンが、ゲートインしたパンジャン・ドラムたちを無数の電子画面に映し出す。五つに分かれたレーンには、実に個性的な自走爆雷共が、今か今かと疼いていた。
《まずは第一レーン、「八式対魔弾多重結界ジャン」。
見た目は爆弾を中心として円錐型に装甲を張り、放射状に配置された八本の軸足で連結されているという、何処ぞのカウンター罠みたな姿をしていますが、色彩がダークグレイになっているほか、軸足の先端がドリルになっているという特徴があります。
エンジンは反トルク、車輪はメインの大型二つと舵取り兼バランス調整用の中型車輪二つが四方に配置され、気が向いたらバレリーナのようにグルグルと踊る変態型。
ただ、名前の割に装甲は貧弱で、速度もない上に被弾しやすく、すぐに爆発するデリケート仕様。
むしろ、その特徴を生かしたお邪魔虫ポジションと言える機体です。結界とは一体》
最初から変態型だった。見た目は派手派手なコーンにしか見えない。パンジャン・ドラムとは一体。
《続いて第二レーン、「レディパンジャン」。
過剰なまでに分厚く装甲化されたドーム型の本体を、更にテントウムシの前翅で覆った、防御特化型パンジャン。この前翅は開閉式であり、甲虫さながらに展開する事で破片を受け流し、どうしてもダメージを受けやすい車輪を保護する事が出来ます。
エンジンは反トルク。車輪は中型の物が左右に配置され、本体の前後寄りに放射状に生えた六本の補助脚でバランスを取りながら、滑るように移動します。その様はまるでル○バ。
推進力は機体側面に配置された水と風の魔石によるエアロゾルブーストと、前翅の下に隠されたロケットブースト。普段はエアロゾルで妨害と機体制御をしつつ進みますが、ロケットブーストにより飛行する事も可能です。
防御に極振りしたせいで重量が嵩み、自爆しても破片が殆ど飛ばないなど弊害もいくつかありますが、バランス性能の良さはスパイダージャンに匹敵し、更にはいざという時の飛行能力もあるので、中々に完成された機体と言えるでしょう。今回が初参戦とは思えないぐらいよく考えられたナイスなパンジャンです》
お褒めに預かり光栄の至りだよ。
初参加な事もあり、堅実かつ確実にゴールしようとガチガチに防御を固めたのだが、結果に絶対に死ねない我が身を守る最善の選択になるとは、何と言う皮肉か。
盾の魔王の成り上がりにご期待ください。だけど闇のゲームは勘弁な!
《お次は第三レーン、「ジャーパン・ドラム」。
牛の存在しない牛車に歌って踊れて、ついでにRPG-7もぶっ放せそうな電子アイドルの顔面を張り付けた、日本式パンジャン・ドラム。ようするに朧車。だけど顔だけはいい。
パイロット曰く「女は顔だ。俺は悪くない」との事ですが、そのせいで余計に不気味なってしまった事に罪はないのでしょうか。あと全国の女性に今すぐ土下座しろ。
見た目こそアレですが、機体性能は本物。軽金の骨組みに木製装甲を張り付けただけの屋形は脆く燃えやすいですが、その分非常に軽く、牛車の分際で凄まじい速度を誇る速度特化型のパンジャンです。
動力は反トルクと機体後方のプロペラエンジン。左右の鴟尾に付けられた四連式ロケット、車輪にエアロゾルブーストが組み込まれていて、加速しながら妨害も行えます。あと、車輪が無駄に硬い。
また、轅の先端がドリルになっており、強力な突進攻撃を行えますが、やってしまうと焼けた破片で引火して自爆する可能性もあるので、もっぱら障害物の排除に使われる事でしょう。すぐ真下に板が取り付けられているのもその為だと思われます。ついでにバランス調整も兼ねているようです。
そんな速度型のジャーパン・ドラムですが、最大の特徴はその燃えやすさ。
実は屋形の中には車輪状に組まれた爆弾が三つ並んでおり、内部からもバランスを調整しているのですが、一度引火すれば自爆と同時に超速で木片を拡散しつつ、骨組みのネイルガンと暴走する輪入道を四方八方にばら撒く最終鬼畜兵器と化します。
この恐ろしい妖怪の隣を走るのは危険なので、なるべく避けていきましょう》
で、僕の隣はまさかの朧車。デフォルトにしてやんよと言わんばかりの狂気じみた姿は、作成者の闇が凝縮された英国面のダークフォースなのかもしれない。
こっち見んな、こっちに来るなぁっ!
