5話 武想顕現ーリアライズー
例えば、こんな経験はないだろうか。
ちょっと欲しい物でも、異常なほど勧められたりするとなんとなく、逆に欲しくなくなるような事が。
いわゆる押し、が強すぎたりすると逆効果になるアレである。
「只今キャンペーン中なんやで! するとな、無料で冒険者登録ができるんよ! やったやん! こりゃもう入るしかないで!? 本来は登録費に1万円頂くんやけどな、それが無料や無料! これはつまりもう実質入るだけで1万円貰えるのと一緒や! 今しか無いんやでこのチャンスは! 冒険者登録をすればギルドの特典が色々貰えるしもうこれは入るしか無いで! せやろ!?」
「ちょっと考えます……」
ギルドに入って受付嬢に初めてです、といった瞬間、こんな怪しげなセールスのようなトークとエセ関西弁のようなセリフを聞かされれば、胸に期待わかせたギルドへの登録。それがつまり冒険者登録なのだが、それをする気が減っていくのもしょうがない事だろう。
と言うか、もう少し異世界らしい事を期待していたのだが、キャンペーンだの、万円だの、スマホの広告じゃないんだから少し自重しろ。
多分、パスポートと同じで分かるようにしてあるのだろうが、情緒がない。
少し残念な気分になりながら、実際選択肢としては登録以外ないのでやるしかない。
「わかりました。登録します「これ登録用紙や!」 あ、はい」
食い気味に言葉を重ねつつ神速の様な速さで用紙を叩きつける。文字通り机にバンと音を立てて。
その音で一瞬注目を集めるが、視線が受付嬢に言ったと思うといつものことかと言った具合にもとの喧騒が戻る。
「いやー良かった! 登録者が増えるとウチの評価が上がってなー。給料に反映されるんや、ほんまありがとうな!」
「世知辛い現実ですね……っと」
「ん、どないしたん? ウチに惚れたか?」
「なんでやねん。じゃなくて、これ読めます?」
そう言って、とりあえず自分の名前を書いて見せる。日本語で水月悠と書いてある。
これで書きがどうなっているかを確かめる。
その受付嬢は俺の名前を見て、頷いた。
「なるほどな、わかるで」
お、どうやら文字も通じるらしい。
読み書き完備とはちゃんと仕事をしているなあの……なんだっけ、そう道化師。じゃない翁だ。
「故郷の文字しかわからん、共通字はさっぱりで苦労した。そういう人も多いで! ウチもそうや、言葉遣いも聞きづらいから直せっちゅー話を何度も言われとるがさっぱり覚えられへん!」
「なるほど、つまり?」
「読めへんわ」
仕事をしろ、徹夜でだクソ翁。
褒めて損したぜ。
ため息を吐きながら、文字は読めるが書けないと言うことがわかったので、代わりに書いてほしいとお願いをする。
「代筆やな。しゃーない、ウチがやったるわ。本来であればお金もかかるんやけどあんさんだけ特別やで」
そう言ってウィンクをする。
小悪魔みたいだ。きっとそうやって何人もの男をたぶらかしてきたのだろう。
俺はそんな誘惑には負けない!
