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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
17/52

天空の賭場テセウス

 サイカだよ、(朝だけど)全員集合~♪

 という事で、不安とフラグしかないディーテシティ家族旅行最終日、僕たちは停泊中の「豪華客船テセウス」に乗り込んでいた。豪華と自画自賛しているだけあって、その威容は圧巻の一言だ。確実にタイタニック号の数百倍はある。島がそのまま船になったと言ってもいいくらいにデカい。一体どれ程の金と技術が注ぎ込まれているのか見当も付かなかった。

 ちなみに、テセウスとはギリシャ神話の英雄の一人の事だが、この客船の直接的なモチーフは「テセウスの船」だろう。

 クレタ島でミノタウロスを一狩りした彼を乗せたその船を、アテネの人々は何世代にも亘って改修していたが、その内材料全てが当時の物ではなくなってしまい、“見た目は同じでも今と昔では物が違う”というパラドックスを生み出してしまった、あの有名な逸話である。

 むろん、この客船も改修を繰り返しているのだが、逸話に肖るどころかおふざけが過ぎた結果、“船って何だっけ?”というレベルで魔改造されてしまっている。どこの世界にバリアを張って空を飛ぶクルーザーがあるんだよ。

 人はそれを「空中要塞」と呼ぶのだが、英国面に支配されている紳士淑女の皆様は一向にそれに気付かない。さすがはパンジャン・ドラムの国。ハナから狂ってやがる。

 つーか、見た目が完全に七福神が乗るアレにしか見えないのだが、どう突っ込めばいいのだろうか。もしくは偉大な自走式陸上爆雷を嗾ければいいのか。「幻魔獣エデン」や「煉獄ハイランド」は在りし日のイギリスぽかったのに。相変わらず英国のあの世が誇るセンスは理解出来ない。

 あと、船体全部が純金で構成されているせいで、非常に目に悪い。成金趣味、ここに極まれり。オーナーが強欲王マモンだから仕方ないね。

 そんなテセウスの宝船に乗った僕たちは、


「丁か半か!」

「丁に金貨八枚!」

「ようござんすね? ……ピンゾロの丁!」

「丁☆最高!」『お姉ちゃんすごーい』


 さっそく大人の遊び(ギャンブル)に興じていた。

 だって仕方ないじゃん、船内の半分が賭場(残りは客室と憩いの場に温泉街)なんだもの。外見と違って古今東西の多種多様な賭け事が行える、まさにギャンブラーの聖地だ。

 ここまでお膳立てされたら、やるっきゃないっしょー。

 僕も好き放題他の面子もしているからか、他の面子もそれぞれ好き勝手にやっている。


『ジュエルカウンター3てんと1000ライフをはらい、スペルカード《禁じられた異本》をはつどう!』『それにたいして、ジュエルカウンター2てんとてふだ1まいに700ライフをはらい、スキルカード《禁じられたトランペゾヘドロン》をチェーンはつどう!』

『おまえのモンスターをイケニエに《深淵の支配者-ガタトゥルフ》をイケニエしょうかん!』『あんたのモンスターをぼちにおくり《外道なる神神-ナイラーア》をとくしゅしょうかん!』

『『直接攻撃(ダイレクトアタック)!』』『バッフリン♪ バッフリン♪』『きゃるるん♪』

『イワァアアアク! イーコなのに負けたぁあああっ!』『キャアア! 何やってんのよぉー!』


 マンティコア兄妹は同じようなちびっ子妖怪とカードゲームでデュエルをしている。ガヤはスップリンとドラコが担当。うん、楽しそう。


「赤の5に金貨百枚」

「ではでは……ルーレットスタート! ……っ、馬鹿な!?」

「当たりですね。次はもっと“正々堂々”勝負をしましょう」


 アンタレスさんは英国式ルーレットを愉しんでいる。何気にマシンの小細工見抜いた上で勝ってる辺り本当に草。イケメンだけに許される、煽り立てるようなそのドヤ顔、僕は絶対に許さない。


「はいっと……」

『ぐはぁっ!? 英国の魔女ってのは化け物か!?』


 その向こうでは、母上様が腕相撲で天邪鬼を撃破している。怪力妖怪に腕力で勝つなよ。それも余裕綽々で。僕の母上様は化け物だった。

 ……そう言えば、カインとリュシルさんはどこだろう?


「あ、いたいた……何してんだ、あれ?」『さぁ……』


 適当にブラブラ歩いた末に、とある一角で見付けたのだが――――――二人共、コクピットっぽい何かにシートインして、前にも見たヘッドギアタイプのバーチャフォンを装着している。何をしているかはさっぱりだが、割と楽しそうである。

 さらに、彼らの周囲にも似たような機械が幾つもあり、大体五基ずつ固まって配置されている。どのシートのプレイヤーも狂喜乱舞していて、限りなくシュールだ。マジで何してんだろう。


「ふぅ……」「いやー、走りましたねー」


 おっ、ちょうどいい。何かをやり終えたらしい二人にさっそく聞いてみる事にした。


「ねぇ、カイン。一体全体、何してたの?」

「あん? ……ああ、レースだよ。「PDレース」」

「「PDレース」?」


 レースと言うからには、ダイブ先はレーシングコーナーなんだろうけど、PDって何だ?


