魔王様、リライズ
我が名は山本五郎左衛門。
魑魅魍魎を束ねる妖怪の長、つまりは魔王であり、その十三代目を務めている。
主な仕事は先の通り、跳梁跋扈する妖魔たちを統括し、効率的に侵略する事。ようは悪の組織そのものである。
そして、今日も城に陣取り、人間の生存を脅かしながら、たまに乗り込んで来る勇者を返り討ちにする毎日を送っている。
いや、送っていた。
そう、遂にこの時が――――――勇者に討たれるその時が、来てしまったのだ。
◆◆◆◆◆◆
魔王城、玉座の間。
荘厳で禍々しいデザインの回廊の先に広がる、まさに魔王が勇者を迎え撃つに相応しい、悍ましい常闇の空間。
そこで、僕は一人の勇者と対峙していた。
どこぞの宇宙を股に掛ける賞金稼ぎ(ボバってる方)みたいな装甲服で身を包み、ミニガンによく似たガトリング式魔法銃を手にした、お前一体何なんだという姿の、若干小柄な若者。体格的には女の子にも思える程に華奢だが、胸部装甲を見る限り、おそらく中身は男――――――否、男の娘だろう。
そんなファンタジーにあるまじき容姿の勇者(?)が、魔法銃をこちらに向けて、言い放つ。
《スイマセン、降参してもらえませんかね?》
ヘルメットでくぐもった、それでいて可愛らしいくぎゅうってる声で、確かにそう言った。この期に及んでこいつは何を言っているのだろう。
『それが出来たら、お互い苦労はしないだろう?』
だので、僕は当たり前の事を告げてやった。魔王と勇者が相容れる事など、絶対にありえない。向こうもそれは分かっているようで、ですよねー、と苦笑い(のような仕草)をしている。
しかし、勇者は銃を構えたまま、こうも告げる。
《俺はねぇ、戦いが嫌いだ。
殲滅戦が嫌いだ。
電撃戦が嫌いだ。
打撃戦が嫌いだ。
防衛戦が嫌いだ。
包囲戦が嫌いだ。
突破戦が嫌いだ。
退却戦が嫌いだ。
掃討戦が嫌いだ。
撤退戦が嫌いだ。
平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、空中で、泥中で、湿原で――――――、
この地上で行われるありとあらゆる戦争行動が大嫌いだ。
特に、魔王城の玉座の間なんていう特等席で、勇者になる事を強いられる最終決戦なんて、心底反吐が出る。
何故なら、俺の夢は作家になる事であって、こんな暇人が命を懸けてやるような行為を望んだ訳じゃないからね。
俺はそう……地獄のような世界でも、平和を望んでいる。
だがしかし、ネタがそこにある限り、俺は行かねばならない。ネタは鮮度が命で、作品とはリアルが命だ。取材なくしては、いい作品など出来上がらないのだよ!
まぁ、おかげでこうして乗せられて、こんな魔王城くんだりまで来たのだけれど。
つまり、俺は取材に来たのであって、魔王退治をするつもりなんかなかった。別口の勇者に任せて、手を汚す事なく、後方からパシャパシャ出来ればそれで良かったんだ。
でも、あの自称勇者様、使えない事に、最後の最後に俺へこんな大役を押し付けやがった。何の為に生まれてきたんだ、あいつは。
これは本当に、腹立たしい行為だよ。腹に据えかねるし、腸が煮えくり返る。ただの作家志望に死亡フラグをバトンタッチするんじゃねぇよ、まったく。
……とまぁ、ようするにあれだ。
誠に不本意ながら、お前を討伐させてもらう。主に腹癒せの八つ当たりで》
『ふざけんなよ貴様ぁ!』
急に大隊指揮官殿の真逆みたいな事を言い出したと思ったら、そんな格好しておきながら自分は勇者じゃなくて作家志望で、取材のつもりで来たのに成り行きで魔王退治する事になったから、その八つ当たりをさせろだと?
死ね! いや、ぶっ殺してやる!
つーか、そこはたとなく屑だな、こいつ!?
……うん、屑は死ね! くたばれ、外道!
こうして、僕と勇者……いや、作家志望との戦いが始まった。始まったのだが――――――、
《【無限起動兵器】!》
作家志望は突如ゴーレム召喚の呪文を唱えたかと思うと、部屋いっぱいになるくらいのゴーレムを形成した。それも味噌ペースト味の。
《全員で特攻しろ!》
『ちょ、おまっ……ドワォ!』
さらに、何の躊躇いもなく味噌ゴーレムを突撃させ、その上自爆させた。
しかも、ゴーレムは文字通り無限に起動し、休む間もなく襲ってくる。赤軍かテメェら。というか、これだけのゴーレムを矢継ぎ早に召喚するとか、一体どんな魔力持ってんの!?
だが、そんな悠長な事を考えている場合ではない。このままだとマジで圧殺される。
『【暗黒の破壊者】!』
僕は全身から破壊の闇を光線状にして放ち、押し寄せる味噌ゴーレムの津波を撃滅した。どうだこの野郎!
《【土地開発】!》
『ぶぐへぇっ!』
すると、超大規模な地形魔法で玉座の間を針の山に変えた。無数の棘が筵となって、僕の身体を串刺しにする。
くっ、舐めるなよ……このくらいじゃ、魔王たる僕は死なな――――――、
《えい!》
『ベホマァッ!』
と、激痛に耐え、剣山から脱した僕を、空中から爆撃してきた。それもポーションで。壊して治さない爆発する薬品て、それ最早ただの兵器だろ! 用法容量は正しく使いましょう!
