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魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
15/52

霧の中のエリーゼ

 ここではない何時か、今ではない何処か。


『いよいよ魔女と妖怪の合成実験を始めるわよ……』


 常人には触れる事も見る事も叶わない、不可思議な異次元空間――――――「隠れ里」にて、悪魔の実験が取り行われていた。

 実行者は「蟲毒の魔女」の二つ名で恐れられる、魔女界(ハデス)の裏切り者にして恥晒し、「シリル・エイカー」。

 今、彼女の目の前には、巨大な真空管が幾つも付いた複雑怪奇な機械が鎮座し、その真下には【合成魔術】の魔方陣が描かれている。真空管の中には捕らえられた魔女と妖怪らしき影があり、それらが21.1ジゴワットもの神秘魔力によって融合し、全く別の生命体へ作り変えられていく。

 やがて、機械の中央にある特大の真空管内で一個の生命が誕生し、強化ガラスを突き破って現出した。


『変幻超人、ブロッケン!』

『プゥヴァォオオオオン!』


 そして、あの世に生まれ落ちた怪物は、魔女界へと解き放たれた。


 ◆◆◆◆◆◆


 食い倒れの街、グラトニー。


『なぁにこれぇ?』『わけがわからないよ!』『バフリンコ―!』


 そのど真ん中で、カルマとアルマ、スップリンは大いに混乱していた。

 けたたましく鳴り響く警報に、逃げ惑う人々。従業員である悪魔や妖精たちが咎人その他を避難させているという、若干シュールな光景が繰り広げられる、その中心。


『フォォォォオオォォォ……』


 そこに、奴は立っていた。

 否、立っているというのは正しくない。浮かんでいるのだ、巨大な球体(タマ)が。

 凹みが一切見られない、直径にして五十メートルはあろうかという黄金(きん)の玉。それが上空約二百メートル付近で、ゴウンゴウンと音を立てながら浮遊している。その様は、まるで金色の太陽だ。

 だが、ただ美しいだけにあらず、恐ろしい能力も持ち合わせている。


『フォォオォォ……』

「ひぃっ!」「た、助け――――――」


 一閃。黄金の玉から放たれた金色の怪光線が一筋の軌跡を描き、射線上に存在したあらゆるものを、生物・非生物を問わず、片端から金に変えていく。その後、ゆっくりと近付いて、キャトルミューティレーションが如く回収していくのである。

 あれが何で、どんな目的があって出現したかは分からない。

 しかし、一つだけ分かっている事がある。このままだと、カルマたちもあのビームで素敵にキンキンされてしまうという事だ。冗談じゃない。


『『にげる!』』『バフッ!』


 カルマたちは迷わず逃げ出した。


「――――――って、待ちなさぁい!」


 ついには腹を壊したアンタレスを置いて。

 マンティコア兄妹にとってのご主人様は、あくまでサイカ唯一人。助ける義理はあまりない。

 あと、アンタレスから主人(サイカ)の巻き添えになる形でよくお説教されるので、日頃の恨みが如実に表れていた。

 見た目以上に狭量な器しかない、ちびっ子たちであった。


「逃がすかビーム!」

『『なぁ!?』』『デバフ!?』


 だが、アンタレスが放ったデバフ系の魔法【囮媒体(デコイロイド)】によって逃げ道を塞がれた。

 【囮媒体】は言うまでもなく、浴びた者を注目の的にするスキル。敵を同士討ちにさせたり、自身や味方に使う事で殿や文字通りの囮役に仕立て上げられるなど、結構応用の利く魔法である。

 もちろん、今回の使い方は下種の極みなのだが。


『こどもをおとりにつかうなんて!』『そこはじぶんにかまわずさきにいけ、でしょー!』『バフーッ!』『ババフゥン!』

「ハハハハハッ! むしろ、キミたちをリリースして生き残ってみせますよ!」

『『いいおとながはずかしくないのか!』』

「大人は皆汚いんです」

『『このげどう!』』『バフバッ!』

「お褒めに預かり、恐悦至極です!」


 馬鹿な会話だった。


『フォォォオオォォォ……』


 しかし、そんな大人の事情など知った事じゃない黄金の玉は、有象無象の区別なく、確実にカルマたちを金ぴかにしようと接近してくる。


『『わきゃー!』』『プリーン!』「NO!」


 響く馬鹿たちの叫び。


『『……って、あれ?』』『バフ?』「ん?」


 しかし、待てど暮らせど、金色ビームが来ない。それどころか、周囲に霧が立ち込め、一寸先すら白んでいる。どうやら、ラースで発生した濃霧がこちらまで侵食してきたようだ。