「聞くより見る方が早いな。あそこに観客席があるから、ちょっとダイブして来いよ。ちなみに行き先は別のあの世とかじゃないから安心しろ。専用のバーチャル空間さ」

「ふーん……」


 そこまで言われると気になるな。よし、ちょっくら観戦してみよう。

 カインに支持された方向――――――ゆったりチェアが幾つも置かれた“観客席”に行き、ヘッドギアを装着した。

 一瞬だけ意識が闇に落ち、目を覚ますと、そこは立派なグランプリ会場で、直線と曲線が入り乱れたレーシングコースを、コロシアム形式で観客席が取り囲んでいる。どこぞの離島を丸ごと一個改造した代物らしく、会場の周りは見渡す限り海である。

 感じる全てがまるで本物。頬を撫ぜる潮風や、照り付ける太陽、飛んでいく海鳥……その全てがリアル以上に現実的だった。カイン曰くここはバーチャル空間らしいので本物ではないようだが、それでも素晴らしい技術だ。究極の科学は魔法と変わりないってのは本当だな。

 そして、響き渡る歓声のど真ん中で、今まさにレースが行われているのだが、


「『パンジャン・ドラムじゃねぇか!』」


 走っているのが、よりにもよってパンジャン・ドラムだった。PDってパンジャン・ドラムの略かよ!

 さらに、どれもこれも原形と留めていない程に魔改造されており、その様はさながらファ○レクシアの侵略である。どうしてこうなったのか、小一時間程問い詰めたい。

 あと、何で観客全員が紅茶にティーカップなんだ。紳士の嗜みのつもりなのか。ふざけるなよテメェら。


「『………………』」


 僕とユダは黙ってギアを外し、


「な? 聞くより見る方が分かりやすかっただろ?」

「『まるで意味が分からんわ!』」


 すっかり和風ボケして平和な脳味噌になったと思っていたが、何処まで逝っても、時代が変わろうとも、英国の紳士淑女は紅茶がガンギマリであるらしい。滅びよ(バ○ス)


「……でもまぁ、面白そうではあるわね」『確かに……』


 だが、紅茶の決まったパンジャンレースが、中々に面白そうなのも事実。

 走る鉄屑でしかなかったあの珍兵器が、科学と魔法がドッキングしてク○アマインドの境地に達したアクセルシンク○兵器群が鎬を削り合っている様は観ていて興奮するし、存在自体が事故みたいな奴らだった連中が更にド派手な大事故を起こす様子は単純明快に笑える。

 そこに当事者として参加したとしたら、どれ程のエキサイティングとスマイル。ワールドが待っているのか。


 ……やってみなくちゃ、分からないじゃないか。


「カイン、これって参加は自由なの?」

「ああ。会員登録(五百円)すれば一発だし、冒険者カードに追加登録(無料)してもOKだ。問題は機体の確保だが、これもノープログレム。元手がなくとも、誰かにデータを借りれば……よし、ここはオレとリュシルさんのを貸してやろう。あとは作成専用ルームで完成させれば、すぐにでも参加出来る。ルーム内は時間が加速してるから、現実世界なら瞬きする間に終わるしな。もっと詳しい事は、リュシルさんに聞いてくれ。OK?」

「お、おーけー……」


 普段ぶっきら棒な癖に抑揚なく流暢に熱く語る辺り、こいつも相当紅茶が決まっているらしい。色んな意味で大丈夫か?

 でも、マ○オカート並みの気軽さで参加出来るのは嬉しいな。あの臨場感をそんなお手軽に味わえると分かれば、遠慮する理由もない。

 さっそく作業に取り掛かろうじゃないか。


「それでは僭越ながら、“PDレース殿堂入り”ことリュシルさんが、しっかりとレクチャーしてっしんぜよう!」

「は、はい」『何か怖い』


 変態と言う名の淑女がここにもいた。殿堂入りって、どんだけ参加してんだよ。

 何はともあれ、作成用仮想空間へダイブ!


「……何にもないな」『そうだね』


 無意味に藁の束が転がって来そうな、茜色の荒野。作成用と言うだけあって、特に何もない。海の中とか火山地帯に放り込まれても困るから別にいいけど。


「さて、それではさっそく製造しましょう。まずはわたしのカタログをどうぞ!」


 そう言って、次いでログインしたリュシルさんが、カタログを差し出してきた。準備良過ぎだろアンタ。たぶん、普段からこうしてPDレースを布教してるんだろうなぁ……。

 ともかく、せっかくもらったのだから見てみよう。どりゃどりゃ~?


