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6話 急転、暗転

 依頼に向かった俺とクラウ、そしてガーラ。

 今回の依頼はメタルラットと言うネズミを狩ることらしい。

 ネズミと言っても、手のひらに乗るほどの小ささではなく、小牛程にも大きく、全身が銀色に輝いていると言う。

 皮は硬いが金属ほどでは無いらしく、手頃な相手だろうと紹介された。

 ちなみに剣は今は消えている。

 鞘が欲しいとお願いしたら、固有武想は自由に出し入れできるらしい。すごく便利だ。

 しかし税関とかに引っかからないのだろうか。この世界に金属探知機があるかわからないが。

 

 三人で歩き続けていき、どんどんと町外れの方に進んでいく。

 中央から離れると、少しばかり嫌な雰囲気が漂ってくる。

 スラム、と言うにはまだ優しいが、どことなく、チンピラが生息してそうな地域である。

 

 興味深く周囲を見ていると、いつの間にか先に進んでいる二人を見て慌てて追いかける。

 

「っきゃ!」

 

「うおっと! てて、いや……悪い、大丈夫か?」

 

 走った瞬間眼の前を脇道から飛び出してくるローブの人にぶつかってしまう。

 声からして女性だろうか。

 わりとお互い勢いが合ったためか弾かれるようにお互いに尻餅をついてしまう。

 ラッキースケベなんてものはないのだ。

 

「だ、大丈夫ですよ。ごめんなさい、私前を見ていなくて…………あれ」

 

 女性が声を上げて、ソレを見る。

 うっかりポケットから溢れてしまった、アメジスタの鱗だ。

 

「はい、これ。落としましたよ」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 彼女はそのまま拾って俺に手渡しをする。

 

「綺麗な鱗ですね。羨ましいです」

 

 流麗な、と言う言葉が似合いそうな話し方をする女性だったが、正直言って少しだけ驚いた。

 彼女が着ているローブはあちこち擦り切れており、お世辞にも綺麗とは言い難い格好。

 流浪とか、難民と言う言葉が似合うといったら失礼だろうが。

 

 だからこそ、宝石のような鱗を見て、持っても全く動じずに俺に返した事に失礼だが困惑したのだった。

 

「ふふ、盗ったりはしませんよ。私も、たった一つだけ持っている宝物を無くしたくないですから」


「宝物?」

 

 なにか価値があるものをもっているのだろうか。

 それとも実はお嬢様だったりするのだろうか。

 こういう時は姫様だったりするのが王道だが……。

 

「ええ。あ、でものんびりお話するのもいいけど、急いでいたんじゃないんですか?」

 

「え? ああっと! あんなに離れて……すまない、先に行かせてもらうな」

 

「構いませんよ。気をつけて下さいね」

 

 そう言って俺は手だけ軽く振ると二人に後を追いかけていく。

 くそう、ちょっとぐらい待ってくれてもいいのに!

 

 しかし、一瞬だけ見えたが、ローブを着ているのはそういうことなのかな?

 そんな事を思いながら俺は足を動かすのだった。

 

 

 

 暫く追いつくことが出来た俺は、今度は見失ったりしないようにしっかりと二人の後ろを歩いて行く。

 やがて、そのまま進むと門が見えてきた。

 来た時とは違う門で、あの大きな門と比べると小さめだ。

 クラウはそのまま門を押し開けると、そのまま外に出る。

 

 次にガーラが続き、そのまま俺も通り抜ける。

 

「勝手に門開けて出てきちゃいましたけど、いいんですかね?」

 

「ああ、ここは夜しか門番が居ないんだ。だから勝手に出ていいのさ」

 

 それは警備としてどうなんだろうか。

 しかしこの場所で夜警備か。正直怖くて俺には出来そうにないな。

 周囲の雰囲気も、どこか荒廃的だし、周りの人間はちょっと怖いし。

 やっぱり、どこかしら良くない感じなんだよなあ、ここ。

 

 

