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偵察の使命を受けた、長髪剣士の誤算⑥

 私はすぐにその場を去った。あれが勇者の皮を被った者であれば早急に対処しなければならない。早くじいと合流しなければ。


 勇者の向かった方向、あの方向には南の森へ続く門がある。魔物も弱く、初心者がマーキク草を取りに行く場所でしかなく、多くの冒険者にとって用のない場所だ。

 そんな場所にあれほどの強さを持つものがいかなければいけないというのか。とにかく怪しい。


「じい、こんなところにいたのか!」

「これはこれは坊ちゃま、どうなされたのですか。随分と慌てておいでですが」


 冒険者宿通りを散策していたじいを見つけると、私は勇者について先ほど見た光景や感じたことを伝えた。じいもスライムの兜については相当に驚いていた。


「これから勇者を追いかけようと思う。勇者の向かった南の森であれば、他の冒険者や商人の邪魔は入らないだろう」

「それに、大型の魔物が隠れるような場所もございません。『話』をするにはうってつけかと」


 話と言ってもひざを突き合わせて語りあう訳ではない。

 もちろんこちらの声が届く前に剣先が届くという『話』の形もあるかもしれない。何より後手に回るとどうなるか分からないのだから仕方がない。




 少し日が傾いてきた。勇者の後を追って森に入るが、この時間帯では若干視界が悪い。

 少しでも情報を集めておくために、先ほどギルドの受付嬢に話を聞きに行ったのだが、勇者はマーキク草採取のクエストを受けたのだという。しかしそれは朝方の話で、その後は見ていないらしい。


 私が先ほど勇者を見た時はまだ両方の太陽が高い位置にあった。いくら何でも採取のクエストでそれ程時間がかかるとは思えない。

 しばらく森の中を歩いていると、少し先の法から女性の声が聞こえた。透き通るような美しい声。


「スライムちゃん、今よ! 頑張って!」


 その声が魔物を応援しているものでなければ、天使の声と勘違いしていたかもしれない。しかし現実はそうはいかない。

 ともあれ勇者は見つけたのだが、いったい何をしているのだろうか。スライムになにか指示をしているように聞こえたのだが、周囲にその姿は見当たらない。


「これは、交信魔法かもしれませんね」

「交信魔法? なんだそれは」


 気づかれないよう、小声で交わす。


「テイマーの持つ魔法の一つで、心から信頼する魔物とは遠隔地にいても思念により会話が出来るのだそうです」

「スライムは意思を持たぬというのが通説だろうに何の意味があるのか……しかし、とすれば今が好機という訳だな」


 遠隔で指示をしているということは、近くにスライムはいないということだ。不思議な装備をしたスライムなど相手にしていられない。私は意を決して飛び出した。


 ただ姿を現したところで話ができるとも思わないため、まずはこちらが有利な状況を作る。

 別に切り伏せるつもりはないが、魔物の大軍を使役しているかもしれない言相手だ。何か行動をとられるのも避けたい。組み伏せられればよいが、そうでなくとも剣の切っ先を突きつけられれば大人しくしてくれるだろう。


ドサリ


 息巻いて走り出し剣を抜いたはずなのだが、空を浮くような感覚の後に背中に強い衝撃が入った。

 気が付けば橙色に染まる空が木々の隙間から見える。すると頭の上の方から、年若い女性の顔が、私の顔を覗き込むようにすっと現れた。


――美しい


 街で見た時は一瞬だったことと、スライムの兜に目が行ってしまい気が付かなかったが、こうしてまじかで見ると息をのむほどだ。

 しかし、なぜこのような状態に……


「坊ちゃま! ご無事ですか!」


 そう叫ぶじいの声を聴いて、混乱していた頭がはっきりとした。

 そうか、私は彼女に投げ飛ばされたのか。このままでは危ないと感じて飛び起きる。視界の端に私が抜いたはずの剣が地面に突き刺さっているのが見えた。


 万事休すかと思ったのだが、勇者は何故か攻撃してこない。それどころか、


「も、申し訳ありません。急に飛び出されたのでつい反射で投げてしまいました。お怪我はございませんか……?」

「い、いや、大丈夫だ」


 胸をなでおろすようにほぅとこぼす勇者。そんな仕草から目を背けられなかった。

 たじろいでいる私の身を案じ、すぐにじいはが駆けつけると、勇者に対して看破スキルを使った。

 先ほどは気づかれないようにと控えていたが、こうなっては隠しておく必要はない。


「これは……」


 じいは言葉を失うと、すぐに片膝をついて深々と頭を下げた。それは、この女性が真に勇者であるということを示していた。


「本物の勇者様に対しこのような行為、弁解の余地もございません。もしお許しいただけるのであれば、この老骨めの首一つで何とぞご容赦を」


 じいの顔には大量の脂汗が滲んでいる。街一つを滅ぼせる存在だ。私たちの命など気分次第で吹けば飛んでしまうだろう。

 しかしそんな心配をよそに、勇者の声色は落ち着いており、やさしいものだった。


「顔を上げてください。私は大丈夫ですよ。いま『本物の』とおっしゃいましたけれど、できればお話いただけませんか? 私でよければ力になります」


 そう言いながら彼女は暖かい笑顔を見せた。まるでこちらの心まで暖かくなるようで、私たちはこれまでの経緯を話した。

 勇者の存在を確かめに来たこと、スライムの防具という異質なもののため、裏に魔物大軍が控えているのではと勘繰ったこと、それを聞き出すべく剣を向けたこと。


 全てを話し終えると、勇者はもう一度微笑んだ。


「すべては街を守る為だったのでしょう。私もこの街が大好きなので、気持ちはよくわかります」


 その言葉に、その笑顔に、思わず顔が熱くなる。どうしたことか、妙に心臓の音が大きく聞こえるではないか。私は何を狼狽えているのだ。


 街へ戻る途中で私は何度もある言葉を言おうとして、それを飲み込んでいた。

 『勇者殿、私と共に来てくれないか』ただその一言が出てこない。なぜそう誘いたいのかも分からずに葛藤をしている間に、いつの間にか街についてしまった。




 翌朝、後ろ髪を引かれる思いでスタトの街を後にした。父と約束していた期日が来てしまったのだ。少しだけ彼女に近づけたかもしれないが、どう説明するべきか。


「ああ、受付嬢のあの熱意もわかってしまうな……」


 また彼女に会いに来よう。今度は一介の剣士ではなく辺境伯が次男として正式な形で。

 ともあれ、少しだけ傷ついた心に朝の光は少しだけ眩しすぎた。

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