この素晴らしくも世知辛い世界
「お前ら、こんな所で何やってんの? デート?」
「脳味噌お花畑なお前と一緒にするな。仕事だよ、仕事」
「仕事? そのお年で?」
「お前、実は辺獄の事、名前と概要ぐらいしか知らないな?」
「その通りでございます!」
「丁寧に見下すなこのヤロウ。はぁ、まったく……」
僕の質問に、カインが肩を落とす。そんな事言われてもなぁ。
つーか、受付のお姉さんは受付の恰好のままだし、カインに至っては作業服を着ているんだけど、何がどうしてこうなった。マジで仕事してんの、ここで?
「……研修ですよ、研修。辺獄を無事に卒業出来た子供たちは、早くから望む業種に就職する事が出来るんですが、もちろん最初から上手く行く訳ではありません。ですから、わたしたち魔女が監査を兼ねてサポートするんですよ」
すると、受付のお姉さんが人差し指をピッと立てながら解説してくれた。
「へぇ……でも、こんなチビ助でも務まっちゃうもんなの?」
「チビ助言うなや。……それも含めて、だよ」
「というと?」
「オレたちは辺獄出身とは言え、所詮は子供。肉体的にも精神的にもいろいろ足りていない。だから、常時魔法を使って自分を強化し続け、尚且つ認識をずらさなきゃいけない。「子供が働いている」という事実に対して違和感を持たれないようにな」
「ああ、認識阻害の魔法で文字通り“潜り込む”訳だ……」
なるほどなるほど、それなら小卒くらいのクソガキでも働けるし、下手に頭でっかちになるより現場で学んだ方がいい。
「――――――って、お前、【爆裂魔法】以外も魔法使えたの?」
「お前はオレを何だと思ってんだ。“【爆裂魔法】でしか攻撃出来ない”だけで、変化系や強化系の魔法は一通り使えるよ。じゃなきゃ卒業なんて出来る訳ないだろう」
「それもそうか」
WODのアバターみたいなポンコツとは違うって事か。
「だけど、何で就職先が幻魔獣エデン?」
「そりゃもちろん、動物が好きだからだよ。哺乳類はモフモフしたいし、爬虫類はスリスリしたい。蟲系統の巣作りとか、見てると心が和む。つまり動物最高だ。異論は認めない」
「ムツゴ○ウさんかお前は」
カインの意外な一面が垣間見えた。こいつケモナーだったのか……。
『お姉ちゃん、誰と話してるのー? ……って、あの時の男の子だ~』『きゃるる~ん?』
『カインだ~』『アルベルトだ~』『スップリ~ン♪』
「あら、この子が例のあの人?」「テコナ様、その言い方はあんまりです」
と、僕が立ち話している事に気付いた皆が集まってきた。
「えっと、カイン・アルベルトです」
「リュシル・イェーガーです。エウリノーム様、登録の節は有難うございます。おかげで昇進出来ました」
カインと受付嬢――――――リュシル・イェーガーさんもそれぞれ自己紹介する。あんたそんな名前だったのね。
「こちらこそ、イェーガーさん。それでカインくんは、サイカの彼氏かしら?」
「マホイミッ!」
母上様の言葉に、カインはダメージを受けた。おい、何だその反応。
「と、友達です。ただの……」
「いいえ、ただの知り合いです」
「あ、お前! あの時助けてやったの忘れたのかよ!?」
「お前だって助けられただろうが。お互い様よ」
「何をぅ!?」
「やるかぁ!? 武器なんか捨てて掛かってこい!」
「武器なんかねぇよ!」
言い争う僕とカインを、母上様とアンタレスさんが微笑ましい物を見るような目を向けてきたが、勤めて無視した。ホント、こいつとはそんなんじゃないから。出合頭に石投げてくるようなクソ野郎だから。
まぁ、スップリンの【特異点定理】から守ってくれた時はちょっとカッコいいかな、とは思ったけど、WODでの所業で全部台無しになったkらな。ただのキ○ガイだぞ、この男。
「まぁいいさ。これでもオレは研修中なんだ。そろそろどっか行ってくれ。お前といると、大抵ロクな事にならないからな」
「お前、それを相手の親がいる前で言うか? 大体、そんなの私のせいじゃ――――――」
と、その時。
《緊急事態発生! 緊急事態発生! 魔獣が一体、脱走しました! 魔獣が一体、脱走しました! 逃げ出したのはミルメコレオの女王体! 園内の皆様は、係員の誘導に従って、速やかに避難してください!》
まさかの緊急事態が発生した。
「テメェッ!」
「私は悪くない!」
首を絞めるな、僕は悪くない!