 そのまま歩き続ける二人の背を追っていく。

 大分街から離れた。

 しかし更に歩き、そこから森の中に入っていく。

 

「森の中なんですね」

 

「ああ、獲物はすぐそこだよ」

 

「剣とか出しておいたほうが良いですかね?」

 

 近いと言われて警戒を強める俺に対して、少し悩んでから

 

「そうだね。ああ、固有武想をしまう方法と出し方は教えたよね?」

 

「ええ……」

 

 意識を集中させる。

 慣れれば直ぐに出し入れ出来るらしいが、まだ俺は出来ない。

 

 そして、心に浮かんだ言葉を読み上げる。

 

「闇は嘘に落ち、光は真を語る。汝、真実を証明せよ。……来い『真と偽の境界剣ライズアンドトゥルース武想顕現(リアライズ)!」

 

 その言葉とともに俺に右手に白と黒で左右に別れた剣が現れる。

 

「……これ毎回言うんですね。ちょっと恥ずかしい感じも」

 

「はは、大丈夫さ。恥ずかしくなんて無いさ」

 

 そう言うと、クラウも右手を出す。

 

「我が意を得よ、我が意に従え。這いつくばれ下等、『悪意のるつぼ(デルダークス)武想顕現(リアライズ)

 

 言葉とともに現れたのは黒い杖だ。

 しかし、そのなんというか、呪われているかのように禍々しい装飾をしている。

 血脈のように金色の装飾が杖を覆っており、頂点には紫色のクリスタルが乗っている。

 同時に、クラウが薄白い光に覆われる。

 

「おお、クラウさんは杖なんですね」

 

「ああ、優秀な武器だよ。非常にね」

 

「おい……そろそろ」

 

 と、口を挟んだのはガーラだ。

 少しばかりイライラしているようにも見える。

 それをなだめるように手を向けると、舌打ちをしながらガーラは一歩下がる。

 

「……固有武想っていうのは、その人を表すものなんだ。顕現の言葉や武器そのものとかね。だからこそかな、結構好きなんだよこの言葉。よく使うんだ」

 

 そう言ってクラウは。

 

「だからなあ、這いつくばれよ、下等」

 

 今まで見せたことがない、邪悪な笑みで俺に向かって杖を突きつけた。

 

 

「……冗談、ですよね?」

 

 じっとりと、手に汗が浮かぶ。

 質の悪い、冗談だと言ってほしいと言う願望。

 

 

「そう思うかい? いやいや、言っただろう、獲物はすぐそこ(・・・・・・・)だってね。駄目じゃないか、人の話はちゃんと聞いていないとね」

 

 そう言って笑うクラウは、冗談を言っているようには見えない。

 

「面倒な事させやがる、さっさとやっちまえばよかったのによ……」

 

「ガ、ガーラ、さん……?」

 

 追従するように、声を上げたガーラはこちらを軽く見た後、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「まあ、でも、こういう趣味も悪くねえな」

 

 目に浮かぶのは嗜虐的な色だ。

 

「騙した、のか? 一体何が目的で……」

 

「はは、確かに君みたいな固有武想が近接武器なんていう劣等にかまう時間はないんだけどね、たまたま、良い物を持ってるみたいじゃないか……」

 

 物、と言う言葉で俺ははっとした。

 俺が持っているものと言えば、一つしか無い。

 

「入り口で見せびらかしたってことはさあ、オレに献上したかったって事だろ?【世廻龍】アメジスタの鱗をさ」

 

「見られていた、のか」

 

「偶然な、さて……そろそろ始めようか」

 

 そう言って、杖を構えるクラウ。

 合わせて、俺は剣を構える。

 素人丸出しなのはわかっていても、今頼れるのはこの剣しか無い。

 

「十分にあがいてくれ。存分に抗ってくれ。じゃないと、つまらないだろう」

 

 

 半月の笑みを浮かべながら、クラウとの戦闘が始まった。

 

 

 

「っはあ……はあ……」

 だが、始まってから数秒も立たないうちに、俺は息を荒げていた。

 理由はきっといくつか有る。戦いなれていないだとか、裏切りという事実が心をぐちゃぐちゃにかき乱す事も、きっと要因の一つだろう。

 だけれども、疲れる大きな理由は明確だった。

 

 (剣が、重い! 振るう度に、どんどん鈍っていくのが分かるっ!)

