この街で唯一の装備屋、店主の葛藤⑤
武具ギルドで若干数売れたおかげで店の赤字は多少はマシになったとはいえ、勇者の嬢ちゃんはほぼ毎日といっていいほど店に顔をだす。その度に嬉々としてスライムの活躍を語り、友達が出来ないと嘆いていく。
ここをお悩み相談室かなにかと勘違いしているんじゃないだろうな。そして今日もまた、カウンターの前で嬉しそうにスライムの話を始めた。
まあ、嬢ちゃんが来るまでは噂程度でしか聞いたことのない素材をじゃんじゃん仕入れられているのは確かだし、それらの商品の珍しさから以前より客足は増えているのも事実だ。
ほぼひやかしなのが痛いところではあるが、これをどうにかして商機に繋げなくてはいけない。
今ある商品を餌に他の街から来る冒険者を釣ることは出来るだろうから、店のことだけを考えるなら勇者の嬢ちゃんを焚き付けて別の町に向かってもらうという手も考えたが、武具ギルドに納品する分は仕入れなきゃいけないし、そんな夢のような素材から逃げてしまっては、武器屋としての沽券に関わってくる。
それに、今回武具ギルドが買ってくれた数本だけでもここ数ヵ月の売上を超えた。今までに比べて売上額は跳ね上がってるのだ。異常な原価のせいで赤字になっている以上、商いとしての見直しも必要なのだ。
素材の買い取りを一次やめるか、違う路線の売り方を考えるか……
俺はそんなことを腕を組ながら考えていたのだが、勇者の嬢ちゃんの肩から飛び降りたスライムはお構いなしに口を大きく開けている。
また大量のレア素材を見せつけられるんだろう。そして俺は買ってしまうんだ。
「嬢ちゃんが店に片方の月が隠れない程度しか経ってないんだよなぁ……」
ぼそりと漏れた声に、嬢ちゃんがピクリと反応した。考えていただけのつもりが、思わず声に出てしまっていたようだ。
「おじ様、それはどういう意味でしょうか?」
嬢ちゃんは理解できないといった表情で首を傾げている。深い意味はなかったのだが、悪い方にとられても困る。
困惑している俺に、嬢ちゃんは重ねて問う。
「片方の月が隠れない程度という表現を初めて聞いたもので、教えていただけませんか?」
「へ?……いや、遠いところから来たと聞いてはいたが、まさか月の数えかたも知らないなんてな。驚いた、海でも渡ってきたのか」
「え、ええ、周りに山しかない田舎からやってきたもので」
「田舎ったっていくら何でも……まあ冒険者の過去を聞くのは野暮ってもんだし、それ以上は聞かないけどよ。実はその出征の秘密が嬢ちゃんとスライムの強さの秘訣だったりしてな。っと、月の数え方だったな」
そう言いながら、俺は剣の装飾に使う石を二つ机の下から取り出した。大小二つの白い石だ。それらを空に浮かぶ月に見立てて説明する。
「ほら、まずは『両太陽の日』。太陽が二つとも登ってる日をそう呼んでいる。その日の夜は月も二つ出ている。そして太陽はゆっくりと位置が重なっていくんだ。それとあわせるように、片方の月が少しずつ欠けていく」
ゆっくりと影を作るように手を動かし、そっと小さい方の石を手で隠す。
「そうして片方の月が完全に隠れたら『片新月の日』。両太陽の日からだいたい六日から七日くらいでそうなるな。これを週って呼ぶやつらもいる。そしてそのあともう片方も隠れ始めて、両方隠れたら『両新月の日』だ。二つの太陽もぴったり重なってるせいか、特に魔物の気性が荒くなるから、その日は待ちの外に出ないことを進めるぜ。んで、後はその逆でまた片新月の日を通って両太陽の日まで戻る。これが一ヶ月。これを十二回繰り返して一年だ。わかったか?」
説明を聞く嬢ちゃんの表情は今までに見たことがないくらい真剣なものだった。
こんな当たり前のことを誰かに説明することなど無かったのだが、伝わっただろうか。
「ええ、ありがとうございます。一年の考え方は私たちとあまり変わらないようでホッとしました」
私たちというのは生まれ里の人たちのことを言っているのだろうか。
しかし、月や太陽なんて空を眺めれば見える事だ。まさか海を渡れば太陽の数が減るなんてこともないだろうし、不思議な娘だ。
「そりゃ、同じ国に住んでるんだ。月や太陽は違わないだろうさ。んで、さっきの呟きなんだが、こんな短期間でどんどん素材のレア度も質も上がっていくもんだから、これからどうなんのかなって思った訳よ」
そう、これだけの勢いでレア度が上がっていくということは、それだけ強い魔物と戦っているということだ。スライムだって嬢ちゃんを守れるのかわからない。
譲ちゃんがこれだけ毎日自慢しに来るんだから、きっと戦いのほとんどをスライムがこなしているに違いない。
確かに今までこんなに強いスライムを使役しているテイマーは見たことが無いが、それだっていつか限界が来るだろう。
「……そうだ。スライムだ。スライムの防具を作ればいいんじゃないか?」
これまでの様子から嬢ちゃんは何匹かのスライムを従えているはずだ。それらの防具を作って嬢ちゃんに売ればいいんじゃないか。
金ならウチに素材を売ってこさえたものが大量にあるだろうし、これだけの強さならギルドでもきっと高レベルクエストをこなしているはずだ。
「嬢ちゃんよ、今日買った素材でそのスライムの防具を作ってもいいかい? ちょっと値は張るかもしれないけど、きっと良いもの作るからよ」
「まあ、スライムちゃんの防具だなんて、ぜひお願いいたします! きっと可愛いものにしてくださいね」
「か、可愛いか……いや、頑張ってみるよ」
その後おおよその見積もりを伝えたが、それは二つ返事で了承された。気合を入れなければ。