「仕方ないですね。研修は一時中断、避難を最優先にします。皆さん、行きましょう!」
監査官のリュシルさんが、率先して避難誘導を始める。このままだとパニックになった入場者に巻き込まれるので、的確な判断と言えるだろう。
「……いえ、娘たちだけでいいわ。行くわよ、アンタレス」「了解」
しかし、母上様とアンタレスさんは逃げるどころか、やる気満々だった。さすがは最強の魔女である。
「分かりました。さぁ、行きましょう!」
リュシルもその辺が分かっているのか、特にごねる事なく僕たちを連れだした。当然、僕らもわざわあ騒いだりしない。母上様とアンタレスさんが無敵だって事は分かってるからな。
こうして、僕の誕生日は半ばにして中断という最悪な終わりに……なれば良かったんだけどなぁ!
『ギガァアアォヴヴッ!』
「なっ!?」「うげっ!?」
何と逃げた先でミルメコレオにバッタリと遭遇してしまったのだ。
ミルメコレオとは、前半身がライオンで後半身が蟻というへんないきもので、前後で全く違う生物がくっついてるせいで飢えて死んでしまうというざんねんないきものである。その上、蟻の要素を持つせいで地下で生まれる為、そもそも生きて日の目を見られる個体そのものが少ないのだとか。
ちなみに、どうしてこんな意味不明な生物になってしまったのかと言うと、聖書の“誤訳”が原因だったりする。翻訳家は佐渡先生だったのだろうか。
だが、それはあくまで過去の話。
ミルメコレオ自身もこれはアカンと思ったのか、自分の遺伝的欠陥を克服しようと、様々な試行錯誤を重ね、自己進化を遂げてきた。周囲の物質を取り込み、他種族との交雑を繰り返し、自らを変え続けてきた。
そして、ミルメコレオは長い苦心の末、己のどうしようもない欠陥を克服し、逆に“土中に巣を造り、罠を用いて獲物を貪る(おまけにクワガタ虫のような横顎と肉食獣の縦顎を持つ)狡猾な昆虫型生物”――――――ようするにアリジゴクみたいな形態にメガ進化した。「アントライオン(元々はミルメコレオの事を指した言葉)」の誕生である。
さらに、現世のアリジゴクと違って最初からすり鉢状の巣穴を造っている訳ではなく、獲物が頭上付近に達した瞬間地形を変えて襲い掛かる為、事前に回避するのが難しい恐ろしいモンスターと化している。ちゃっかり“ライオン(というか哺乳類)の頑丈な骨”も受け継いでいるので大きさが尋常ではなく、平均的な全長は五メートルにも及ぶ。お前のようなアリジゴクがいるか。
ようは名前以外は面影の欠片もない別の生き物、それが今のミルメコレオなのだ。
そんな化け物が、突如地面をすり鉢状の砂地獄に変え、地下から僕たちを襲ってきたのである。
◆『分類及び種族名称:磁力超獣=ミルメコレオ』
◆『弱点:大顎と口内部の磁力発生器官』
「のわぁあああっ!?」「舐めるなぁ! 【緊急発進】!」
むろん、素直に飲み込まれてやる筋合いはないので、いつもの折り畳み式コンパクト箒を展開し、【緊急発進】で空中へ退避する。ちょっと重いが、なーに、小僧一人ぐらい増えてもノープログレムよ!
