1話 異世界転生と翁
後書きにTIPSという豆知識のようなものがありますが読み飛ばしても何ら問題ありません。
ゲームのナウローディング中に出てくるアレと同じです。
こういう時人生をつい振り返りたくなるが、思えばろくな人生ではなかったな。
成績は平凡。平均という意味ではなく、得意分野はそこそこで苦手分野は低く、でも赤点は取らない。
容姿も取り立てて良くはないし、何か自分で才能といえるような特異な物はないし。
まあつまりは、どこにでもいる普通の人物だ。
アニメやゲームで言うとモブと言えるだろうか、俺は。
ただただ平凡に生活を暮らし、学校に通って、たまに友人と話したり、ネットやゲームをしたりしたが、それが誰かに影響を与えることはなかったし、自分に対して大きな変化があったわけでもなかった。
ネットの中でも、現実でも自分が居て何か大きく変わることもなければ、居ないことで大きく変わることはない。
そう、例えば突然俺と連絡が取れなくなったとしても。
多分、最初はどうしたのかなと思うだろう。
けれど、時間が経つに連れ、ああ、そういうやつもいるねと、忘れているぐらいにはふっつーだった。
───自分が居なくても世界は回るんじゃねえの?
そんな中二病みたいな事を思うくらいの、平凡な俺。それが水月 悠という人間だった。
もし自分がライトノベルやゲームの主人公だったら、さぞつまらない話になるじゃねえかな。
恋愛の一つでも、たとえ失恋でもあればストーリーとしては面白いかもしれないが、あいにくとそういったイベントもなかったからな。
……そう思っていたが、どうにも神様はひねくれものらしい。
「はー、どうするかなあ、これから。いやマジでな」
雨降る中、俺は傘もささずに歩いていた。
水に濡れた靴下がめっちゃ気持ち悪かったため、脱ごうとして面倒だからやめた。
完全に浸水して歩くたびにちゃぷちゃぷ音を立てるぐらいになればもはやどうでも良くなったしな。
服は胸に適当な買った安いシャツがべっとりと張り付いていて、全身ぬれねずみだ。
別に雨の中傘もささずに踊る、というような自由人ではない。
ただ、今は何もやる気がないだけだ。
「家全焼。その家事で家族も亡くなり、天涯孤独。金も何もかも全部焼けて晴れて文無し家なき子と……完全に悲劇のヒロインじゃねえか、俺は」
いつもどおり家に帰った俺に待っていたのはそんな訃報と悲報だった。
その話を現場検証していた警察から聞いた後、半ば呆然自失しながら俺は逃げるように走った。
ここはどこだろうか。
そんな遠くに行っていないはずだが、見覚えのない道に出ていた、
どんよりした気分でスマホを取り出し地図を見ようとしたら充電切れ。踏んだり蹴ったりだ。
しかし、ここまで心が弱いとは俺自身驚きだ。
家が焼けたショックで無我夢中で走り出す、なんて経験は一生したくはなかったがな。
そんな俺に追い打ちをかけるように雨が降り始める。
すぐに強くなってきて俺の身体は全身びしょ濡れまでなってくると流石に笑えてくるほどだ。
「はは、随分とまあ、不幸ってのは連続するもんだな……ん、公園か。珍しいな」
どんどんと酷くなってくる雨の中、俺の視界に映ったのは数を少なくしつつある公園だった。
それなりの広さがあるが、流石にこの雨だ。人は誰ひとりとしていない。
……いや居たら逆に逃げるか。不審者だろそれ。
俺じゃねえか。
弱々しくそんな自分で自分にツッコミをいれつつも、そんな悪い視界の中でも見えたあるものが、今の俺を強く惹きつけた。
「ブランコに鉄棒に、ジャングルジムもあるなんて、ずいぶんと珍しいな」
危険という事で撤去が進んでいる遊具達を見つけ、ふらふらと公園に入り込んでしまう。
通報されるか防犯ブザーが鳴ってもおかしくない挙動不審の不審人物だが、咎める人間も今は居ないのでセーフだろう。
公園の中に入って思ったが、意外と狭い。
子供の頃は走り回ってようやく端に着くように感じた気がしたがな。
まあ、大人になった今の視点から見て、端が手が届くように狭く感じるのは仕方ないのかもしれんな。
中に入ったは良いものの、さりとてその遊具で遊ぶような気力は残ってない。
流石に雨の中、うひゃーたーのしー! っとブランコや滑り台で遊ぶ程頭は壊れていない。はずだ。ちょっとやりたくなっただけで。
俺は少し公園を見回り、なんとなしに鉄棒の硬い感触を懐かしんだ後、ジジイのようにベンチに座って遊具を見つめる。
「悲劇、悲劇か。いやあ笑えるねえ」
そんな事を思わずつぶやいた後、電源が落ちたスマホを取り出す。
やはり学校を出る時に充電率3%では限界があったか。
暗い画面をみながらも、電源がついていた時にはニュースにもなっていたあの記事を思い出してしまう。
「見出しは悲劇の少年。一夜にして家と両親を失う、だったか。コメントでも可哀想とか書かれてたな。まとめ記事やツイッターも大はしゃぎだ。いやいや、随分と有名人になったな」
電源が生きていれば多分ゲーム専用アカウントだったツイッターに凄い通知が来ているんだろうな。
バズるっていうんだったか?
