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偵察の使命を受けた、長髪剣士の誤算⑤

「おや、今日はお早いお帰りでしたか。しばしお待ちください、今紅茶を……」


 宿に戻ってきたじいが紅茶をいれようと準備に取りかかったのだが、それを制して一本の剣を突き出した。


「これは……どこでこれほどの武器を手に入れられたのですか。まさか、未発見のダンジョンでもございましたか?」


 それを見たじいは目を見開いた。勇者を探して街を散策しているはずの私が新しい武器を持って帰ってきたのだから当たり前だ。それも、そうそうお目にかかられない程の逸品なのだから。


「聞いて驚くなよ? この街の武器屋、いや装備屋か? に置かれていた。普通の店売りの剣だ」

「まさか、坊っちゃまも趣味が悪い。こんな老体をからかってどうするというのですか。こんな武器はイーナカのオークションでも出てこないでしょう」


 言いながら、一瞬じいの目が光る。

 看破のスキルを使ったようだ。そしてスキルを使った上でも剣に対する評価は私と変わらない。やはり、これに使われている素材は本物ということだろう。


「私も冗談だと思ったさ。店主の話を聞くと、これはその店のお手製なのだと。素材の出所は聞けなかったが、勇者の出入りを聞き付けたどこかの商人が後ろにいると睨んでいる」

「商人ですか……では、すぐに商人ギルドに探りを入れましょう」


 翌朝、じいの知り合いだという男が宿を訪ねてきた。男はじいと二言三言交わすと、すぐに馬を走らせた。

 武器屋の話をしたのは昨晩だというのに、いつの間にか接触していたのかはわからないが、やはりじいは頼りになる。


「数日もすれば、答えが分かるでしょう」

「今の男は?」

「いえ、昔馴染みの情報屋です。不愛想ですが、信頼のおける人間である事は保障いたします」

「そうか、では、今は正確な情報が分かるまでは待つしかないか」

「急いても良いことはございません。それが賢明かと」


 それから三日ほどたって、また例の男が訪ねてきた。先日と同じように、じいとは二言三言しか交わさない。が、そのやりとりのあとじいの表情が明らかに曇った。いや、困惑したようにも思える。

 男は表情を変えないまま、数枚の金貨を受け取るとすぐに姿を消してしまった。


「随分と難しい顔をしているが、情報屋はなんと?」

「それが、商人ギルドは何も関係していないとのこと。あの武器の製造にはこの街の人間しか関わっていないという話でございます」

「とはいえ、武器屋にそんな高ランクの素材を売れる人間なんて……勇者くらいしか思いつかないな」

「これまでの話を考えると、それが一番可能性が高いのは確かでしょうね。ですが、Aランクモンスターを倒せるような人間が、マーキク草の採取などという低ランクのクエストを受けるでしょうか」

「それを言えば、スライムという弱小の魔物を連れている理由もないだろう。あるとすれば……」


 何かの偽装。

 ぼそりと呟いた私に、じいもゆっくりと頷いた。わざわざ自らを弱く見せるというのなら、真っ先に思いつくのはそれだ。


「偽装するとすれば、何が考えられる?」

「本来は弱いにもかかわらず勇者を騙っている、本来は別の協力な魔物をスライムに化けさせている、高位の魔物が勇者に化けている等が思いつきますが……」

「弱者が勇者を騙っているだけであれば平和で良いのだがな」


 そんなホラ吹きに妄信的な信者が生まれるというのは、まあ、信じがたい。


「スライムにしろ人にしろ、何かに変化できる魔物というのはたちが悪い。その上例外なく高ランクだからな」

「勇者である可能性も信じたいものですが……」

「取り急ぎは商人ギルドに牽制はしておくべきだな。街に悪い変化が起きていない以上、観察しかできないのは歯がゆいな」

「なに、あれが悪い者であれば何か行動を起こすでしょう。その時いち早く行動出来る準備を整えておけば良いのです」

「間違いないな」


 それからまた数日は街の見回り程度で時間が過ぎた。

 『この街に現れた勇者をこちらの戦力として引き入れる』などと父に啖呵を切って飛び出してきた手前、この変化のない時間はただ焦りが増すばかりでしかなかった。

 何かの実績を作り、それこそ大手を振って関係作りが出来る環境を整えなければならないはずだったのだ。


 悶々とした思いのまま街中を散策していると、道向こうからくる冒険者らしきものが私の姿を見て驚いたような表情を浮かべる。焦っているからとはいえ、それほどに怖い顔をしていただろうか。

 いや、その視線は良く見ると私ではなくその奥に焦点が合っている。


 誰か後ろにいるのか。そう思い振り返ると私の視界に、なびく黒ときらめく白が飛び込んできた。この国の女性にしては背が高く、真っ白な鎧の縁をなぞるように揺れる長い髪は、姿を浮きだたせる影のようにも見る。


 そしてその髪からひょっこりと現れた青く震える玉。最弱の魔物スライム。そうか、彼女か。これがこの街に現れた勇者か。


 敵対的ではなく不快ではない、が、強き者がまとう圧を確かに感じる。そしてそこに恐怖を感じないからこそ、不安の感情を抱かざるを得ない。


 なぜ、このスライムは兜を装備しているのか。確かに一流のテイマーの中には従える魔物に装備を施すものもいると聞く。が、それは魔物もまた一流だからこそ意味がある。


 スライムに装備などと正気の沙汰じゃない。それも、こんなどこぞの英雄が身に着けるのかと言わんばかりの、細工師でも難色を示すような装飾である。

 これを作った人間は相当な奇人だろう。そして、わざわざこの勇者を名乗るものがそのような装備を欲しているということが何より怖い。


 こだわりの詰まった形状に、それをスライムに最適化したような小ささ。それだけでもかなり高価になりそうだが、私の目利きでは性能もかなりのものだ。守りの硬さは集団戦において確かな力となる。


 スライムですら戦力になる魔物の軍団。想像しただけでぞっとする。

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