『ギギャァアアッ!』
「「何ィっ!?」」
だが、ミルメコレオが大顎の間から発生させた虹色の磁力光線によって、猛烈な勢いで引き寄せられてしまう。ミルメコレオはこの磁力光線で地面の構成を組み替えて、瞬時に砂地獄を形成するのだ。
ヤ、ヤバい、落ちるぅぅうううっ!
『【火炎放射】!』『きゃりゅ~ん!』
『ギガァアアォヴヴ!』
しかし、墜落寸前にユダの【火炎放射】が磁力光線を遮り、ドラコの【炸裂魔法】がミルメコレオを直撃した事で、何とか逃れる事が出来た。さすがユダ(とドラコ)、偉い子!
『【奇跡融合】!』『キャァアアアアアアアッ!』
『ギッ……!』
そして、プリン・アラ・モードになったスップリンの土魔法でミルメコレオが掬い上げられ、【奇跡融合】したマルバスとなったマンティコア兄妹が一刀両断にして止めを刺した。強過ぎだろウチのお仲間。
ちなみに、リュシルさんはというと、
「……何もしてないね」
「このまま叩き落しても良かったんですけど?」
「冗談ですよ、冗談」
僕とカインを助ける為とは言え、空中に退避していたので、出番はなかった。ゴメンネ♪
『ギガァアアアッ!』『ギギャアアアアォヴ!』『ガァアアアッ!』
いや、そうでもないな。だって次々とおかわりが出てくるんだもの。
「おいおい、逃げたのって一匹じゃなかったの!?」
「逃げたのは“女王”だ。最初にして唯一のα個体さ」
僕の疑問に、カインが答える。そう言えば、そんな事言ってたような、言ってなかったような……。
「つーか、女王ってどういう事よ?」
「彼らは今でこそアリジゴクのような姿をしていますが、あくまで半分は蟻です。今までの無秩序な繁殖では駄目だと悟ったのか、産卵に特化した女王体を取る事で効率良く繁殖出来るようになったんですよ」
今度はリュシルさんが答えてくれた。チクショウ、まんま蟻じゃねぇか!
「なら、そいつを倒すしかないのか!?」
「いいえ、おそらく女王体はとっくに地底深くに逃げ出した事でしょう。戦場のど真ん中に残っていても、メリットはありませんから。眼下の兵隊は、たぶん殿です」
「だけど、この数を相手にするのは……」
いくら何でもマズいのではないか。数の暴力というのは馬鹿には出来ない。
『キャアアアアアアアアアアアッ!』
と思ったら、スップリンが【特異点】であっという間に殲滅してしまった。原子分解されたミルメコレオたちが大気へと還っていく。ついでに地面がごっそりと消え、使い物にならなくなった。あとで賠償金請求されないかな?
