7話 ソレは
昼にもう1話投稿します。
「……さっさと鱗を取れ。行くぞ」
「へいへい、ったく、終わるとすぐこれだ……っと、あったあった。おっと、待てよ、死体はどうするんだ?」
そうして、ガーラは何の感慨もなく、ポケットからアメジスタの鱗を持っていく。
それを横目で見ながら、苛立ちげに言い放つ。
「獣が処理してくれるだろうよ。……早く行くぞ、雨に濡れるのは好きではない」
「機嫌が悪ぃな……」
「ふん……」
クラウは言わなかった。いや、言えなかった。
圧倒的格上であり、相手は固有武想の固有能力も発動出来ない劣等。
しかも、つい先程固有武想を手に入れた、今まで戦うこともしなかったようなガキだ。
それこそ、文字通り赤子の手を捻るほどに簡単で脆弱な存在。
そのはずだった。
(……一体、どんな力だったのか。ふん、劣等の分際で)
傷つき血を流す指先を隠しながら、クラウはその場を後にした。
(……まあいい、死んだ相手を考えていても無意味だ)
思考を打ち切るクラウはしげしげと鱗を見つめるガーラを叱咤すると一度だけ死体に目をやる。
だが、ほんの一瞬だけであり、そのままガーラとクラウは戦果であるアメジスタの鱗を戦利品に街へと戻っていった。
その場に残ったのは、死体と剣だけだ。
空が黒く染まっていく。
やがて、誰かの涙を代弁するように雨がぽつりぽつりと落ち、やがて強い雨へと変わる。
地面を赤くしていた血を洗い流しながら、呼び戻すように雨が悠の身体を叩きつける。
……しかしピクリとも反応はしない。
心臓が潰れ、血はもはや致死量レベルで流れている。
意識は、勿論無い。あるはずもない。
ただ、開きっぱなしの目だけが、大地を見つめている。
流れる雨が目に入っても、そしてそれが頬をつたい流れたとしても。
それから、どれだけ時が経っただろうか。
雨の中、血の匂いを嗅ぎつけた獣が近づいてくる。
「カロロロロロ……」
喉を鳴らすのは、異形の四足獣。
赤い角を持ち、緑の苔を纏った様な毛皮をした猪。
バグリーヴァーと呼ばれる、森の主。
口を開ければ、巨大な牙と赤い口内が広がる。
そのまま、悠を食うつもりだろう。
それでも、当然だが反応はない。
そして、そのままバグリーヴァーの飯となる。
他の、かつての人と、同じ道を辿る。
ところで、覚えているだろうか。
かつて、翁はこう言った事を。
───異世界転生と
何かが弾ける様な音と共に死んだはずの悠の背中に黒い翼が現れる。
堕天使を思わせるような黒い翼。
荘厳にして、凶悪で、恐ろしい、翼。
「カ、カロ……!!?」
本当に彼、悠の背中から生えているわけではない。
それは無意識に魔法で編まれた翼。
「ロロロロ……」
それでも、主であるバグリーヴァーが怯えるほどの強大な力を感じる翼。
それを目にして、じりじりと後ろへと下がっていくバグリーヴァー。
「ギギ、ガ……アアア……ッ!」
その声は、自分の身体から出ているようだった。
ようだ、というのは実感がない身体。
…………まるで夢を見ているようだ。
自分が自分で無いような感覚。
自分が今、どんな状態なのかも、その前に何があったかも思い出せない程、よくわからない夢心地な気分。
第三者の視点で見ている自分の身体は、黒い翼が生えている。
更に、黒い影のような物が身体に纏わりつくと、黒い鎧のように変わっている。
……動かせるだろうか。そんな気持ちで右手を動かそうとすると回線が悪い、ラグが起きたゲームの様に少し後にゆっくりと右手が動いた。
その右手を見れば、黒い鉤爪の様に先程の黒い影が纏わりついて形作っている。
顔も鎧兜を着た様になってまるで見えなくなっており、まるで悪の大魔王のようだと苦笑してしまう。
「ロ、ロロ……ロロロ……」
その声で、視線をずらすと異形の獣の姿。ああ……バグリーヴァーか。
酷く、怯えている。魔法使いすらも喰らう獣が。そう例えクラウでも勝てない相手が。
……でも、今なら
───ぷちっと、潰せる
その瞬間、バグリーヴァーがぞくりと背中を震わせたと同時に
「ロッロロロロロロロ!」
全力で跳躍して、軽々と数十メートルはある木々を超えて森奥に逃げる。
「ニゲ……るナ」
逃げんなよと思った時、自分の影から幾重もの同じ闇の色をした手が高速で伸びたと思うと空中でがしりとバグリーヴァーを捉え、引き戻す。
「ギャウッ!」
悲鳴を上げて、地面に叩きつけられるバグリーヴァー。
カタカタと、震えている。どうしてだろうか。……そうか。
ああ、これは、恐怖か。
怖いのか、俺が。
「ハ、ハハ……」
そうか、怖いのか。
そんな力を持っていて、怖いのか! 俺が!