『た、たすかったー』『しぬかとおもったー』『バフンダヨー』

「いえ、安心するのは早計ですよ」


 何とか回復魔法で復活したアンタレスが、カルマたちに警告する。

 あの黄金の玉は何故か追撃して来ないが、それがイコールで安全かと言えば、違うだろう。追って来ないという事は、断念せざるを得ない理由があるのだから。

 と、その時。


「おーい」


 誰かが呼ぶ声がする。こんな状況で声を掛けてくる存在などホラー要素しかないが、


「おーいってば!」「皆さん、無事でしたか!」「アンタレス様!」


 発声源は、カインたちだった。顔見知りにも程がある。


『カインにいちゃん、なんでここに?』

「霧から出ようとしたんだが出られなくてな。彷徨ってる内に、お前らと合流出来たって訳だ」

『そーなのかー』


 こっちもこっちで迷子らしい。役に立たない奴だな。


『……ところで、うしろのひとたちは?』


 アルマがカインたちの後ろを見ながら尋ねる。そこにはデッカい鼬と栗鼠、女の子が一人いた。彼らは一体何者だろうか。


「ああ、途中で見付けたんだよ。逃げ遅れたんだろうな。置いていくのもアレだから一緒に連れてきた。あと、傍にいるのは言うまでもないけど、イラとグラな。モフモフ同盟同士、仲良くしてやってくれ」

『イライラァッ!』『グラ~ン♪』

『いや、そんなどうめいしらないけど……』『たんにもふりたいだけじゃん……』


 呆れて物も言えなかった。

 とにかく、この五里霧中で仲間と合流出来たのは僥倖。さっそく脱出方法を考えるとしよう。


『というか、ほんとうになんなのかな、このきり?』『ラースはきりのまちだけど、これはどうかんがえてもしぜんだとかじんこうだとか、そういうれべるじゃないし』『バフマン』


 霧とは、ようするに“接地した雲”の事である。見た目だけでなく発生原理も殆ど同じであり、大気の飽和水蒸気量をオーバーした水分が凝結した結果生まれる。大気の状態をコントロール出来れば、そう難しい事ではない。

 だが、こんな夕暮れ時に、ここまで大規模で、なおかつ獲物を狙うように蠢くなど、完全に常軌を逸している。少なくとも既存の科学力では無理だろう。

 では、一体何が――――――否、“誰”が、この霧を発生させているのか。


「やっぱり、アレかな?」「でしょうね」「間違いなく」


 そこで、ラース組の三人がある事を思い出す。それは霧の中で見た、巨大な影だ。現れたのは一瞬だが、間違いなくあれがこの現象に関わっている。賭けてもいい。

 問題はあのデカ物が瞬く間にいなくなり、何処へ消えてしまったのか、である。


『こういうしちゅえーしょん、よくみるよねー』『えいがとかまんがとかでねー』『プリンポリン』


 マスコット連中が呑気な事を言っている。

 あえて突っ込むなら、そこは映画や漫画ではなく小説だろう、と言いたい。スティー○ンさんはやはりキングです、はい。

 しかし、確かにこの状況はホラー物でよく見る展開だ。霧掛かった街で、陸の白波の中から現れる異形に、次々と登場人物が殺されていく。

 違うのはこの場にいるキャラクターに、現世基準の人間が一人しかいないという事くらいか。どいつもこいつも魔法使いだし、半数以上が魔獣の類である。むしろ、こっちが霧に紛れて襲う側だ。

 だが、油断もまた禁物。いくら魔法が使えても、一部を除けば半人前ばかり。不意打ちされたら一溜りもないだろう。お互いをカバーするという意味でも、固まっておいた方がいい。


「こんな時こそ、大人としての矜持を見せませんとね」


 すると、食って腹壊していただけでロクな活躍のないアンタレスさんが、ここぞとばかりに「大人のプライド」を示そうと、人差し指をチッチと振った。何だろう、そこはたとなくムカつく。


