Fランク冒険者、魔法使いの作戦④
「あら? スライムちゃん! 大変、怪我をしているじゃない!」
草むらからひょっこり顔を出したのは一匹のスライムでした。勇者様の肩にはすでに一匹乗っているのですが、他にもう一匹いたようです。
それにしてもそのスライムの傷はホンのちょっぴりの擦り傷程度なのに、勇者様は随分と慌てています。
勇者様はわたわたと焦るように、腰に下げた小さな鞄から一束の草を取り出すとその擦り傷スライムに食べさせました。
「そ、その薬草は!!」
私は思わず叫んでしまいました。みるみる傷が治っていく元擦り傷スライムを、勇者様は嬉しそうに撫でています。
「これを食べると、スライムちゃんたちが元気になるのよ」
「そりゃそうですよ! それが今回採取するヨーキク草ですよ!」
この崖の周辺でしか採取出来ない貴重な薬草を、あんな擦り傷に使ってしまうなんて信じられません。
信じられないと驚く私を見て、勇者様は不思議そうに肩のスライムを優しく撫でました。すると肩のスライムが一瞬大きくなったかと思うと、何か緑色のものを吐き出しました。
「そんなに怒らないでね? この草ならほら、いっぱいあるから貴女もどうぞ」
そう言いながら勇者指差した緑の塊。それは腰の高さほどまでつまれたヨーキク草に間違いありません。勇者様は知らず知らずのうちに大量のヨーキク草を持ちはこんでいたようです。
「ああ、わざわざここまで来た意味が……」
思わず、情けない声を漏らしてしまいました。
「まあ、顔色が悪いわよ? 気分が優れないなら、横になったほうがいいんじゃないかしら」
「いえ、少し力が抜けただけですので……」
ここに来るまで大きなアクシデントはありませんでしたが、それでも無駄足になってしまった事にはがっかりしてしまいます。それに元々想定していたとはいえ、これ程深くまで来た以上は門が閉まる時間までに町に帰るのは難しいでしょう。
となれば暗くなる前に夜営の準備を済ませなくては行けません。大きく息を吐いて、抜けた気合いを入れ直します。
「勇者様、もう少しすると太陽が沈んでしまいますのでその前に火を起こしましょう。今日は月が片方しか出ませんから、いつもより暗くなるのは早いはずです」
「え、火を? 確かにすこし肌寒いけれど……どうすれば良いのかしら?」
「火自体は魔法ですが、薪などの燃えるものが無いと私の魔力ではあっという間に消えてしまいます。勇者様には薪になりそうな乾燥した枝を探してほしいのです」
私が使える火魔法は攻撃用の火球しかありません。通常は魔物にぶつけるために使うので、効果時間は数秒程度しかありません。
凄い魔法使いになると球でなく矢の形に変えたり、炎の柱や壁を作ったり出来るのだそうです。そう、凄い魔法使いになると、です。
「あら、スライムちゃんも魔法使いちゃんのお手伝いがしたいの?」
勇者様の言葉に先程の擦り傷スライムが頷いたような気がしました。そして体をプルプルと震わせると、小さな魔方陣が地面に現れたのです。
私があっけにとられていると、その魔方陣の真ん中からゴゥッと大きな音がして、みるみる内に炎の柱が立ち上ぼりました。
それは勇者様の身長より少し高いくらいでしょうか。初めて見ました。少なくともスタトの町の魔法使いでは誰もこの魔法は使えません。
凄い魔法使いが、こんにも小さく柔らかいだなんて誰も信じてはくれないでしょう。私も目の前で起こっていることを信じられないのですから。
「あはは、す、凄いスライムですね……」
そんな震える私の声に、勇者様が自慢げに胸を張った時でした。
リーーン、リーーン
私の首から下げていた鈴が大きな音で鳴り出しました。近くにいる魔物が私達へ敵意を向けているということです。
もしかすると、この火柱を見て興奮しているのかもしれません。耳を澄ませると、その鈴の音に混ざって周辺の木々の向こうから獣の遠吠えのようなものが聞こえます。
「あ、あれは一角狼!」
炎の柱に照らされた木々の隙間にその姿がちらりと見えました。角の生えた狼で私達Fランク冒険者がパーティーをくんでどうにか一体倒せるレベルの魔物です。
そして、私達にくる依頼は基本的に『群れからはぐれた』一角狼の討伐しかありませんし、群れを見かけたらすぐに逃げろと言われています。
彼らは群れで行動し鳴き声で巧みに連携して獲物を襲うといいます。遠吠えが聞こえ、こうして姿を表したということはそれだけの数がこの場にいるということです。
つまり、気づいた時にはすでに手遅れで、私達は一角狼の群れに囲まれていました。
「ごめんなさい、勇者様……私がパーティーに誘ったばっかりに」
「あら、どうして謝るの?」
勇者様は優しく微笑んでくれていますが、私がこんな森の奥につれてこなければ一角狼の群れに襲われるなんてこともありませんでした。
周囲にどれ程の数がいるかわかりませんが、たった二人ではどうにもなりません。それでも、一角熊を倒せる勇者様であればきっと逃げることはできるはずです。
私さえ足を引っ張らなければ、私が囮になることが出来れば、勇者様ならきっと大丈夫です。
覚悟を決めた私をよそに勇者様は相変わらず肩のスライムを撫でています。しかしよく見ると、その撫でる手がかすかに光っているようにも見えました。
「あれは、魔力……?」
どうやら勇者様はスライムへ魔力を流し込んでいるようです。
「よし、これくらいで充分ね。スライムちゃんたち! お願い!」
勇者様は撫でる手を止めると、おもむろに肩のスライムを握りしめました。そして大きく振りかぶると空高くへと思い切り投げてしまいました。