「うちの文字読みにくいってことで審査が返ってくることがあるから書かせてもらえへんのや。よっしゃ元気に書いたるで!」
「別の人で頼むわ!!」
「あーん? 金あるんか? 代筆はそこそこの値段するで? ウチなら無料やぞ? タダの女やぞ」
「タダより高いものはない、って言うのが俺の故郷に名言としてあってな?」
「いやあ、ほら、ウチが書いて、登録申請までした人っておらんねん。ウチらの中ではそういう人ってその受付嬢の専属冒険者みたいな感じなんやけど、他の受付嬢の専属冒険者の自慢が羨ましゅうてしょうがないんや! 何がウチの男がコボルトロード倒して辛いやぶっ殺すぞ! お前の男じゃないっちゅうねん!」
この世界でもマウント合戦は有るのかと言う気持ちで一杯やっちゅうねん。
「だからウチも専属冒険者がほしいねん。わかるやろっ……!?」
「ま、まあ気持ちはわかりますよ。お金もないのは確かなんで、じゃあ、お願いします「よっしゃ名前から頼むわ!」 はいはい……」
食い気味すぎる受付嬢に名前を伝える。
それからいくつかの項目を読み上げてもらい、それに答え続けた。
「ミヅキユウやな。歳は18、住所不定無職っと」
「言い方ぁ!」
「すまんすまん。あ、ウチはアリスや。ええ名前やろ? 受付するときは全部ウチで頼むで」
「それも評価にはいるんで?」
「せや。だからよろしゅう頼むで。でも命だけは気いつけてな、死んだら終わりやからな。ちゃんと準備を整えてから依頼に挑むんや」
「ちゃんとした受付嬢の仕事も出来るんですね」
「どういう意味や! 全く。ああ、それと敬語はいらんで……なんでここで笑うねん? まあええわ、ウチはアリスって呼んでな。ウチもユウって呼ぶわ!」
ぐいぐいくるなこの受付嬢、アリスは。
しかしアリスか。不思議な国のアリスを思い出すが、目の前の受付嬢は金髪ではなく銀髪だ。
さらに言えば、頭に不思議なものがついている。
「ん、この耳気になるか?」
ぴょこぴょこと動かす耳。彼女の頭には狐耳が付いていた。
「ウチ狐人やねん。あー……それとも、獣人はいやな人やったか……?」
バツの悪そうな顔で、恐る恐るそんな言葉を発する。
キツネビトも獣人も、意味合い的には文字通りだろう。
「いや全然全くもって問題ない」
「かつて無いほどの意志力を感じるで。ま、なら良かった。これで登録は完了や! ほな、これ出してくるからちょっと待っててなあ!」
ほっと安心したようにそう答えた後、書き終えると同時に奥へ走っていく。
暇になったので周囲を見回してみると、それなりに人はギルド内に居た。
が、獣人。多分先程のように獣の特徴か、ハーフを示すのかわからないがそういった特徴を持つ人間は居なかった。
「やあ、ちょっと良いかい?」
と、そこで俺に声をかけてきた一人の男。
金髪で皮の鎧のような装備をしており、堀の深い外国人の様な顔をしたイケメンである。
そのイケメンが腰低く話しかけてくる。
「僕の名前はクラウセン。クラウで構わない。突然済まないね」
「はあ、それで何か用でしょうか?」
「いや、恥ずかしい話なんだがね、まあ、いわゆる青田買いと言うやつさ。君をパーティーにスカウトしたくてね」
「スカウト、ですか? でもまだ俺登録したばかりですよ?」
完全初心者の俺に声を掛ける理由としては薄いような気がする。
「だからさ。登録した後君が活躍したらあちこちから誘いを受けるだろう。そうすると上位のパーティーに取られてしまうからね……こういったタイミングで話しかけるしか無いんだ」
きまりの悪そうな顔でぽりぽりと頬を掻く。
「なるほど、でも本当に俺は初心者ですよ? 固有武想、とやらも持ってないし」
「武想を持ってないのかい!? それはまた珍しい……いや、むしろありがたい所だ。それなら、もしかしたら凄い力を持っている可能性もあるじゃないか」
親指を立てながら大歓迎と答えるクラウ。
なるほど、そういう視点もあるのか。とはいっても、だいぶギャンブル性は高いと思うが、それほど追い詰められているのだろうか?