《チェイストォッ!》
『ぐわらばっ!』
そして、自分は針山をこそこそと隠れて移動しながら、通り抜けざまにノワールな感じに魔弾をストライクしていく作家志望。姑息過ぎるぞ、この人間の屑めが!
『舐めるなぁ! 【獄炎乱舞】!』
業を煮やした僕は、地獄の烈火炎で辺り一面を蒸発させた。
『やったか?』
あ、やべぇ。自分でフラグ立てちゃった。
《闇より出でし絶望の恐怖よ、今こそ全ての命の時を止めよ……!》
濛々と立ち込める蒸気の向こうで、魔法の杖を弓代わりに、魔力を矢の代わりにして、狩猟民族の如く構えた作家志望が、何やらヤバい呪文を詠唱している。
ああ、知ってるぞ。その魔法は――――――、
《【爆裂魔法!】》
人類最大最強の破壊魔法が、僕に向けて放たれた。
おいおい、そんな物をここで撃てば、お前も死ぬだろうに。作家になりたいんじゃなかったのかよ。思った通り、可愛い顔しやがって。しょうがねぇなって言葉が表情に出てるぞこの野郎。
まぁ、お前もお前なりに、命懸けで守りたい何かがあったんだな?
……こうして、僕は作家志望――――――否、勇者に道連れにされる形で、生涯の幕を閉じた。最後に、奴のアイデンティティーを奪う呪いを掛けて。
しかし、これで終わりかと言えばそうでもない。
かの歌にある通り、お化けは死なない。例え肉体が滅び去ろうとも、また別の形で転生する。それが世の運命。
――――――でも、今度はもっとマシな人生を歩みたいなぁ。
◆◆◆◆◆◆
さて、ここで輪廻転生について話をしよう。
人は死んだらあの世に行く。そこで魂をリセットし、新たな生を受けてこの世へ舞い戻る。どんな形かはランダムだが、それが生きとし生ける者の定め。
では、あの世で生まれる存在――――――妖怪はどうなるのか?
答えは再びあの世で生まれ変わる。これまたランダムな形で。人間みたいにわざわざあの世とこの世を行ったり来たりする必要はなく、一々記憶をリセットされるような事もない。それは天使や悪魔、妖精なんかも同じである。
つまり、形はどうであれ、僕はまたこの世界で……日本の地獄で、再び妖怪として生を受けるのだ。
この中途半端にファンタジーな世界で。
……うん? 言っている意味が分からない?
ならば、教えて進ぜよう。実はさっきまで僕が勇者と死闘を演じていた場所は、日本の地獄の一区画なのである。
……え? どうして日本の地獄なのに勇者だの魔王だのがいて、魔法が浸透しているのかって?
全部お前らのせいだよ!
昨今の若者はどいつもこいつも「異世界転生(もしくは異世界転移)で俺TUEEEEEE!」したいと望んでくたばるもんだから、あの世もその影響で大分様変わりしてしまった。
具体的に言うと、剣と魔法のファンタジーな世界になってしまった。
その癖、完全な中世ヨーロッパという訳でもなく、中途半端にアジアの文化も混在している上に、やたらと文明の利器が蔓延っている。
それもこれも、お前らが異世界チートを望んでおきながら、心のどこかで日本の文化技術は享受したいなどという、甘ったれた根性をしているからだ。
おかげで大変なんだぞ、統治するのも。人間側にはエルフやドワーフとかの亜人が混じってるし、妖怪側には魔獣とか妖精が肩を並べてるし。確かに違和感はないけど、そうじゃないだろ。
嗚呼、針山・血の池・釜茹でが日常だった、あの頃が懐かしい……。
まぁ、便利なのは否定しないけど。
――――――で、あの世で殺された僕は、形は違えど、再びあの世で生を受ける……筈だったのだが。
◆◆◆◆◆◆
「ふぁぅ?」
知らない天井だ。
いや、知ってはいるけど、ありえない天井が目に入った。
それは、格子模様の天井だった。
さらに、不思議に思い周りを見渡せば、落ち着いた絵柄の襖に、高そうな掛け軸や日本刀が飾られた床の間と違い棚、笹の葉がそよそよと揺れて見える障子戸、畳の床にフカフカのお布団と、四方八方和式だらけ。
これはおかしい。否、和式としては間違っていないが、今の日本の地獄では絶対にある筈のない光景である。だって、標準的な民家の家具がアンティークなんだよ?
だから、これはおかしい。異常事態だ。誰か説明プリーズ。
――――――いや、待て。そもそも、今の僕自体にかなり違和感を感じるのだが。
妖怪は必ず妖怪に生まれ変わる。これはあの世のルールである。
しかし、今の僕は、その……どう感触を確かめても、人間の赤ちゃんなのだ。それも、金髪灼眼の女の子。
つまり、現状を纏めるとこうだ。
勇者に殺されて目が覚めたら、絶対に日本の地獄ではない所で、人間の幼女に生まれ変わっていた。
待て待て待てぇい!
抱え込んだ属性が多過ぎる!
何がどうしてこうなったぁ!?
「あぶ?」
と、そこで僕は気が付いた。
掛け軸に書かれたその文字、その一文――――――それは、物凄く堅っ苦しい、英語だった。こんな教科書も匙を投げそうなコテコテの英文を使う国など、一つしかない。
ここ、イギリスのあの世だ。
……って、何でだぁあああああっ!
何をトチ狂ったら、ここまで和式になるんだよぉ!
鉄砲魚が蛸に進化するぐらいありえんわ!
そして、僕自身は常に死と隣り合わせの人間様。
僕はこれから一体、どうなるんだよぉ!