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2話 世廻龍アメジスタ

 目を覚ました時、すぐに俺はここが日本ではないと、ここが異世界だと理解してしまった。

 ここはどこだ? とか、一体何処に? とか、本当に異世界なのか、といった考えは一切浮かばずにだ。

 

 理由?

 そりゃ簡単だ。

 

「オオオオオオォォォォォオオオオオオオオオオン!!!」

 

「ワーウルフじゃねえかあああああああああああああああ!!!」

 

 それは当然、視界の先に巨大な人型をした狼。

 人狼と言えるだろう生物が空に向かって咆哮していたからである。

 

 距離は割とあるが、その声量があまりに大きいせいで耳を塞ぎながら思わず叫んだが俺程度の声ではかき消されたらしく聞こえなかったらしい。

 ……いやよかった。本当に。

 つい叫んでしまったがバレたら開幕ゲームオーバーだ。

 

 なお、人狼が咆哮するというシーンでは有るが、夜ではなく、太陽が燦々と輝く真っ昼間である。

 なんで昼なんだよ。

 

 咆哮が終わった後。少し間を空けてから

 

「オオオオオオォォォォォオオオオオオオオオオンンンン!!!!!」

 

 また叫び始めるんかい!

 つか心なしか先程よりもビブラートがきいている気がする。

 

 それから何度か吠えた後、満足そうにその場を去っていった。

 

「な、なんだったんだ今のは。ってそもそもここは、森、か?」

 

 夜の森ではなく昼の森。太陽は空に一つ輝いているぐらいで特に特筆するべき点はない。

 太陽が二つとかないし、月は、どうだろうか。二つあったりするとわかりやすいが今は見えないな。

 

 強いて言えば月に吠えるハズの人狼が太陽に向かって吠えていたぐらいが一番おかしい点かな。

 ……おかげで一発で異世界というのがわかったのが良かったのかもしれないがな。

 あれがコスプレイヤーだったらもっと人生は楽しかったはずだ。

 まあ男っぽかったのが残念だが。

 

「ん? ……あれ、おかしいな」

 

 急展開で正直頭が付いてこない部分もあるが、逆にもはや驚くことすらできなくなってきていた。

 むしろ、わくわくしているぐらいだったが、そこで少し不思議に思った。

 

「異世界転生(・・)って言ってた、よな。転生って、赤子とかそういった生まれ変わりなイメージがあったんだが」

 

 目が覚めたら、身体が縮んでしまっていた! と、どこぞから怒られそうな事を頭に思いつつ、自分の体を見回してみるも、特に異常はない。

 服装も変わらずだし、身体に羽根や爪が生えている事もなく。

 

「これじゃあ異世界転移だろうに。ん、服は乾いているのか。微妙なアフターサービスだなあ」

 

 雨に濡れていた身体は乾いていた。

 ……うん、スマホとかもないな。ってか持ち物なにもなしだな。

 

 くそ、何かあればなあと軽く頭をかきながらも、ちょうど近くにあった木を背もたれにしながら空を見てみる。

 

「空は、異世界でも一緒なんだな」

 

 雲が流れ、空は青く、太陽が照る。

 そんな蒼空をキキィっと音がしながらプテラノドンのような生物が空を通過した。

 

「いや、一緒じゃねえわ……しかし、本当説明無しで放り出すか。俺は最初のチュートリアルや説明書をきっちり読むタイプなんだが」

 

 嘆いていても仕方ない。

 先程から見る限りよろしくない生物もうろついている。

 ……恐竜とか居ねえよな?

 

 いやだぞ、喰われて終わりなんて。

 とはいえ、ここで待っていてもどうしようもない。

 まだ太陽はかなり上の方、正午ぐらいか?

 時間はありそうだが、もし夜になると不味いな。

 

「夜の森は危険だと相場が決まっているからな。大概強いやつが出てくる。はぁ、しかしなあ」

 

 本当に異世界に来ることになるとは、夢にしか思っていなかったものだ。

 だが、口とは裏腹に俺はわくわくしている。

 無いと思っていた、異世界なのだ。

 そりゃもう

 

「全力で、楽しむしかないよな。……俺が知っている主人公だと、元の世界に帰る事を目標にするんだろうが、あいつらはなんで帰りたかったんだろうな。あんな、ツマラン世界に」

 

 少なくとも俺は帰ったところで家はない。金もない。学校にも行けない。

 仮に学校卒業しても、就職して、仕事して。心をすり減らして、愛想笑いをして、人の機嫌を伺うことになるんだろ? まあそれが仕事というか大人と言われればそうなんだろうが。