「……はぁ、可哀想、同情する、なんとかしてあげたい、募金しよう、ね。……ならなんとかしてくれよ」
八つ当たりだと自分でも思う。なにせ俺もその記事を見ればそんな感想を抱くだろうからな。
だがしかし、当人になってしまえば本当になんとかしてほしい気持ちでいっぱいだった。
無責任なコメントをする立場から、される立場になっての情けない感想だ。
「募金ね、5000兆くらい集まらねえかな」
そんな冗談を、独り言で言う俺は危ないやつかもしれん。
「……こういう悲劇から、なんか起きねえかなあ」
現実逃避なのはわかっているが、実際詰みだろ。
親戚はどこにいるか知らねえし、家族は亡くなって、金もねえ。
どこぞの歌みたいになんもねえ。
「はあ、全く……この世界はクソゲーだな!!!」
火の不始末とかならまだわかるさ。
けど、放火はどうにもなんねえだろ。
理由? ああ、コメントには愉快犯って書いてあったな。
大変愉快なのは頭だと思うが。
まあ今の俺も大概か。
言い訳をすると、流石に一瞬で家と家族を失った俺は半分これが夢の世界じゃねえかとも思っている。
今まで普通に暮らしてた俺が、突然なにもかもなくなるんだぜ?
正直、まだ現実を直視できていないかもしれない。
……アニメみたいに、ゲームみたいに、小説みたいに。
悲劇から始めるのが主人公であれば、今こそなんか起きねえかなと。
何かが起きてほしいと。
そんな事を思うぐらいだしな。
「……高3にもなって何を考えているんだか。現実逃避してどうにもならんのに」
大きなため息を付く。
……こうしても仕方ないか。
もしかしたら何か残っているかもしれんと、淡い期待を抱いて元家に戻るかと思って
───立ち上がる直前、雨が止まった。
「……は?」
下げた視線の先、雨はぴたりと中空に止まっていた。
動くことなく、揺れることもなく、完全なる静止。
映画やアニメの一時停止のような、そんな光景が。
「な、え!? な、なんだ! 一体これは……」
思わずベンチを立ち上がって周りを見渡す。
そこで、俺は気づいた。
世界が止まっていた。
そう表現するしかない。
振り続けていた雨音は消え、代わりに写真の一枚のように全ての雨が、雲が、風が止まっていた。
まるで時が止まった様に
……いやいや。
え? いやいや……え?
「何が、起きているんだよ……」
「───君は条件を満たした」
帰ってくるはずのないつぶやきに対して返ってきたのは女性の声だ。
だが、屋外にもかかわらずにまるで映画館の中のように声が響いている。
「だ、誰だ!」
その声とともにコツンと、音がした方を振り向けば、そこには奇術師と呼ぶような姿をした女性が居た。
黒いシルクハットに、タキシード着ている。腰まで伸びるような黒い髪の女性だ。
顔をわずかに隠すようにシルクハットを下げ、芝居がかった様子で彼女は言葉を続ける。
「私かい。私は『翁』。そう呼ばれているよ」
そんな事を言いながらその人物は俺に近づいてきた。
足元もぬかるんでいるはずなのに、まるでタイルのようにコツコツと音を立てながら。
ってか止まった雨が道を開ける様に避けていくんだが、え、イリュージョン? 超魔術?
