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この街で唯一の装備屋、店主の葛藤②

 あの日から毎日のように嬢ちゃんが店に来るようになった。

 毎回素材を売るわけでもないようで、ちょっとした小物を買うついでに雑談をしに来ているように見える。

 俺みたいなおっさんと話していて楽しいのかはわからんが、これだけ足しげく通ってくれるのだから嫌われてはないのだろう。


 そんな不思議な日課がしばらく続いたある日の朝早く、俺は冒険者ギルドを訪れた。

 装備品を売るだけの俺が商業ギルドではなく冒険者ギルドに来た理由は、引いている台車の中身にある。


「よう受付さん、いつもの納品にきたぜ」


 掲示板に依頼書を張る後姿が見えたので、声をかけた。振り返った顔に笑顔が咲く。


「あら、武器屋さん! いつもありがとうございます。ささ、こちらに」


 受付の娘に促され、台車をカラカラと引っ張る。

 荷台を覆う布をぱさりと取り払うと、そこにはいつくかの武器と防具、薬品類が並ぶ。右も左もわからない冒険者に向けて、ギルドから無償で支給される初心者用の装備セットだ。


 これこそがスタトな駆け出しの街と呼ばれる礎を支えている。

 定期の納品を終えると、辺りを見回す。まだ早い時間のせいか人影はまばらだ。それらは酒に飲まれたまま朝をむかえたような、うだつの上がらない者から、少しでも謝礼のよい依頼をと目を血走らせる者まで幅が広い。

 人数が少ないからこそ、この街の色が見えるようだ。


 掲示板の前で悩んでいる剣士の風貌をした少女の後ろ姿に、俺はここ数日の悩みの種を思い出してしまった。


「なあ受付さんよ、今来ている冒険者への依頼を見てもいいか?」

「ええ、構いませんが……武器屋さんも冒険者に?」

「いやいや、そんなことあるわけないだろ。ちょっと気になる嬢ちゃんがいてな。いつもスライムを肩に乗せててな、えらく強い魔物の素材を持ってくるんだよ」

「あら、もしかして勇者様のことですか?」


 『勇者様』とはなかなか大層な呼ばれかたをしているもんだ。まあ確かに魔物使いは珍しいジョブだし、たまに見かけたとしても戦闘に向かないスライムを従えている者もなかなか見かけないのだから、異色であるとは間違いがない。

 むしろスライムだけであれだけ強いんだったら、魔王の方が似合うかもしれないがな。


 話しながら掲示板に張られたいくつもの依頼書を眺める。ほとんどがDランク未満ばかりで、Cランクがひとつだけ。俺の『頼み事』は厳しいかもしれないな。

 まあ、いちかばちか言うだけ言ってみるか。


「その勇者様の持ち込んだ素材を使って武器を創ってみたんだが、冒険者ギルドで仕入れてくれないか?」

「そうですね……武器が強い事は良いことなのですが、ここで扱うのは初心者用のものですから」

「やっぱり、武器が強すぎちゃいけないか」

「それに、自分で自分に合う装備を目利きするのも冒険者に必要なスキルですからね。実際にお店で買い物する事も経験です。与えられたものにかまけては冒険者として強くなれませんから」

「そうか、そういうもんだわな」


 当たり前といえば当たり前だ。このギルドが初心者に優しいといっても、なんでも手伝う訳じゃない。他の町へ冒険者を送り出すことも、このギルドでは誇らしいことだろう。


「……ちなみに、どんな武器なんですか?」

「おっと、意外だな、こういった類には興味がないかと思っていた」

「うふふ、私もいろいろな冒険者さんと関わりますからね。私からのちょっとした助言くらいなら、ギルド長も目をつむってくださいますよ、きっと」

「すまんな、助かる」

「いつも助けられてますから、お互いさまですよ」


 俺が腰の包みから一本のナイフを取り出す。受付の娘は目を輝かせている。興味があると言うのは嘘ではないらしい。

 取り出したナイフは独特の艶をもつ黒色で、初心者用に売られているそれに比べてひと回りほど細い。その細さに相まって軽いが、強度は数倍は丈夫だ。


 この辺りではほとんど流通しない、Bランク上位の魔物である三角熊の角から作られたナイフ。俺も初めて加工したが、ハンマーでひとつ叩く度に、今までにない高揚感が体をめぐった。良い出来だと自負している。


「これは……軽いですね、すごく」

「だろう?それにすごく丈夫なんだ。なんといっても素材が素材だからな」

「それってとても高価なのでは?」

「まあ、これくらいだ」


 さらさらと手元の紙に値段を書く。それを見た娘は目をパチパチさせた。


「これは何本のお値段ですか?」

「これの値段だ。一本の値段に決まっているだろう」

「あ、あはは……」


 このギルドへは長く卸しているが、そのあきれたような、苦々しい表情を俺は二度と忘れないだろう。

 娘はそれ以上、ナイフについて話さなかったが、彼女の助言はこのナイフを対象にはならないだろうことを悟った。

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