「虫っぽいのが多いな」『甲虫から羽虫まで色々あるよ』

「虫取りマニアですからね!」

「ポ○モントレーナーの職業を混ぜるな」

「……で、どれを基本形にします? あ、その前にルールの概要を説明しときましょうか」


 と、リュシルが指を立てて解説を始める。


①機体はレース用パンジャン・ドラム三原則(「駆動に主力の車輪一対が直結している」「爆弾を抱えている」「明確な飛び道具(銃やミサイルなど)を使わない」)を確実に守っている事。

②重量が決まっている。これは動力などの積載量も含まれている。爆弾は必ず1.8トン以上使用する事。

③走行中に大破した場合はスタート時点からやり直し(リスポーン)。

④制限時間は十五分。八分経つとコースが変形する。ゴール出来ていない機体は、最終進行地点までの距離で順位が決まる。

⑤コースアウトした場合は強制的に爆破及びリスポーンされる。一部のコース以外は機体のどこかが接地していないと即リスポーン。

⑥考えるな、感じろ。英国面を信じるのだ。


 いや、⑥は絶対にいらないだろ。つーか、洗脳するな。

 明らかにルールが走行中に事故が起こるのを前提としているけど、そもそもパンジャン・ドラムは走る自爆装置なので致し方ないだろう。正直、リスポーン無しじゃ誰もゴール出来まい。あと制限時間が十五分というのに悪意を感じるのは何故でしょう?


「では、機体の傾向について解説しましょう」


 リュシル曰く、PDレースの機体は「速度型」「攻撃型」「防御型」の三つに大別されるという。

 まず速度型だが、パンジャン・ドラムの基本型というか、オーソドックスなタイプらしい。小ぶりな胴体に二つの車輪が付いているというパンジャン・ドラムらしい形をしていて、分類通り素早く走る事が出来る。

 ただ、その分耐久力に難があり、機体によっては旋回能力にも問題を抱える事もあるという。パンジャン・ドラムは最初からまともに走れない珍兵器なのだが、突っ込んではいけない。

 次に攻撃型であるが、ルール上飛び道具を装備出来ないので、必然的に自分が武器になる必要がある。ようするに体当たりするか、自爆するしかないのである。

 ただの特攻兵器じゃん。いや、パンジャン・ドラムってそういう兵器だけどさ。これレースなのよ?

 だが、逆に言えば自爆を前提とした妨害を行う事はでき、内部に仕込んだ爆発ギミックによってはレースが一気に泥沼化するだろう。その隙を突いてゴールを狙えばいい。

 最後に防御型だが、言うまでもなく耐久力を上げたタイプで、その装甲厚によってあらゆる妨害を物ともせずに行進する事を得意とする。

 しかし、その堅牢さが仇となり速度を犠牲としがちで、爆発の威力も抑えられてしまう為、妨害手段がほぼ体当たりしかないのが難点。だので、一度突き放されたりするとほぼ勝ち筋がなくなってしまう。

 もちろん、調整によっては防御型だが疾走出来たり、速度型が攻撃を両立した走る棺桶になれたり、硬い癖に爆散して攻撃する炸裂装甲付きの攻撃型がいたりなど、その性能は作り手によって千差万別。

 ついでに最初からゴールを捨てて芸術点を稼ごうとする色物もいるそうだが、さすがに挑戦するつもりはない。

 さーて、どんな機体を作ろうかなー。

 むろん、ユダに相談したりはしない。可愛い義妹でも、コース上では敵同士なのだ。手の内明かす馬鹿がどこにいる。

 ……思えば、ユダと本気のバトルは久し振りかもな。やる気出てきたぁ!


「……よし、完成!」『ワタシも出来たよー!』


 無い頭を捻り、足りない想像力をフル稼働させ、三年(現実だと三分)にも及ぶ考察時間を経て、遂に自分だけのパンジャン・ドラムが完成した。自画自賛ではないが、完璧な仕上がりである。何だかんだで楽しかったし、パンジャン・ドラムも可愛く見えてきた。精神が英国面に汚染されてる気がするが、考えたら負け。

 さぁ、これであとはレースに参加するだけだな。


「出来たようですね。では、リアルに戻りましょう」

「はーい」『分かりましたー』


 僕たちは満面のテヘペロスマイルでサムズアップして、作成空間からログアウトした。

◆パンジャン・ドラム


 英国が生み出した妖怪兵器。自走する爆雷であり、ドラムに一対の車輪を付けただけの適当なデザインとロケット推進という速度性を重視したエンジンのせいで安定性が欠片もなく、敵も味方も気分次第で爆殺する超迷惑な兵器。名付け親は「渚にて」のネビル・シュート氏で、由来はサミュエル・フット氏の詩「偉大なるパンジャンドラム」から。

 実は欺瞞作戦の為の囮兵器であり、実際に活躍する場所は何処にもなかった。

 まぁ、こんなもんに戦場を闊歩されても困るが。

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