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ふたりの女  作者: Berthe
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梨華──出会い

 庸介は二十歳という年齢にしては、女への緊張や煩悶をあまり覚えない。多少の強がりもあるかもしれないが、周りとくらべても、やはりそれを感じていた。


 ごく平均か、それとも多少早いか、高一の夏に初めて女を知るとともに言語動作にも余裕がでた。それも妥協した相手ではなく、まさに自分に釣り合うと直観した女子であっただけに、効果はおのずと現れる。庸介はだから、同世代の男子がともすると陥りがちな、異性への病的な憧憬にとらわれずに済んだ。


 その子と一年近く付き合って、別れると、若干の充電期間を経て、今度は同じ部活の女子と付き合ったが、これはこれで、自然と話題が合うために楽しかった。が、その子とも別れると、もうこのあたりの女とは付き合う気になれない。それが理由ではもちろんないが、大学は東京と決めて、必死な受験勉強の甲斐もあり無事浪人せずに進学を決めた。


 大学へ入学すると本業はさておき、別に入ると決めたわけではないにもかかわらず、新しくできた友人たちと一緒にサークルの新歓を渡り歩きながら杯を傾け、大いに騒ぎ、そこで出会った女子たちとも仲良くなった。浅黒い田舎の女子高生とは似ても似つかない、化粧と服装の彩で着飾った女たちには、非常な新鮮さを覚えるとともにその魔力に引き寄せられはしたものの、そこに生じる窮屈さが日々いや増すにつれ、身動きが封じられそうな不快を察知した彼は、校内で不意に出現する先輩たちからの度々の勧誘もおだやかに退けて、サークルという閉鎖空間への入部をあやうく断った。


 その後、新勧で知り合った女子と二、三度遊びに行ったものの、たいして好みでなかったからか、だんだん相手がうるさくなってくると、これまで理由もなく遠ざけていた校外が、にわかに視界に入ってくる。ここは東京だ。どこに赴くのが適当か。やっばりバイトだろ。と、そう決めて、大学の友人と一緒にとあるカフェに応募すると、彼だけが受かった。聞けば、友人は面接するまもなく辞退したとのこと。別に構わなかった。それに、冷静になって省みれば、誰も知らないところに行くほうが余程気楽である。あとあとの煩いもなさそうだし。


 そのバイト先のカフェで出会ったのが梨華(りか)だった。庸介が十八歳で梨華が二十歳、いわゆる年上であるが、表情が変わるたびくるくる動くぱっちりした瞳に、童顔でこぢんまりした姿がいかにも愛らしく、姉のようでもあり妹のようでもある彼女はどういうわけか、初めから庸介には優しくて、いろいろと教えてくれるのを、彼は自分の容貌に惹かれたのだと直観しつつもしかし気づかないふりで過ごすうち、いつしか恋愛の話になる。彼女はいるの? 彼氏はいるんですか? そうして、お互いフリーとわかればすぐにでも手を取り合いたいのを、男のほうは年上だからとちょっぴり腰がひける。女のほうは年下だからと遠慮してしまう。そんなこんなでひと月あまり経ったころ、庸介は思い切って、梨華をバイト帰りに食事へと誘った。


「ふたりで行くの?」

「うん」『はい』と答えるべきところを、知ってか知らずか、タメ口になった。


 ふたりでの差し向かいの食事は素晴らしかった。庸介はそれまでの年月、年上の女性とこうやって、それも自分を惹きつける年頃の年上女性とこうしてふたりで食事する機会はなかった。よく考えれば可笑しいような気もするけれど、しかし達成されてしまえば、いまさらもちろん不満はない。


 話に夢中になるうち、彼は誤って手でフォークをはじいて落とす。と、彼女はすぐさま店員を呼んで新しいのを頼んでくれる。テーブルの料理が空きそうになるまえに、もっと食べる? と優しく訊いてくれた。彼が誘ったはずなのに、先導するのは彼女だった。けれど、それは全然不快じゃない。かえって嬉しかった。新鮮だった。しかし甘美な時間ほどあっというまに過ぎゆくもので、ふたりは一時間半後に店をでると、取り留めのない話をしながらも、足が駅へ向かってしまうのをとどめることはできない。電車は同じ方向だけれど、彼女はここから二駅、彼は四駅なので、電車に乗るまもなく別れが来て、梨華はホームへ降りる。と、こちらを向くや、顔の横でちいさく手を振って、また明日ねといった。うん、また明日。そうだ! 明日も一緒のシフトだった! 庸介はうきうきとつり革に掴まって、そのままに家へ帰り着き、今夜の一連の出来事を想いながら片づけるべきことを片付けると、さてそろそろだろうと今日のお礼をLINEした。さりげなく、かつ大胆に次の約束もこめていた。その日のうちにきた梨華からの返信は彼を有頂天にした。彼は返信した。すぐと期待した彼女からの返信はしかし、翌日の昼まで待たねばならなかった。


 それからは毎日連絡を取り合うようになった。カフェでは以前にも増して梨華の姿を目で追い、暇を見つけては話しかけた。そして、シフトをふたりで秘密に調整した二週間後の土曜、彼らは予約したランチを楽しんだのち、大きな池のひろがる公園をぶらぶらしたり、欄干にもたれて広大な風景や貸しボートに戯れる男女に思いを馳せ、さて一息つこうと、公園をぬけるかたわら最初に目についた古風な喫茶店に入れば、互いの想いはおのずとひとつに収斂してゆく。頼んだコーヒーもいつしか飲み終える頃、ふたりの脳裏を同時にかすめたらしいのはどうやら、このあとの事である。しかし、それほどの時は流れなかった。


「映画みません?」意識するより先に言葉が庸介の口をついてでた。

「何か面白いのやってるの?」ほとんど空のカップに両手をあてながら梨華は訊いた。

「俺の家で──DVD、みましょう。ね?」

「──うん。いいよ」彼の目を見つめて、すぐに伏し目になったその目がひらめいたのを、彼は見逃さなかった。


 その後の成り行きは最初から決まっていたのか。レンタルビデオショップでハリウッドのサスペンス映画とフランスの恋愛映画を借り、自分の六畳の部屋に彼女を導きいれるや、彼はうしろから優しく彼女の肩を抱いた。今から見るはずの恋愛映画にでもありそうな状況を、しかし、梨華は嫌がらなかった。いつしか視線が合わさって、そっと口づけする。視線はずれない。こうなると居ても立っても居られない。自然に次へと移ろうとするその刹那、梨華は庸介の胸を指で軽く押しやって、シャワーを浴びたいと言った。彼女は始めから覚悟していたのか。あくまでわかっていたように、彼には見えた。彼の胸は高鳴り、心は凱歌をあげていた。こういう女は初めてだった。俺はこれを求めていたのか。年上女性の、その魅力の突端に触れた気がした。

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[良い点] 年上の、云々、金のわらじをはいてでも探せとか、言われてたようですが、若い頃は意味がわからなかったのですが、だんだん、なるほどなぁと思うようになったのです。少し、先に世界を見てくれている人の…
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