この街で唯一の装備屋、店主の葛藤④
悲しいかな、スタトの街では売れない装備品でこれ以上店頭を華やかにする意味もない。そう悟った俺は今日、イーナカの街へ来ていた。
ひとつでも多くさばけるようにと馬車に積めるだけ積めた結果、イーナカについた頃には相棒の馬が死にそうな顔をしていた。
奮発して良い馬屋のある宿を取ったのだが、少しはねぎらえただろうか。
この街を訪れるのも随分と久しぶりだ。さすがに中央ギルドなんて呼ばれてるだけあって、重厚な作りの建物が多くならぶ。
それらギルドは街の中央にある噴水をぐるりと囲むように並んでいる。その中にある赤い扉、それがお目当ての武具ギルドだ。
ここへ来たのは、それこそいつぶりだろうか。ギルド長へは事前に面会の予約を取り付けているとはいえ、変な緊張がある。
「ギルド長とは初対面だからなぁ……はぁ、心臓が痛いぜ」
入口の扉は分厚く武骨に見えて、ほとんど力なく開く。蝶番の整備すら完璧なのだろう。そういう小さなところで、どれ程良い商売をしているかわかる。
その扉の向こうに一人の男が立っていた。ふくよかな体型に立派で整った服装。そのたたずまいからはそこいらの平民とは違う、裕福さがうかがえる。
が、その男は俺が約束している相手とは違った。
「おや、珍しい客が来たね」
その男は俺を見ると、そうつぶやいた。
それは俺と言う客を不快に思っている訳ではない。懐かしいその顔は、その昔スタトの街では店を並べていた商売仲間だった男だ。
「久しぶりだな、防具屋。商業ギルドのお前がなんでこんなところにいるんだ」
「なに、地元の街にこだわる意固地な職人が、ギルド長に泣きつくだなんて噂を聞いてな。随分と面白そうじゃないか」
「ついてくる気か? 冷やかしかよ」
「君が頭を下げる場面なんて、人生で何回も見られないだろうからね。もちろん、ギルド長の許可は頂いているよ。そうだ、先にどんなものを納品するつもりなのか見せてくれないか? それが粗悪品なら……もっと慌てふためく君が見られるかもしれないからね」
小ばかにしたような物言いだが、本気でけなしているわけではない。彼は俺とギルド長の間を取り持つために、わざわざ駆けつけてくれたのだろう。
「腰を抜かすなよ? ほれ」
試供品に持ってきたナイフを一振り、防具屋に手渡す。Bランクの魔物である炎熊の骨から作られた、力作の一つ。
とにかく軽く、風すらも切れそうなほどの鋭さを持つ。さらに魔物自身が燃えているだけあって、ひたすら熱に強い。工房にある炉に投げ入れても少しの歪みも無かった。
まあ、そんな高温の魔物など、スタトの街どころかイーナカ周辺にすらいないだろうが。いるとすれば、三つの山を越えた先にある火山地帯くらいなものだ。
俺の記憶が正しければ炎熊はその火山地帯に生息していたはずだが、あの勇者の嬢ちゃんはどうやって辿り着いたのだろう。もしくは、はぐれた炎熊が山を越えてこちら側まで来ていたのだろうか。
だとずれば、出会ったことも倒せたこともラッキーに過ぎる。
「君はこんなものを売りに来たのかい……?」
「ああ。どうだ、なかなかのもんだろ」
「なかなかだって? いったい何を言っているんだ。困ったな、これじゃ売れないかもしれないぞ。とにかく、ギルド長に見てもらわないと」
そう言って、防具屋は足を速める。
促されるままについて行くと、大きな扉の前に着いた。入口の扉も大きかったが、この扉も大概だ。茶黒い木の扉は、縁には金で植物のような装飾が施されている。取っ手も光るほどの金色。
金はあるところにはいくらでもあるものなのだろう。ある意味期待値が上がるが、赤い帳簿と毎日にらめっこしていることが悲しくなる。
緊張する間もなく、防具屋がその扉を勢いよく開く。中で待っていた白髪の紳士は若干面を食らったような顔をしている。
「どうした防具屋よ。血相を変えて……おや、後ろにいるのは武器屋殿か。防具屋も相席するとは聞いていたが、二人で何かもめごとでもあったのかね?」
「ギ、ギルド長! とにかくこれを見てください!」
「そう慌てるでない、防具屋。どれ、これはナイフ……」
ナイフを受け取ったギルド長は、息をのむようにナイフを見つめている。刃の先から柄の部分まで、まるで視線で舐めるようだ。
よく見ると、ギルド長の目の周りが陽炎のように揺らめいている気がする。何かの魔法だろうか。
「こ、これをどこで仕入れてきたのだ? このナイフの素材は炎熊の骨だろう。スタトの街で手に入る品物ではないはずだ」
「いやまあ、素材は冒険者からで、加工したのは俺ですよ」
「確かに武器屋の鍛冶技術は一級品ですよ。昔隣で店を並べていた私が商人です。ギルド長」
「いや、技術もそうだが……」
そりゃあ、あんな初心者ばかりの街でこんな魔物素材なんか普通は手に入らないのだから、驚くのも当たり前だ。というより、そもそも俺だって振り回されているんだから。
「素材は、最近腕のいい冒険者がしょっちゅう出入りしているんですよ」
「それでは、このナイフも何本も作れるというのか!」
「今後については冒険者の気分次第ですがね、とりあえず同じくらいのものを馬車いっぱいに持ってきていますよ。何本だったかな、詰められうだけ詰めてきちまいまして」
馬車いっぱい、という言葉を聞いて、ギルド長も防具屋も青ざめていた。
聞けば、武具ギルドでもこれほどの武器はほとんど扱っていないそうだ。それを何十本も一度に買うなんて無理だという。
結局、月に数本仕入れるという形になった。まだまだ黒字には程遠いが、それでも、少しは売れる先が見つかったことに僅かながら光が見えた気がする。




