偵察の使命を受けた、長髪剣士の誤算④
「これは……」
私は思わず唸るように呟いた。店に並ぶ武器防具のそれは、駆け出しの街で置かれる物とはあまりにもかけ離れていたのだ。
いくら勇者が素材を持ち込んでいるとしても、この街の周辺の魔物を狩っているだけのはず。
確かに樽に刺さっているようなひと掴みいくらの物もあるが、入り口横の長机に置かれた鎧も中央に目玉商品として飾られた剣も輝きが違う。
勇者の出入りを察したどこかの商人の息でもかかっているのだろうか。
この街でこの強力な武器は持ち腐れだろう。それとも私達が掴んでいない魔物の情報でもあったのだろうか。考えていても仕方がないので、店主に尋ねることにした。
「店主、何故これ程の武器をスタトの街に仕入れたのだ? 周辺に強力な魔物でも出現したのか?」
「いや、ここの武器は俺の打ったものだ」
その答えに私は驚いた。それは冗談なのか嘘なのかわからないが、物珍しい身なりであろう私を警戒してのことなのだろうか。
「貴殿が? ……信じられない。これ程の武器は、商業ギルドの中央拠点があるイーナカですら見たことがない」
「ほぉ、ずいぶんと褒めてくれるじゃないか。出せるものなんか何もないぜ」
店主の茶化したような返しに、私は思わず眉をひそめる。軽い口調とは裏腹に警戒の色が濃くなった。
何でもない質問をしたつもりだったが、なにが気に入らないのかは理解できない。
これでは素材の出所を聞くというのは難しいだろう。脅すというのも性に合わない。であれば、一人の剣士としてはこの強力な武器たちとの出会いに感謝することにしよう。
気に入った剣を手に取りまじまじと見つめる。勇者が持ち込んだ素材かどうかなど関係なく、この素晴らしい造形から目が離せない。
「兄ちゃん、えらく鼻息を荒くしているがよ、もちろん買っていくんだよなぁ?」
相変わらずなにが気に入らないのか、皮肉混じりに煽ってくる店主。客の懐具合も見抜けないとは、腕は一流かもしれないが商人としては三流だ。
相手がその気なら、私も少しかまをかけてみようではないか。
「これほどの剣とはいえ、ここはスタトの街だろう。貴殿がお優しい店主なのであれば、きっと若い冒険者でも手が出せるような金額にしているに違いない」
「まあな、せいぜいこんなもんだ」
店主はニヤリと笑いながら指を三本たてた。
そこの樽に刺さったロングソードと同じ、ということはいくらなんでもないだろう。ゼロが二、三個足りない。いや、下手をすればそれ以上の額であるはずだ。
とはいえ、こんな態度の店主に対してそれを私の口から言うのも釈然としない。
もしかすると、鉄を打つことばかり考えているせいで、武器の相場がわからない人間かもしれないのだ。安く買えるに越したことはない。
「それは……それではこのロングソードと値段が変わらないではないか。いくら貴殿のお手製とはいえ、少々安すぎやしないか?」
「勘違いしてるところ悪いが、桁が二つ違うからな」
流石にそこまで物の価値を知らないわけではないようだ。しかし、
「いや、それでも安い。……これを貰おう」
「ほ、ほんとうか!?」
買うと言った途端、店主の表情が変わった。警戒されたままではあるが、目の中に潜む敵意のようなようなものがなくなったのだ。
腰袋から金貨を取り出して代金を払う時には、店主はうっすらと目に涙を浮かべていることに気づき驚いた。何に感動しているのかは分からないが、随分と情緒不安定なようだ。
「兄ちゃんはその剣の価値が分かるんだな」
剣を渡しがてら、店主はそんなことを呟いた。
私も冒険者の端くれだ、それくらいの目利きはできなければ食っていけない。高い代金で粗悪品を掴まされるというのは、死に直結しかねないのだ。
「この剣の柄に使われているのはAランクモンスターの四翼赤蛇の革ではないか? 独特なまだら模様でそれとわかる。となればこの剣の刀身もそれの骨を使ってあるだろう」
「へぇ……」
どうやらご納得いただけたようだ。それにしても、私ですら初めて持つような凄まじい剣をこんなところで手に入れられるとは思わなかった。
受け取った剣を腰に差すと、私は店を後にした。
しばらくして路地を曲がったとき、後方から店主の興奮した声が聞こえた気がした。剣が一本売れた程度でそれほど喜ぶだろうか。だんだんと不安になってきた。
街の近くにいるはずのない素材の武器、妙な安さ、店主の強い警戒の意識と売れたときの喜びようも不自然。
仮に偽物だとしてもこれ程精巧な模造品であるのならば、その鍛冶スキルはたいしたものではあるが、脆い素材のせいで戦闘中に壊れても困る。
「じいにスキルでも使って確認してもらうか」
武器が本物であれぼ、その仕入先の商人から勇者が囲われる前に手を打つ必要がある。偽物であれば法に従って捌かれて貰うだけだ。
「本物の方が面倒事が増えるが、本物であってほしいものだな」
これ程の武器を持つ機会などそうは無いのだから、心からそう思う。




