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Fランク冒険者、弓使いの決意③

 あの時感じた勇者とかいう奴の視線の鋭さは、強い者のそれだと思う。

 そんなに強敵と戦ったことはないけれど、以前森で遭遇した一角熊の比じゃないくらいの圧力があった。


 魔法使いちゃんに対してもスライムや受付さんに対しても優しい笑顔で接しているようだったから、外で様子をうかがっていた僕だけが感じた恐怖だったんだろう。

 笑顔の裏にある強者の目つき。それが、それこそが一番恐ろしいのかもしれない。


 僕は魔法使いちゃんの様子を見に来ただけだから、特になんの武器も持ってきていない。あんな相手に丸腰で何か出来るだなんて思ってないよ。


 交渉するにも戦うにも装備を揃える必要があるから僕は一度家に戻ることにした。

 幸いにも勇者と魔法使いちゃんは一度別れていたし、後でまた待ち合わせるみたいだった。まだチャンスはある。


 家に戻ると、一目散に壁に掛けてある弓をつかむ。しかしなぜかそれが壁から離れない。

 手のひらにじんわりと嫌な汗がにじんでくる。ほんのちょっと、ほんの少しだけ力を込めれば簡単に持ち上がるはずの小型の弓。

 その『ほんの少し』を意識した瞬間にさっきの視線を思い出してしまい、体がこわばる。


「なんだよこれ……呪いでもかけられたってのかよ……」


 思わず情けない事を言ってしまう。

 そんなとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「あのぅ、弓使いくんいますか? それとも狩りに出かけてますか?」

「いやいや、狩りに出てたら返事できないでしょ」

「あ、あはは、確かにそうですよね! うっかりです」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは魔法使いちゃんの声だった。

 なんだかいつもの明るい声じゃない。少しだけ震えた、でも何か興奮しているような声。


 ドアをあけて入るように促すと魔法使いちゃんの顔がひょっこりと現れた。なにか高揚した表情のまま、ぱたぱたと慌ただしく家にあがってくる。


 ギルドでもずいぶんと元気そうだったけど、それにしてもどうしたんだろう。

 まさかさっきの今でもうパーティー離脱の挨拶に来たってのか!? そのわりに明るすぎない!?


 いや、それにしたって急すぎるしいったいどうしたと言うんだろう。

 やはり先程ノックと共に聞いた声と同じように、いつもとは違う表情を浮かべている魔法使いちゃんについ戸惑ってしまう。


「いったいどうしたのさ、なんか興奮してるみたいだけど」

「そうですそうです! そうなんです!」


 魔法使いちゃんは熱のある顔で何度も頷く。


「聞いてください弓使いさん! 私、勇者様とパーティーを組むことができたんです!」

「パーティー……」


 知っていた、知っていたさ。


 彼女は勇者とやらに騙されているはずだ。でも、こうも目を輝かせて報告されると怒りが沸いてくる。ついつい言葉が荒くなる。


「それは、僕たちのパーティーを捨てて新しいパーティーで活動するってことかよ。ずいぶんと素晴らしい秘策だな」

「ほぇっ!?」

「確かにあいつは強いだろうしな! 食うには困らないだろうよ!」

「ち、違いますよ! 勇者様とパーティーといっても今回のクエストだけの一時的なものですよ!」

「一時的なもの? どういうことさ」


 僕の質問に対して魔法使いちゃんは秘策のあらましを教えてくれた。

 それはFランクのクエストを全部対応してしまう勇者を無理やり上位ランクへ上げることで、下位ランクのクエストを受けられなくするというものだった。


「……ごめん、パーティーを捨てたなんて馬鹿な勘違いしてさ」

「あ、謝らないでください。私も勘違いするようなことをしたんですから」


 そう僕をたしなめる魔法使いちゃんは、なんだか口角が上がっているように見える。


「なんで笑ってるのさ」


 そう聞くと、えへへ、と魔法使いちゃんは照れくさそうに頬をかいた。


「弓使いさんもパーティーを大事にしているんだなって、嬉しくなっちゃいました」

「そ、そんなの当たり前だろ」


 部屋の中がなんだか不思議な空気に包まれた。


 おっと、忘れちゃいけないことがあった。

 魔法使いちゃん思惑はわかったしきっと騙されているということはないだろうけど、勇者のあの視線に込められた圧力を考えたら警戒はしないといけないと思う。


「でも、やっぱり心配だよ。あの勇者って、只者じゃないし」


 尾行……いや、はあれだけ勘のいい相手ではすぐにばれてしまう。


「そうだ、僕が助っ人として参加すればいいんじゃない?」

「もう! 心配しすぎですよ! それにこのクエストはただの薬草採取ですから、助っ人なんて不自然です」


 なんだか呆れられているみたいだ。とはいえ、何もしないというのもむずがゆいしなあ。


「じゃあさ、これを持って行ってくれないか」


 僕は首にかけていた警戒の鈴を外し、魔法使いちゃんに渡した。


「せめてこの作戦の間だけは、相手取るのは勇者だけでいいんじゃないかと思うよ」

「ありがとうございます! ……大切に使わせてもらいますね」


 満面の笑顔に僕の顔も熱くなる。なんだか真正面から彼女の顔を見られない。

 その時、急に魔法使いちゃんが立ち上がった。


「いけない! あんまり遅くなると勇者様にご迷惑になってしまいます!」

「あ、ああ……そうだね。急がないとね」


 来た時と同じように慌ただしく僕の家を走り去っていく彼女の背中を見つめながら、少しだけ熱の残る息を、ほう、と吐いた。

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