あまりに奇妙な光景に、つい何故か口から出てきたのはしょうもない疑問だった。
「お、きな? い、いやそれは男性の老人の名称じゃ……」
いわゆる、竹取の翁。かぐや姫のおじいさんといったほうがわかりやすいだろうか。
今そこに注視するべきではないと、どこかで思いつつも何故かそれが気になってしまった。
「かもしれない。男性か、そうかもしれない。さて、君はどう思う?」
右手に白い手袋、左手に黒い手袋をつけた翁と名乗るその人物は両手を広げてそう問を返した。
質問に質問で返すんじゃねえとも思うが、雰囲気に飲まれたのか素直に答える。
「い、いや女性に見えるが……」
つい目線はその胸に向かってしまう。その体は豊満であった。
「ならそうなのだろう。まあ、細かい所はどうでもよろしい。重要なのはただ一点なのだからね」
そう言って、翁は指を俺に突きつけ言った。
「君は条件を満たした。そう
───異世界転生のだ」
「異世界、転生……?」
「そう、【居なくなっても誰も困らない】、【未来に影響を与える事がない】そして」
そんな酷い事をさらっと言った。
おい、馬鹿やめろ。俺の傷心に追撃するな。
「【悲劇的である】……これらの条件を満たした」
楽しそうに笑う彼女、いや翁は今は一番聞きたくない言葉を発した。
だが異世界転生という言葉は勿論俺にも聞き覚えがある。
アニメやゲームをしているならば、おそらく誰もが聞いたことがあるだろうメジャーなジャンルだ。
知った時は自分もそうなりたいと、そう思えるぐらいには魅力的な、物語ではあるが。
いやいや、ありえんだろ。
ここは現実だぜ?
車は空も飛ばないしVR技術も全身ダイブ出来ないし魔法もない、至って普通の、現実だぜ?
しかし、しかしだ。
思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
仕方ない。男の子だからね?
しかしその条件を聞いて、思い当たる節があったのでつい聞いてしまう。
「ま、待ってくれ、その条件なら他にもいるんじゃないのか?」
嫌な話をすれば、孤児や捨て子。そういった該当する人間はたくさんいるはずなのだ。
その中で、何故自分なのか。それが気になってしまう。
「ならば付け加えようか。【たまたま私の目に止まった】」
悪びれもせずにそんなセリフを追加する。
異世界転生? っは、そんな馬鹿なと一笑に付すのは簡単だろう。
おめぇ頭おかしいんじゃねえか? と、普通ならそう言っていただろう。
だが、実際に起きている現実として、この眼前に広がる時の止まったかのような世界は、間違いなく、夢でもなく、現実として起きていた。
更にはその翁が手を広げたりと動くたびにその雨の水滴が避けるという異常な動作を見て、俺は。
───わくわくした
ああ、わくわくしちまった。
「乗り気なのは良い事だ。さて、本題を話そう。さりとてそれ程時間はなくてね、故に告げるのは一つだけだ」
翁はパチリと指を鳴らすと同時に、俺の体が浮き上がる。
ジェットコースターの下り坂のような恐怖を感じる浮遊感。
「う、うおおおおおおおおおお!?」
手足をもがかせるも意味はなく、はたから見ればさぞ情けない姿だろうが突然浮き上がれば誰もがこうなるはずだ。
上へ上へと上がっている身体の先、つまりは空を見れば、暗雲の下にあったのは更に真っ黒な渦。
どうやらその渦に向かって飛んでいるようだった。
どう見ても禍々しい渦にひくっと口元が皮肉げに上がってしまう。
いやあれ魔界へのゲートとか生贄になれみたいなヤバそうな色合いなんだけど。
「つまらない話やプロローグは飛ばしたい性質でね。おめでとう、君が望んだ異世界への転生だ。存分に楽しむと良い」
そう翁と名乗った女性がそう言うと、身体が加速して浮き上がる。
はええよ! もう数秒ほどで渦に飲み込まれてしまうだろうが!
「は、話が急すぎて何もわからねえよ! 説明しろや! チュートリアルは受けるタイプなんだよ!」
大声を上げて文句を言う俺に対してなんの反応も見せない翁。
不感症か難聴なのかこいつ! いや不感症は意味違うけどな。
なんて言ってる場合じゃねえ。
とりあえずはなんとかしねえと。
そうやってばたばた動いたせいか持っていたスマホが地面に落ちて保護シート貼ったにもかかわらずがしゃんと画面が砕け散るのが見えた。
「俺のスマホー! まだ引き継ぎコード発行してねえ! ってそうじゃなくて!」
ついでにいつのまにやらほぼ空の財布も俺のポケットから離脱したらしく、地面に落ちていた。
おい、もしもコレが本当に異世界転生だったら現実からの特典であるスマホと硬化や紙幣がなくなったんだが?
「ただ一つ。私の作った世界で主人公となるが良いさ。そして」
その瞬間。
黒い渦に飲み込まれるその刹那に背筋が寒くなる感覚とともに、翁は告げた。
───私を殺してみろ
そうして俺は、何もわからぬまま意識が飛んだ。
行き着いた先は【リルベルード】
魔法の魔法による魔法のための、魔法使いの世界。
【TIPS】
時間停止は未だ人間では誰も成し遂げたことがない魔法。
封印や結界、空間の魔法の先に存在するとも囁かれているが
到達した物はおらず、リルベルードでも空想の魔法の一つ。
だが、一部の人間は魔法の極地でもあると考え研究している。
───初心者でもわかる魔法指南書




