Fランク冒険者、魔法使いの作戦②
ギルドを出るときペチペチと頬を叩いて気を取り直しました。先ほどの光景はショックでしたが、何はともあれマントの修理をしなくてはなりません。
「ん~、太陽が眩しいですね」
両太陽が煌々と輝いています。温かい日の光が私に力をくれているようで、なんだか少し元気がわいてきました。鼻歌混じりに装備屋さんへ向かいます。
その装備屋さんの名前は『武器屋』。少し変わった名前のお店です。小さな町ということもあって他に店は少ないせいか、武器はもちろん防具や装飾品、果ては雑貨まで売っているのですが『武器屋』という看板を掲げています。
「お金、足りるといいですが……」
首にかけた巾着が揺れるたび、ちゃりちゃりと頼りない音がします。私の全財産はこの巾着に十分な余裕と空間を持って包まれているのです。
その悲しい音を聞きながら、修理代が足りるのかなんて心配をしながら路地の角を曲がりました。この先に装備屋さんがあります。
他の冒険者の皆さん皆さんも私と同様にお金が無いせいか、唯一装備を揃えられる店だというのに向かう道の人影はまばらです。ギルドの賑わいとは大違い。
そんな道の先に一人の黒髪の女性がいました。先程ギルドで見た勇者様です。
彼女も何か買いに来たのか、装備屋さんのドアをくぐりました。あんなに凄い勇者様はいったいどんな武器を買うんでしょうか。
私は強い興味を惹かれ、小走りに装備屋さんへ近づくと店の窓から中を窺いました。
何やら店主と勇者様が話しています。どうやら素材を売りに来たようですが、勇者様はかなりの軽装の上にアイテムバッグは身につけていません。
「売ろうとしているのは、先程のマーキク草ですかね」
しかしあれはポーションの材料にはなりますが、それを使って装備品を作るというのは聞いたことがありません。もちろん装備屋さんで買い取ったという話も聞いたことがありません。
そんなことを考えている私の目の前で不思議な事が起こりました。勇者様の肩に乗っていたスライムがみるみるうちに大きくなったかと思うと、何やら魔物を吐き出したのです。
その吐き出された数体の魔物を見て私は愕然としました。なんと、一角熊の姿があるではありませんか。
私たちがパーティーにも関わらず命からがら逃げてきたというのに、彼女はそれを一人で倒したというのでしょうか。さらによく見ると、私たちパーティーが全力で戦ってどうにか倒せる一角狼の死骸も何体も転がっています。その他にも見たこともないような魔物も混ざっているようです。
驚いているのは私だけではないようで普段は強面の装備屋さんの店主も、彼のぴかぴかの頭と同じくらいに目をまん丸にしていました。
マーキク草の受注ランクはfランク相当なのですが、彼女は明らかにレベルが違います。このスタトの町で一角熊を倒せる冒険者などいないのですから。
しばらくして装備屋さんの買い取りが終わったようなので、私も勇者様とまた入れ違うようにお店に入りました。すれ違う時に、
「あら、また会いましたね」
と勇者様は笑顔で挨拶をしてくれました。その美しさと雰囲気はまるで女神様のようで、慌てて軽くお辞儀をするのが精一杯でした。
まるで違う世界に生きているかのような勇者様。しかし、ここは駆け出しの冒険者が集まる町なのです。きっと勇者様はすぐにランクを上げて町を出ていくに違いありません。
ええ、きっと。と思っていたのですが……
「クエストが、クエストがぁ……」
ギルドの掲示板を見て私は思わず情けない声を出してしまいました。
勇者様がマーキク草を狩り尽くしてから一週間経ちました。そんな勇者様の活躍により数日前からFランクのクエストがすっかり無くなっています。
昨日見かけた時は、その肩にいるスライムすら高そうな兜を装備していて驚きました。
今でもEランク以上のクエストの数は変わっていないのです。
なぜ勇者様はあれほどの強さなのに、ずっとFランクに留まっているのでしょうか。わかりません。理解ができませんが……
「このままでは生活が破綻してしまいます!」
「本当に、困っちゃうわね」
「きゃっ! ……って、シーフちゃん! 驚かさないで下さい!」
いつの間にか冒険者パーティーのひとり、シーフちゃんがすぐ後ろにいました。まったく、気配を消すスキルをこんなイタズラに使ってほしくありません。
「あはは、外から魔法使いちゃんの泣きそうな顔が見えたからさ。それにクエストが全然無いのは私も困るのは本当だしね」
「もう、シーフちゃんはお金には困っていないじゃないですか」
シーフちゃんは、自称イイトコロのお嬢様なのです。お屋敷に住んでいて使用人も何人もいるのだと言っていました。
それなのに気さくで、誰とでも仲良くなれるんです。実はそんなシーフちゃんに私は密かに憧れています。
「退屈なの。魔法使いちゃんと違って、私にとって退屈が一番辛いのよ」
「うう、お金持ちの言葉は心が痛みます……」
「ごめんごめん。あ、私そろそろ行かなきゃ!」
私の心を抉るだけ抉ったシーフちゃんは、私の頭をポンポンと叩くと逃げるようにギルドを後にしました。
しかし、それで良かったのです。私は今日ある秘策を持ってギルドに来たのですから。
その秘策を実行するために、私は意を決して立ち上がりました。