5 林檎
目を覚ますとトーラスはもう仕事に行った後だった。
朝早くから行くなんて、「紅い華」はそれほど危険な奴なのだろう。でも、トリューシェを置いていくなんて。何かあるのだろうか?やっぱり引っかかる。
そんなことを考えながら、朝食を済まし、顔や身体を洗って、島に行く準備をする。
プルーネは、今日もいるのだろうか。もしいたら、友達になりたいな。
街を歩いて行くと、珍しく馬商人がいた。
「馬車馬に驢馬に飛馬まで!元気な馬が揃ってるよ!」
髭を蓄えた馬商人が声を張り上げて言った。
声に誘われて立ち止まる人はいるものの、皆足早に仕事場に向かっていってしまう。
僕はやっぱり馬がいたほうがいいかなと思って馬商人のいる方に足を運んだ。
「お!お兄ちゃんいい時にきたね!ペガサスなんてどうだい?それとも馬?驢馬なんかもいいよ!」
馬商人は黄土色の馬を僕に見せながら言った。他にも茶色のペガサスに、白色の驢馬がいた。
「うーん。まだ馬を買うか迷っているんです。」
「そうか。今がお買い時なんだ。わしもいつまでここにいるか分からん。なんせ、ここは商人の来る所では無さそうでな。」
彼は少し寂しそうに言った。
「そうですか。馬が欲しいなと思うんですけど。世話が大変そうだなって。僕の家は街のはずれにあるから大きな庭はあるし、使っていない小屋もあるんですけど…。」
もし僕の家に馬が来るんだったら、幸せに過ごして欲しいから。
「馬がしっかり運動できるくらいの広さがあれば大丈夫だ。」
「僕の仕事柄、長い時間移動するんです。歩きで3時間くらい。」
「ほーん。それくらい運動するのであれば、馬が健康に暮らせるな。」
馬商人は顎に蓄えた髭を撫でながら言った。
「じゃあ…。」
僕でも飼えそうだ。馬商人はさっき僕の関心を引くために見せた黄土色の毛をした馬を見せた。
「この子なんてどうだ?わしが丹精込めて育てたんだ。賢くて、扱いやすい。力も強い。そういえばお兄ちゃん、馬に乗ったことは?」
「ああ、ありますよ。」
小さい頃、近所の人に乗り方を教えてもらったことがある。
「じゃあ、大丈夫だな。鞍を付けて、金貨八枚ってところだ。」
「ち、ちょっと待っててください!」
手持のお金は銀貨が一枚。
僕は全力で走り、家の貯金箱から金貨を八枚取って馬商人がいるところに戻った。
「…お前さん、馬より早いんじゃあないかい?」
黄土馬を撫でながら馬商人が言った。
そんなことない。と思う。三年間歩いているから、足腰が強くなったのかもしれないが。
「こ、この子で。」
息を整えながら金貨を渡す。
「…毎度あり!」
彼の声は少し寂しそうで、誇らしそうだった。やっぱり馬達が大好きなんだ。大切に世話をしていたんだ。
「あは、よろしくね。」
黄土馬は、よろしくと言わんばかりに僕に擦り寄ってきた。
とても人懐っこい。大切に育てられたのだろう。
「その子は雄だ。好物は林檎と苺。大切にしてくれよ。」
「はい!」
僕は手綱を持って、早速林檎を買いに青果店に行くことにした。周りの人達がちらちらこっちを見ている。まあ、個人で馬を持ってること自体珍しいもんね。
林檎を四つ買う。黄土馬は僕が買い終えるまで大人しく道の端っこで待っていた。学校への登校途中のちびっ子達に触られても、暴れたりせずにいた。暴れてはいけない場所、ということがわかるのだろう。早速賢さを発揮している。
「さあ、行こう。」
まだくれないのかと言わんばかりに黄土馬は不満そうだが、街から出たらすぐあげるから。
手綱を持って街から出る下り坂を歩く。
どんな名前がいいだろうか。林檎が好きだから…?いや、林檎の古代語ってなんだったっけ?
街の出口、島へと続く砂浜の近くの石畳になっているところで黄土馬に林檎をあげた。
「よろしく…ポム。」
黄土馬、もといポムはシャクシャクと気味のいい音を立てて林檎を二つ食べてしまった。名前を気に入ってくれたのか、ポムは大きな顔を僕に寄せた。僕の持ってる竜眼は動物の心までは見えないからわからない。父さんが生きてたらわかったかもしれないな。
「よし、行こう。」
ポムに声をかけて、彼の背にまたがる。足で合図を送ると彼は砂浜を駆け出した。
顔にあたる潮風が心地よい。やっぱり想像した通りにとても気持ち良くて。砂を散らして走る彼はとても速かった。僕が三時間かけて行く道のりを、小一時間、いや、それよりも早くについた。
「ありがとう、ポム。ここらへんで自由に待っておいで。」
そう言ってポムを待たせておく。彼はわかったようで、草を食み始めた。そのことを確認し、僕はいつもと同じように「島」への石段を登った。
あとがきです。
ちょっと投稿が遅れました。すみません。