 

 持つ分には軽い剣ではあった。しかし、実際に戦闘で振るうとなると、全く違った。

 一振り一振りをする度に身体が軋むように身体がブレる。

 力を入れて、目的の場所に振るうという簡単な動作だと、高をくくっていたのかもしれない。

 

 よくよく考えれば、重い棒を振り回すなんて経験は無いのにもかかわらず、どこか自分は出来ると、そんな甘い考えが合ったのかもしれない。

 そうでなければ、きっと裏切られたとわかった瞬間にすぐ逃げていたはずだ。立ち向かうと言う意思を決めたのは俺だが、異世界に来て気分が浮かれていた、そしてどこか自分を過信していたのも、事実なのだろう。

 

「どうした……もう終わりか?」

 

 荒い息をはいて、最初と比べてずいぶんと遅くなってしまった剣を軽々と避けながらも、手を広げて向かいれるようにしながら、馬鹿にするように笑っているクラウ。

 

 剣を振った回数はいくつだろうか。十は超えているはずだ。しかし、俺は一度もクラウに当てることもかすらせる事も出来ていない。

 杖で防御されているならば、悔しいが分かる。だが単純な脚さばきだけで、かわされている。

 

 その圧倒的な力の差を感じて、今更ながらに恐怖が背筋を登ってきた。

 ……いや、その恐怖はきっと力の差だけではないんだろう。

 

「手や足ばかり狙うか。くくく、人を斬るのがそんなに怖いか? 臆病だな、劣等」

 

「くそっ、この野郎が……」

 

 そう言われながらも、薄々は自分も気づいていた。

 その恐怖は、騙されたとは言え、人に剣を向ける事。人を傷つける事。……人殺しの恐怖だ。

 

 平和な日本では、剣を使う事は愚か、そもそも人に拳を向けたことも、争ったことすらない。

 そんな自分が、いきなり異世界に来て殺し合いが出来るか。その結果は、明らかだろう。

 

「そら、【空弾】」

 

 杖を俺に向けて、そう言い放つ。

 先程も飛んできた見えない衝撃破を、なんとかかわそうと身体をひねるがわかっていたように杖先は俺をきっちりと捉えて離さない。

 

「がはっ!!」

 

 瞬間、衝撃が腹に来る。バットで殴られたような威力に、思わず吐き気を催すが、なんとかこらえる。

 しかし、足が言うことを聞かず、膝をついてしまう。

 口元を左手で抑えながら、追撃を恐れてクラウの方の方を見るが、軽く笑うだけで何もしてこない。

 こんな事が、既に三度続いている。

 そう、クラウはとことん俺を嬲っている。

 

「やはり、近接武器はゴミだな。そんな非力な力では薄皮一枚斬ることはできんぞ、くっくっく」

 

 

「……くっそがあああああああああああ!」

 

 悔しいと言う気持ちはあった。しかし、同時に心が萎えそうになる痛みと恐怖に打ち勝つために堪えて大声を出す。

 

「もう、知らねえからな!!!」

 

 大声を張り上げた俺の頭に合ったのは怒り。

 何故こんな事をされなければならないのかという、理不尽に対する怒り。

 感情の爆発のまま、俺はクラウに斬りかかった。

 

 自らの意思で、今度は身体を狙う。

 斬ってしまう事をもはや恐れては絶対に勝てないからだ。

 

 万が一、これでクラウの命を奪うことになったとしても、その時は……!

