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ふたりの女  作者: Berthe
7/10

柚菜──ホットサンド

 ガラス張りの店内をでて右にふみだしながら、何気なくショーウインドーを見ると、ほんのり癖のある前髪の下から、優しさとそこはかとない自信のただよう自分の目が射返した。ふいに気配を察して進行方向をむくのと、柚菜が彼のシャツを引っ張ったのが同時だった。


 庸介はそちらへ引き寄せられるままに、彼女の細い肩へともたれかかるさまが浮かび、ぐっと片足にこらえた。


「あぶないよ」


 言われてそちらをなかば見下ろすと、瞳の線にそって切りそろえるように整えた前髪のもと、可憐で凛とした鳶色の目がこちらを見上げている。


 濃くのこしている綺麗な眉が目尻の引き締まって丸い瞳とつりあっているので、小さな顔の印象もあいまって猫めいた雰囲気を醸す。それは可愛さと同時にたしかな意志のありかを示していた。いつも笑えば少女めき、泣けば強張り、真面目な面持ちをすると端整な顔に早変わりするその表情がいまは心配そうにしている、と思ううちふっとゆるんで微笑んだ。


 アーチ型に弧を描く眉から鼻筋への移りかわりがなめらかで、微笑むとともに眉と目のあいだが縮まってあどけなくふくらむ。そのさまがいっそう美少女然とした煌めきを肌色のキャンバスに与えるのに、庸介は大人びた淡いよろこびを覚えた。


「大丈夫? ぼうっとしちゃって。でもたまにそういうときあるよね」


 彼はその問いかけにうなずくと丸めたこぶしを口にあてて歩き出した。後ろからついてくる気配を信じながら、何とはなしに目に飛び込むあたりの光景を吸いこむと、街とはいいながらも統一感のない建物の色あいや高低、頭上にかかった電信柱や電線、若者から中年、白髪の人までひとわたり揃っている。


 先の美少女から得られるしとやかで明晰な快楽とは比べるべくもないが、しかし例えば運転しているときなど、雑然とした風景に思わず知らず癒やされている、ということはあるかもしれない。実際、もっぱら風景をながめるための散歩などは敢行したことこそないけれども、それでも家にいるときにふいに外気が吸いたくなるままに着替えて外へでる。


 そのときにはあるいは眺めるともなしに風景を眺めているのではないか? 男の両目が自動でピントを合わせてくれる美女とは別に、雑然としてひろがり奥行きのある風景をとらえるともなしにとらえることに、ぼんやりと総合することに、言い知れぬ快楽と癒やしがひそんでいるのではなかろうか?


 彼はにわかに自分が詩人めくと共に大人びたように思ううち、青緑色に点滅する信号がみえた。立ち止まってまもなく、


「ねえ、ちょっとどこかに座りたい」


 と、彼が自分を置いて先に歩きだしたのには一言の文句もなく、しかし言葉を返そうとしたのを遮るように間髪を入れず、


「行きたいところがあるの。ホットサンドなんだけれど。いいかな?」


 ひととき自分の世界に入り浸っていた庸介は悪い気がすると共に、これで許されるような気がしてうなずいた。


「どこにあるの?」


 信号を渡って右に真っすぐ進んで行くと、通り沿いに白いお店が見えてくるはずだという。駅からずっと遠ざかるからここと違ってきっと人通りも少ないとのこと。庸ちゃんがなにか他に行きたいところがあるならまずはそっちに行きたいとも言う。彼はやんわりと首をふる。それから信号を渡って歩むうち、初めは頻繁にすれ違った人々が減って行き、悠々と隣り合えるようになった。


 何とはなしに話がはずむ。いや、本当はそれほど弾んでいるわけでもないはずだが、庸介は一定数の男がそうであるように、男同士の会話がわずらわしく、ときおり話題選びや話を合わせるのに苦労するのに反して、女と話すときにはそういったストレスや緊張を感じることがなかった。以前はそのようなこともあったかもしれないが過ぎ去った話である。不思議だとは思う。とにかく一緒にいると楽なのだ。


 ──自分が女々しいとは思わないけれど。かといって男らしくもないだろうが。


 庸介はふっと苦笑をうかべながら、ひょっとして柚菜もそうではなかろうかと夢想する。容姿の水準がおなじなら性質も似たようなものだと期待してしまう。車は変わらず走っているものの、それをはさむ建物や人々はさらに閑散としてきて色彩も薄れるうち、白いこぢんまりとした建物がみえた。


 持ち帰り注文専用らしい両開きの窓が開いているのをみれば、店はやっているに違いない。窓のそばには白と黒の鉢が飾られて、いずれも小さな可愛らしい植物が植えてある。外壁にとりつけたブラケットライトの丸い照明は昼間のいまは消されていて、まわりの白よりもやや灰色がかっている。


 座って一休みするつもりでいた彼らは、窓に立ち寄りながらのぞくと、なかにも席があるらしく、かたわらのドアをひいた。


「いらっしゃいませ」


 穏やかな声とともに若い女性の店主と目が合い、お好きな席をとのことなので、ふたりは白い壁に寄せた差し向かいの席ではなく、カウンター席に隣り合って腰をかけた。


 まわりを猫と草花の絵でぼんやりと縁取った、A4サイズの白い用紙に印刷されたメニューの数は四品で、そのうち食べ物はふたつ。


 やわらかな自然光の差し込む店内で悩むまもなく、二人して「あんこバターホットサンド」を頼んで、静かな店内でのんびり待っていると、リムを黒く塗った白い皿のうえに、三角に切ったホットサンドが二つ重なってそれぞれの前に置かれた。


「大きいね。いっぱいだ」柚菜はすでにわくわくと待ちきれないらしい。


 パンの表面に格子柄の焼き目が鳶色にはいり、開いた口にはたっぷりとあんこが敷き詰められているのをみると、それほどではなかった食欲がにわかに湧いて来る。


「いただきます」


 そうつぶやく柚菜の小さな高い声を庸介は片耳にきいて、自分もそれにならって唱えると、二等辺三角形のふたつの等辺を両手につかみ、真ん中からがぶりと頬張った。


 たちまち甘すぎない滋味深い味わいが優しくひろがって、ふうっと息をつきながら隣をむくと、ひと足遅くかぶりついた彼女は齧りついたままにこちらに気づいて一瞬目を丸くしたかと思うと、すぐにそれを緩めてふっと微笑み、そっと顔をそむけた。

読んでいただきありがとうございます。以後つづけられたらと思います。


以前のつづきにはなりますが、ずいぶんと時間が経過しました。

文章の流れ方については変化があり、おそらく人物にも変化が生じています。

今の状態で自然と書けるものを優先して執筆していきたいと思います。ご容赦ください。

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