偵察の使命を受けた、長髪剣士の誤算①
――魔法使いちゃんがマーキク草のクエストに失敗し、ブキヤの店主が高級素材を前に頭を抱えている、いっぽうその頃――
大通りを走る何台もの馬車、道の両脇に並ぶいろいろな屋台の呼び込み、行き交う人々の弾む声。久しぶりにこのスタトの街を訪れたが、以前に比べ街に活気が増しているように感じる。
この地に来た理由は他でもない。最近になって『勇者』と呼ばれるものが現れたと冒険者ギルドからの報告を受けて、イーナカの街から飛んできたのだ。
「じいよ。以前とは見違えんばかりに活気づいていると思わないか?」
イーナカの街を出る際に旅のお供にとつけられた、老齢ながらこそ熟練の技を持つ突剣士。歳は五十を優にこえているが、剣の腕は衰えを知らない。
私も一介の剣士として多くの魔物や賊を討伐しており、有象無象の冒険者に比べれば強さには自信があるのだが、彼とは稽古として手合わせするたびにその差を実感させられる。
「確かに、これほど賑わうスタトの街は初めてですね。しかし……」
「影響が出るには早すぎる、だろ」
「仰るとおりで」
スタトの街に勇者が現れたという報告から、まだ数日しかたっていない。
それぞれの街のギルド間の連絡は通信魔法を使っているために一瞬であるし、我々はそれを聞いてすぐに馬車で駆けつけた。
勇者がどこから来たかは知らないが、ギルドが把握してからそれほど時間はたっていない。冒険者達が噂を聞き付けて集まるには早すぎる。
それに、そもそもこの街の周辺の魔物はたいして強くない。
周囲にある森もそれほどの広さはなく、最深部まで行ったところでそれなりの魔物しか現れない。せいぜい一角狼か、運が良くて一角熊くらいだろう。それも中級冒険者のパーティーであれば難なく倒すことができるはずだ。
ある程度こなれた冒険者達からすれば、スタトは稼ぎの少ない街でしかない。
だからこそ、というべきか。行き交う人々の装備は軽装ばかりだった。
「冒険者よりも商人のような姿をした人たちが多いように見受けられます」
「ああ、彼らの耳のよさは侮れないからな。勇者が来たとなれば扱える素材の質も量も跳ね上がる。とはいえ、スタトの街ではたかが知れてはいるだろうがな」
「早いうちに繋がりを作ることが目的でしょう。強い魔物から取れる素材は競争も激しいですからね、この街で扱う程度の素材であれば金額的にも手が出しやすいかと。そこでそれなりの額で仕入れて度量を見せれば信頼を得られます。まあ、先行投資というところでしょう」
商人ギルドの連中は耳も早ければ手も早い。しかし、実際に物を扱う場面では慎重だ。
動き出しこそ素早いが、ほとんどの者が勇者の情報を集めている状況に違いない。
勇者の力は絶大で特殊だ。一人で街を滅ぼせるとまで言われているにも関わらず、ほとんどの者が政による過度な干渉を嫌うとされている。
大手を振って関係作りのできない今、下手な商人に囲われても面倒だ。
そうなる前に接触しなければならない。
そして、それが本当に『勇者』かどうか見極めるのもまた、私にかせられた使命なのである。街の変化は確かに感じられるため、何者かが現れた事は本当なのだろう。それが人々の味方なのかどうかはわからないが。
「ともかく、我々も情報を集めねばならない。二手に別れよう。私はギルドに顔をだしてくる。じいは冒険者宿通りを頼む」
「承知いたしました。坊っちゃま」
「……」
じいはいまだに私を『坊っちゃま』と呼ぶ。その呼び方はやめてくれと、と何度言っても直らない。
自らの立場を考えると厳しく律する事も必要なのだろうが、幼い頃より私を支え続けてくれている彼には強く出られない。私はまだまだ甘さが抜けていないのだろう。
こんなことでは父の跡を継ぐ者としては相応しくないのではなかろうか。そんなことを考え、思わず自傷気味に笑う。不安をじいに気取られないよう、照りつける二つの太陽が眩しいふりをして腕で顔に影を作った。
そうして二人に分かれると、私はこの街の冒険者ギルドへと足を運んだ。勇者が勇者として活動する以上、必ずこのギルドと関わりがあるはずだ。
いずれ魔王を討つための存在。魔物を狩ってこそ勇者である。そうした依頼が日々集まるこの場所に来ないはずがない。




