第一話 天国と地獄
これは現実なのか...?
激しくなる動悸と高まる心拍数が目の前の現実を受け入れられない様を示していた。
あちらこちらから聞こえる悲鳴、床に広がる夥しい血が非現実感を想起させる。
「どうして・・・俺はメ」
そう呟いたのを最後に僕のクラスメイトだった男ー天童アツシは肉塊へと変化した。
「グルル・・・」
赤白く光る牙を持つ全長2mはあろう化物が唸る。
まだ喰い足りない、そう言っているかのようだ。
鋭い眼光が動き、そして止まって一点を見つめる。
その眼球に映っているのは紛れもない僕だった。
ーあぁ、どうしてこんなことに...
〜暗転、そして回想〜
「ありがとう、全て君のお陰だ!!」
「貴方様はこのアーリアの、いえ私の救世主です・・・」
「やったな、相棒!」
止まない称賛の声が心地良く、その反面慣れなさに少し気恥ずかしさも感じさせる。
事の顛末は僕がこの世界アーリアに混沌をもたらしていた悪魔ウォレスを倒し平和を取り戻したことによる、らしい。
らしいと言ったのは僕が元々この世界の人間では無いからだ。
きっかけは思い出せない、気づいたらこの地に立っていた。
この世界では僕の居た世界では到底理解できない人知を超えた能力を使う事が出来た。
無から刀を生成する能力、雷を武器に纏わす能力、身体能力を一時的に強化する能力、空間と空間を繋ぐ扉を作る能力、対象者に偽の記憶を植え付ける能力、動物と心を通わせる能力、そして少し先の未来を見透す能力・・・
この世界の住人は僕の能力をギフトと呼んだ。
悪魔がこの世界を支配する前にこの世界を統治していた天使が持っていた能力だと。
僕はこの力を天の啓示だと思い、世界を救う為に使った。
幸い協力者「腕っ節のいい鍛冶屋、治療に長けた教会のシスター、国一の財力を持つお姫様、狙った獲物は逃がさない孤高のガンマン達」を得る事が出来て、苛烈な闘いの末悪魔を倒す事に成功した。
道中仲間の男連中と親交を深めたり、姫様といい仲になったりして、世界を救った後には結ばれるように約束をした、、、はずだったのだが・・・
世界に平和が戻り祝杯の場ー
僕は突然気を失い、気がつくと僕は学校の教室にいた。
状況の理解より早く遠い昔だった記憶が矢継ぎ早に蘇って来る。
自分の勇気の無さで人を傷つけてしまった事
唯一の親友と仲を違ってしまった事
好意を抱いてくれていた娘を裏切ってしまった事
後悔だらけの記憶に耐えきれなくなりそうになる
その最中、流れ込む過去の記憶を一閃するように悲鳴が上がった。
キャー!!
次に見た光景は"まるで異世界から抜け出してきたかのような化物"がクラスメイトを喰べている光景だった。
・・・
〜回想終了〜
"化物"と視線が合致してしまった。
冷や汗が額を伝って床へ流れ落ちる、動悸も更に激しさを増す。
「死にたくない、まだ...」
僕、久遠創は心の中で呟いた。
異世界では能力で何とかなっていたような状況だが、ここは現実世界、その規範が通用しない事は創が一番分かっていた。
どうすればいい...?
自らに問いかける。周りの生徒も人が殺されたショックだろうか、微動だにしていない。
このままでは次のターゲットは自分だ、何とかしなければ。
焦り、不安、恐怖、数多の感情が創を支配しようとするー
が、異世界で相対してきた数々の修羅場、魔王を討ち破ったその経験、自信がハジメにこの状況下での冷静さを与えた
とにかく今は生き残る事だけを考えろ...!
思考を張り巡らせる
何か武器は?使えるものはないか?
