Fランク冒険者、魔法使いの作戦③
いつものように受付さんと楽しそうにお話している勇者様にゆっくりと近づくと、腰の布袋の中身をぎゅっと握ります。
まだ勇者様は私に気がついていません。緊張します。嫌な汗が額に浮かびます。
「キュイ!」
その時、勇者様の肩に乗ったスライムが私を見て鋭く鳴きました。勇者様がそれに驚いて振り返ります。
私は覚悟を決めて袋から握りしめていたものを取り出すと、叫びました。
「私とパーティーを組んでください!!」
一瞬、時間が停止したかのような静寂が流れました。
急にそんなことを言われて勇者様も戸惑ったと思います。
勇者様へ突きだしたパーティー申請書を持つ手が緊張で震えます。そんな私の手を、勇者様は優しく握り返してくれました。そして、
「悦んで、お受けいたします」
そう言って優しく微笑んでくれました。
これで秘策の第一段階は突破です。なんだが勇者様を騙すようで少しだけ心が痛みますが、これも生活のためなのだと思って心を鬼にすることに決めたのです。
勇者様は少し準備があるとのことで、夕方に門で再会する事にしました。
夕方になり町と森をつなぐ門へ向かうと、既に勇者様の姿がありました。空を覆う橙色が勇者様の真っ白な装備に反射して煌めいています。
「勇者様! お待たせしました!」
「魔法使いちゃん、私も今来たばかりよ。ところで私はどんなクエストに誘われたのかしら?」
「そういえばお話していませんでしたね。勇者様に手伝って頂きたいクエストは、ギルドが出している薬草採取です!」
「薬草採取?」
勇者様が首をかしげるのもわかります。薬草の代名詞であるマーキク草をギルドへ大量に運び込んだのが誰あろう勇者様ご本人なのですから。
もちろんそれは私も分かっていますし、狙う薬草はマーキク草ではありません。
「ええ。先日マーキク草を勇者様がいっぱい取って来たので低級ポーションはいっぱいあるようですが、今回はその一つ上のランクの中級ポーションを作るために、ヨーキク草を採取しようと思っています。駆け出しの町なので低級ポーション程の需要はありませんが、皆お守り代わりに一つは持っているんですよ」
「そんな薬草があったなんて知らなかったわ! 私がギルドにいるときはマーキク草のクエストしか見たこと無かったもの」
「ヨーキク草は森の深い場所に生えていて、近くには強い魔物も住んでいるんです」
「そのボディーガードに私を誘ったのね」
「ぼ、ぼでぃーがーど?」
「うふふ、気にしないで。それにしても、森の奥へは行ったことなかったから少しワクワクするわ」
「なんだか嬉しそうですね?」
「ええ、知らないことを知るというのは幸せで楽しい事よ」
満面の笑みです。遠目で見ていた時はとても大人びた聖女のような人かと思っていましたが、こうしてみると少し幼さも感じます。
「知らないことと言えば、その首の鈴は何かしら? ギルドではつけていなかったけれど」
「これは警戒の鈴といって、強い魔物が近づくと敵意を感じて鳴るんです。森の奥へ向かうと友人に伝えると貸してくれました」
「へえ、面白いわね」
不思議そうにしばらく鈴を観察すると、勇者様は満足そうな顔をしていました。
そんな彼女と二人(と一匹)、薄暗い森を進んで行きます。その強さが周囲を威圧しているのか、はたまた時折ふらりといなくなるスライムが倒してしまっているのか、魔物もあまり出てきません。
狙いどおりです。思わず頬が緩みます。
なぜヨーキク草の採取に勇者様を誘ったのか、それはギルドのクエストの管理方法にあります。
スタトのギルドでは主に採取と討伐を受ける事が出来るのですが、採取はポーションの材料などを集め、討伐は町の周囲の魔物を倒します。
討伐はパーティー向けのクエストとされ、採取はソロ向けとされています。
その難易度の差もあって、討伐は高ランクの魔物を狩った場合はパーティーメンバー全員にランクアップボーナスがつくのですが、採取の場合はそれぞれ各人の収穫量が査定対象になります。
今回採取するヨーキク草はEランクのクエストです。集めたヨーキク草のギルドへの提出をすべて勇者様にしてもらえば、彼女のランクアップ間違いなし!
ソロで下位ランクのクエストを受ける事はギルドで禁止されているので私のFランク生活も安泰というわけです!
我ながらナイスアイデアです。この場に私一人だけなら鼻歌でも歌っていたかもしれません。賢人言われる魔法使いらしく、パーティーの参謀になれるかもしれませんね。
しかし今は勇者様の前。表情を引き締めなくては!
そんなこんなで森の深い場所までたどり着きました。群生地が近づくに連れてヨーキク草の独特な香りが濃くなってきます。
「着きました! ここにヨーキク草がいっぱい生えているんです!」
森の奥のこの場所は、見上げるとどこまで続くのかと思うほどの切り立った崖に囲まれています。
スタトの町の周辺では一番高い山の一部がある日突然に抉れてしまい、このような窪みを作ったのだと噂を耳にしました。遠くから見るとその崖全体が深い緑色に見える不思議な崖なのですが、近くに来るとそれがすべて植物であることがわかります。
実物を見たことがない勇者様は気がついていないようですが、この崖一面に生える大量の緑こそが目指してきたヨーキク草に他なりません!
壁面ということもあり私達低級冒険者ではまとまった量を採取することは難しいですが、今回は勇者様のスライムがいます。あの子であれば、崖に張り付いて進むことが出来るに違いありません。
そんな思案に耽っていると、ガサゴソと近くの草むらから物音がしました。背は低いようですが、魔物かもしれません。そう思った私は杖を構えたのですが……