 わざわざ、異世界に来たのにそんな世界に戻りたいか? 俺は嫌だね。

 

 

「まずは、街かね。どっちに向かえばいいかもわからんが……とりあえずは歩いてみるか」

 

 立ち上がって、尻の土を払ってから俺は歩き出した。

 俺はまだこの世界の事を何も知らない。

 

 何が生息していて、魔法は有るのかとか、どういった世界なのかとか。

 

 

 

 だからだろうか。歩いた途中で見かけた興味半分でつい、ソレ(・・)に話しかけてしまったのは。

 

 

「なんじゃ、貴様は」

 

 そう俺が声をかけた異世界の記念すべき最初の1人目。

 

「我輩が、【世廻龍(せかいりゅう)】アメジスタと知って近づくのであれば」

 

 

 

 

 ───喰われても文句言うなよ

 

 

 そんな物騒な事を言ったのは陽光に煌めくような蒼く輝く宝石のような鱗をした龍だった。

 しかしまるでてめーぶっ殺すぞと言わんばかりの赤い瞳を俺に向けている。怖え。

 

 しかし、その蒼い鱗だったが、今はそれは赤色の血で染まっていた。

 見て分かるほどの怪我を負った、手負いの一匹の龍を見かけたら、つい声をかけてしまったのだ。

 

 ドラゴンに興奮した、ともいうな。うん。

 

 息が荒く、声こそ威厳に満ちた迫力があったが、流れる血は未だに流れていることから結構な深手みたいだな。

 

 だからだろうか、それを狙った密猟者か、あるいはハイエナの類だと認識されそうになっている俺に対して強い警戒をしているんじゃないか、と名推理をしたがどうだろうか。

 

「ドラゴン、か」

 

 だからこそ、言えるのはたった一つ。

 自分の忌憚なき正直な気持ちを伝えて敵じゃないことをアピールすることだ。

 

「……超かっけえ!!!! 青い鱗! 赤い瞳! 巨大な龍の身体!」

 

「う、うむ。ありがとう……?」

 

 戸惑いながらそう返事を返す龍。

 困惑具合が見て取れるのは、ある意味当然だったのかもしれない。

 

 まあ仕方ないよね。眼の前に龍だぜ?

 しかも青い鱗とかかっこよすぎだろ。

 そりゃ声もかけるわ。こんな反応になるだろう?

 なあ!?

 

「どうにもわからぬが、どうやら我輩を狙った輩ではないらしいな。人間にしては珍しい……ふむ? ほう、貴様」

 

「? 何だ?」

 

 なんか値踏みされているような気がする。

 

「いや、面白いなと思ってな。ふむ、名を何という?」

 

「俺は悠。水月 悠。アンタ、いや貴方は、アメジスタであってました?」

 

 今更だが敬語を使っておこう。

 ドラゴンって誇り高い種族が多いという知識が俺には有る。

 ふ、TPOをわきまえればなんとかなる。

 

「うむ、ユウか。良い名じゃな。しかし、我輩の事を知らずに来たのならば忠告しておこう。手負いの龍には近づいてはならんぞ。ぱくっと喰われてしまう」

 

「ぱくっと」

 

「ぱくぱくじゃ。せめて『武想顕現(リアライズ)』くらいはしたらどうじゃ」

 

 まあそれをしていたらタダではすまんかっただろうがと続けるあたり恐ろしい、罠じゃねえか。

 しかし、謎の単語が出てきた。なんだよリアライズって。

 しかし中二心をくすぐる様な単語だな。

 

「リアライズってなんですか?」

 

「は? 知らんのか? 本当に? ええ……」

 

 すごく戸惑っている。まるでお金ってなんですか? と聞かれた友人をみた時のような顔だ。

 

「一般常識じゃぞ……どこの田舎から出てきた? それか捨て子か? にしては流石に成長し過ぎじゃが」

 

 捨て子か。うーん、間違っていないあたり勘がいいかもしれんなあ。

 異世界に捨てられた、という意味合いではあっているが。

 さて、どうしようかね。

 

 ここで一切合切話してしまってもいいが、異世界から来ました、と言うのを信じてもらえるかどうか微妙なところだ。

 仮に信じてもらったとしても背教者め! 死を! みたいな形の扱いをされる可能性も捨てきれない。魔女狩りは怖いからな。

 

「いやあ実は……」

 

 が、俺は結局全部話すことにした。

 

 いやちゃんと理由はある。

 人間にしては珍しい、ということはこの世界に人間はいるだろうが、現状でこの森を抜けるまでに優しい人間に会えるかは非常に怪しい所なんじゃねえかなと思ったのだ。

 全く知識がなく、それでいて力もない俺なんて先程のワーウルフレベルに会った時点で終わりである。喰われENDである。

 