「ハハハハはははハハはハハハ!!!!」
「ギャッ! ガ、ガッ! ゲゥッ!!」
面白い。
これは面白い。
思うだけで、影から出た手が、バグリーヴァーを引き裂いてくれる。
振るう度に、身体には爪痕の形に血が流れる。
動けないように、別の影の手が抑えながら、ざくざくと、切り刻んていく。
「コ……い……」
離してやれと思うと、少し経ってから影の手は俺の影に戻っていく。
その時、バグリーヴァーの目の宿ったのは、見覚えのある目だ。
かつての俺と同じ、憤怒の目。
バグリーヴァーが横たわったまま、口を大きく開くと、光が集まってくる。
俺は、ただただそれを見ていた。何をすることもなく、ただ、その様を。
数秒ほど経って、ようやく収束が終わり、吠える。
「ガルラアアアアアアアアアアア!」
白い光が放射状に広がりながら俺を襲う。
俺の身体はそっと右手を出す。
【獣の咆哮】と呼ばれる魔力そのものを咆哮を媒介に衝撃として飛ばす魔法。
「……<我が為の偽悪法>」
そんなものは俺に届きはしない。
唐突に消えた【獣の咆哮】に、困惑と驚愕と畏怖が、バグリーヴァーから伝わってくる。
ああ、そうか。あの時のクラウの気持ちがわかった気がする。
お前はあの時、こんな楽しかったのか。
そう思うと同時に、少しだけ心に黒い影が差す。
こいつは、俺だ。
助けて欲しいと願う、あの時の俺と一緒だ。
だから、一緒にしてやろう。
「……死ね」
複数の影の手が伸びると、それらが纏まって大きな手になり、俺の意思を把握したように一つだけ影の手がバグリーヴァーの首を締めると、巨大な影手が心臓へと突き刺さる。
「ヶッ……」
ぐるりと、手が回ると血飛沫も舞う。
ぴくりとも動かなくなったバグリーヴァーを、そのまま黒い手がぽいっと森の奥に投げ捨てた。
と、ゆらゆらと陽炎の様に揺れていた黒い翼は、バグリーヴァーが居なくなると同時に空気に溶けていき、影の手も同じ様に消えていく。
「ググ……ア……アアア」
身体を覆う影も消えていき、それと一緒に俺の意識もだんだんと消えていく。
……これからどうなるのだろうか。
やはりこのまま、死んでしまうのか。意識が消えると共に命も消えるのだろうか。
不思議と、今は恐怖はなかった。
バグリーヴァーを殺した事に対する、感情も、自分が消えていく怖さもなにも。
やがて、眠りにつくように俺の意識は遠く闇に埋もれていった。
完全に悠の身体から黒いモノがなくなると、ばたりと地面に倒れる。
それから、どれだけ時間がたっただろうか。
ばちゃりと、音がした。
ばちゃばちゃと音を立てて、悠へと近づいてくる影。
その影は、周りを見渡しながら進んでいき、地面に倒れ伏した悠の姿を発見し、何かを悩んだ後、彼の身体を運び始めるのだった。
【TIPS】
空白のようだ。