「それに、初心者なら、それこそ何かしらアドバイスが必要だろう? 試しに少し依頼を一緒に受けてみないかい? もしそれで君が気に入らなかったらこの話はなかったことにしてもらっていい……どうかな?」
確かに俺は何も知らない、アドバイスを貰うのはむしろ願ってないことだ。
スカウトにしても強制じゃないのであれば、ここは乗っておくほうが良いか。
「わかりました、まずは一度お願いします」
そう言って、俺は話を受けることにした。
その中で、そもそも依頼とは何かと聞いたが、住民やギルドからの依頼を依頼と言うらしい。
納品だったり討伐だったり、記載されている要求をクリアすれば報酬がもらえるといった、イメージ通りの依頼だ。
だが、その前にやっておかないといけないことがある。
そう、サークルとやらで固有武想を手に入れる事だ。
戻ってきたアリスに話をした所、なんとクラウがお金を払ってくれるという。
俺としてはあまり借りを作るのもなんなので、鱗を売ってお金に変えるつもりと言う事を言ったが、いざという時のためにとっておくと良いと言う事で好意に甘えることにした。
情けない醜態では有るが、アメジスタの鱗を売るのにも多少抵抗があったのは確かだしな。
「……で、何でアリスもいるんだよ」
案内されたサークルは少し広い部屋だった。
陽の光も差していない窓がない部屋。
その中央に幾何学的に描かれた魔法陣がうっすらと光り、部屋を照らしていた。
そんな幻想的な風景に対して、俺は未だずっといるアリスに声をかけた。
「いやな、折角の専属冒険者の旅立ちやで。そらウチが居ないと始まらんやろ、伝説は語り口が居ないと伝説にならへんのやで」
「本当もう、こいつは……」
居るのはクラウ、アリス、それと今回一緒に行くガーラと言う大柄な男性だ。
クラウ曰く寡黙という事で、最初の挨拶以来は口を開かない。
「ユウ君。魔法陣の中央に立って、こう唱えるんだ」
そう言われ、呪文のような物を教えてもらった後、俺は心臓を高鳴らせながら魔法陣の中央に立つ。
異世界の、最初の一歩。
それを俺は踏み出そうとしている。
一息いれ、二息いれ、神経を落ち着かせながら俺は唱える。
「……我が心。我が運命。祝福せよ、魂の片割れよ。来たれ、未来への灯火よ!」
そうして、最後のセリフを唱える。
それは、聞いていたあの言葉。
「武想顕現!」
瞬間、魔法陣が大きく光りだす。
同時に、目の前に光が集まりだして何かを形付ける。
徐々に、徐々に、光が収束して形が出来上がっていく。
そうして、光が収まった時、俺の眼前には一つの武器が宙に浮いていた。
「これは、剣、か」
手を伸ばし、掴む。
一度も剣なんて振るったことがないにもかかわらず、吸い付くように手に張り付く。
重さも思ったほどでもなく、むしろ丁度いいぐらいだ。
何よりも、目を引くのはその姿だ。
手に持つ部分、柄の所は丸く、円柱型になっている。
だが、鍔がなく、そのまま鍔に当たる部分で平べったくなり、少し太くなる。
そのまま刀身に向かって行くと細くなっていき、先は真っ直ぐ尖っている。
例えるとすれば、トランプのマーク。スペードが近いだろうか。
刀身が少し長いが、十分振り回せる。
そして、最大の特徴は剣先から手元まで真ん中から分かつ様に伸びる、模様のような薄っすら光る線と、その線を境界線にして、剣の色が白と黒に分かれている所だ。
白と黒の剣。
中二心を十分に満たす出来に、俺は喜んだ。
「おお、どうよ。これ良い出来なんじゃない……か……?」
だが、その俺の声は途中で不安になって止める。
何故だろうか。皆が黙ってしまう。
それと共に、その目を見て、俺はかつての現実を思い出した。
家と家族を失った時の、あの時の。
───まるで可哀想な子を見るような
「あー……あんなぁ、ユウ……」
そんな沈黙を破ったのはアリスだ。
先程違って、おどけた雰囲気はなく、真剣な眼差しをしていた。
「気ぃ落とさんで聞いて欲しいんやけどな、その、近接武器は外れなんや」
その言葉に、耳を疑う。
なんだ、それは。近接武器が、外れ?
