都大会前日の『これからの時間』
通常隔週月曜日と毎週木曜日が練習日となっている永竹クラブは、陽介のたっての希望で都大会(土曜日・日曜日に開催)前日の金曜日に既に予定が入っているスポーツクラブと、練習日を交換する形で体育館を使用させてもらい大会前日練習を行った。
もちろん、今更何か新しい練習をする訳でもなく、翌日の試合に向けて今までやって来た練習の確認を繰り返し行い、最後はサーブ練習で終えた。もちろん明日の事を考え、陽介は短い練習時間で行った。
練習後体育館内で、翌日の都大会に向け以下のような確認を行った。
① 集合時間
② ユニフォームは2種類持参すること
③ 1試合目のユニフォームの色
④ 靴下を忘れないようにすること(都大会は同一の靴下でなければならないので)
⑤ A区代表の証しであるワッペンの忘れずに持参すること
⑥ 監督をはじめチームスタッフは同一の服装となるので、絶対に忘れずに持参すること
⑦ 試合結果は分からないが、勝つことを目的に今までの練習の成果をは出せるように、精一杯頑張ること
などであった。
正直言って、幼稚園の遠足前日に園児に申し渡すような内容ではあったが、都大会会場が通常使用する都心の会場ではなく、今回はかなり西域に所在し永竹クラブの練習場所から考えれば公共交通機関を利用しても優に2時間はかかるところにあること、そして初めて出場するが故の不安も手伝い、念には念を入れたという具合だった。
よく考えれば、試合に対しての話しはほとんどしていないが、それだけ試合に対する準備は万端だったと、その時は思っていたのかも知れない。いや、やっぱり初参加の不安のほうが多かったに違いない。
そして確認が一通り終わったところで大御所の三輪さんが、「陽ちゃんにお願いがあるの!、会場までかなりの道のりだから、ボールやボール籠を持って車で行ってほしいの!、私達が車で行くことも考えたんだけど、選手の乗った車が万が一事故にあって選手が負傷したり、予期せぬ渋滞に巻き込まれ試合に間に合わなかったりすると大変な事になるから、申し訳ないけどお願い出来ないかしら?」と言った。
陽介は、「了解致しました。僕に万が一の事があっても試合は出来ますからね!」と笑いながら答えた。
続けて、「今A区の連盟役員に連絡して、会場の駐車場をA区の関係者枠で1台確保してもらうように頼んでみます!」と言った。
すると三輪さんは、「そんな!、陽ちゃんがどうなってもいいなんて思ってないからネ!」と、これまた笑いながら言い、さらに「駐車場の件は、さっき私から連盟役員に連絡して了解をもらってあるから大丈夫よ!、だから宜しくお願いします。もちろん今日中華料理屋から帰る時は酔っ払いが持って歩けないような大荷物になるので、自宅までのタクシー代はチャンとお支払しますから…」と恐縮しながら言った。
陽介は、「重ねて了解致しました。色々とご配慮いただきありがとうございます。しかしながら、明日も早い事ですし今日は体育館を出たら荷物を持って歩いて帰りますから。」と、三輪さんの気遣いを丁重に断ろうとした時、和気ちゃんが「彩ちゃんが、中華料理屋でベンチスタッフの最終打ち合わせをするって言ってたから、寄らずに帰るのは無理だネ!、ガッハッハッ!」とアニメのパンダがにやけたような面持ちで言った。(ちなみにアニメのパンダほど、可愛くはない)
陽介は、「「寄らずに帰るのは無理だネ!」ではなく、「飲まずに帰るのは無理だネ!」の間違えだろ!」と思いながら渋々了解をし、皆なと一緒に体育館を後にした。
そしていつものごとく、「ママぁ~、また来たよ~!」とゾウアザラシが吠えながら中華料理屋の暖簾を腕押しし、猛獣御一行と捕獲されている陽介が店内に入った。
「いらっしゃ~い!」とママさんの優しい声と同時に、「遅かったじゃない!?」という酒焼けした声が響いた。
