この街で唯一の装備屋、店主の葛藤①
――魔法使いちゃんがマーキク草のクエストに失敗してエルフ耳を持ち腐れている、いっぽうその頃――
「まいったな、こりゃ」
今、俺の目の前の机には、ため息をつきたくなるような高級素材が並んでいる。高級といってもCランク相当の魔物から取れる爪や牙や毛皮なんかだが、この駆け出し冒険者ばかりのスタトの町では今までうちの店に持ち込まれた事はない。
俺がこのランクの素材を見たのはかなり昔に一度だけ。隣の店の防具屋野郎が旅の商人から買い付けたとか言って、これ見よがしに自慢してきた時だ。
あいつは少し前に商業ギルドのある近くの街に引っ越して行きやがった。おかげで、武器屋の名前を掲げてるってのに、防具だ装飾品だなんて置くはめになっちまったんだ。
今日は両方の太陽が昇る、鍛冶に携わる者にはめでたい日だ。そんな日に、こんな雑多でしがない装備屋には似つかわしくないそれらの素材は、とある少女がこの店に持ち込んできた。冒険者になったばかりだと言う、肩にスライムを乗せた穏和そうな嬢ちゃんだった。
まあ、その肩のスライムが吐き出していったのがこの目の前の素材の山なんだがな。
そんな素材を見つめながら困惑しているのには訳がある。
このスタトの町は駆け出し冒険者の町と呼ばれ、低ランクな奴らが集まってくる。
辺境伯の治める領地の中央にあり、近くの森も深入りしなければたいした魔物もいない。まさに初心者にはうってつけというやつだ。
そんな町の状況に対して領主も理解していて、低ランクの冒険者を助ける事を目的に、彼らが持ち帰った素材は基本的に全て店で買い取る決まりになっている。
とはいえ、もちろん俺ら商人にだって生活がある。同じような素材を大量に売られたところでさばけない。そんなときは商業ギルドで買い取って貰えるようになっている。
もちろん、ギルドに売らずに自分で加工して店に並べるのも大丈夫だ。だからこそ珍しい高級素材と、その隣にある赤字の帳簿を見ると悩ましくなるのだ。
俺は自慢じゃないが鍛冶スキルには自信がある。
この素材を使えば、きっと今まで俺の店には並ばなかったレベルの武器を置くことができる。それは武器屋としてはとても誇らしい。のだが、
「高すぎて売れないだろうな、だとしても安くも出来ん。でも武器屋として強い武器は置きたいんだよな……」
この素材で作れるランクの武器を扱うには、この町の冒険者ではスキルも財布も足りていない。作ったところで売れない。しかし職人のプライドとしては作りたい。たがプライドでは帳簿の赤は黒くならない。
時折来る冒険者に安くて使いやすい武器を売りながら、頭のなかは高級素材達の事でいっぱいだ。
何も決められないまま気がつくと二つの太陽の位置は低くなり、窓の外を赤色に染めていた。
その時ドアを開ける音がした。振り替えって見てみると、そこには悩みの種を生んだ少女の姿があった。その顔は満面の笑み。
またレアな素材じゃないだろうな。不安だ。
「おじ様、また素材を売りに来たのだけれど構わないでしょうか」
ほらきた、やっぱりだ。
「嬢ちゃんよ、朝にも買っただろう」
俺はため息をつきながら、布袋をつきだす。
「今朝の買取分だ。解体費用は引いてあるからな」
「あら、有り難うございます。おじ様」
ずっしりと重い袋を受け取った少女は、それをスライムの口に突っ込んだ。きっとスキルで布袋がモンスターの血で汚れないようになっているのだろう。便利なものだ。
「しかし、まだ半日しか経ってないってのに、そんな細かく売りに来なくてもいいだろうに」
「うふふ、スライムちゃん達が張り切っちゃって。とても頼もしいのよ」
「そのスライムがかい?収納スキルのために連れてるのかと思ってたが、戦闘もいけるのか」
「そうなの! この子達は私のナイトみたいなものなの。私も多少は戦えるのだけど、きっとスライムちゃん達の方が強いと思うわ」
「ほう……人は、いやモンスターは見かけによらないもんだな」
「凄いでしょう? 自慢のお友達なの」
Cランク相当の素材をあれほど狩ってくるのがスライムとは、驚けばいいのか戸惑えばいいのか。
ただ残念なことに、この嬢ちゃんの主戦力がスライムだというなら、俺のこさえる武器も防具も使わんだろう。
嬢ちゃんの身に付けているものも丸い小楯とナイフくらいなもので、高価な素材から作ったものが売れるとは思えない。
そしてまた、大量のマーキク草と共に、この武器屋に似つかわしくない素材が並べられる。
「俺も長く店をやってるが、さすがにこんなレベルの素材を買ったことがほとんどなくてな。預り証は渡すから、少し時間を貰っていいか?」
「あら、やっぱりお店に出すにはレベルの低いモンスターばかりだったかしら。それでも買い取って頂けるなんて、おじ様は優しいのですね」
「おいおい、逆だ逆。ここは駆け出しの町だぞ。ほとんどの冒険者がEランク以下ばかりなんだから、DランクだとかCランクだとかのモンスターを売りに来る奴なんかいないのさ」
「あら、そうでしたの。申し訳ありません、ご迷惑だったかしら」
「い、いや気にしないでくれ。俺も珍しい素材が見られて嬉しいぜ」
こんな嬢ちゃんに潤んだ瞳で見つめられたら、気にするな以外の言葉は出ないだろうさ。こういう街で長く商売やってると、どうにも『素直なルーキー』ってのに情がわいてしまう。
弱いやつらに弱いんだ。嬢ちゃんは土俵が少し違う気もするが、駆け出しにはかわりない。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね、おじ様!」
満面の笑みで嬢ちゃんは出ていった。入れ違いに、今度は嫌に暗い顔をした魔法使い風のエルフが店に入ってくる。嬢ちゃんと二言三言会話を交わしていたところを見ると、二人は知り合いのようだった。
そんなうつむき加減のエルフ娘は、どうやらマントを破いてしまったようだった。魔力のこもった特別製なのだと。さっき手に入った嬢ちゃんから仕入れた素材での修復を勧めると、
「そんなお金ありません……」
と頭を抱えて泣きそうになっていた。そりゃそうだ。この街の他の冒険者も同様の反応だろう。俺も泣きたい気分だよ。