剣や槍や斧とか、いわゆる普通の武器が、外れ?
「全体的に固有の能力が弱いって事もあるんやけど……難点があってな、その……」
「フレンドリーファイアとバフ。それが近接武器の最大の弱点であり、外れの原因さ」
言葉を続けたのはクラウ。
おそらく言葉は俺にわかるように変換されているのだろう。
フレンドリーファイア、つまり仲間に攻撃を当てる、ということだろうか。
バフは、強化のことだよな?
「例えばだ、ドラゴンを倒すとしよう。剣も矢も通じない鱗を持っている。するとだね、通じる攻撃は魔法しかないんだ。だけどね、近接武器を持った人間がドラゴンの近くにいると魔法が打てない。巻き込むからね、強力な魔法である程範囲も広い事が多いし」
更にクラウは言葉を続ける。
「そして、これは固有武想全部に共通するが身体能力は上がらない。普通の人間の力で斬りかかったりしないといけない。だけどそんな力じゃドラゴンになんてとても傷を負わせるのは無理だ。強化魔法をかければいいけれど、その分の手間や消費を考えたら居ないほうが良い。だからこそ、今のパーティーは全員遠距離で魔法を撃って殲滅するのが普通だ。……つまりそういうことさ」
「…………そう、なのか」
出鼻を挫かれた、そう思ってしまうのも無理はないだろう。
折角ここまできて、自分の武器は外れだと。
「仕方ない、まあそういうこともあるな」
「気楽ーーーっ!! ちょ、ユウ、軽いわあ! ええ……」
アリスが思わず大声でそう叫ぶ。
皆の深刻さと固有というからにはリセマラも出来ないんだろうが、それならしゃーないのだ。
無いものは仕方ないし、変えられない物を変わるように願っていても意味はない。
元々何も持っていない俺なんだ。
ハズレの一つや二つ引いてしまっても結果からすればプラスだ。
この異世界で行きていく。そう決めたなら、今を嘆くより明日の食事が大事なのだ。
「って事で、俺の武器こんなんですけど、クラウさんどうですかね?」
期待はずれにさせてしまったが、スカウトはどうだろうか。
少し期待薄な気はするが。
「……いや、構わないよ。むしろ丁度いいぐらいだ」
そう言って笑う。
「近接武器であろうと構わない。それじゃあ一緒に依頼に行こうか」
踵を返して、部屋から出ていくクラウ。
それにあわせて、アリスも出ていこうとするが、ふと俺の方を見ると
「馬鹿にした様ですまんかった! がんばりーや!!」
それだけ言うと部屋から出ていく。
……あいつ。
「尻尾もあるんだな……」
後ろ姿にふりふりと揺れる狐の尻尾を見て俺はそうつぶやいてしまう。
おっと、ここにいても仕方がない。俺も出るとするか。
鞘がないのが不便だな。
「哀れだな……」
「ん? 今なにか言いました、えっと、ガーラさん?」
横を通り過ぎる時、何かポツリと言葉をこぼしたのは壁を背にしたガーラだ。
「ふん……」
そのまま彼は俺を追い抜かすとクラウの方へと向かう。
寡黙、というのもあるが無愛想、なのか? いや、なにか違うような気がする。
「……哀れね」
そんな感想は聞き飽きているよ、ガーラ
【TIPS】
共通語、及び共通字。
各地域や種族によっては意思疎通が難しいため生み出された、世界で共通の言葉と文字。
基本的に覚えておけば誰とでも話すことが出来るが、一部の種族では訛ったり、あるいは
自種族の言葉(特に竜種に多い)が一番だと考え、共通語を話さないものも居る。
言葉に付いては親などから教えてもらえれるが書くとなるとそれなりの道具が必要なため
話せるが書けない、と言う者も多く、識字率は高くはない。