そう、ホッキョクグマが既に出来上がった状態で鎮座ましていた。
永竹クラブの猛獣御一行は、決して遅い時間に中華料理屋に来たのではない。
明日の大会を考え、むしろいつもより40分程度早く体育館を出ている。
彩姉さんが、早くから来て飲んでいたからそう思うのであって、酔っ払いの論理は迷惑としか言いようがない。しかも悪気がないからたちが悪い。困ったものだ。
それに、どの位早く店に来たかは知らないが、これだけ酔っぱらうために費やした時間を考えれば、体育館に来て確認事項を皆と一緒聞いていれば、少なくとも陽介はタクシーを利用せずとも帰ることができ、更には早く寝ることが出来たろうにと、陽介は思った。
さすがに多くのメンバーは明日の事を考えて帰宅したが(これが普通です)、酒好きの連中は明日の事は考えない。
酒飲みの王道を行く強者だ。
陽介は正直言って、今日の『これkらの時間』は全員自重してもらいたかったが、そこは弱小ママさんバレーチーム。陽介にはメンバーの楽しみを取り上げる勇気はなかった。
席に着いたメンバーに生ビールが出そろうと、彩姉さんが「それでは、明日の健闘を祈念して、カンパ~イ!」と酔っぱらってふらつきながらジョッキを高々と上げた。
皆なジョッキを重ねて健闘を誓いながら、ゴクゴクと上手そうに生ビールを飲んだ。
和気ちゃんが、「陽ちゃん、彩ちゃんが正体を無くす前に早く明日の事を言った方がいいよ!」と言うと、三輪さんが「私が言うわ!、彩ちゃんは陽ちゃんのこと弟みたいに思ってるから、甘えてちゃんと聞かないかも知れないしね。私が言えば明日何か忘れても「聞いてません!」なんてことは言えないからネ!」と笑いながら言ったが、その笑顔は引きつっていた。
陽介には、彩姉さんが三輪さんの話を神妙に聞いている姿が、マネージャー登録とはいえ、皆と心一つにあると感じた。
そして、酒好きの強者達もやはり明日の事が気になったか、いつもより相当に早く『これからの時間』を切り上げ帰途についた。
帰り際、「明日頑張ろうネ!」と手を上げながら、店を後のした。
彩姉さんと和気ちゃんと三輪さんと陽介が残ったが、陽介が「それじゃぁ、私達もそろそろ帰りますか?}と言って席を立とうとしたが、ご想像の通りホッキョクグマのたくましい右腕につかまれイスに引き戻された。
そして、「陽ちゃん、相談があるの!」と彩姉さんが言い出した。
相変わらず物凄い力にでイスに引き込まれた陽介が、「何ですか?」と尋ねた。
彩姉さん曰く、ベンチスタッフ用に買い揃えたポロシャツが、さっき袖を通したところ生地が縮んだみたいで、三段腹の肉が丸見えで恥ずかしいとのこと。
「だったら飲まなきゃいいのに!、第一今更どうすることもできないし、数週間で太った自分が悪いんだから、そんなの相談されても…」と陽介は思ったが、「それで?」とあらためて聞いた。
和気ちゃんと三輪さんは大笑い!
さらに中華料理屋のママさんも後ろを向き、肩を揺すりながら笑っていたのを陽介は見逃さなかった。
彩姉さんは、そんなに笑わなくても!、という表情で、「試合中は仕方ないけど、行き帰りは陽ちゃんの車に同乗させてもらえないかしら?、この体を人前に晒したくない!」とのことだった。
陽介は、「同乗することは問題ないですが、着替えを持って行けばいいんじゃないですか?」と言った。
だが彩姉さんは、荷物を多くしたくないというのが理由のようだった。
陽介は、断る理由もないので了解した。
またこれをきっかけに「では、明日運転があるので早く帰りましょう!」と言って席を立った。
今度はさすがの彩姉さんもダダをこねず、名残惜しそうに会計を済ませ店を出た。
陽介は、荷物と一緒にタクシーに乗り、窓を開けて和気ちゃんと三輪さんを含め明日彩姉さんを迎えに行く時間を告げた。
そして試合当日。
陽介の一日は、彩姉さんを迎えに行くところから始まった。




