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この街で唯一の装備屋、店主の葛藤③

 それからまた何日か過ぎた。持ち込まれる数々の素材と俺の製作意欲の結果が、ただただ赤字を積み上げる。

 訪れた客にオススメしてみるのだが、皆が一様に困った顔をするだけだ。まあ、残念だが当たり前だ。


 『ちょっと背伸びをして』とか『自分へのご褒美に』なんて理由をつけてもそこらの冒険者では手が届かない。

 更に厳しいことに、俺が所属している商業ギルドが決めている規定の価格より下げることが出来ない決まりもあり、値下げすら自由に出来ない。


 少しでも足掻くために、最近はそれらの武器には値札をつけていない。うっかり買っていく奴がいないかと期待したが、値段を言うと青い顔をした後にため息をついて終わる。


 このままでは店が潰れてしまう。そんなおりに、一人の剣士が店のドアを叩いた。

 すらりとした長髪の男。初めて見る顔だが、その佇まいは駆け出しの街に似つかわしくない。


「これは……」


 店に並ぶ武器を見渡しながら、剣士は感嘆の声を漏らした。

 俺の自信作ということは置いておいても、こんな街には似つかわしくない武器ばかりが置かれてるのだから驚くのも無理はない。


「店主、何故これ程の武器をスタトの街に仕入れたのだ? 周辺に強力な魔物でも出現したのか?」

「いや、ここの武器は俺の打ったものだ」

「貴殿が? ……信じられない。これ程の武器は、商業ギルドの中央拠点があるイーナカですら見たことがない」

「ほぉ、ずいぶんと褒めてくれるじゃないか。出せるものなんか何もないぜ」


 剣士の戸惑いに、俺は少し茶化して返す。


 辺境伯が治める領地の中央にあるイーナカの街には各種ギルドの総本山があり、それらをまとめて中央ギルドなんて呼ばれている。

 そんなところから駆け出しの街に来た、相手を『貴殿』なんて呼ぶような偉ぶった怪しい奴に、わざわざ勇者の嬢ちゃんの事を話す義理もないだろう。


「兄ちゃん、えらく鼻息を荒くしているがよ、もちろん買っていくんだよなぁ?」

「これほどの剣とはいえ、ここはスタトの街だろう。貴殿がお優しい店主なのであれば、きっと若い冒険者でも手が出せるような金額にしているに違いない」

「まあな、せいぜいこんなもんだ」


 俺はニヤリと笑いながら指を三本たてる。


「それは……それではこのロングソードと値段が変わらないではないか。いくら貴殿のお手製とはいえ、少々安すぎやしないか?」

「勘違いしてるところ悪いが、桁が二つ違うからな」


 まあ、この店て掲示されている価格帯を見れば、勘違いするのも仕方がない。この剣士はおおよそ倍くらいにしか考えていなかっただろう。

 思った通り、面を食らったように目を見開いていた。

 彼も青い顔をして店を出ていくのだろう。と思ったそのときだ。


「いや、それでも安い。……これを貰おう」

「ほ、ほんとうか!?」


 自分で作っておきながら驚くというのもおかしい話だが、初めてこの高ランク武器が売れたのだから無理もないだろう。

 剣士は腰の袋から何枚かの金貨を取り出すと、買ったばかりの剣を腰に差した。


「兄ちゃんはその剣の価値が分かるんだな」


 そんな俺の言葉に、剣士は胸を張りながら答える。


「この剣の柄に使われているのはaランクモンスターの四翼赤蛇の革ではないか? 独特なまだら模様でそれとわかる。となればこの剣の刀身もそれの骨を使ってあるだろう」

「へぇ……」


 正解だ。目利きは確かなようだ。


 しかし、あんな武器はこの街の周辺では宝の持ち腐れだろうに。

 とはいえまとまった金が手に入ったのも事実。赤字を垂れ流す中で、しばらくは食いつないで行けるだろう。そんなことを思いながら、軽い足取りで店を去る剣士の後ろ姿に小さく手を振った。


 窓の向こうの剣士の姿が見えなくなると同時に、俺は強く握り拳を作った。


「よし! 売れた! 売れたぞ!」


 小躍りでもしてしまいそうなほどに気分が高揚している。俺の作った武器たちは、見る者が見れば良い武器だということはわかってくれるのだ。

 需要と供給。この街では必要とする者が少なくても、より激しい戦いに身を置く傭兵や国境で小競り合いを繰り返しているようなところへは売れるに違いない。


 一度中央の武具ギルドに相談してみてもいいかもしれない。

 雑貨やアクセサリー品も販売している事から商業ギルドに所属しているが、より専門的に扱っている武具ギルドのほうが卸先に詳しいだろう。幸い、両ギルドに軋轢は無かったはずだ。


 買った素材で武器を作ることは半ば意地になっていたが、価値を見出してくれる人間がいるというのはこれほどにうれしい事だったのか。


 それなりの素材でそれなりの武器をこさえる、この街に合った仕事をしているうちに、鍛冶師のプライドを失いかけていた。

 そんな俺に小さな灯をつけてくれたあの勇者の嬢ちゃんと、達成感を思い出させてくれた酔狂な剣士様には感謝してもしきれないな。


 沸く希望に思いふけていると、カラリとドアのベルが鳴った。客だ。

 以前来たエルフ娘の魔法使いと一緒に来たことがある弓使いだ。確か同じパーティーとか言っていた気がする。

 俺はまだ浮かれているのか、彼に高級素材の弓を突き出した。俺の自信作。性能はピカイチながら、先ほどの剣よりわずかばかり安いのだから、素晴らしくお得な一品だ。


「アハハ……そうですか……」


 そんな渾身の一品に向けられたものは賛辞では無く、苦々し気な視線だけだった。

 弓使いは結局、手ごろなショーボボウを一本買って店を後にした。まあ、そんなもんだよな。

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