「この霧は十中八九、魔物が発生させたものです。そこで皆さんに聞きたいのですが、知っている範囲でいいので、霧に関わる妖魔について心当たりはありませんか?」

「妖怪で言えば、「オンボノヤス」とか「ヤナ」かな。あと、沖縄の「マジムン」全般がそんな奴かな」


 アンタレスの質問に、カインが答える。そう言えばこいつ、日本のあの世を舞台に魔女っ子ライフを楽しんでるんだった。

 ちなみに、オンボノヤスは東北出身の鬼で、ヤナは霧吹き井戸周辺に住んでいる蛇神。どちらも「深い霧の中に現れる」もしくは「自ら霧を発生させられる」という特徴がある。特にヤナは龍であるとも言われているくらいなので、大きさの面でも合致する。


「ここが英国と言う事を考えれば、バンシーやデュラハンも候補にはなりますが、大きさと能力から言うと微妙な所ですね……」


 次にメイド長のカーミラが幾つか名前を出したが、バンシー(夜闇に紛れて現れる「死の宣告者」。家の前で大泣きするという迷惑な婆)もデュラハンもあくまで“夜霧に紛れている”だけで自ら発生させている訳ではないし、大きさの問題もあるので違うだろう。ユダが巨大化出来るのは、あくまで彼女が優秀な魔法使いだからである。


『あとはブロッケンのかいぶつかなー』『こっちだとそのほうがゆうめいだよねー』


 今度はマンティコア兄妹が意見を出した。

 ブロッケンの怪物とは、ドイツのブロッケン山に生息する魔物で、霧に巨大な影を投影し、気を取られた人間の命を奪うと言われている。所謂“巨大化する妖怪”で、日本だけでも「伸び上がり」「次第高」「しだい坂」「高入道」など五万といる。スップリンの種族であるスプリガンもその一種と言える。


「ええ、そうですね。答え合わせが済んだところで――――――手を上げてもらいましょうか?」


 と、アンタレスが、こんな時まで腰に差していた野太刀を抜き、イラとグラに寄り添うようにくっ付いていた少女に刃を向けた。


「え、なにを……?」

「しらばっくれても無意味ですよ。能力は素晴らしいですが、こんな誘導に引っ掛かるようでは、宝の持ち腐れですね」


 怯えた演技をする少女を、刃ではなく言葉で一刀両断するアンタレス。

 そう、アンタレスはわざと質問したのだ。反応を見る為に。彼女がブロッケンという言葉に僅かだが反応したのを、アンタレスは見逃さなかったのである。


「そもそも、この手口はもう経験済みなんですよ。“無力な少女を装い近付く”というやり方はね。そういう類にロクな奴はいない」


 まるで過去に痛い目に遭ったような口ぶりだが、一体彼に何があったのだろう。真実は霧の中だ。

 まぁ、そうでなくとも、サイカとユダの馴れ初め話がまさにそれなので、今更なのかもしれない。子供は無邪気な悪魔なのだから。


《奴らが気付いてしまったぞ。だが、“役目”は果たした。もういい、暴れろ。好き放題にな》


 何処からともなく、誰にも気付かれる事もなく、少女の脳裏に届くメッセージ。それはシリル・エイカーからの最終指令だった。


「………………」


 すると、少女は演技を止め、白目を真っ赤に血走らせ、三日月のような笑みを浮かべ、


『イライラ……!』『グラグラ……!』


 寄り添っていたイラとグラと共に溶け合い、膨張しながら変化する。

 いや、この場合は“元に戻る”と言った方が正しいだろう。彼女たちは合成魔獣なのだから。


『あ……』『きりが……』


 さらに、あれだけ濃く立ち込めていた霧が、見る見る内に薄れていく。まるで少女だった何かに吸い込まれるように。


『プゥゥヴァァアアアォッ!』


 そして、霧がすっかり晴れると同時に、ブロッケンはあの世で初めての産声を上げた。


◆『分類及び種族名称:変幻超人=ブロッケン』

◆『弱点:炎』

◆ブロッケン(鳴き声:まるで宇宙人のような知性と科学力を持つ吸血植物)


 ドイツのブロッケン山に出没した霧に潜む魔物。見る者によって姿は様々だが、ほぼ例外なく巨大なシルエットで、後光のような光を纏って現れるのは共通している。一方でその妙な神々しさからか、日本では有難がれる場合が多い。

 正体は単なる自然現象……ではなく、それを引き起こす霧そのもの。中枢とも言える変幻自在の本体が別に存在し、霧に投影した虚像に驚いた者を滑落させ、後にその死体を食べる。いざという時は霧と一体化して巨大化する。

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