 運良く森を抜けられてもその先に人がいる様な街がどこにあるかわかるか、それまでに襲われないか、食料や水は大丈夫か、そういった所を考えればどっちにしろリスクは高いんじゃね? という論理的思考である。

 

 まあ嘘を言う、というのも手だが相手の反応からすればどうも正直になったほうが良さそうだ。

 幸いにも話は聞いてくれるみたいだしな。

 それであれば、ここで色々話して、一般常識と次の行先ぐらいを教えてもられば万歳だ。

 

 あわよくば背中にのせてくれるかもしれない、という欲望も5割程あるが。

 龍の背に乗りたいと思うのは、誰でも思うだろ?

 

 

 

「ほー世界は広いのお。そんな世界があるんじゃなあ、しかし一人でいきなりこの世界に来たのは可哀想じゃの、大変だったの……あ、敬語もいらんぞ。我輩のことも遠慮なくアメジスタと呼んでくれ」

 

 そう言って頭を撫でられる。

 だが爪がついたような龍の手ではない。

 ぷにぷにとする柔らかい手のひらで撫でられている。

 

「…………ど、どうも。しかし、龍って、擬人化出来るんですね」

 

「敬語はいらんぞ。我輩みたいな年寄りぐらいしか使えんがなあ。長時間は変身できんが街に食べ物を買ったり、買い食いしたりするのに便利なんじゃ」

 

 そこには俺を撫でる少女の姿があった。

 赤目は変わりないが、鱗も爪も牙も消え、見た目は完全に少女である。

 どこから生えたのかわからない青い髪をポニーテールにしており、同じくどこから発生したのかわからない青いドレスを着ている。

 

 ……異世界ってすげえな。龍が人になるんだぜ。

 

 

「なんでちょっと幼いんですか?」

 

 少女と例えたが、小学校から中学校くらいだろうか。

 自分を年寄りと言う割には変身後の姿はずいぶんと若い。

 

「敬語はいらんぞ? うむ、この擬人化は術者。つまり我輩の理想の姿になる術じゃからな」

 

「なるほど、だから美人なんですね」

 

「ほほ、ありがとの。……ああ、美しいじゃろ」

 

 そう自画自賛するが、反論できないほどに美人だった。

 理想の姿、というだけは有るわ。

 

「しかし異世界からか。我輩も初めて聞いたぞ。じゃが、嘘を言っていないのはわかる。本当なら色々教えてやりたいところじゃが、ちょっと今は立て込んでいてなあ。あと敬語はいらんぞ」

 

 撫でる手を止めずに反対の手で頭をかく。

 自分より背が低い少女に背伸びされながら頭を撫でられるのは非常に、その、いろいろな意味でくすぐったい。恥ずかしいし。

 しかし嬉しそうな顔で撫でる少女、執拗に敬語を断るアメジスタに止めろとは言いづらい所だ。

 

「わかったわかった。敬語はやめる。んで、その立て込んでるってのはさっきの傷が原因なのか?」

 

「ああ、それは大丈夫じゃ。ちいっと懲らしめただけじゃからな。なめていればなおる」

 

 子供みたいな事を言い始めた。

 なめたらって……動物じゃねえんだから。

 

「じゃが一つの場所に長居はできんのじゃ。とはいえ、ここで見捨てるのも心苦しい。じゃからユウ、お主を街まで案内してやろう。道中で少し話はするが、すまんがそれで後はなんとかしてくれんか……?」

 

「いや、会ったばかりの、龍からすれば異種族の人間である俺にこれほど優しくしてくれたアメジスタに、そこまでしてもらえるだけで嬉しいよ」

 

「ふふ、照れるのお。こんなババアを口説いても何にもならんぞ? ふむ、では少し離れよ」

 

 そう言われて少し足を後ろに運ぶと、アメジスタが先程と同じ様な光りに包まれる。

 光が収まると、そこには先程の蒼い鱗をした龍アメジスタが戻っていた。

 

 は、まさかこれは!

 

「もしかして……背に乗せてもらえるのか!?」

 

 そう言うとにやりとアメジスタは笑う。

 

「世界一高級な乗り物と自負しておるよ。さあ、遊覧飛行とまいろうかの!」

  【TIPS】

 リルベルード。

 この世界の名前であり、最初にこの世界を踏破したと言われる人物

『リルベルード・アクトライン』の名前から付けられたと言われているが

 本人は神話や伝説、おとぎばなしの類と言われているため、実際にどういった経歴で

 名づけられたかは今も不明である。

 ───世界の歴史 21巻より

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