偵察の使命を受けた、長髪剣士の誤算②
この街のギルドは連なった面屋に酒場が隣接している。ギルドへの報告終わりにそのまま一杯帰ることができる、なんとも冒険者に寄り添った建物だ。
しかし、だからこそ雑多な情報が集まる。酒が入れば口が緩くなり、良くも悪くも語りたくなるものだ。
今はそこで出た話の信憑性は二の次だ。まずはとにかく数が必要であり、それらを精査する時間を確保するためにも噂を集めるために迅速さが求められる。他の誰かに出し抜かれては意味がない。
とはいえ太陽昇る真っ昼間ではあまりギルドは盛り上がっていない。皆、朝一番にはギルドを訪れて依頼を受け、帰ってくる頃には日が傾いている。
ギルドに集まってくる依頼は基本的に早い者勝ちなのだから当然である。
冒険者がいないということは、つまり受付は空いていると言うことだ。いましばらく暇であろう今なら話を聞くのに都合がよいはずだ。
「娘、少しばかり付き合ってもらえるか。聞きたいことがあるのだが」
受付嬢は私の顔を見ると少しだけ緊張した表情を見せた。
決して自画自賛ではないが、私のようなそれなりの風格を持つ見慣れない冒険者がこんな街のギルドに来たとなれば仕方がない。スタトの街には私に並ぶような冒険者は多くないのだから、相対して気圧されるのも当たり前だろう。
しかし彼女もさすがはプロである。ぐっと唾を飲み込むと、静かに口を開いた。
「と、当ギルドにどのようなご用件でしょうか?」
彼女の精一杯のひきつった笑顔が面白いとは思いながらも、私はからかうつもりも時間も無いので単刀直入に勇者の話題を切り出した。
「勇者、と呼ばれるものがここに来なかっただろうか」
「勇者様ですか……ええ、ええ、いらっしゃいますよ。先程もクエストを受けて街を出られました」
受付嬢は少し上ずった声で肯定した。当たりだ。やはり勇者はここを訪れていた。入れ違いになってしまったのは残念だが、当初の目的である噂集めは果たせそうで良かった。
「その勇者がどのような人物なのかを知りたくてな。些末なことでも構わんのだ。姿や達成したクエストなど、なんでもよいので話してくれないか」
「勇者様のお姿ですか……まず第一に、とてもお美しい方です」
そう言いながら、少しだけ恍惚とした表情を浮かべる。勇者の姿を思い出しているのだろうか。
勇者という人物を聞いて最初の答えが『美しい』とは、驚かされる。それも頭に浮かべるだけで頬を赤らめるほどに惹かれるというのは、いったいどれ程の美貌だと言うのだろう。驚いている私をよそに、受付嬢の言葉は止まらない。
「まるで夜のように深く長い髪に、相反する透き通るような肌の白さ。白で統一された装備も相まって、まるで地上に降りた天使のようでした。いえ、それだけではありません。見たこともないような高ランクを倒す程の強さを持つにも関わらず、いつも私たちにそれはそれは親切で優しく接してくださります。まるで聖母の生まれ変わり、いえ、彼女こそが女神ではないかと感じさせるのです!」
「お、おう……」
しまった、と思うにも遅かった。
「そうです。それほど慈愛に満ちた方だからこそ、本来はとても弱く、かつ意思を持たず扱いづらい為にテイマーから人気のないスライムが付き従っているのです。 私も長くギルドで働いていますが初めて見ました。スライムですよ、スライム。信じられません。それにマーキク草を山のように、信じられないような両を持ってきて下さるのです! ポーションなどいくらあっても足りないのですから、ギルドとしても……」
捲し立てるように言葉が耳に雪崩れ込み、思わずたじろいだ。情報は多い方が良いとは思っていたが、これほどの密度になるとは思わなんだ。それに情報元がいささか偏り過ぎている。当たりだと思った先ほどの私を叱りたい。
止まらない、まったく止まらない。
聞き続けていると怖くなってくる。そのうえ頬を染めながら語る彼女の目は真剣そのものであり、変に感情を込められるより余程『本物』の崇拝者だと思わされる。
しかし、そんな大袈裟な話も聞いてみるものだ。
荒唐無稽な物語にも聞こえるが、きっとこの物語は真実なのだろう。崇拝がゆえに誇張された部分があるかもしれないが、高ランクの魔物を狩ったことも、大量のポーションの素材を集めたことも、そのくせにスライムをつれて旅をしていることもきっと嘘ではないのだ。
もちろん別の冒険者たちにも確認する必要があるが、私のこれまでのカンが信じてもよいと告げている。
だからこそ違和感をおぼえる部分があるのだ。
これが本当であるなら、私はこの勇者に剣を向けなければいけないかもしれない。そうなっては欲しくないが、その結論はじいとも意見をすり合わせた後になるだろう。
いずれにせよ勇者がよほどのバケモノということは十分に理解した。あとは、それが味方になることを願うばかりだ。