 

 しかし、その覚悟は。

 

「…………な、に」

 

 俺のある意味決死の一撃は。

 

 

「っち……つまらん真似をするな、ガーラ」

 

 背後から感じる強い痛みで中断された。

 何故か、強い痛みにもかかわらず俺はその痛みがうまく認識できなかった。

 だから、その時は俺は何故斬りかかる手が止まってしまったのかわからなかった。

 後ちょっとで、クラウを斬れたはずなのにと。

 

 その疑問は、即座に解消された。

 

「い、痛ぇ……痛い、痛い!! あああああああああああああああ!!」

 

 灼熱のような痛みが襲ってくる。

 子供の様に声を張り上げ、意味もないのに、痛みで思わず背中に手を伸ばす。

 ぬるりとした感触がして、手を見ればべっとりと血が付いている。

 

 それをみて、痛みが増したような気がした。

 

「があああああああ! あああぁぁぁっぁあああああぁああ!」

 

 視界が赤い。全身がねじ切れそうな痛み。

 これが続くようならいっそ楽にしてほしいと思うぐらいに、それは鮮烈な痛みだった。

 

 痛みで身体をゆらすたびに、周囲に赤い雫が散っていくのが視界の端に映った。

 俺の声に紛れて、ガーラがふんっと侮蔑的な声を出す。

 

「面倒なんだよ、さっさと終わらせようや」

 

「……ふん、汚い血がついた。雨も降りそうだし、良いだろう」

 

「あああああ、っぐっがっ!!」

 

 クラウが手を伸ばすと、喉首を掴む。呼吸が出来ない。苦しい。

 思わず手を離させようと、クラウの手をつかもうとするが、意思に反して俺の手は全く動かない。

 動かない事に苛立って視線だけ右手に向けると、持っていた筈の剣は地面に落ちていた。

 同時に、俺が居たその場所には大きな血溜まりが出来ていた。どこか他人事の様に、ああこの出血じゃ助からないなと思うくらいに。

 

 現実に引き戻すようにクラウはそのまま俺を首を持って上へと持ち上げる。

 

「っぐけ……」

 

 酷い声が喉から聞こえる。カエルが潰れた様な醜い声。

 それでもぶらんとして動かない俺の身体は人形のようだろう。

 動かそうと必死になっても、動かない。

 

「終わりだ 【魔刃】」

 

 ブンっと音がして、赤い視界に映ったのは黒い杖が白い刃の様な形をした光に覆われている所。

 殺されると、思った。

 

 背中を斬られた時はわけもわからない状態だった。

 死を感じるよりも、強い痛みがあって混乱していた。

 だが今はアドレナリンとやらが出ているのか、先程よりも痛みが薄れている。

 

 それが良いか悪いか、俺に明確な死が目の前に迫っていることを強制的に理解させる。

 その時、俺は生まれて初めて死にたくないと。

 殺さないでくれと。

 そう願わずにはいられなかった。

 

「だのむ……」

 

 息が出来ない様な苦しさの中で、必死にそれだけ呟いた。

 その声を聞こえたのか、聞こえなかったのか知らないが、クラウは強い眼差しで俺を見つめると。

 

 

 杖を突き出し、光が俺の胸に突き刺さるとグシャリと、音が胸から響いたのを他人事の様に見ていた。

 心臓が潰れたことを、痛みも感覚も無くなりつつある中、それだけは理解できた。

 更に、念入りに殺すためか、杖をぐるりと回される。

 口から血と悲鳴を上げたい所だったが、更に首を強く捕まれ、掠れ声、それすらも漏れる事はなかった。

 

 唐突に、ぶつんと意識が落ちた。

 

 そうして、俺は元の世界で家と家族を。

 

 

 

 

 異世界で、命を無くした。

 【TIPS】

 魔法が存在するリルベルードでは有るが、未だ蘇生魔法。

 人を蘇らす様な魔法は存在しない。

 生と死の逆転。あるいは不老の術、そういった物を研究する物は人間、人外問わず

 非常に多いが、その一端すらも掴めていないのが現状である。

 治癒魔法は存在しているため、その果ての究極が蘇生魔法であると嘯かれている。

 ───死んだ者が甦ったとして、君はそれを元の人物と言い切れるのかい? 【悪辣四皇】ハイテルテルネス・ゴーストウォーカー

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