《第四レーンに陣取るは、「スタビライジャン」。
安定装置の名に恥じぬ安定型で、ボビンのような胴体に一対の車輪が付いているという正統派パンジャン。
若干八の字に組付けられた車輪はサスペンションによって高い耐久性と自由度を誇り、凄まじい走破力を発揮します。
さらに、車輪の骨組みの一部が折り畳み式のドリルになっており、放射状に展開する事でオフロードモードにもなれる便利機能付き。邪魔になったらパージして攻撃にも転嫁出来るので、意外と芸達者なパンジャンです。
胴体のボビンは配置されたエアブレーキによって常に一定の角度を保っていて、本来不安定なはずのパンジャンにかなりの安定性を持たせる事が出来るようになりました。
しかし、ここはPDレース。まともに走りに来た彼は、このレースで栄光を掴むのか、それとも地獄を見るのか。
ま、ここが地獄なんですがねー》
四番目にしてようやく正統派。一位は譲れないけど、変態共に巻き込まれて爆散しないよう、安全運転で頑張ってね。
《そして、第五レーンに収まるは、「桃色ホウパンジャン」。
ショッキングピンクに塗装された流線形に車輪と尾翼がついた速度型の機体で、モチーフはスズメガ科の一群、ホウジャクガ。その為、機首側面に一対の複眼、機首先端に長い口吻を模した伸縮アーム付きドリルが設置されています。
ですが、本気最大の特徴は陸上兵器にあるまじき飛行能力。ロケットブーストを多量に積んでいる上に、車輪側面に折り畳み式の翅がある為、短い滑走で離陸でき、パイロットの死角になりやすく、壁が意味をなさない空中から爆撃してくる恐ろしい機体に仕上がっています。
この人も初心者の筈なのですが、殺意しかありません。最初からクライマックスです。
初陣で一体どれだけの被害を齎すか見当も付きませんが、程々にしてあげてください》
ユダちゃん何やってんのよ。何で絶対に死ねないレースで殺しに来てんだよ。いや、本人はゲームのつもりだってのは分かるけどさ、限度があんだろ。さすがは我が義妹、今レース最大の鬼門である。
うー、ただでさえ四方八方から鉄の棺桶が爆弾抱えて突っ込んで来るのに空爆まであるとか、もうどうしたらいいんだこれは。一度搭乗しちゃったら通信は出来ないから、見逃してもらえる保証はないし……。
くそぅ、何なんだ一体。どうして皆して僕を苛めるんだ。
つーか、これ明らかに誰か仕組んでるだろ。これを単なる偶然で片付けられるほど、僕も馬鹿じゃないぞ。
――――――まぁ、何となく察しは付いてるんだけどね。絶対にぶっ殺してやるな、こんチクショウ。
だが、その為にも今は全力で生き延びなければ。頼むから程々にしてね、ユダちゃんや。
「……ふぅ。行くか」
僕は一息吐いて、心を静めた。覚悟完了だ。矢でも鉄砲でもパンジャンでも、掛かって来いやぁ!
◆朧車
牛車の付喪神で、引手のいない牛車の正面におっかない顔が付いているという、なかなか不気味なビジュアルをしている。名前通り朧気で実体のない存在と言われているが、普通に実体がある奴もいる。
というのも、実は二種類の朧車が存在しており、車争い(平安時代の牛車による「煽り運転」)により果てた貴族の怨念が具現化した亡霊的なものと、古びた牛車が化けた普通の付喪神とに分かれる。悪霊の変異体とも言える前者の方が圧倒的に質が悪い。馬鹿は死んでも治らないからね。
なお、基本的に乗り手の思念が反映されるので、どんな顔になるかはその人次第な模様。