手元にあったペンを手に取り戦闘態勢を取る
「これでやるしかない...」
異世界では剣を握っていたその手に似つかわしくない弱い武器を握り自分にいい聞かせた。
「ポタ...ポタ...」
口に挟んでいた肉塊を放り捨て、滴る血を口の端から覗かせながらモンスターがゆっくり近づいてくる。
一噛みで敵を屠れる距離まで詰めてくる気だろう。
そう確信していながら創は動けずにいた。
"化物"が足を止めた
「...来る!」
その時、時が止まる
ー能力解放、未来予知ー
脳内で声が聞こえた気がした。
「これは...!」
視界に情報の波が流れ込む、俯瞰で数分先の未来を映像として見ることが出来る能力ー
それは異世界でハジメが持つ七つの能力のうちの一つ“未来予知"そのものだった
未来では正面から飛び掛かってきた化物にハジメが首を噛み千切られている様が映されていた。
ここは現実のはずじゃないのか?理解が追いつかない頭を目の前の状況にリセットする
「これなら、やれる...!」
未来予知の能力はシンプル故に強い
映像により秒単位で相手の行動が予想できる為、能力者は予め相手が動くであろう場所に武器を構えておくだけでいい
この能力は何度も異世界でハジメを救った能力だ
創は化物の眼球が来ると予測されている地点にペンを持っていった
化物は未来予測の通り正面からハジメに飛び掛かって来る
ザクッ...
鈍い音がしてすぐ赤い液体が周囲に飛び散った。
「グギャァァァァ!!!!」
この世の物とは思えない声で化物は悲鳴を上げた。
しかし致命傷とはならず
「まだ終わりじゃない...! 」
すぐに未来予知を再度発動しようとした...その時だった
バキューン
耳をつん裂くような音、原因はすぐに分かった
血を吹き出し倒れる化物、その後ろに銃を構える男の姿があった。
「何人殺す気だよ、テメェ...」
かつての親友だった男、龍造寺秋がそこに居た。
シュウ...どうして...
尋ねようとした矢先機械音声の様な声が響き渡る、先程未来予知の能力を使える様になった時にも聴いた声だった
ー能力解放、炎の操り手ー
自身の持っていた能力にそのような能力はなかった、初めて耳にする能力だ。
目を閉じ頭に思い浮かべ、能力を試そうとするも、発動することが出来ない。
ここでシュウの事が頭に過ぎる、なぜシュウは銃を持っていたんだ...?
それも化物を倒せるだけの銃を...
顔を上げシュウの方を向くとそこには銃に炎を纏わせるシュウの姿があった。
「やっぱりコレがないとな」
嬉々として銃と炎を操るシュウに違和感を覚える
まるで"それ"が元来自分の物であったかのように"自然"に振る舞う様にだ。
ここで創はある結論に辿り着いた
「異世界転生したのは、もしかしてー」
「ちょっと蘭堂くん、どうしたの!?」
クラスメイトの1人が声を上げ、現実に引きもどされた。
其方の方に振り返ろうとした刹那、また機械音声が流れる
ー能力消滅、人形製作者ー
消滅...気にかかる言葉だが、とりあえず蘭堂の方に目をやると蘭堂、いや蘭堂だったモノは灰に変わろうとしていた。
「いやぁぁー! 」
叫び声が響く
ハジメは不思議と声が出なかった。異世界で何度も残酷な死に方など見てきたから?
違う、現実とこの光景を結びつけるにはハジメの脳が追いついていなかったからだ。
「ビー、ビー、ビー、マイクテスト。マイクテスト。」
より一層けたたましい音声が頭上から鳴る
「ミナサン、キコエテマスカ?」
声の主はカタコトで喋りかける
「ルールリカイシテイタダケマシタ? エ、セツメイガタリナイ? メンドクサイナー、モウ!」
こちらが言葉を発する事なく音声は続いた
「イセカイハタノシカッタデスカ?タブン、タノシカッタヨネ!ウンウン デモ、ジンセイッテタノシイダケジャツマラナイヨネ!」
「ダカラ、タノシサノアトノクルシサヲヨウイシマシタ
ボクッテ、ナンテヤサシインダロウ!」
ー頭の靄が晴れる、纏まらなかった考えが急にクリアになる
「ソレハー」
ー先程自らがたどり着いた結論、間違って欲しいと願ったもの
「ミナサンノイノチヲカケタ、ギフトノウバイアイデス!!
サイゴノヒトリニナッタヒトダケモトノセカイニモドシテア
ゲルヨ ボクッテイイ"ヒト"デショウ?」
あぁ...どうして...
幸せだった思い出を回顧する間もなくコロシアイの火蓋は切って落とされたー