【特異点定理】より若干出力が下がるものの、高が数メートル大の魔獣の群れを滅ぼすには充分な威力である。相変わらず理不尽な範囲魔法だ。見た目はこんなにファンシーなのに。
もう、こいつらだけでいいんじゃないかな……。
「ふぅ……と、とにかく、これで一件落着――――――」
「な訳あるかぁあああああっ!」
被害の及んでいない広場に降り立ったと同時に、カインに掴み上げられた。ですよねー。
「職場は滅茶苦茶だし、オレの正体もおそらくバレてる! 例え温情があったとしても、この先ここで働いていける筈がねぇ! どうしてくれんだよっ!」
さらに、彼がそこまで言った時、
『いーけないんだ、いけないんだ。大天使に言ってやろー』
今まで聞いた事のない、不気味な声が響いた。
「なっ……!?」「えっ……!?」
『ギャハハハハハハッ!』
そこにいたのは、異形の青いザリガニだった。
軟体部分がスライムで満たされ、頭部が太陰太極図のような色合いと形をしており、一目でこいつが異次元の存在だと分かる。
「天使!?」
そう、それは天からの使い――――――天使サキエルだった。
◆『分類及び種族名称:水天使=サキエル』
◆『弱点:腹側胸部のコア』
天使と言えば「背中に翼が生え頭に輪っかを乗せた人間」とイメージしがちだが、実は悪魔より天使の方が異形である事が多い。下手すると妖怪より奇怪な者さえいる。
そもそも、天使は見守り、悪魔は誘惑するというスタンスの違い上、悪魔の方が人間らしいのは必然と言える。例え正体が化け物でも、人化の術は天使よりも上手なのだ。
その代わり、天使は人間以外に化けるのは物凄く上手い。眼前のこいつみたいに。
おそらく、用水路に本物のザリガニの姿になって潜んでいたのであろう。とんだ出歯亀野郎である。
『辺獄人の就活を邪魔するなんて、魔女の風上にも置けない行為! よって天罰を与えたもう♪』
天使は天国側からの密偵。地獄に忍び込み、様々な姿に化け潜みながら、悪魔や魔女が違法行為をしないか見張っている。
ようするに、特ダネを得よう躍起になっているのだ。パパラッチか貴様ら。
そして、発見すると即座に天国へ帰還し、上位天使を召喚して地獄に進行してくる。
完全に越権行為だが、遥か太古の昔に天使と悪魔が誕生し天国と地獄が生まれた時に決めた「古のルール」の第八条に、“法無き処罰は咎人と同じである。よって、無法者には平等に罰を与えるべきである”とあるのをいい事に、割と好き放題に拡大解釈して“敵を攻める大義名分”にしているのである。
まぁ、これに関しては地獄側もやっているのでお互い様なのだが。多分暇なんだろうね、両方とも。
とにかく、このまま逃がすのはマズい。ただでさえ吹っ飛ばしてるのに、大天使まで呼ばれたらカインの職場候補が更地になってしまう。逃げ出したモンスターたちによる二次被害も合わせると、とんでもない大損害だ。
そんな事になったら、キレた母上様とアンタレスさんに何をされるか分かったものではない。SAN値直葬待ったなしである。
『ギャッハハハハハハッ!』
だが、咎人事情など知った事じゃないサキエルは、さっさと尻尾を巻いて逃げ始める。あの雲の隙間を越えられたらお終いだ。
「逃がすなぁ! 【混沌の覇者】!」
『【獄炎乱舞】!』『きゃるーん!』
『ヴォォアアッ!』『キャァアアアアアッ!』
皆で一斉に魔法攻撃するが、サキエルはザリガニとは思えない恐ろしいまでの機動力で回避し、天へと昇っていく。
「【爆裂魔法】!」
『ギヒャハハハハハハハッ!』
遅れて放たれたカインの【爆裂魔法】にも、謎の障壁で耐え切って見せた。何て化け物だよ!
……くそっ、ここまでか!
もはや点に見える程に上昇したサキエルの後ろ背に、僕たちがいよいよ以て諦め掛けた、その時。
「図に乗るなよ、雑魚が」
『グゲッ……!?』
何処からともなく現れ先回りした母上様が、裏拳一発でサキエルを滅ぼしてしまった。ミルメコレオの別動隊を皆殺しにして駆け付けたのだろう。
サキエルも謎の障壁を張って対抗したようだが、当たった瞬間に砕け散ってしまった。【爆裂魔法】にもギリギリ耐えられる障壁を完全粉砕するとは、母上様の拳は一体何で出来ているのだろうか。
「……うん!」
母は強し。僕はそれ以上考えるのをやめた。
◆サキエル(鳴き声:やかましい声で笑う、月から来た男と光の巨人に葬られたエイリアン)
「神を覆うもの」を意味する、「水」を司る天使。西洋占星術による曜日を守護する七人の天使の一柱でもあり、木曜日を担当している。水を司るくせに水曜日じゃないんかい。射手座とも関連があると言われているが、後付けである。
正体は甲殻を纏った半流動体の生物で、水に同化したり水生生物に擬態したりして、今日も特ダネを狙う。好物は煮干し。