この街で唯一の装備屋、店主の葛藤⑥
嬉しそうに軽やかなステップを踏みながら店を去る嬢ちゃんを見送ると、俺はどっかりと椅子に腰かけた。傍らには一匹のスライム。軽くポンポンと叩くと、しっとりとした弾力のそれが、手のひらに吸い付いてくる。
さて、スライムの防具を作ると約束して一匹借りたものの、どう作ったものか。
スライムは形状が自在に変わる。基本は楕円形ではあるが、素材を吐き出すときのように広く伸びることもあれば、ふにゃりと潰れるようなこともあるだろう。
兜や鎧等の硬質な装備はスライムの良さを失うかもしれない。武器は使えないと考え防具を約束したが、それでも制約が多い。
生半可な素材では、捕食時のスライムに溶かされかねない。
強い素材のなめし革で柔軟性を持たせるか、金属製のものを格子状に切り貼りして魔力で繋げるか。幸い素材の数と種類はたっぷりある。
「可愛い防具ってなあ、それが一番難しいんじゃないか?」
人が魔物を狩るための、人と人とが殺し会うための武骨なものしか作ってきてないのだから、可愛いものなんか作ったことがない。
そりゃ、装備品全般を売る店としてちょっとした装飾品を扱うこともあるが、俺が作るものは簡素なものばかりで、きらびやかなものは依頼を受けて仕入れたりする程度にしか触れてきていない。
「スライムの良さを保ちつつ、嬢ちゃん好みの防具か」
一つため息を吐きながら、手にした毛皮を投げるようにどさりと置いた。そのとき、その風にあおられてコロコロと何かが机の脇に転がった。魔石だ。
なんの魔物のやつかわからんが、大きさ的にBランク相当だろう。他の素材を取り込んで特性を利用したり魔力を溜められたりと色々便利だが、通常は指輪等に装着して扱う。
基本的に魔石は脆く、スライムに取り込まれると溶けてしまう。収納魔法で閉じ込めてしまうと魔力の糸が現世から切り離されてしまい効力を発揮しない。
「……そうだ」
溶かされない素材で魔石を包めば使えるんじゃないか。それに確か、幻惑魔法を得意にしている魔物の角があったはずだ。
「よし、方向性は決まったな」
ぱんと一つ手を叩くと、加工場へ向かうためにスライムを抱き上げた。
持ち上げたときに小さくキュイと鳴いただけで驚くほどおとなしい。軽く撫でるとプルプルと震え、なんとなく癒される。
「さて、一晩中手伝って貰うぜスライムさんよ。……しかし、お前って寝たりするのか?」
俺の問いに、スライムはまたキュイと鳴いた。……どっちなんだろうか。
そして翌日。片方しかない太陽が天辺に来る頃、開いた店の扉から期待に目を輝かせた嬢ちゃんがひょっこりと顔を覗かせた。
「いらっしゃい。出来てるよ」
まあ、『明日までに作る』なんて約束はしてないんだが、これだけ嬉しそうな顔を見せてくれるなら頑張った甲斐はあった。
嬢ちゃんは机の上のスライムを抱き上げると、フニフニと揉む。
「スライムちゃんも眠たそうなお顔をしているわ。うふふ、頑張ってくれたのね。とっても偉いわ」
眠そうなんてわかるのか。というか、スライムもやっぱり眠るのか。
しかし、嬢ちゃんは労いの言葉をかけながら揉む手を止めないのだが、寝かせて上げればいいんじゃないか?
「……それで、おじ様。出来上がった防具はどこに?」
嬢ちゃんはフニフニしながらキョロキョロと店を見渡す。
「嬢ちゃん、もう装備させているよ、そのスライム」
「へ?」
「ほら、透けたなかに玉みたいなものがあるだろう?」
スライムの中心に親指ほどの黒い玉が浮かんでいる。それが装備品だと知らなければ、消化中の何かに見えるかもしれない。
「これが、装備品ですか? ……可愛くないです」
露骨にガッカリした顔をしているが、そんなことは折り込み済みだ。
「なあ、嬢ちゃんよ。嬢ちゃんの思う可愛いスライムの姿を想像しながら、その黒い玉に魔力を注いで見てくれよ」
嬢ちゃんは促されるままに目をつむって魔力を込める。するとスライムの姿がぼんやりと輝きだした。
そして次の瞬間、そこには桃色のフリフリに包まれたスライムの姿があった。
「きゃあ、スライムちゃんの装備が変わったわ!」
「面白いだろ? 黒い玉の中には幻惑魔術と防壁魔術が仕込まれた魔石が仕込まれている。見た目も変えられるし、よほどデカくならない限りは防壁魔術が守ってくれるだろうよ」
嬢ちゃんはこの装備を気に入ったようで、そのあともスライムの着せ替えショーがしばらく続いた。
最終的には勇者が被るような兜に落ち着いたようだった。ギャップがたまらないらしいが、俺にはよくわからん。
「おじ様! 早速魔物と戦ってきますね!」
そう言うと、嬢ちゃんは昨日以上な軽い足取りで店を出ていった。
机の上には金貨が六枚。いつぞやの剣士が買っていった剣の倍の値段を、嬢ちゃんはなんのためらいもなく置いていったのだから、羨ましい。
そしてその日の夕方、魔物の討伐から帰ってきた嬢ちゃんがまた店を訪れた。
とても満足そうな表情を浮かべているが、それがなんとなく不安にさせる。
「おじ様! この装備、本当にすごいわ! 魔物の姿に化けたり、魔物から見えないようにできたり万能なの! だから、ほら!」
興奮した顔で取り出した一枚の羽。虹色に艶めく腕の長さ程もある大きな羽だ。
「おい、まさか……」
「そう! 警戒心が強くて、Aランクの魔物のなかでも倒すことが出来なかった虹色鷲を倒せたの!」
「嘘だろ……」
長く冒険者に関わってきたが、虹色鷲を討伐したなどと聞いたことがない。滅多に姿を現さず、すぐに逃げ去ってしまうからだ。皆がこぞって戦いを挑む分、ドラゴンの素材の方がまだ現実味がある。
「それでね、私のスライムちゃん皆にプレゼントしたいの!」
「そ、それは構わないが、何個くらいだ? 二、三個なら素材は余ってるからすぐにでも着手できるが」
窓から差し込む西日が羽に当たって虹色に反射する。その光に照らされて、嬢ちゃんの無邪気な笑顔が輝く。
「二百個! スライムちゃん二百匹分でお願いします!」
そう言い終わる前に、どさりと大きな布袋が目の前に置かれる。
縛り口の隙間から輝く金色が覗いている。大量の金貨がそこにある。
「お陰さまで凄く強くなったのですもの、これからもっともっと色んな魔物の素材を売りに来るから、楽しみにして下さいね?」
朗らかな口調とは裏腹に、その目は真剣で決意が現れていた。
その後、数々の高級素材が店に持ち込まれることになる。
それらを試行錯誤を重ねて加工し世に送り、『スタトのブキヤは世界一』と称されるまでに成長するのだが、この時の俺はただ見たこともない大量の金貨を目の前にして、平静を装うので精一杯だった。




